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第39話 会議は踊る

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バルゴール伯爵は、身振り手振りを交えながら、ドルバーザからの報告を語った。

本日、王の前に招集されたのは、彼をはじめ、クローディア公爵、『栄光の盾』にしてグランドマスターのクリューク、魔道院のボルテック卿、夜会派のレムゼン侯爵の5名。
そして、こんな席に姿を見せることは珍しい王妃メアも王の隣に座っていた。

クローディア公爵のパーティメンバーが、重傷を負いながらもエルマート王子を迷宮から脱出させたとの報告を受けての参集である。
功という点では、クローディア公爵に劣るものの、第一層階層主の正体と、新たな変異種についての情報は決して軽んじられるものではない。

そして、どんな話題でも王に理解しやすく、また飽きられずに報告する技量については、バルゴール伯爵の右にでるものはいない。

「いずれにせよ、迷宮攻略という点については、計画の練り直しが必要かと思われます。

一方で、ですな。
王太子については、もはやエルマート殿下に決定してもよいのではないかと、思われます。」

「確かに、エルマート殿下の功績は、国を背負うものとして充分なものです。
初陣で、しかも転移に巻き込まれたにも、拘らず、“に”階層主を退け、第二階層への通路を発見した。

これは、まさに英雄というべき御業であります。」

レムゼン侯爵は、じろりとクリュークを睨んだ。

「この間、『栄光の盾』は何をしていたのですかな?」

「レムゼン侯爵閣下。」
クリュークは慇懃に一礼した。
「栄光の盾からもリヨンというメンバーが、殿下に同行し、変異種の討伐に参加しております。
落盤事故で、殿下とは離れ離れになってしまったのは残念ですが・・・」

「随分と口のよく回る冒険者殿だ。」
レムゼン侯爵はずけずけと言った。
冒険者をある種の社会的な落伍者、ならず者と同等に思っている貴族は少なくないが、レムゼン侯爵もその一人だった。

「レムゼン閣下。
迷宮攻略はなにもかもが予定通りに進むものではない。

転移魔法を使う階層主などという異形の存在をクリューク殿が計算してなかったのは、必ずしも責められるものではありますまい。

それに、何より大事なのは、先にバルゴール閣下がおっしゃったように。攻略の練り直し、まさに『これから』なにをするかです。」

「こ、これは、クローディア閣下。」
レムゼン侯爵は一応、恐縮してみせた。

王の信頼が、夜会派からクローディア公爵に傾いているのは、面白いはずもなかったが、その武名と実勢は侮りがたいものがあったし、なにより、エルマート王子を迷宮から連れ出したのは、クローディア公爵の配下である。
しかも、共に迷宮奥に飛ばされたクローディア公爵の令嬢は、一緒に帰還が叶わず、報告によれば、第二階層主に囚われた可能性が高い。

レムゼンなどにしてみれば、それは「死」とどの程度違うのかわからないのだが、クローディア公爵は、その報告を淡々と語り、もうひとつの彼の任務、つまりハルト王子の捜索がまったくすすんでいないことについて王に謝罪を行った。

「確かにクローディア公の言うとおりだ。」

グランダ王は、この一件が始まってからかなり理性的にふるまっている。
今日も同様だった。
エルマートの生還を喜び、クローディア公爵とその部下への褒美を約束し、未だ戻らぬフィオリナを案ずる言葉を発したが、一方でクリュークを感情的に責めることはなく、ただ次のように質問した。

「迷宮攻略についての修正案は、まとまったのか?」
「クリュークと話すらできておらん。」
それに対して答えたのは、ボルテック卿だった。
王前のためか、いつものフードを下ろした魔導師風の出立ちではなく、豪奢な刺繍入りのマントを羽織り、威風堂々、下手をすれば王よりも王らしく見えた。

実際、彼は王家に連なる者であり、彼の父親にあたる人物は、ときの王の兄に当たる人物だった。

彼がシャインベルク公爵家の祖となる。

長男は、シャインベルク家を継ぎ、次男だったボルテックは、魔道院へと進む。

「どうなのだ? クリューク。」

「打ち合わせが遅れましたのはわたくしの責任です。」
クリュークは素直に頭を下げた。
「迷宮の強化に合わせて、こちらの陣営の強化を優先いたしました。」

「“栄光の盾”を強化することは、確かに重要な課題でしょう。」
クローディア公爵が一言、発するたびに、場の視線は彼に集まり、話の進行は彼に支配される。
「エルマート殿下の深層への攻略のためには必要不可避な課題です。
だが、一方で損耗激しい、とくに踏破級以上のパーティの再編成も含めた強化。

第一層の階層主らしき“神獣”クラスの蜘蛛方の魔物、および、新たな変異種への対応。

第二層に巣食うヴァンパイヤへの対応。
クリューク殿のパーティのみで解決する問題ではございますまい。」

「それに、閣下のご令嬢の救出ですな。」
バルゴールが口を挟んだ。
「今回の新たな変異種を退けた“緋”のドルバーザ殿は、ヴァンパイヤハンターとしても名を馳せております。
必ずや、お役に立てると存じます。」

守銭奴、という事を除けば、貴族の中でもかなり良識のある部類に属するバルゴールは、吸血鬼に“囚われる”ことの意味がわからないはずはなかった。
すでに血を吸われ、下僕と化しているのは間違いない。
吸血鬼への変異が完了していれば、ともに滅ぼす相手でしかなく、そうでない場合も、拷問に等しい浄化の儀式を経たあとに、ほぼ一生の幽閉生活が待っている。

当然、王太子妃の話など、消滅する。

それでも父親の前で、そこを言わないのが、バルゴールの『良識』であった。

一方…

「第一層の変異種、ならびに階層種たる神獣は、わたしとリヨンで処理いたします。」
クリュークは淡々と言った。
戦う、勝つ、討伐、ではなく「処理」と言った。
「エルマート殿下は、いましばらく休息が必要です。今回はわたくしとリヨンだけで。」

「い、い、いくら西域で名前を売った冒険者とはいえ、2名で神獣退治だとっ」
レミゼンが唾奇を飛ばして叫んだ。
「お主も、その配下の女冒険者も、変異体の蜘蛛に苦戦していたというではないか。
よくぞ、そんな安請け合いができるものだなっ。」

「リヨンには新たな能力を付与いたしました。

相手が少々長生きした程度の蜘蛛一匹、そうそう遅れは取りますまい。

第二層の吸血鬼も…クローディア閣下の御令嬢が捕まっていなければ、すぐにでも消滅させるのですが、いささか事態が厄介になりました。」

一同はあっけにとられた。

それではまるで、フィオリナを非難しているような物言いではないか。

確かにフィオリナがなみなみならぬ強者であることは、迷宮での戦闘で多くのものが目撃している。
それにしても、だ。

まだ、うら若き乙女であり、しかも予期せぬ転移に巻き込まれて迷宮奥に飛ばされながらも、エルマート王子を守り通し、無事に生還させ、自らはその引き換えになるかのように、階層主に捕らえられている。

「クリュークどの?…であったか。」
ほとんど、無表情で通すことが多い王妃メアが、僅かに表情を歪めて、言った。
「エルマートが無事、帰還出来たのは、クローディア公爵家令嬢の並々ならぬ、忠義ならびに才あってのことと考える。
そなたの言いようは、あまりにも酷かろう。」

「これは、失礼を。」

クリュークは、表情を変えることなく、王妃ならびにクローディアに一礼した。

「此度は許すが、二度はないと心得よ。」

無表情に戻った王妃が言う。
政治向きの場では、一切発言することのない王妃の言葉はそれだけに重く、この件をそれ以上追求するのは、憚られた。

「ボルテック卿」
クローディアも感情を激することなく、静かに話す。
「長年に渡り、王国の礎を築いた卿のご意見から伺いたい。
我らは何をすべきか。いやすべきことはみな分かっているかとは存じます。
ただ、その優先順位については、それぞれ意見がございましょう。」

「ふむ・・・・では、まず前提となる条件として、まずは陛下にお尋ねしよう。
ハルトは、わしのところに寄越さぬか?」

突然の名前に、王はぎょっとしたようにうろたえ・・・王妃の顔を覗き込み、彼女がいつもの無表情なのを見てから、言った。

「それは、どういう・・・」

「つまりはさきほどの絹問屋の小倅が言ったとおりに」

バルゴールは、苦笑した。たしかに祖父の代までは、王都に店を構える商家だった。
父親の代までは、直接商売と関わってもいた。
だから、それは間違いではないのだが・・・・

「エルマートを王太子として正式に立太子し、ハルトは魔道院に寄越せ、とこういうことじゃ。
わしもいささか歳でな。そろそろ後継者も育てにゃならんと思っていた。

ハルトには今後、一切、政治には関わりあいは持たせん。生涯、わしのもとで魔道の研究と研鑽をさせる。

どうじゃ?」

「そ、それは、迷宮の攻略とどのように関係が・・・・」

「迷宮攻略を王太子の座をかけてのゲームにしたのはそちらじゃろう?
ことは、いささか難解じゃ。

魔王宮は、国の後継者問題とは切り離して考える必要がある。

下手を打てば、世界を滅ぼしかねんが、一方では限りない富と知識の宝庫となる。

エルマート殿下などにうろちょろされていては、うまくいくものもいかなくなるわい。」

王は、助けを求めるように、クローディアを、レムゼンを見つめた。

「ボルテック卿! いかに公爵家に連なるお方とはいえ、その言いようはあまりにも無礼きわまりない・・・」
「今の時点で、エルマート殿下を後継者として決めていただいたほうが迷宮攻略に本腰を入れられる、とのことですね。
慧眼、痛み入ります。」

クローディアの一睨みで、レムゼンは黙った。口をパクパクと開くが言葉にならない。

「いかがでありましょうか?

パーティを組めず、そもそも迷宮攻略に参加すら出来ない時点で、ハルト殿下は王太子である資格を失ったと言ってよいかと存じます。

正式にエルマート殿下を王太子に指名いただき、その指揮のもとで、迷宮攻略に邁進することこそが、陛下のご意向にも沿う案かと・・・・」

「それは」

何故か返答に窮した王を助けるように、クリュークが口を挟んだ。

「何より、ハルト王子自身が名乗り出て、自らの意思を陛下に申し上げたうえで陛下の裁可をもってなすべきことかと。

本人が失踪したままで、我々があれこれと案を講じ、策をねったところで、王子の意向がわからぬ以上、あとに禍根を残すことにもなりかねません。」

「そ、そうだな。」
王が、せかせかと言った。

ボルテックが顔を顰めた。

わずかな魔道の流れを感じ取ったのだ。

その流れは、王妃メアから王に流れていた。
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