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第27話 追うものと追われるものと
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前金は、持ち逃げを心配しなくていいのかという金額だった。
あの謎の騎士爵の年金のざっと3年分はある。
渡されたのは、柄が狼の頭部を意匠にした長剣で、クローディア公爵曰く。
“収納ができん代物なのでこのまま、フィオリナに渡してくれ”
『収納できない剣って、え?それってまさか伝説級の・・・ってこと?』
『もちろん使い手としては、フィオリナを認識している。
ほかのものが、使おうとしても使えないし、7日間以上、フィオリナが手を触れないとすねて、周りのものに呪詛を振りまき始めるから。』
「で、これって何日め、よ。」
ローゼが気味悪そうに、丁寧に布でくるまれた長剣を受け取った。
「何日って・・・お姫さんたちが転移させられてから今日で四日目だから、まあ、遅くてもあと三日?」
「ぐわああ、難易度がめちゃめちゃ上がる。」
叫んで、部屋のソファに陣取った雇い主のほうを振り返った。
「ハルト王子をいかがいたしますか? クローディア公爵家令嬢の目の前では、下手に始末、いや事故に見せかけることも難しいかと存じますが。」
「ヤツの認識阻害がきいている限り、クローディアの娘は、ヤツを駆け出し冒険者のルト、としか認識できない。」
クリュークは不快そうに言った。
「彷徨えるフェンリル」の前では、クリュークは例の紳士的な物腰は捨て去っていた。
「かといって、むやみに殺すな。タイミングというものがある。
今回は無事に迷宮から脱出させることを優先しろ。」
「どうも、そのクローディア公爵のご令嬢がですね。妙にルトを気に入っているようなのですが、その“認識阻害”ってやつは効いてるんですかね。」
「やつを直接知るものは、冒険者のルトがハルト王子だと認識できない。」
クリュークが不快そうなのは、その魔法がきいたこともない未知のものだから、ということもあるようだった。
「父である王も、弟のエルマート第二王子も、クローディア公爵も、宮中で面識があったはずのバルゴールもやつと直接話しても本人だと認識できなかった。
それ以外のところは、すべて正常であるにもかかわらずな。
伝言虫を通じてのリヨンからの連絡では、クローディアの娘にも効いているようだ。
駆け出し冒険者のルトを気に入ったのは単に顔立ちの好みの問題だろう。」
クリュークはソファから立ち上がった。
ザックとローゼンが最敬礼して見送る。
「わたしは、これから『絵師』ニコルを迎えに行ってくる。
これからの予定もある。リヨンは明後日中に、連れ帰れ。」
「かしこまりました、マスター。」
「蜘蛛八体。変異種なし。」
ヨウィスがぼそぼそと言った。
「そのまま始末できるか?」
「二体、胴体を切断。残りが来る。」
「エルマート、聖剣用意。リア、光の矢を準備。リヨンはいちいち脱がない。ルトはわたしの後ろへ。」
「姫さんが、坊やばっかり贔屓する…」
「身内にも敵がいる状況で、油断できるか。リア、光の矢をリヨンに向かって撃ち方始め!」
リヨンは逃げ出した。わけではなく、横合いの通路から現れた小型蜘蛛に、突っ込んでいったのだ。
いままでない紫の表皮に包まれた蜘蛛は、切断されると同時に青黒い体液を吹き出し、リヨンの手を爛れさせた。
委細かまわず、リヨンは次の一匹の頭を掴んで、地面に叩きつける。
足元をすり抜けようとした三匹目を蹴り上げ、天井に叩きつけられた蜘蛛が落ちてくるところを手刀で両断した。
両手首から先、肩から胸にかけて。
そして顔の右半分が、体液をあびて、ジュウジュウと音をたてて、侵食されていく。
苦痛でないはずがない。
が、リヨンは明るい声で
「二匹逃したよ。頼んだ。」
と叫んだ。
リアが、光の矢を放つ。一匹をかすめ、片側の足を一列まとめて吹き飛ばした。
動きがとまった蜘蛛にエルマートが剣を振り下ろす。
王家に伝わる名剣は、蜘蛛の頭部を両断した。
飛び散った体液が、エルマートの服にマントに付着し、穴を開けた。
が、エルマーとは身じろぎもしない。この数日の経験で彼なりになにか覚悟するところがあったのだろう。
フィオリナに向かう最後の一匹。
フィリオナが剣を抜こうとした瞬間、背後から飛び出した銀光が、蜘蛛の頭部を貫いていた。
柄もとまで突き刺さったナイフで、命を絶たれながらも、蜘蛛はそのままの勢いで、通路の壁に激突し、ひっくり返って体を痙攣させた。
「いい腕だとは思うけど。」フォオリナはそのまま剣を納めると笑った。「でも投げたナイフをいちいち回収するのも大変じゃない。」
ルトが腕を振ると、蜘蛛に刺さったナイフが飛び出して、ルトに戻った。
「糸巻き」
とヨウィスが言った。
「ルトは筋がいい。」
「ヨウィスの鋼糸? 貸し出ししてるのを見たのははじめてかも。」
「ん。確かにそうかもしれない。貸してくれって言われたことも今までないし。」
「回復魔法を使えるひと!!」
ルトが叫んだ。
「エルマートの服が破けた。あと、ちょこっと、リヨンも破けてる。」
「い、いじめだ。」
リヨンはバタバタと地面を叩いた。
リアが回復魔法を唱えようとするが、フィオリナが先に指先に淡い光を生み出す。
光に包まれたリヨンが息をついて立ち上がった。
肌を侵していた毒液はきれいに拭い去られ、ひどい火傷ににた肌の傷もきれいに回復している。
ただ、肌にほどこされた虎の毛皮を模した模様は消えていない。
おそらく彼女に獣の力を与えているその模様そのものが、彼女と一体化しているのだろう。
「いちいち、脱ぐな、と言われても」
リヨンは脱ぎ捨てたジャケットを羽織りながら、エルマートに笑いかけた。
「今の戦い方だと、着てるもののほうが保たないよ。わたしは別に裸でも気にしないんだけど、王子さまの目の毒だよね。
けっこうずっと見てるし。」
エルマートは顔を赤くしてそっぽを向いた。
リアが複雑そうな顔でそれを眺めいてる。
「ね? ルト? あの二人ってどう思う? なんかお似合いな感じ、ない?」
フィオリナがつんつんして耳元でささやくが
「それよりも、ここから脱出してハルト王子を探しましょう。」
「ふっ・・・まあ、それもそうね。」
「・・・・姫、当たり前のことを考え深かげに話さない。」
一息入れてから、一行は進み始める。
迷宮は、相変わらず、城の中を思わせる造りになっている。
複数の石を組み合わせた床と壁。
ゆらゆらと揺れるランプの炎。
気温は、わずかに肌寒い。
ルトの隣にエルマートが寄ってきた。
「あの・・・・ルト?」
「はい、王子?」
「エルマートでいい。」
「はい、エルマート。」
「素直だな・・・・」
エルマートはいきなり呼び捨てにされたことに少しひいたようだったが
「さっきフィオリナ先輩となにを話してた?」
「それは本人にきいてください。」
「それはその・・・・」エルマートは言いにくそうに「聞けるわけないじゃないか?」
「言ったことじゃなくて思ってたであろうことでもいいですか?」
「・・・いいけど。」
「となりにいい女がいるのに、裸の胸に自動的に視線がいっちゃうなんて男ってほんとにしょうがない。」
「い、いま、フィリオナ先輩の声で脳内再生されたぞ。
ほ、ほんとにそんなこと思われたのかなあ。」
「びびりすぎです。結婚しようと思ってた女性でしょ。」
「いや・・・それはその。」
エルマートは視線を落とした。
「ハルトにぃの婚約破棄は、やっぱり酷いと思って。で、フィオリナ先輩が寝込んでしまったってきいて、なんとか元気づけてやりたいな・・・と。」
「あなたごときが?」
「う、それを言われると・・・」
エルマートはしょげている。その表情は年相応であり、そのようにしていると普通の14歳の少年にしか見えなかった。
これが「王室の種馬」なのだから思春期というのは本当にどうしようもないものだ。
「父上とぼくはよく似てる・・・その・・・悪いところが。」
何を言い出すのか、とルトは顔を覗き込んだが、エルマートはいたく真剣な面持ちだった。
「どちらもおだてにのりやすい。追従に弱い。目の前だけがうまく回ってればそれでよくって、とくかく問題とまともに向き合おうとしない。」
「“夜会派”のことですか?」
「フィオリナ先輩からきいたのか? そう、あいつらだって、別に無能なやつばかりじゃない。正しく制御できてれば、国のために役立ってくれる人材だっているはずだ。
でも、父上では、ダメなんだ・・・そしてたぶんぼくも。」
「・・・・・」
「ぼくはたぶん、王太子になって王位を継ぐだろう。そのときは、やっぱり身近で、相談ができて、官僚制度とは違うところで国を動かしていく人材が必要なんだ。
そういう知己を得るために学校に行くんだ・・・って昔、ハルトにいが教えてくれたことがある。でも・・・ダメだな。ぼくの周りは追従におべんちゃら、逆にぼくが何を思って何を考えてるかなんて気にしてくれる学友はだれもいない。」
「そりゃ、そういう相手ばっかり周りに置きたがるからでしょうが。自業自得って言うんですよ。」
「い、いまハルトにいの声で脳内再生されたぞっ」
「便利な“音声記録魔道具”を頭の中に抱えてるんですね。」
しばらくは無言で二人は歩いた。
リアが少し離れて心配そうにそれを見守っていた。
「あ、あの」
「なんです?」
「イリアとは、つ、付き合ってないのか?」
「付き合うっていうのは、その・・・」ルトは指をくるくる回した。
動作に意味はないが、とりあえず、男女のそういった行為を下品にならずに表現できる語彙が浮かばなかったのだ。
「そういうことをしたかってことですか?」
「・・・・それも含めて、だけど。」
「チャンス、みたいなのはありましたね。なにもしてないです。」
エルマートがどこかほっとしたように息をはいた。
「・・・ぼくは・・・願望だけ言ってもいいか?」
「言うのは自由ですが。」
「ぼくはイリアを寵姫に迎えたい。」
「妃と言わないとこがリアルで、なんかヤですね。」
「結婚は王室にとっては政治だから。」
やや。言い訳がましくエルマートは言った。
「フィオリナ先輩と結婚出来ない以上、王妃はたぶん、周りの国の王女を迎えることになるだろう。そのとき・・・・もし、その・・・イリアとのことが嫌でなければ」
意を決したようにエルマートは言った。
「きみも来てくれないか?」
「・・・・えっと、寵姫として?」
「・・・・なんでそうなる?」
「話の流れからそうでしょうが。」
「ぼくは・・・このパーティが好きだ。将来、政治をやっていくときにこんなパーティで国を運営していきたい。」
「だからってぼくを巻き添えにしなくても。」
「ふふっ・・・それはたぶん逆なんだな。」
「と、いうと?」
ルトは首をかしげた。
「イリアはぼくの寵姫となる。たぶん正室よりもいろいろなことを相談する立場になるだろう。場合によっては次の跡継ぎの母になるかもしれない。」
「ん・・・・なるほど。ヨウィスは魔道院か、ギルドの統括を担当させて、フィオリナは・・・クローディア公爵だから当然、武力でも政治的な面でも右腕になってくれる。
ぼくは、場合によってはフィオリナの干渉役になってくれる、とか期待されてます?
・・・ならリヨンは?」
「今回の後継者争い後も『燭乱天使』には、我が国に残って引き続き、ギルドの統括にあたってもらう約束になっている。リヨンもだからしかるべき地位につける予定だ。
ルト、きみだけが、浮いてるんだよ。
もし、家柄とかが不満ならどこかの貴族の養子にしてもらえばいい。
学歴とかなら騎士学校あたりで3年辛抱すると、卒業資格が取れる。きみの体術、判断力ならぜったいにいい成績で卒業できるから、胸をはって、ぼくの側近になってくれ。
本当はハルトにいがそうなってくれるのがよかったんだけど…
え? 笑うなよ。真面目に言ってるんだぞ。」
ルトは単純に嬉しかった。それが笑みになっただけだ。
蝕乱天使は、やはり単に褒賞目当てでこの国に来たのではない。
この国を。
この国そのものが欲しいのだ。
この大事な情報を得られたのと。
あとは、自分の兄弟がそれほど愚かでも悪い奴でもないのがわかったから。
あの謎の騎士爵の年金のざっと3年分はある。
渡されたのは、柄が狼の頭部を意匠にした長剣で、クローディア公爵曰く。
“収納ができん代物なのでこのまま、フィオリナに渡してくれ”
『収納できない剣って、え?それってまさか伝説級の・・・ってこと?』
『もちろん使い手としては、フィオリナを認識している。
ほかのものが、使おうとしても使えないし、7日間以上、フィオリナが手を触れないとすねて、周りのものに呪詛を振りまき始めるから。』
「で、これって何日め、よ。」
ローゼが気味悪そうに、丁寧に布でくるまれた長剣を受け取った。
「何日って・・・お姫さんたちが転移させられてから今日で四日目だから、まあ、遅くてもあと三日?」
「ぐわああ、難易度がめちゃめちゃ上がる。」
叫んで、部屋のソファに陣取った雇い主のほうを振り返った。
「ハルト王子をいかがいたしますか? クローディア公爵家令嬢の目の前では、下手に始末、いや事故に見せかけることも難しいかと存じますが。」
「ヤツの認識阻害がきいている限り、クローディアの娘は、ヤツを駆け出し冒険者のルト、としか認識できない。」
クリュークは不快そうに言った。
「彷徨えるフェンリル」の前では、クリュークは例の紳士的な物腰は捨て去っていた。
「かといって、むやみに殺すな。タイミングというものがある。
今回は無事に迷宮から脱出させることを優先しろ。」
「どうも、そのクローディア公爵のご令嬢がですね。妙にルトを気に入っているようなのですが、その“認識阻害”ってやつは効いてるんですかね。」
「やつを直接知るものは、冒険者のルトがハルト王子だと認識できない。」
クリュークが不快そうなのは、その魔法がきいたこともない未知のものだから、ということもあるようだった。
「父である王も、弟のエルマート第二王子も、クローディア公爵も、宮中で面識があったはずのバルゴールもやつと直接話しても本人だと認識できなかった。
それ以外のところは、すべて正常であるにもかかわらずな。
伝言虫を通じてのリヨンからの連絡では、クローディアの娘にも効いているようだ。
駆け出し冒険者のルトを気に入ったのは単に顔立ちの好みの問題だろう。」
クリュークはソファから立ち上がった。
ザックとローゼンが最敬礼して見送る。
「わたしは、これから『絵師』ニコルを迎えに行ってくる。
これからの予定もある。リヨンは明後日中に、連れ帰れ。」
「かしこまりました、マスター。」
「蜘蛛八体。変異種なし。」
ヨウィスがぼそぼそと言った。
「そのまま始末できるか?」
「二体、胴体を切断。残りが来る。」
「エルマート、聖剣用意。リア、光の矢を準備。リヨンはいちいち脱がない。ルトはわたしの後ろへ。」
「姫さんが、坊やばっかり贔屓する…」
「身内にも敵がいる状況で、油断できるか。リア、光の矢をリヨンに向かって撃ち方始め!」
リヨンは逃げ出した。わけではなく、横合いの通路から現れた小型蜘蛛に、突っ込んでいったのだ。
いままでない紫の表皮に包まれた蜘蛛は、切断されると同時に青黒い体液を吹き出し、リヨンの手を爛れさせた。
委細かまわず、リヨンは次の一匹の頭を掴んで、地面に叩きつける。
足元をすり抜けようとした三匹目を蹴り上げ、天井に叩きつけられた蜘蛛が落ちてくるところを手刀で両断した。
両手首から先、肩から胸にかけて。
そして顔の右半分が、体液をあびて、ジュウジュウと音をたてて、侵食されていく。
苦痛でないはずがない。
が、リヨンは明るい声で
「二匹逃したよ。頼んだ。」
と叫んだ。
リアが、光の矢を放つ。一匹をかすめ、片側の足を一列まとめて吹き飛ばした。
動きがとまった蜘蛛にエルマートが剣を振り下ろす。
王家に伝わる名剣は、蜘蛛の頭部を両断した。
飛び散った体液が、エルマートの服にマントに付着し、穴を開けた。
が、エルマーとは身じろぎもしない。この数日の経験で彼なりになにか覚悟するところがあったのだろう。
フィオリナに向かう最後の一匹。
フィリオナが剣を抜こうとした瞬間、背後から飛び出した銀光が、蜘蛛の頭部を貫いていた。
柄もとまで突き刺さったナイフで、命を絶たれながらも、蜘蛛はそのままの勢いで、通路の壁に激突し、ひっくり返って体を痙攣させた。
「いい腕だとは思うけど。」フォオリナはそのまま剣を納めると笑った。「でも投げたナイフをいちいち回収するのも大変じゃない。」
ルトが腕を振ると、蜘蛛に刺さったナイフが飛び出して、ルトに戻った。
「糸巻き」
とヨウィスが言った。
「ルトは筋がいい。」
「ヨウィスの鋼糸? 貸し出ししてるのを見たのははじめてかも。」
「ん。確かにそうかもしれない。貸してくれって言われたことも今までないし。」
「回復魔法を使えるひと!!」
ルトが叫んだ。
「エルマートの服が破けた。あと、ちょこっと、リヨンも破けてる。」
「い、いじめだ。」
リヨンはバタバタと地面を叩いた。
リアが回復魔法を唱えようとするが、フィオリナが先に指先に淡い光を生み出す。
光に包まれたリヨンが息をついて立ち上がった。
肌を侵していた毒液はきれいに拭い去られ、ひどい火傷ににた肌の傷もきれいに回復している。
ただ、肌にほどこされた虎の毛皮を模した模様は消えていない。
おそらく彼女に獣の力を与えているその模様そのものが、彼女と一体化しているのだろう。
「いちいち、脱ぐな、と言われても」
リヨンは脱ぎ捨てたジャケットを羽織りながら、エルマートに笑いかけた。
「今の戦い方だと、着てるもののほうが保たないよ。わたしは別に裸でも気にしないんだけど、王子さまの目の毒だよね。
けっこうずっと見てるし。」
エルマートは顔を赤くしてそっぽを向いた。
リアが複雑そうな顔でそれを眺めいてる。
「ね? ルト? あの二人ってどう思う? なんかお似合いな感じ、ない?」
フィオリナがつんつんして耳元でささやくが
「それよりも、ここから脱出してハルト王子を探しましょう。」
「ふっ・・・まあ、それもそうね。」
「・・・・姫、当たり前のことを考え深かげに話さない。」
一息入れてから、一行は進み始める。
迷宮は、相変わらず、城の中を思わせる造りになっている。
複数の石を組み合わせた床と壁。
ゆらゆらと揺れるランプの炎。
気温は、わずかに肌寒い。
ルトの隣にエルマートが寄ってきた。
「あの・・・・ルト?」
「はい、王子?」
「エルマートでいい。」
「はい、エルマート。」
「素直だな・・・・」
エルマートはいきなり呼び捨てにされたことに少しひいたようだったが
「さっきフィオリナ先輩となにを話してた?」
「それは本人にきいてください。」
「それはその・・・・」エルマートは言いにくそうに「聞けるわけないじゃないか?」
「言ったことじゃなくて思ってたであろうことでもいいですか?」
「・・・いいけど。」
「となりにいい女がいるのに、裸の胸に自動的に視線がいっちゃうなんて男ってほんとにしょうがない。」
「い、いま、フィリオナ先輩の声で脳内再生されたぞ。
ほ、ほんとにそんなこと思われたのかなあ。」
「びびりすぎです。結婚しようと思ってた女性でしょ。」
「いや・・・それはその。」
エルマートは視線を落とした。
「ハルトにぃの婚約破棄は、やっぱり酷いと思って。で、フィオリナ先輩が寝込んでしまったってきいて、なんとか元気づけてやりたいな・・・と。」
「あなたごときが?」
「う、それを言われると・・・」
エルマートはしょげている。その表情は年相応であり、そのようにしていると普通の14歳の少年にしか見えなかった。
これが「王室の種馬」なのだから思春期というのは本当にどうしようもないものだ。
「父上とぼくはよく似てる・・・その・・・悪いところが。」
何を言い出すのか、とルトは顔を覗き込んだが、エルマートはいたく真剣な面持ちだった。
「どちらもおだてにのりやすい。追従に弱い。目の前だけがうまく回ってればそれでよくって、とくかく問題とまともに向き合おうとしない。」
「“夜会派”のことですか?」
「フィオリナ先輩からきいたのか? そう、あいつらだって、別に無能なやつばかりじゃない。正しく制御できてれば、国のために役立ってくれる人材だっているはずだ。
でも、父上では、ダメなんだ・・・そしてたぶんぼくも。」
「・・・・・」
「ぼくはたぶん、王太子になって王位を継ぐだろう。そのときは、やっぱり身近で、相談ができて、官僚制度とは違うところで国を動かしていく人材が必要なんだ。
そういう知己を得るために学校に行くんだ・・・って昔、ハルトにいが教えてくれたことがある。でも・・・ダメだな。ぼくの周りは追従におべんちゃら、逆にぼくが何を思って何を考えてるかなんて気にしてくれる学友はだれもいない。」
「そりゃ、そういう相手ばっかり周りに置きたがるからでしょうが。自業自得って言うんですよ。」
「い、いまハルトにいの声で脳内再生されたぞっ」
「便利な“音声記録魔道具”を頭の中に抱えてるんですね。」
しばらくは無言で二人は歩いた。
リアが少し離れて心配そうにそれを見守っていた。
「あ、あの」
「なんです?」
「イリアとは、つ、付き合ってないのか?」
「付き合うっていうのは、その・・・」ルトは指をくるくる回した。
動作に意味はないが、とりあえず、男女のそういった行為を下品にならずに表現できる語彙が浮かばなかったのだ。
「そういうことをしたかってことですか?」
「・・・・それも含めて、だけど。」
「チャンス、みたいなのはありましたね。なにもしてないです。」
エルマートがどこかほっとしたように息をはいた。
「・・・ぼくは・・・願望だけ言ってもいいか?」
「言うのは自由ですが。」
「ぼくはイリアを寵姫に迎えたい。」
「妃と言わないとこがリアルで、なんかヤですね。」
「結婚は王室にとっては政治だから。」
やや。言い訳がましくエルマートは言った。
「フィオリナ先輩と結婚出来ない以上、王妃はたぶん、周りの国の王女を迎えることになるだろう。そのとき・・・・もし、その・・・イリアとのことが嫌でなければ」
意を決したようにエルマートは言った。
「きみも来てくれないか?」
「・・・・えっと、寵姫として?」
「・・・・なんでそうなる?」
「話の流れからそうでしょうが。」
「ぼくは・・・このパーティが好きだ。将来、政治をやっていくときにこんなパーティで国を運営していきたい。」
「だからってぼくを巻き添えにしなくても。」
「ふふっ・・・それはたぶん逆なんだな。」
「と、いうと?」
ルトは首をかしげた。
「イリアはぼくの寵姫となる。たぶん正室よりもいろいろなことを相談する立場になるだろう。場合によっては次の跡継ぎの母になるかもしれない。」
「ん・・・・なるほど。ヨウィスは魔道院か、ギルドの統括を担当させて、フィオリナは・・・クローディア公爵だから当然、武力でも政治的な面でも右腕になってくれる。
ぼくは、場合によってはフィオリナの干渉役になってくれる、とか期待されてます?
・・・ならリヨンは?」
「今回の後継者争い後も『燭乱天使』には、我が国に残って引き続き、ギルドの統括にあたってもらう約束になっている。リヨンもだからしかるべき地位につける予定だ。
ルト、きみだけが、浮いてるんだよ。
もし、家柄とかが不満ならどこかの貴族の養子にしてもらえばいい。
学歴とかなら騎士学校あたりで3年辛抱すると、卒業資格が取れる。きみの体術、判断力ならぜったいにいい成績で卒業できるから、胸をはって、ぼくの側近になってくれ。
本当はハルトにいがそうなってくれるのがよかったんだけど…
え? 笑うなよ。真面目に言ってるんだぞ。」
ルトは単純に嬉しかった。それが笑みになっただけだ。
蝕乱天使は、やはり単に褒賞目当てでこの国に来たのではない。
この国を。
この国そのものが欲しいのだ。
この大事な情報を得られたのと。
あとは、自分の兄弟がそれほど愚かでも悪い奴でもないのがわかったから。
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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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