婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第21話 彷徨えるフェンリル、奮闘す

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転移魔法。
使えるものは少なく、また高度な術式を要求されるため、詠唱だけではなく、転移陣と併用されるのが一般的だった。

人間の魔道師では、使えるものも限られる。
その数少ない例外がここに、いた。

「老師、遅かったですな。」
クローディアは、『自分の娘が、魔物とともに転移魔法で迷宮の奥深くに連れ去られるのを目の当たりにした父親』にしてはわりと落ち着いた口調で言った。

「動き出したのが遅くてな。なにせ、ほらハルトのやつにパーティ参加を断られるとは思っていなかったもので。
まあ」
魔道院の妖怪は、後ろに控えたメンバーを振り返った。
体格はまちまち。
揃いの革の鎧に身をつつみ、それぞれの得物をさげた五人。顔はベールで隠したまま、

無言のままだが、すさまじい威圧感があった。

「まあまあ、満足のいくメンバーが揃えられた。
それより」

妖怪は杖をあげた。
火球は数十個同時に現れ、のこった小型蜘蛛へ発射される。

それらは、蜘蛛共がにげても追尾し、またたく間に残った蜘蛛は掃討されていった。

それは炎の魔法に耐性をもつ銀の表皮をもつ変異グモも例外ではなかった。

「ちょっとやそっとでは効かないなら、もうちょっと火力をあげてみればよいのだよ。」

残った冒険者達が呆然と見守る中、じじいはせせら笑った。

「ところで戦いはまだ終わっておらん。先の転移はたんにあの大蜘蛛を引き寄せただけではない。」

若き冒険者たちを巻き込んだ転移空間はまだぐずぐずと息づいていたが、やがて。

「あれは『交換転移』といって、ものを『入れ替える』のに使う技法じゃ。言うてるよりみたほうが早いか。」

たった今、金属外皮の変異ジャイアントスパーダーと若き冒険者たちを飲み込んだ空間は、今度は別種のジャイアントスパイダーと、息も絶え絶えの冒険者たちを吐き出した。

意識を失ったように見えるパーティメンバーを後ろに、ジャイアントスパイダー対峙する冒険者は転移のショックにふらつき、膝をつき、倒れ込んだ。

「風の使者のレオンハートだ!」

冒険者たちのひとりだ叫んだ。
パーティ「風の使者」は王都でもトップの冒険者に目されている。顔見知りのものも多かった。

極彩色の外皮をもつジャイアントスパイダーもいきなりの転移が予想外だったのか、レオンに襲いかかるのを中断し、複眼を光らせてあたりを見回した。

ジャイアントスパイダーがどこまでの知能があるのかはわからない。

ただ、その複眼の揺らめきは、獲物が増えたことを喜んでいるようだった。


「魔道院のボルテック閣下とお見受けします。」

両手と、スーツを蜘蛛の体液で汚したクリュークが丁寧に頭を下げた。

「『燭乱』のクリューク殿かな? 初にお目にかかる。いろいろ噂はきいておるよ。」
「恐れ入ります。『風の使者』の救出にはわたしが向かうはずでしたが、メンバーが今の転移に巻き込まれてしまい、いかがしたものかと思っておりましたところです。

このまま、アレを倒してしまえば、第一層の攻略は終了いたします。こうなると運がよいのか悪いのか。」

「ふむ・・・・体内に魔道回路が複数ある。」

ボルテック卿は、興味深げに新種のジャイアントスパイダーを眺めていたが

「あいつを倒すのは、当然としても、一層の階層主は別にいるぞ。」

「ほう・・・なにゆえ、そのように判断されました?」

「転移魔法を使ったのが、先の大蜘蛛でもこいつでもないからだ。」

ボルテック卿は、首にかけた宝珠をはずしかけて・・・やめた。

「ふん・・・・魔法を使える魔物か。珍しくはないが、昆虫型に限定するとわしも書物のなかでしかしらん。」

かわりに懐から取り出した小さなクルミほどの陶器を指で押しつぶす・・・
あたかな淡い光がレオンとそのパーティを包んでいく。

「む・・・回復魔法・・・これほどの・・・」

レオンは立ち上がり、なんとか体を起こしたメンバーを連れてジャイアントスパイダーを警戒しながら後退する。
だが、ジャイアントスパイダーは、すでにレオンたちには興味を失ったようだった。

新しい獲物は、クリュークをはじめとする、ここまでほとんど無傷のメンバー。

たった今到着した、ボルテック卿率いる「魔道騎士団」。
クローディア公爵率いる「白狼」。メンバーは2名減。
最後のひとり、クリュークのみとなった「栄光の盾」。
全員が無傷の「彷徨えるフェンリル」ただし見習い2名減。

キシャアアアア

その耳障りな叫びが一種の詠唱であったのか。
空間が裂け、そこからまたも小型蜘蛛たちが這い出そうとする。

「それは、させんよ。」

ボルテック卿が杖を一振り。
開きかけた空間の隙間が、バグンっと閉じた。ちょうど這い出そうとしていた小型蜘蛛の頭や爪先が切断されてバラバラと落下した。

続いて生み出した火球は先ほどよりも多い。
それが一斉にジャイアントスパイダーに殺到する。

またも奇怪な叫びをあげたジャイアントスパイダーの前に、瀑布があらわれ、火球はそこに炸裂し、もうもうと水蒸気をあげた。

「その水を使わせてもらおうかい。」
次々と放つ魔術はすべて、詠唱破棄。

蜘蛛が呼び出した大量の水は、逆巻き、そのまま氷の槍となって、蜘蛛の体を貫こうとする。
咄嗟に大きく跳躍した蜘蛛めがけて、「白狼」のコッペリオが連続して火球を放った。

蜘蛛は…なにもない空中を足場にさらに跳躍。火球をかわし天井を走る。

「空間機動と重力魔法の組み合わせかい。こいつ、戦い慣れておる。」

蜘蛛が叫ぶ。生じた「風刃」は目で追える数ではなかった。
一撃で致命傷になる威力はないはずだが…あるものは盾をかまえ、あるものはかわし、あるものは同系の魔法で相殺し…

その中、「彷徨えるフェンリル」のザックだけが、まともに風の刃を喰らった。
いや、承知の上で突撃したのだろう。
しかし、鎧もズタズタに裂け、上半身は血まみれだ。それでも距離を潰すように、地上に降りたジャイアントスパイダーに突っ込んでいく。

いや、剣士の彼は先の小型蜘蛛との戦闘で剣を失っていた。

近づいて、近づいてどうする?

蜘蛛の叫びはさらに多くの風刃を生み出した。
ザックの顔に、首に、胸元にあらたな傷口が生じ、真っ赤な血が噴き出す。

彼はそのまま、ジャイアントスパイダーに組みついた。

魔法型のジャイアントスパイダーは先の金属表皮の同類よりは二回りも小型だった。それでも雄牛よりも大きい。
人間が組み打ちしてどうなるものでも…ない。

実際にザックの胸には深々と蜘蛛の爪が突き刺さり、その牙が首筋に食らいつく。

「打て、ローゼ!」

すでにローゼは詠唱を終えていた。特大の火球が、ザックの背中に撃ち込まれる。

炎に包まれたザックに食らいつくのは流石に諦め、後退しようとしたジャイアントスパイダーの頭部をザックががっちりと抱え込んだ。

「逃すかよ。ここからが美味しいところなのに。」
炎がザックに効いていない訳ではない。髪は燃え上がり、皮膚も燃えて、赤黒い筋肉が剥き出しになっている。

「喰らえ! ファイヤーパンチ!」

炎に包まれたザックの拳が、蜘蛛の顎門に叩き込まれた。蜘蛛は苦痛の声をあげたが、そのまま顎を閉じ、ザックの右腕を噛みちぎる。

あまりにも無茶な戦いぶりに、「彷徨えるフェンリル」以外の全員が唖然としている。

いや、自分が燃えてるからファイヤーパンチ…まあ、間違ってはいないけど。
でもどう考えても攻撃してるお前のほうがダメージ大きくない?

「ファイヤーキック!」

燃える膝蹴りが、蜘蛛の腹部に突き刺さる。

「ファイヤーデスロック!」

自分の胸に深々と撃ち込まれた蜘蛛の足をとって、関節技に…

いや、それもうファイヤー関係ないからっ!

いや、関係がなくもなかった。
ザックの体が燃えている限り、密着した蜘蛛も徐々にではあるが、ダメージを受けざるを得ないのだから。

蜘蛛が叫んだ。火を消し止めるために大量の水が降り注ぐ。

同時にローゼが雷撃魔法を打ち込む。

ザックの体が痙攣し、口から、目から。煙が上がった。

「さ、」
瀕死(と言うかなぜ死なない?)のザックが声を振りしぼる。
「サンダーバックドロップ!」
蜘蛛の胴のくびれた部分を抱え込み、そのまま反り投げを放つ。

どこがサンダーだかは、わからなかったが十分な速度の乗った投げに、蜘蛛の頭部が石畳にめり込んだ。

「腕が復活しておる・・・」
ボルテック卿がつぶやいた。

二の腕から食いちぎられたザックの腕は元通りになっていた。
そればかりではない。
炎と雷撃で白濁した眼球が、瞬きすると元の金色の輝きを、いやそれ以前にまぶたも燃え落ちていたはずではないのか。

炭化した皮膚を、かきむしるとその下からは普通の肌が現れた。
燃え尽きた髪も生え変わる・・・どういうものか髪型さえもキープされていた。

蜘蛛の鋭い爪がえぐった胸の傷も、みるまに修復されていく。
外見の傷よりも内蔵の傷は、治りにくいものなのだが、ザック自身が涼しい顔をしているところを見ると、肺も心臓も元通りになっているのだろう。

足をあげてブーツの踵で蜘蛛の頭を踏みつける。踏みつける。踏みつける。

蜘蛛も気を失うことがあるのか。
もはやピクリとも動こうとはしない。

「おやめください。その生き物は生きたまま回収します。」

クリュークの声に、ザックがびくりとして動きを止めた。

「い、いや止めを刺さないと危険だ・・・・ぜ。」
そう言いながらもザックは、蜘蛛への攻撃をやめた。

「わしもそっちの冒険者の意見に賛成じゃな。魔物を無力化したまま、捉えるよりも、素材にばらしたほうが経済的にも有利じゃ。」
「申し訳ありません、ボルテック卿、ここはグランドマスターの権限ということでお許しください。この変異体が階層主でなかったのはお慧眼の通り。
単なる一モンスターに過ぎないならば、わたくしの属する『燭乱天使』の研究に役立たせていただきます。」

クローディア公爵は、剣の柄に手をかけたまま、注意深く、ジャイアントスパイダーに近づいた。

確かに意識は失っているようだが、目立った外傷はない。

クリュークが、「魔力封印」「麻痺」「意識混濁」などの呪符を手際よく蜘蛛の頭部や体に貼り付けていくのを見守った。

「クローディア公爵閣下」

悲壮な顔で、背後から呼びかけたのは「楼蘭」のミア=イアだった。

「なんだ、改まって。いつものように親父殿でかまわんぞ。」
「冗談ごとではございません。わたしくをかばって、お嬢さまが・・・」
「ああ、そのことか。」

クローディアはわざと明るい顔で笑った。

「地上に戻ったら、救援を要請しよう。おそらくあの少年が言っていた蜘蛛にきく毒物をまく方法は、少なくともこの階層では有効そうだ。
『楼蘭』の損害はどうだ? 傷は痛むか?」

「公爵閣下。」
ミア=イアは涙をこぼした。
「探索に参加した冒険者の七割が負傷しています。一ヶ月以内に復帰できるものはそのうち半数にも満たないかと思われます。
ですが・・・ですが、命を落としたものはひとりもおりません。
閣下やお嬢さまが、命をかけて蜘蛛の襲撃からここを守り抜いていただいたおかげです。

あとは、お嬢さまをはじめ、行方不明となった6名さえ無事に帰還すれば・・・」

「リヨンがついております。」
クリュークが口をはさんだ。

仮死状態になった蜘蛛は、「収納」したようだった。
“とりあえず、リリースはこの国を出てからやってくれ”
とクローディアは心のなかで願った。

「あれも本調子ではないにしろ、この階層で魔物に遅れをとることは考えられません。
水や携行食が尽きる前に、エルマート殿下やフィオリナさまを発見できれば。」

“それをうまく陛下に説明できるといいだろうな”
と、口には出さない。

「そちらのほうも実は心配してはおりません。
なにしろ、うちの“隠者”ヨウィスが一緒なのでね。場合によってはこのまま第6層まで攻略してもかまわないとすら思っているのですよ。」

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