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第52話 勇者と聖女と教皇と
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クロノは勇者である。
聖光教会がそう決めた。
実を言えば、すでに当代の「勇者」の候補はほかにいた。
クロノが父親に連れられて王都見物に出かけた日。
その日がたまたま、当代の勇者の選考会が開かれる。そんな日だった。
堅苦しい儀式ではない。
祭りの一種である。
勇者はすべて、初代の勇者の生まれ変わりとされる。
その年に十歳になるこどもが集められ、テストを受けたり、試練に参加したり、いや大げさなものではない。
こどもたちには楽しいゲームで、親もいっしょになって応援する。
そうこうしているうちに成績優秀者が選ばれ、教皇の諮問のうちに当代の勇者の生まれ変わりが「発見」される。
というイベントだ。
前の代の勇者が亡くなって、十年がたたないと開催されないので、まあ、不定期ながら数十年に一度の、教会にとっては「人気取り」のためにはかなり力の入った大きな祭りではある。
クロノの家は、いわゆる郷士と呼ばれる階級にあり、一応家名があったり、屋敷には先祖伝来の武具があったりする。
農地と果樹園に小さな牧場があり、ひとも二人ほどやとい、家事を手伝う住み込みの女性もいたから、村では裕福なほうであった。
村にある小さな学校にほかの子どもたちと一緒に通い、読み書きや、足し算引き算を習った。
となりの席のアンという子が気になっていた。
だから、父親が彼をそんなイベントに連れ出さなければ、そのまま、村で一生を終えたはずだ。
実は、彼は、もう5才のころには「思い出していた」。
だからどうした。それがなんだというのだ。
いくつの国が滅び、街が焼かれ、人が死に。
同様に魔族たちも死んでいった。
大北方の地に魔王をもとめ、仲間たちと旅立った。
・・・・もう、いいんじゃないか?
相変わらず、戦はあるらしい。
人間の国同士も、やっぱり争うのだ。
魔族たちは、いまでは、北の闇森、さらにそのむこうの境界山脈をこえたところに生息しているようだが、関係は絶たれてひさしいようだ。
それでいいんじゃないか?
戦いなんぞに命をかけるより、楽しいことはたくさんある。あるはずだ。
なんの因果率のイタズラで、もう一度人生がやり直せるのならば、ちがった人生を歩んでいいはずだ。
だから、クロノは父親をちょっと恨んでいる。悪意はないにせよ、余計なことをしてくれた、と思っている。
競技は、アスレチックのような遊具をクリアしながら、途中途中の勇者とその冒険に対する質問に答えていく、というもなた。
最後に残った100名ほどのこどもが、広場に集まられて、勇者と聖光教についての講義をなんと教皇自ら行う。
その後が最終諮問となるのだが、ここまで残ったのは、けっこうたいしたもので、場合によったは高位貴族やひょっとしたら皇族から、士官の声がかかるかもしれない。
だから、親たちは満足気に愛する子供たちを眺める。
勇者に指名される子供自体は、もう実は決まっていて、今回はさる伯爵家の令嬢がそうなる予定だった、とか。
最終諮問とは、壁に掛けられたたくさんの絵から、初代教皇となったパーティの『聖女』ララ=リラの絵姿を見つけると言うものだったが、そのルール説明が終わらぬうちに、内定者の少女が1枚の絵の前に立ち、
「やあ、久しいなララ=リラ」
と、そう呼びかけることになっていた。
「緊張してるの?」
ひとりの導師がクロノに話しかけてきたのは、のちに彼女自身が語ったところによると、クロノがあまりに浮かない顔をしていたためで、緊張のあまり体調でも悪くしたのかと心配したからだ。
「ええ、ぼくはこのまま、家に帰りたいんです。偉い人のおうちで小姓を務めながら学校に通うなんて、ぞっとします。」
けっして華美なものでは無いが最高位の導師服に身を包んだ彼女は、そんなクロノをみて、優しく微笑んだ。
「心配しなくてもだいじょうぶ。もしそんな話があってもいやなら断ればいいのよ。
だれもあなたに無理強いはしないから。」
クロノは顔を上げて、優しい導師の顔を見上げ、驚いた。そして、びっくりついでに、つい叫んでしまっていた。
「ララリラ!千年後のこんなとこでなにしてる?
じゃあ、転生魔法は成功したんだな?」
ルールの説明は、静かに行われていたので、少年の高い声は部屋中に、響き渡った。
まず、教皇自身が真っ先に、彼女のもとにすっとんできた。
礼服っていうのは、あんなに早く走れるんだ、とクロノは感心した。
「あ、姉うえ、これはいったい?」
教皇は世襲ではないが、代々皇族から選ばれ、このときは、皇帝陛下の従兄弟にあたる人物だった。
「ナタルの男根を、引き当ててしまったってことよ。」
風の魔法を展開し、声が周りに漏れるのを遮断しつつ、大当たり、を表すやや下世話なギャンブル用語で、現状を的確に表現する。
皇女にして最高位導師は、クロノの、手を取った。
「いまの私は、皇女リリーラ、聖女にして初代教皇ララ=リラの生まれ変わり、ということになってるけど、ホントにそうだと知っているのは、ごく一部の関係者だけ。」
「初めての転生じゃないってこと?」
「16回目。千年の間に多いか少ないかはともかく、よく頑張ってると自分でも思う。
今回はたまたま皇室に生まれてしまったので、はやばやとバレてしまってこんな地位についているのだけれど、気ままに冒険者として過ごしたときもあったし、貿易商の、おかみとして7人の子供を育てたこともあった。
どちらが楽しかったかといえば、聖女の生まれ変わりだとバレない方が、有意義で楽しい人生がおくれた。
あなたはどう?」
「はじめての転生、だ。」
クロノはがっかりしていた。
せっかくのもう一度の人生。
とんでもない重荷を背負うこともなく、命のやり取りもない、平和な人生。
のはずが、音を立てて崩れていく。
「彼の父親にはなんと説明いたしましょう。」
「お金でも握らせて!」
「“勇者”に決まっていたガルフィート伯爵の令嬢はいかがいたしましょう。」
「圧力かけて黙らせて!」
このときの教皇は、その後一年もたたずに引退する。
普通は終身であり、よほどのことがない限り、辞めるなどということはありえない教皇の座も惜しくはなかったのだ。
本物の勇者に本物の聖女がいる代の教皇のあり方に、クロノはいたく同情したが、だからと言ってどうなるものでもなかった。
聖光教会がそう決めた。
実を言えば、すでに当代の「勇者」の候補はほかにいた。
クロノが父親に連れられて王都見物に出かけた日。
その日がたまたま、当代の勇者の選考会が開かれる。そんな日だった。
堅苦しい儀式ではない。
祭りの一種である。
勇者はすべて、初代の勇者の生まれ変わりとされる。
その年に十歳になるこどもが集められ、テストを受けたり、試練に参加したり、いや大げさなものではない。
こどもたちには楽しいゲームで、親もいっしょになって応援する。
そうこうしているうちに成績優秀者が選ばれ、教皇の諮問のうちに当代の勇者の生まれ変わりが「発見」される。
というイベントだ。
前の代の勇者が亡くなって、十年がたたないと開催されないので、まあ、不定期ながら数十年に一度の、教会にとっては「人気取り」のためにはかなり力の入った大きな祭りではある。
クロノの家は、いわゆる郷士と呼ばれる階級にあり、一応家名があったり、屋敷には先祖伝来の武具があったりする。
農地と果樹園に小さな牧場があり、ひとも二人ほどやとい、家事を手伝う住み込みの女性もいたから、村では裕福なほうであった。
村にある小さな学校にほかの子どもたちと一緒に通い、読み書きや、足し算引き算を習った。
となりの席のアンという子が気になっていた。
だから、父親が彼をそんなイベントに連れ出さなければ、そのまま、村で一生を終えたはずだ。
実は、彼は、もう5才のころには「思い出していた」。
だからどうした。それがなんだというのだ。
いくつの国が滅び、街が焼かれ、人が死に。
同様に魔族たちも死んでいった。
大北方の地に魔王をもとめ、仲間たちと旅立った。
・・・・もう、いいんじゃないか?
相変わらず、戦はあるらしい。
人間の国同士も、やっぱり争うのだ。
魔族たちは、いまでは、北の闇森、さらにそのむこうの境界山脈をこえたところに生息しているようだが、関係は絶たれてひさしいようだ。
それでいいんじゃないか?
戦いなんぞに命をかけるより、楽しいことはたくさんある。あるはずだ。
なんの因果率のイタズラで、もう一度人生がやり直せるのならば、ちがった人生を歩んでいいはずだ。
だから、クロノは父親をちょっと恨んでいる。悪意はないにせよ、余計なことをしてくれた、と思っている。
競技は、アスレチックのような遊具をクリアしながら、途中途中の勇者とその冒険に対する質問に答えていく、というもなた。
最後に残った100名ほどのこどもが、広場に集まられて、勇者と聖光教についての講義をなんと教皇自ら行う。
その後が最終諮問となるのだが、ここまで残ったのは、けっこうたいしたもので、場合によったは高位貴族やひょっとしたら皇族から、士官の声がかかるかもしれない。
だから、親たちは満足気に愛する子供たちを眺める。
勇者に指名される子供自体は、もう実は決まっていて、今回はさる伯爵家の令嬢がそうなる予定だった、とか。
最終諮問とは、壁に掛けられたたくさんの絵から、初代教皇となったパーティの『聖女』ララ=リラの絵姿を見つけると言うものだったが、そのルール説明が終わらぬうちに、内定者の少女が1枚の絵の前に立ち、
「やあ、久しいなララ=リラ」
と、そう呼びかけることになっていた。
「緊張してるの?」
ひとりの導師がクロノに話しかけてきたのは、のちに彼女自身が語ったところによると、クロノがあまりに浮かない顔をしていたためで、緊張のあまり体調でも悪くしたのかと心配したからだ。
「ええ、ぼくはこのまま、家に帰りたいんです。偉い人のおうちで小姓を務めながら学校に通うなんて、ぞっとします。」
けっして華美なものでは無いが最高位の導師服に身を包んだ彼女は、そんなクロノをみて、優しく微笑んだ。
「心配しなくてもだいじょうぶ。もしそんな話があってもいやなら断ればいいのよ。
だれもあなたに無理強いはしないから。」
クロノは顔を上げて、優しい導師の顔を見上げ、驚いた。そして、びっくりついでに、つい叫んでしまっていた。
「ララリラ!千年後のこんなとこでなにしてる?
じゃあ、転生魔法は成功したんだな?」
ルールの説明は、静かに行われていたので、少年の高い声は部屋中に、響き渡った。
まず、教皇自身が真っ先に、彼女のもとにすっとんできた。
礼服っていうのは、あんなに早く走れるんだ、とクロノは感心した。
「あ、姉うえ、これはいったい?」
教皇は世襲ではないが、代々皇族から選ばれ、このときは、皇帝陛下の従兄弟にあたる人物だった。
「ナタルの男根を、引き当ててしまったってことよ。」
風の魔法を展開し、声が周りに漏れるのを遮断しつつ、大当たり、を表すやや下世話なギャンブル用語で、現状を的確に表現する。
皇女にして最高位導師は、クロノの、手を取った。
「いまの私は、皇女リリーラ、聖女にして初代教皇ララ=リラの生まれ変わり、ということになってるけど、ホントにそうだと知っているのは、ごく一部の関係者だけ。」
「初めての転生じゃないってこと?」
「16回目。千年の間に多いか少ないかはともかく、よく頑張ってると自分でも思う。
今回はたまたま皇室に生まれてしまったので、はやばやとバレてしまってこんな地位についているのだけれど、気ままに冒険者として過ごしたときもあったし、貿易商の、おかみとして7人の子供を育てたこともあった。
どちらが楽しかったかといえば、聖女の生まれ変わりだとバレない方が、有意義で楽しい人生がおくれた。
あなたはどう?」
「はじめての転生、だ。」
クロノはがっかりしていた。
せっかくのもう一度の人生。
とんでもない重荷を背負うこともなく、命のやり取りもない、平和な人生。
のはずが、音を立てて崩れていく。
「彼の父親にはなんと説明いたしましょう。」
「お金でも握らせて!」
「“勇者”に決まっていたガルフィート伯爵の令嬢はいかがいたしましょう。」
「圧力かけて黙らせて!」
このときの教皇は、その後一年もたたずに引退する。
普通は終身であり、よほどのことがない限り、辞めるなどということはありえない教皇の座も惜しくはなかったのだ。
本物の勇者に本物の聖女がいる代の教皇のあり方に、クロノはいたく同情したが、だからと言ってどうなるものでもなかった。
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