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第30話 階層主との戦い
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神獣、と呼ばれるものがいる。
正確な定義は実は、ない。
その力が人間のもてる限界を遥かに超えたもの。
言葉や念話をもって、人間と対話できるもの。
長い長い年月を生きたもの。
それだけだと、古龍や精霊たちはどうなるか、あるいは研鑽と幸運により、本来の生き物としての寿命を逸脱した人間はどうなるのか、というとこれらは神獣とは呼ばれない。
いずれにしても“神獣”と呼ばれたものと戦うこと。それは暴風雨や地震、噴火と言った自然災害と戦うことに等しい、というのは西域であろうと、この北方の片田舎であろうと共通の認識である。
だが、それを実感できるとは。しかも冒険者となってほんの数日で。
リアは自分の幸運に心から感謝と遺憾の意を表していた。
具体的には、ルトに横抱きにされたまま、階層主である巨大蜘蛛の攻撃から逃げ回っている。
「撃って!リア」
そう言われる度に、光の矢を放つのだが、ものすごい勢いでぐるんぐるん動いてる感覚しかなく、もうどこを狙ってどう撃ってるのか、リアにもよく分からない。
飛び交う石の破片だけでも、当たり所次第では致命的だろう。
なにしろ、こちとら普通の人間なのだ。
あの竜巻みたいなのを起こして、障壁がわりに使いながら、光の剣を放つお姫さまと一緒にされたくはない。
それはそうと。
ルト、さわってる!ルト!
さすがにそこまでの配慮はないのか、彼女を抱いたまま戦場を走り回るルトの手が、指が、リアの微妙なところに触るのだ。
顔を赤くし、息を弾ませながら、光の矢を放つ。
城が動き出したような、階層主の巨体にそれがどこまで通じているのか。
次第に、リアはコツをつかんできた。
ルトの指示が、なくても彼の指のさわる場所、力の入れ具合で発射のタイミングが分かる。
チラと視界の端で捉えた限りでは、ヨウィスとエルマートは、瓦礫の間に糸を貼り、身を守ることに専念しているようだった。皮肉にもまるで蜘蛛の巣に閉じこもる蜘蛛のよう。
ザックは、ぐおお、とか、ぎゃあああ、とか気合いと悲鳴を交互に上げながら階層主に向かっていく。
不思議なことに、飛んできた岩で頭を潰されたように見えても、次の瞬間には立ち上がりまた、突っ込んでいく。
たぶん、見間違いだろう。
ミアの腰の当たりを抱いたルトの手が、臀部に降りる。
いま!
リアの手から光の矢がとび、飛来した荷馬車ほどもある大岩が爆散した。
ちゃんと『攻撃』してるわけではないのか?
ルトは、次々と飛来する岩や石をかわし、ながらリアに光の矢を撃ち続けてもらっている。
躱す、ほうにはまだ余裕がある。
そもそも階層主は、適当に飛び跳ねたり、叩いたりして、石畳の石片を飛び散らせているだけで、まとも攻撃をしていない。
いくつかは、魔法攻撃を試みたようだが、フィオリナが相殺してしまった。
抱いているリアはなんだかコツがわかってきたようで、撃てという前に光の矢を撃ってくれている。
確実に命中はしているのだが、階層主の動きはまったく衰えない。
フィオリナが、風を操ってさらに大きな竜巻を作る。
その大気の大渦が階層主を飲み込んだ。
神獣との戦いは天変地異との戦い。
それに間違いはないのだが、相手をしているフィオリナも尋常ではない。
そのまま風に乗って、リアとルトの隣りにふわりと降りた。
顔は少し怒っている。
「随分と楽しそうにしてる。」
「それは無限に矢が打てるクロスボウって、男の子のあこがれだから。」
「イリアを武器扱いしない!」
「ううっ」と汗に塗れたリアがうめいた。
顔は赤く上気し、苦悶するかのようにのけぞる。
「ご、こめん、ルト、も、もう出せないよお」
さすがに顔に熱いものを感じて、フィオリナとルトは視線をかわす。
「だ、そうです。」
「いまのイリアのセリフに倒錯した劣情を抱いても一応は許す。
わたしもちょっと同じこと考えた。」
いかに卓越した才能があっても魔力には限界値がある。
リアは、光の矢に関しては当たり前のように無詠唱で使えるほど相性がよかったが、それでも限界はあった。
「さて、」
フィオリナもこれだけの魔法を続けざまに使っているのだ。疲労がないはずもない。
「次の手はどうしよう?」
「姫さん!」
ボロボロになったザックが駆け寄ってきた。
たしかさっき、岩に掠められて片手がふっとんだはずだが、見間違いだろう。
惚れ惚れするような筋肉に覆われた腕はどちらも健在だ。
ただ、袖は両方共に引きちぎれている。
「俺が突っ込む!」
「・・・・さっきから、何回もやってるようだが。」
「姫さんは後ろから俺に向かって最大の魔法を撃ってくれ。その反動でやつの懐に飛び込む。」
「それ・・・死ぬぞ?ふつうに。」
「俺は死なねえ。簡単には死なねえのさ。」
フィオリナとルトは顔を見合わせた。
「で、近づいてそれから、どうするんです?」
「姫さんが撃ってくれた魔法がそのまま俺の攻撃力になる!」
「フザけた体質だな!」
階層主の巨体を覆い尽くした竜巻に、稲妻が走った。
「まあ、結果は見てのお楽しみ。そろそろ、出てくるぞ。」
言い捨てて、ザックは走り出した。
剣は落としたか、折ったか。素手になっていることに気がついて、フィオリナとルトはもう一度顔を見合わせた。
「構わねえぞ!」
走りながら、大声でザックは叫んだ。
「強けりゃ強いほどいい。光の剣でも大竜巻でもなんでもござれだ! まかせたぜ、姫さん!」
「・・・・というと・・・・」
フィオリナは眉間にシワを寄せて考えた。
「攻撃力・・・・階層主の回復力・・・・治癒能力を回避・・・」
うん、と頷いて、短い詠唱を唱える。
それは、人間の言葉ではなかった。
「え」
ルトの頬に冷や汗が。
「開け、冥界の門」
ゴオっ
虚空になおも空の門が開いた。
向こう側は・・・・なにもない。
少なくともこちらから知覚できるものは。
そこを冥界、と呼ぶのは、命あるものがそのままではいられない異世界を表すための比喩にすぎない。
そこから。
光の剣に似た。しかもまったく似ていない闇色の剣がしずしずと現れた。
伸ばしたフィオリナの手に収まる。
そのまま振りかぶって、彼女は闇色の剣を投擲した。
剣は、ザックの背中に突き刺さり・・・・
闇色がザックを包む。
皮膚はもちろん、肉が腐りおちる。骨すらもぼろぼろに崩壊していく。
「こ、これは奈落魔法・・・て、おいなんでにんげ・・・」
舌も声帯も腐り落ち・・・
「・・・がこんな魔法知ってるんだ! 光属性の魔法使いじゃ・・・」
またたく間に復元し。
「ありえな・・・・」
また腐り落ちる。
危険を感じた、というより、あまりにもおぞましいその姿に忌避感を覚えたのだろう。
階層主が巨大な足を振り下ろした。
腐りかけのザックが地面の染みになる・・・そして復活する。
懸命にしがみついたその足に、ザックから闇が伝染し、爪先から徐々に闇色に染め上げていく。
骨だけになったザックが足に噛みつき、噛み付いたまま、骨にザックの顔が再生されていき、また腐りおちる。
ザックが噛んだところからも闇はひろがり、階層主の足を侵していく。
「なんだ、なんなんです!こいつは!」
頭部の蜘蛛少女が叫んだ。
「すいません。ぼくもわかりませんが、邪神の信徒なんでしょ? そういう攻撃では?」
ルトが律儀に叫び返した。
「腐食攻撃はそっちのフィオリナの魔法の効果だろうけと! こいつがなぜ死なないか、なぜ、うけた魔法の効果を自分の攻撃に出来るのか。」
半ばまで青黒く腐った自分の足を別の足で切り落とす。
だが、足の途中まで登っていたザックが、胴体に飛びつく、いや、詳しく言うとこうだ。
ザックが半分溶けかけた指で、自分の頭蓋骨を掴み、蜘蛛の胴体に向かって放り投げ、胴体に噛み付いた頭蓋骨を中心にザックの身体が再生されたのだ。
「そもそも奈落魔法の攻撃は、再生が極めて効きにくい・・・治癒魔法との相性の悪さは致命的・・・・なのに、こいつの身体だけは再生される・・・・なぜ・・・」
ぶつぶつと呟きながらも蜘蛛少女は、身体をゆすり、他の足を使ってザックをこそぎ落とそうと試みる。
だが、ザックは溶けたり、戻ったりを繰り返しつつ、蜘蛛の表皮に穴をあけ、そこからさらに腐食を伝播させていく。
「なる・・・これは・・・治癒ではない。」
少女がぽんと手を叩いた頃には、もはや、蜘蛛の身体の三分の一はぐずぐずに溶けた泥濘と。なっている。
「これは“呪い”だ。」
「不死身になるのが呪い、です?」
「不死身になっているように見えるのは結果。呪いの効果は・・・・」
蜘蛛少女は、ずぼっと、蜘蛛の頭部から身体を引き抜いた。
腰から下はふわりと裾のひろがったスカートのようにも見えたが、パニエの骨組みを形成したいたのは蜘蛛の足だった。
「すまんすまん。お主たちは別に友垣でもない。味方ですらなかった。あまりしゃべりすぎてもつまらんのです。ここは一度、仕切り直させてもらいます。
第一階層をとはいえ、あまり簡単に抜けられてしまっては、下のものに叱られる。」
「話しながら、重要な器官をあそこに集めてたのか。」
フィオリナは舌打ちしながら、手を伸ばした。
先ほどと同様、いやさらに多く、八本の光の剣が蜘蛛少女の周りを取り囲む。
にっ笑って、蜘蛛少女の姿がかき消えた。
光の剣空を切り、あるいは、蜘蛛の胴体を抉って、肉片と体液を撒き散らしたが、本体?がいない今、それは何の意味もなかった。
力を失った蜘蛛の身体がずるりと土煙をあげて横倒しになる。
「転移で逃げられた!これじゃ、第二階層への道が開かない!」
「いや、これだけ、事実を積み重ねられてれば充分。」
フィオリナは、にんまりと笑った。
目を閉じる。
大きく息を吸い込む。
目を開ける。
「第一階層よ! おまえの階層主は倒されたぞ!!」
事実を改変する。
物も場所も騙す。
それが、フィオリナの魔法。
ごおおお。
地鳴りの音がした。
蜘蛛巨体が耕した広大な広場に亀裂が走る。
亀裂だけではすまない。
広場そのものが割れ、砕け、
「まさか、広場ごと崩落する!」
「まさかしなくても崩落します。」
ルトは、フィオリナを慰めるように肩を叩いた。相変わらず、フィオリナのほうがちょっと背が高い。
三人の隣に鋼糸の繭が降りてくる。
ヨウィスが顔を出して、中にはいるよう促した。
中にいたエルマートが飛び出してきてリアを抱き起こす。
「魔力欠乏で気を失ってます。怪我はありません。」
そう言うルトをエルマートが睨んだ。
「わたしの繭玉の中ならこのまま落ちても大丈夫。ただし途中下車はできない。」
ヨウィスは相変わらずの無表情。
だが、わたしの繭玉、という言葉に、フィオリナとルトがほっとしたような表情を浮かべた。
正確な定義は実は、ない。
その力が人間のもてる限界を遥かに超えたもの。
言葉や念話をもって、人間と対話できるもの。
長い長い年月を生きたもの。
それだけだと、古龍や精霊たちはどうなるか、あるいは研鑽と幸運により、本来の生き物としての寿命を逸脱した人間はどうなるのか、というとこれらは神獣とは呼ばれない。
いずれにしても“神獣”と呼ばれたものと戦うこと。それは暴風雨や地震、噴火と言った自然災害と戦うことに等しい、というのは西域であろうと、この北方の片田舎であろうと共通の認識である。
だが、それを実感できるとは。しかも冒険者となってほんの数日で。
リアは自分の幸運に心から感謝と遺憾の意を表していた。
具体的には、ルトに横抱きにされたまま、階層主である巨大蜘蛛の攻撃から逃げ回っている。
「撃って!リア」
そう言われる度に、光の矢を放つのだが、ものすごい勢いでぐるんぐるん動いてる感覚しかなく、もうどこを狙ってどう撃ってるのか、リアにもよく分からない。
飛び交う石の破片だけでも、当たり所次第では致命的だろう。
なにしろ、こちとら普通の人間なのだ。
あの竜巻みたいなのを起こして、障壁がわりに使いながら、光の剣を放つお姫さまと一緒にされたくはない。
それはそうと。
ルト、さわってる!ルト!
さすがにそこまでの配慮はないのか、彼女を抱いたまま戦場を走り回るルトの手が、指が、リアの微妙なところに触るのだ。
顔を赤くし、息を弾ませながら、光の矢を放つ。
城が動き出したような、階層主の巨体にそれがどこまで通じているのか。
次第に、リアはコツをつかんできた。
ルトの指示が、なくても彼の指のさわる場所、力の入れ具合で発射のタイミングが分かる。
チラと視界の端で捉えた限りでは、ヨウィスとエルマートは、瓦礫の間に糸を貼り、身を守ることに専念しているようだった。皮肉にもまるで蜘蛛の巣に閉じこもる蜘蛛のよう。
ザックは、ぐおお、とか、ぎゃあああ、とか気合いと悲鳴を交互に上げながら階層主に向かっていく。
不思議なことに、飛んできた岩で頭を潰されたように見えても、次の瞬間には立ち上がりまた、突っ込んでいく。
たぶん、見間違いだろう。
ミアの腰の当たりを抱いたルトの手が、臀部に降りる。
いま!
リアの手から光の矢がとび、飛来した荷馬車ほどもある大岩が爆散した。
ちゃんと『攻撃』してるわけではないのか?
ルトは、次々と飛来する岩や石をかわし、ながらリアに光の矢を撃ち続けてもらっている。
躱す、ほうにはまだ余裕がある。
そもそも階層主は、適当に飛び跳ねたり、叩いたりして、石畳の石片を飛び散らせているだけで、まとも攻撃をしていない。
いくつかは、魔法攻撃を試みたようだが、フィオリナが相殺してしまった。
抱いているリアはなんだかコツがわかってきたようで、撃てという前に光の矢を撃ってくれている。
確実に命中はしているのだが、階層主の動きはまったく衰えない。
フィオリナが、風を操ってさらに大きな竜巻を作る。
その大気の大渦が階層主を飲み込んだ。
神獣との戦いは天変地異との戦い。
それに間違いはないのだが、相手をしているフィオリナも尋常ではない。
そのまま風に乗って、リアとルトの隣りにふわりと降りた。
顔は少し怒っている。
「随分と楽しそうにしてる。」
「それは無限に矢が打てるクロスボウって、男の子のあこがれだから。」
「イリアを武器扱いしない!」
「ううっ」と汗に塗れたリアがうめいた。
顔は赤く上気し、苦悶するかのようにのけぞる。
「ご、こめん、ルト、も、もう出せないよお」
さすがに顔に熱いものを感じて、フィオリナとルトは視線をかわす。
「だ、そうです。」
「いまのイリアのセリフに倒錯した劣情を抱いても一応は許す。
わたしもちょっと同じこと考えた。」
いかに卓越した才能があっても魔力には限界値がある。
リアは、光の矢に関しては当たり前のように無詠唱で使えるほど相性がよかったが、それでも限界はあった。
「さて、」
フィオリナもこれだけの魔法を続けざまに使っているのだ。疲労がないはずもない。
「次の手はどうしよう?」
「姫さん!」
ボロボロになったザックが駆け寄ってきた。
たしかさっき、岩に掠められて片手がふっとんだはずだが、見間違いだろう。
惚れ惚れするような筋肉に覆われた腕はどちらも健在だ。
ただ、袖は両方共に引きちぎれている。
「俺が突っ込む!」
「・・・・さっきから、何回もやってるようだが。」
「姫さんは後ろから俺に向かって最大の魔法を撃ってくれ。その反動でやつの懐に飛び込む。」
「それ・・・死ぬぞ?ふつうに。」
「俺は死なねえ。簡単には死なねえのさ。」
フィオリナとルトは顔を見合わせた。
「で、近づいてそれから、どうするんです?」
「姫さんが撃ってくれた魔法がそのまま俺の攻撃力になる!」
「フザけた体質だな!」
階層主の巨体を覆い尽くした竜巻に、稲妻が走った。
「まあ、結果は見てのお楽しみ。そろそろ、出てくるぞ。」
言い捨てて、ザックは走り出した。
剣は落としたか、折ったか。素手になっていることに気がついて、フィオリナとルトはもう一度顔を見合わせた。
「構わねえぞ!」
走りながら、大声でザックは叫んだ。
「強けりゃ強いほどいい。光の剣でも大竜巻でもなんでもござれだ! まかせたぜ、姫さん!」
「・・・・というと・・・・」
フィオリナは眉間にシワを寄せて考えた。
「攻撃力・・・・階層主の回復力・・・・治癒能力を回避・・・」
うん、と頷いて、短い詠唱を唱える。
それは、人間の言葉ではなかった。
「え」
ルトの頬に冷や汗が。
「開け、冥界の門」
ゴオっ
虚空になおも空の門が開いた。
向こう側は・・・・なにもない。
少なくともこちらから知覚できるものは。
そこを冥界、と呼ぶのは、命あるものがそのままではいられない異世界を表すための比喩にすぎない。
そこから。
光の剣に似た。しかもまったく似ていない闇色の剣がしずしずと現れた。
伸ばしたフィオリナの手に収まる。
そのまま振りかぶって、彼女は闇色の剣を投擲した。
剣は、ザックの背中に突き刺さり・・・・
闇色がザックを包む。
皮膚はもちろん、肉が腐りおちる。骨すらもぼろぼろに崩壊していく。
「こ、これは奈落魔法・・・て、おいなんでにんげ・・・」
舌も声帯も腐り落ち・・・
「・・・がこんな魔法知ってるんだ! 光属性の魔法使いじゃ・・・」
またたく間に復元し。
「ありえな・・・・」
また腐り落ちる。
危険を感じた、というより、あまりにもおぞましいその姿に忌避感を覚えたのだろう。
階層主が巨大な足を振り下ろした。
腐りかけのザックが地面の染みになる・・・そして復活する。
懸命にしがみついたその足に、ザックから闇が伝染し、爪先から徐々に闇色に染め上げていく。
骨だけになったザックが足に噛みつき、噛み付いたまま、骨にザックの顔が再生されていき、また腐りおちる。
ザックが噛んだところからも闇はひろがり、階層主の足を侵していく。
「なんだ、なんなんです!こいつは!」
頭部の蜘蛛少女が叫んだ。
「すいません。ぼくもわかりませんが、邪神の信徒なんでしょ? そういう攻撃では?」
ルトが律儀に叫び返した。
「腐食攻撃はそっちのフィオリナの魔法の効果だろうけと! こいつがなぜ死なないか、なぜ、うけた魔法の効果を自分の攻撃に出来るのか。」
半ばまで青黒く腐った自分の足を別の足で切り落とす。
だが、足の途中まで登っていたザックが、胴体に飛びつく、いや、詳しく言うとこうだ。
ザックが半分溶けかけた指で、自分の頭蓋骨を掴み、蜘蛛の胴体に向かって放り投げ、胴体に噛み付いた頭蓋骨を中心にザックの身体が再生されたのだ。
「そもそも奈落魔法の攻撃は、再生が極めて効きにくい・・・治癒魔法との相性の悪さは致命的・・・・なのに、こいつの身体だけは再生される・・・・なぜ・・・」
ぶつぶつと呟きながらも蜘蛛少女は、身体をゆすり、他の足を使ってザックをこそぎ落とそうと試みる。
だが、ザックは溶けたり、戻ったりを繰り返しつつ、蜘蛛の表皮に穴をあけ、そこからさらに腐食を伝播させていく。
「なる・・・これは・・・治癒ではない。」
少女がぽんと手を叩いた頃には、もはや、蜘蛛の身体の三分の一はぐずぐずに溶けた泥濘と。なっている。
「これは“呪い”だ。」
「不死身になるのが呪い、です?」
「不死身になっているように見えるのは結果。呪いの効果は・・・・」
蜘蛛少女は、ずぼっと、蜘蛛の頭部から身体を引き抜いた。
腰から下はふわりと裾のひろがったスカートのようにも見えたが、パニエの骨組みを形成したいたのは蜘蛛の足だった。
「すまんすまん。お主たちは別に友垣でもない。味方ですらなかった。あまりしゃべりすぎてもつまらんのです。ここは一度、仕切り直させてもらいます。
第一階層をとはいえ、あまり簡単に抜けられてしまっては、下のものに叱られる。」
「話しながら、重要な器官をあそこに集めてたのか。」
フィオリナは舌打ちしながら、手を伸ばした。
先ほどと同様、いやさらに多く、八本の光の剣が蜘蛛少女の周りを取り囲む。
にっ笑って、蜘蛛少女の姿がかき消えた。
光の剣空を切り、あるいは、蜘蛛の胴体を抉って、肉片と体液を撒き散らしたが、本体?がいない今、それは何の意味もなかった。
力を失った蜘蛛の身体がずるりと土煙をあげて横倒しになる。
「転移で逃げられた!これじゃ、第二階層への道が開かない!」
「いや、これだけ、事実を積み重ねられてれば充分。」
フィオリナは、にんまりと笑った。
目を閉じる。
大きく息を吸い込む。
目を開ける。
「第一階層よ! おまえの階層主は倒されたぞ!!」
事実を改変する。
物も場所も騙す。
それが、フィオリナの魔法。
ごおおお。
地鳴りの音がした。
蜘蛛巨体が耕した広大な広場に亀裂が走る。
亀裂だけではすまない。
広場そのものが割れ、砕け、
「まさか、広場ごと崩落する!」
「まさかしなくても崩落します。」
ルトは、フィオリナを慰めるように肩を叩いた。相変わらず、フィオリナのほうがちょっと背が高い。
三人の隣に鋼糸の繭が降りてくる。
ヨウィスが顔を出して、中にはいるよう促した。
中にいたエルマートが飛び出してきてリアを抱き起こす。
「魔力欠乏で気を失ってます。怪我はありません。」
そう言うルトをエルマートが睨んだ。
「わたしの繭玉の中ならこのまま落ちても大丈夫。ただし途中下車はできない。」
ヨウィスは相変わらずの無表情。
だが、わたしの繭玉、という言葉に、フィオリナとルトがほっとしたような表情を浮かべた。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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