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第33話 凶絵師
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クリュークはその部屋をわざわざそのためだけに借り切っていた。
元々は牢だったという。
地下のその部屋には、1階の隠し扉から、階段を降り、長い長い廊下を歩む。
音は、外には一切もれない。
そこは、ほんとうにただの閉じ込めておくのが目的の「牢」なのだろうか。
そんな疑問を裏付けるかのように、一糸もまとわぬ裸体のまま、リヨンは両手首に手錠をかけたれて天井から吊るされていた。
そんな吊るされ方をされること自体が、甚だしい苦痛をもたらす。
長い時間になれば、手首や肩が脱臼しかねない。
両足もまた、鎖がかけられ、左右から引かれるような形で固定されている。
そんな、状態で、まるでこれから拷問でも始まりかねないこの状況で、リヨンは・・・・笑っている。
「ニコル、待っていたよ。」
唇をなんども舌でなめる。何かを欲しがっている獣のように、笑う。笑う。笑う。
「この虎の意匠は失敗作だよ。耐久力はそれなり。回復力はまあまあ高い。
でも攻撃力がなさすぎる。
これじゃあ、殺したいやつを殺せない。守りたいやつを守れない。これでは、『絵師』ニコルの名が泣くよ。
たかだかちょっとでかいだけの蜘蛛にふっとばされて、動けなくなったんだ。
こんな屈辱はない。
だから・・・・」
リヨンの言葉がとまったのは、ニコルの保つ筆が、彼女の肌にふれたからだ。
のどもとから、一直線に、乳房の間を抜け、臍を通って、彼女のほとんど無毛の秘部まで。
リヨンがしなやかな肢体がのけぞった。
発せられた叫びは苦痛か、歓喜か。
筆の通ったあとは、銀のラインが引かれている。
ニコルの目は、冷静と情熱が同居していた。すなわち、精緻を極めた作品を造りだす職人と作品を作り出すためには作品を壊すことも厭わぬ芸術家の凶気。
筆はふたたび動き、リヨンの乳房を上から下からこね回すように絵の具を塗っていく。
青と赤。胸を光沢をもつ絵の具に染め上げられた、リヨンが喘ぐ。
「新しい意匠を試す。」
ニコルは、次々と筆をかえ、リヨンの身体に余すところなく、筆を走らせていく。
ほとんど、贅肉のない腹は白く、腰回りにベルトのように緑のライン、秘部から尻にかけては金のラインで覆っていく。
リヨンの身体が跳ね、鎖を引きちぎらんばかりにのたうつ。
「攻撃力・・・攻撃力・・・雑な言葉だ。戦う相手によって、場所によって、ふさわしい攻撃は違うはずだ。これか?」
脇から右手にかけて朱色の螺旋が描かれる。
「それともこうか?」
左の脇から、左の中指まで、藍色と白の渦巻で埋め尽くされる。
「そうだ。相手を見通す目も必要だろう。」
リヨンの目の周りが黒い縁取りで覆われ、両まぶたも赤で塗りつぶされていく。
「空を飛びたいか。」
肩甲骨の下に黒い稲妻に似た線が引かれる。
「火を吹きたいか?」
口の中まで、橙の絵の具を塗りたくられた。
「あ、ああああぁあああああああ」
リヨンが叫ぶ。
もはやそれは言葉にならない。いや声ですらない。なにか異界の機械が軋る音。
手足を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
石畳に叩きつけられた細い体がリバウンドした。
「ぐはっ」
口元から血が溢れた。
それが、彼女の身体に残った最後の血液。
身体を作り変えられていく苦しさに、拳で床を打ち付ける。
一撃でレンガが砕け、二撃目で、床がめくれ上がった。
「が・・・は・・・あ」
絞り出すように息を吐き出す。それが彼女に身体に残った最後の空気。
おきあがったときにリヨンの身体にはすでに一滴の血もない。
空気を吸い込むための肺も別の目的に作り変えられている。
「どうだ? リヨン。体調は?」
「わたしは・・・・」
言いかけて、声が出ることにびっくりしたように口をつぐむリヨン。
「声は、空気が喉を通るときの震えで発する音だ。」
ニコルは絵筆をしまいながら言った。
「呼吸が必要なくても、空気が喉を鳴らせば、声は出る。」
冷静にしゃべれたのもそこまでだった。
「リヨン!わたしの天使! 今度も耐えてくれたのだな!
わたしの絵を・・・・その身体で受け止めてくれた。おまえこそ、おまえだけが私の作品だ。わたしだけの・・・」
跪いたニコルの両目から涙が溢れていた。
そのまま、藍と白と朱と、奇怪な模様に埋め尽くされたリヨンの手を取る。
「愛している。おまえだけを愛している。わたしはお前のものだ。わたしの芸術は永遠におまえだけのためにある。」
「なら、抱けばよいのに。」
笑いを浮かべた口元と声のトーンは、以前のリヨンのままだった。
「性などは愛情の表現としては最も俗悪な一事例に過ぎぬ!
絵こそが、身体に刻む紋章こそが私の愛。」
凶気の芸術家は、憤然としてそううそぶいた。
ならば、数日まえに剣客家の卵である少女にしたことは立派な浮気になるのだろうが、リヨンは知らなかったし、ニコルもそんなことはきれいさっぱり忘れ去っていた。
「この文様ならば、魔王も倒せるだろう。
そのように作った。そのための作品だ。」
リヨンは、手をあげたり下げたり、自分の身体の動きと様子を確かめていたが、ふとあることに気が付き、ニコルを睨んだ。
「これ、トイレとかはどうするの?」
「そもそも食物も水も摂取の必要がない。ゆえに排泄も必要ない。」
「・・・・えっと。その近くにあるとっても大事な器官について・・・」
「その身体は、単一の個体として存在を確立している。
生物というより、究極の戦闘兵器として完成しているのだ。ゆえに、生殖活動も必要がなく・・・」
「死ねえええええええ!!」
リヨンは、この身体で大声でどなると、口内から炎熱魔法が放出されることを学んだ。
ニコルは期待した通りの性能を目の当たりにして、リヨンへの愛を再確認できた。
治療、というより再生魔法にはたっぷり金がかかったし、せっかく用意された部屋はうえの屋敷ごと損壊したが。
元々は牢だったという。
地下のその部屋には、1階の隠し扉から、階段を降り、長い長い廊下を歩む。
音は、外には一切もれない。
そこは、ほんとうにただの閉じ込めておくのが目的の「牢」なのだろうか。
そんな疑問を裏付けるかのように、一糸もまとわぬ裸体のまま、リヨンは両手首に手錠をかけたれて天井から吊るされていた。
そんな吊るされ方をされること自体が、甚だしい苦痛をもたらす。
長い時間になれば、手首や肩が脱臼しかねない。
両足もまた、鎖がかけられ、左右から引かれるような形で固定されている。
そんな、状態で、まるでこれから拷問でも始まりかねないこの状況で、リヨンは・・・・笑っている。
「ニコル、待っていたよ。」
唇をなんども舌でなめる。何かを欲しがっている獣のように、笑う。笑う。笑う。
「この虎の意匠は失敗作だよ。耐久力はそれなり。回復力はまあまあ高い。
でも攻撃力がなさすぎる。
これじゃあ、殺したいやつを殺せない。守りたいやつを守れない。これでは、『絵師』ニコルの名が泣くよ。
たかだかちょっとでかいだけの蜘蛛にふっとばされて、動けなくなったんだ。
こんな屈辱はない。
だから・・・・」
リヨンの言葉がとまったのは、ニコルの保つ筆が、彼女の肌にふれたからだ。
のどもとから、一直線に、乳房の間を抜け、臍を通って、彼女のほとんど無毛の秘部まで。
リヨンがしなやかな肢体がのけぞった。
発せられた叫びは苦痛か、歓喜か。
筆の通ったあとは、銀のラインが引かれている。
ニコルの目は、冷静と情熱が同居していた。すなわち、精緻を極めた作品を造りだす職人と作品を作り出すためには作品を壊すことも厭わぬ芸術家の凶気。
筆はふたたび動き、リヨンの乳房を上から下からこね回すように絵の具を塗っていく。
青と赤。胸を光沢をもつ絵の具に染め上げられた、リヨンが喘ぐ。
「新しい意匠を試す。」
ニコルは、次々と筆をかえ、リヨンの身体に余すところなく、筆を走らせていく。
ほとんど、贅肉のない腹は白く、腰回りにベルトのように緑のライン、秘部から尻にかけては金のラインで覆っていく。
リヨンの身体が跳ね、鎖を引きちぎらんばかりにのたうつ。
「攻撃力・・・攻撃力・・・雑な言葉だ。戦う相手によって、場所によって、ふさわしい攻撃は違うはずだ。これか?」
脇から右手にかけて朱色の螺旋が描かれる。
「それともこうか?」
左の脇から、左の中指まで、藍色と白の渦巻で埋め尽くされる。
「そうだ。相手を見通す目も必要だろう。」
リヨンの目の周りが黒い縁取りで覆われ、両まぶたも赤で塗りつぶされていく。
「空を飛びたいか。」
肩甲骨の下に黒い稲妻に似た線が引かれる。
「火を吹きたいか?」
口の中まで、橙の絵の具を塗りたくられた。
「あ、ああああぁあああああああ」
リヨンが叫ぶ。
もはやそれは言葉にならない。いや声ですらない。なにか異界の機械が軋る音。
手足を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
石畳に叩きつけられた細い体がリバウンドした。
「ぐはっ」
口元から血が溢れた。
それが、彼女の身体に残った最後の血液。
身体を作り変えられていく苦しさに、拳で床を打ち付ける。
一撃でレンガが砕け、二撃目で、床がめくれ上がった。
「が・・・は・・・あ」
絞り出すように息を吐き出す。それが彼女に身体に残った最後の空気。
おきあがったときにリヨンの身体にはすでに一滴の血もない。
空気を吸い込むための肺も別の目的に作り変えられている。
「どうだ? リヨン。体調は?」
「わたしは・・・・」
言いかけて、声が出ることにびっくりしたように口をつぐむリヨン。
「声は、空気が喉を通るときの震えで発する音だ。」
ニコルは絵筆をしまいながら言った。
「呼吸が必要なくても、空気が喉を鳴らせば、声は出る。」
冷静にしゃべれたのもそこまでだった。
「リヨン!わたしの天使! 今度も耐えてくれたのだな!
わたしの絵を・・・・その身体で受け止めてくれた。おまえこそ、おまえだけが私の作品だ。わたしだけの・・・」
跪いたニコルの両目から涙が溢れていた。
そのまま、藍と白と朱と、奇怪な模様に埋め尽くされたリヨンの手を取る。
「愛している。おまえだけを愛している。わたしはお前のものだ。わたしの芸術は永遠におまえだけのためにある。」
「なら、抱けばよいのに。」
笑いを浮かべた口元と声のトーンは、以前のリヨンのままだった。
「性などは愛情の表現としては最も俗悪な一事例に過ぎぬ!
絵こそが、身体に刻む紋章こそが私の愛。」
凶気の芸術家は、憤然としてそううそぶいた。
ならば、数日まえに剣客家の卵である少女にしたことは立派な浮気になるのだろうが、リヨンは知らなかったし、ニコルもそんなことはきれいさっぱり忘れ去っていた。
「この文様ならば、魔王も倒せるだろう。
そのように作った。そのための作品だ。」
リヨンは、手をあげたり下げたり、自分の身体の動きと様子を確かめていたが、ふとあることに気が付き、ニコルを睨んだ。
「これ、トイレとかはどうするの?」
「そもそも食物も水も摂取の必要がない。ゆえに排泄も必要ない。」
「・・・・えっと。その近くにあるとっても大事な器官について・・・」
「その身体は、単一の個体として存在を確立している。
生物というより、究極の戦闘兵器として完成しているのだ。ゆえに、生殖活動も必要がなく・・・」
「死ねえええええええ!!」
リヨンは、この身体で大声でどなると、口内から炎熱魔法が放出されることを学んだ。
ニコルは期待した通りの性能を目の当たりにして、リヨンへの愛を再確認できた。
治療、というより再生魔法にはたっぷり金がかかったし、せっかく用意された部屋はうえの屋敷ごと損壊したが。
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