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第43話 楽しいお茶会

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逆に、フィオリナもルトも、五十年の昔に魔王宮が封鎖にいたった経緯を、階層主側からきかされた。

とにもかくにも、第6層までは人間の狩場として、提供はするが、第7層以下は不可侵のものとする、という協定は、そもそも千年の昔、初代の“勇者”と魔族において交わされたものであり、階層主たちが『偉大なる御方様』と呼ぶ相手は、勇者に退治されたのでもなく、敗北したのでもなく、自らが魔王宮を築き、そこに自らの意思で閉じこもったというのが、人間に伝えられた“神話”とは異なる真相であり、50年前その協定が破られたことに、第六層の階層主が怒り狂ったのは、そもそも第六層の階層主自身が。

「協定に立ち会った。というより、一切の筋書きを書き上げた勇者パーティの『大賢者』ウィルニアだったからなのだ。」

そう話したリッチア=デ=オロア自身も、また伝説の人物であった。

600年前、グランダ国に紫檀病というはやり病がおこったときに、その解決策をもとめ、ひとり、魔王宮に挑んだ神官がいた。
彼は二度と地上に戻ることはなかったが、ある夜、その妻の夢枕にたち、紫檀病の特効薬となる薬草とその処方を告げたのである。

以来、医学の神ゴーランの神殿には、その使徒の一人として、オロアの石像が飾られ、医学の分野を志す青年たちは、大きな試験の前には必ずここに詣でることが慣例となっている。

ルトなどは、この逸話を聞いたときに、子供心ながらに、紫檀病の薬の処方など、夢で伝え切れるものか。
本人が直接に伝えたか、処方箋を渡したに決まっている、と思ったものだったが、本人が肉体を失いながらもこうして、存在し続けているところを見るとその推測は当たっていたのかとも思う。

「ウィルの人間嫌いはひどいものだったからね。」

リアモンドは、ステーキのお代わりをオーダーしながら言った。
健啖ぶりはさすがはドラゴンといったところだが、ちゃんとナイフとフォークを使っている。

焼き加減をウェルダンにしたのは、どういう風の吹き回しか。
そういえば、真祖吸血鬼のロウも焼き具合はウェルダンを要求していた。

「確かに師父の人嫌いは、度が過ぎておる。」
オロアは、大きな白身魚の切り身をバターでこんがりと炒めたものをワインで豪快に流し込みながら頷いた。

こちらもどういうものか、そもそもその肉体は実体ではないはずなのに、飲んだワインも食べ物も、ちゃんと体の中に収められているようである。

「会っていきなり全身を88個に分断されたんだよね。」

真祖吸血鬼は真っ赤なジュース(イチゴをシェイクしたもの)をストローで吸いながらつぶやいた。

「そのあとで、“何の用だ”と聞かれたのだ。
その場に居合わせたミュレスも呆れたそうだ。
むろん、あとから聞いた話だが。」

ミュレスのメインディッシュは、骨付きの鶏もも肉のローストだった。
ナイフとフォークを見事に使い、肉のみを口に運びながら、オロアの言葉に同意した。

「人間はそのように細かに刻まれると活動を停止するのが普通なので、ウィルがなにかの精神的な阻害を起こしたのではないか、心配した。
わたしは、当時はまだこのような姿をとっていなかったし、肉体を失っても意識を継続できる人間に出会ったのははじめてだったからな。」

「偉そうに言ったが、肉体という形をなくした人間の精神は、底の抜けたバケツのようなものだ。」
オロアは昔を懐かしむように遠い目をしていた。
「そこに、師父がエネルギーを注いでくれた。
おかげでわしは、意識を失う前に、来訪の目的を告げることができ、話を聞いた師父は、わしの魂を手元のヒトガタに定着させ・・・

そして、紫檀病の特効薬となる薬草の存在とその製法、配合を詳しく教えてくれた。

わしは、その書付をもって、妻のもとにもどり・・・・王都は疫病から救われたのだ。」

「身体を元に戻してはくれなかったのか?」
フィオリナは、給仕のヴァンパイヤに、ミュレスと同じ鶏もも肉料理を注文しながら、興味深げに尋ねた。
「再生魔法の体系を築いたのも、かの『大賢者』だと伝えられている。」

「師父がなぜ、そうしなかったのかは不明だが。」
オロアは考え込んだ。
「少なくとも、当時用意してくれたヒトガタは、すぐにわしに馴染んでくれた。
おそらく、魔道の素養がない一般の人間から見れば、生きてる人間と変わりなく見えただろう。

わしもあえて、元の肉体を取り戻そうとは思わなかった・・・・実際のところ、当時わしは齢50を越えていた。
ひととしては充分生きた年代だ。

あちこちガタがきていた元の身体に比べると、師父が用意してくれたヒトガタははるかに快適だったのだ。

孫が小さいうちは、足繁く通った王都も、妻が亡くなってからは次第に足が遠のいた。」
昔を懐かしむように死霊魔術師は、ため息をひとつ。

死霊にため息、という行為に意味があるのか?

「師父から魔道の真髄を学び、ともに研鑽する日々。
気がついたときには、わたしの魂は肉体というしばりから解き放たれていた。

師父の推薦で階層主となり、五十年前の悲劇が起きるまでは、それなりに楽しくやっていた。」

「あれは、階層主にとっても悲劇だったのか?」
フィオリナが感慨深げに呟いた。
「多大な犠牲を出したのは人間側だと思っていた。」

「師父が怒りと生来の人間嫌いにまかせて、警告という範疇を超える犠牲者を出してしまったのは、事実だと思う。」

オロアは、すまなそうに言った。

「ただ、盟約を破ったのは、人間だ。
五十年前も、今回も。」

「五十年前はわたしも歴史の一部としてしかわからない。
だが、たしかに今回もわからんな。

父上とも何度も話した。王太子をすげ替えるのに試し?
エルマートを勝たせるために、報酬だけで国が傾くような超一流の冒険者を投入する?

王太子のすげ替えが、ダミーで本当の目的は魔王宮なのか?

ならば、それは誰の意思だ? あのボンクラ王の考えではないだろう。裏で計画を練ったのは誰で、その目的はなんだ?」

握りしめた手を額に押し当てるようにして、フィオリナは、考え込んだ。
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