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第20話 抗う者たち
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「彷徨えるフェンリル」はほかの銀級パーティに比べると明らかに精彩をかいていた。
実力や特長が知られていないために、クローディアたちが指示を出しにくかった、と言うのもあるだろう。
なにより、足でまとい(になるかもしれない)初心者を二人抱えているため、積極的に前に出づらい、ということも関係していたがしれない。
しかし。
もはや、状況はそうも言っていられなくなってきた。
「剣が曲がりやがった。」
もっと上質な素材の剣ならば、折れたり、砕けたりするものだったが、ザックの剣は、一匹めを切ったところで刃こぼれし、さらにもう一匹は切るのではなく、殴り倒し、その次でへし曲がって使い物にならなくなった。
ローゼはザックの背中に隠れるようにして、炎の矢を放つ。
無詠唱で、しかもこれだけ連発ができるのは、並々ならぬ術者であることを意味していたが、銀の外皮をもつ蜘蛛は吹き飛びこそすれ、のそのそと起き上がり、また飛びかかってきた。
あまり効いてない、と見たローゼが、氷の矢に切り替える。
だが、これも蜘蛛の皮膚を貫くには至らなかった。
トッドは、短い柄の金属製の棍棒に似た武器で、蜘蛛をなぐりとばしていた。
これは、まだ、銀皮の蜘蛛にも効果があるようで、当たりどころがよければ、そのまま蜘蛛を昏倒させる威力は十分にあった。
ただし、斥候という役柄上、必ずしも急所に一撃を見舞うだけの技量が、トッドにはないようで、積極的に攻撃するというより、襲ってくる相手を近づけないように棍棒を振り回すのがやっとのようだった。
召喚士はカマキリに似た召喚獣を呼び出していた。
かなり強力な召喚獣だったようだったが、最初続けざまに三、四引きを葬ったところで、銀色に噛みつかれ、引きずり倒され、そこにさらに蜘蛛が殺到すると虹色の粒子になって消えていった。
「いいか、合図したら」
折れた剣のかわりに、トッドから棍棒を預かったザックが、リアとルトに言った。
“逃げろ”
というつもりだったが、ルトが勝手にあとを引き取った。
「撃って。」
「は?」
「詠唱は破棄。合言葉は“数撃ちゃ当たる”。用意・・・・」
リアの体から魔力が膨れ上がる。
専門が魔術ではないザックにもはっきりわかった。
これはとんでもない・・・・・
戦う冒険者たちの一角から悲鳴があがったのはそのときだった。
天井に張り付いた金属の外皮をもつジャイアントスパイダーの鋼糸による攻撃。
盾や斧で、銀色蜘蛛となんとかやりあっていた冒険者たちが、血しぶきをあげて倒れる。
“楼蘭”のミア=イアが駆け込んで、負傷した冒険者達を逃がす。剣を振るって、糸の斬撃とやりあっていたが、なにかに足をとられて転倒した。
彼らを相手にしていた銀色蜘蛛十匹あまりは、別の手近な獲物、すなわち「彷徨えるフェンリル」へ殺到した。
「撃って」
「りょ」
蜘蛛に向かって、リアの両手から光の矢が放たれた。
ライトニングボウ。
光の矢。
光子弾。
呼び方は国によって、また魔術の流派によって違う。だが、一応、同じ魔法、とされている。
それは・・・・実体はある。光に包まれた「何か」であり、その属性は放ったものの意思に従う。
バンっ音をたてて、戦闘の蜘蛛の頭部が吹き飛んだ。
頭部だけではない。体ごと貫通して、光の矢が通ったこぶし大の穴からは向こう側の壁が見えた。
蜘蛛の反応は迅速だった。たんに床をまっすぐ床を走るのをやめ、ジグザクの線を描き。
バンッ。
光の矢が掠め、片方の足を根こそぎ、持っていった。
バンッ!
頭と胴体が千切れ、別々の物体となって床に落ちる。
光の矢を躱しながら高くジャンプした蜘蛛は、そのまま空中を走った・・・おそらく予め、蜘蛛の糸を渡してあったのだろう。これはリアも捉えることができない・・・・
だがその牙は、リアの顔の直前でガクンと止まった。
蜘蛛の足の一本をルトが掴んでいた。
もう片方の手でナイフを逆さまにもっている。その柄で、コツンと蜘蛛を叩いた。
それほど強い打撃には見えなかった。
だが、次の瞬間には、蜘蛛の眼球、口、関節の隙間から、黄色い体液が噴出し、地面におちた蜘蛛はもうピクリともしなかった。
「あっぶない。」
とルトが言ったのは、蜘蛛の噴出した体液を、リアも自分も浴びずにすんだ、ということで、
なにかが危険という意味ではなさそうだった。
「あ、あ、あんたたち・・・」
ローゼが、あえぐように呟いた。
「ごめんなさい。わたし、冒険者は初めてなんですが、戦うことは初めてじゃないんです。
育ったとこでじゃあ、二つ名付きで呼ばれてました。」
「二つ名・・・って。」
「三丁目の悪夢。」
なんじゃそりゃああっ
聞こえたものすべてが、心のなかでそう突っ込んだが、かまわずリアは次の獲物を見つけて、再び光の矢を放つ。
大型犬ほどもある銀色蜘蛛の動きは早い。
光の矢ははずれるものもある。
だが、それでも3つに1つは的を貫く。
炎が、氷が、風が。通じなかったのが嘘のように次々と蜘蛛は死体となって転がっていく。
「イリア!」
叫んで駆け寄ってきたのはエルマートだった。
「イリアだろっ! いきなり学校からいなくなるから心配してたんだ。なんでこんなとこで冒険者なんて。」
「あぁあああああぁあああああ・・・誰かなんか言ったみたいだけどなあんにもきこえないなあ。」
「うんうん。突然聞こえなくなるフリ、ってお見事だね。」
「ぜんぜん、お見事でもないし、カードを使うまでもなくまた会ったな、ルト。」
出口の確保を、外で待機していた冒険者にまかせて、蜘蛛退治に戻ったフィオリナがうれしそうに手を振った。
「は・・・は。クローディア公のご令嬢・・・」
ザックが喘ぐように言った。
「よしよし、直答を許すぞ、異国の踏破級パーティよ。どうも見たところ、迷宮探索より対人戦闘向きのチームのようだな。
難しい話をしているときでもところでもないが、どうだ? この二人まとめて、金貨20枚でわたしに売り飛ばさないか?」
「そもそもそんな話をしてる場合でもないと思うんだけど。」
「イリア! ずっと探してたんだよ! やっぱりぼくにはきみしかいないんだ。」
「エルマート王子!わたしが護衛してるんだから、勝手にフラフラしない!」
虎の隈取をした少女・・リヨンが、後ろから、エルマートを羽交い締めにした。
「待ってくれ、リヨン。あ、あれが、イリアこそがぼくの真実の愛・・・」
「わたしの前でシンジツノアイがどうのこうの言ったらぶん殴る!」
「ご、ごめんなさい、フィオリナ先輩っっ」
「少年!!」
半笑いでエルマート、フィオリナ、リアを見比べていたリヨンはビシッとルトを指差した。
「どうもこの場を収拾できるのはきみしかいないようだ・・・・」
「自分で手が負えないから、ぼくにフリましたね。」
ギクッとしたように、リヨンは黙り込んだ。汗がつーと頬を流れ落ちる。
「じゃ、こうしましょ。」
ルトは天井を見上げた。
鋼糸を操り、斬撃や火、風、氷の魔法を無効化する外皮につつまれたジャイアントスパイダーの複眼が明滅する。
懸命に糸をさばき続けるミア=イアはもう長くは持たないだろう。
「アレを倒したものから、自分のやりたいことの優先権があるってことで。」
再び転倒したミア=イアに不可視の斬撃が迫った。
ギシっ
空気が歪む音。
見えない斬撃は見えない斬撃に弾き飛ばされる。
「それはそれは、いいお話かも」
ふわりと小柄な灰色マントをなびかせた人影は、「白狼」の糸使いヨウィスだった。
「わたしも混ぜ混ぜしてもらう。拒否は認めない。」
鋼糸・・・それが、ヨウィスたち「糸使い」が使う特殊な加工を施した金属の糸。
金属の表皮をもつジャイアントスパイダーが体内で生み出した蜘蛛糸は、鋼糸と同等の性能をもっていた。
空間で糸と糸がぶつかり、火花をあげ、ときには絡み合う。
パチパチと音をたてて、糸が切断され、力を失ったそれは銀の五月雨となって降り注ぐ。
「そもそもそのデカさで糸使いは向いてない。」
ヨウィスは、両手をあげて一斉に糸を鋼糸を放った。
「まずはそこから降りてこい。」
ジャイアントスパイダー・・・馬車ほどもあるその大きさを天井に爪をたてるだけでは支えきれなかったのだろう。
空中にも極細の蜘蛛糸が、張り巡らされ、蜘蛛の体をささえていた。
ヨウィスの糸がそれを切断する。
バランスを失ったジャイアントスパイダーは、それでも無様に、地上に転がり落ちはしなかった。
壁に蜘蛛糸を打ち込み、方向を変え、ヨウィスめがけて頭上から襲いかかる。
だがそのときにはヨウィスが飛び上がっていた。
そんな体術があるとはとても思えない、小柄で、やせた少女は長いローブをなびかせて、自ら張り巡らせた鋼糸のうえを走る。
走りながら、鋼糸を放つ。
人間なら鎧ごと真っ二つにできる糸の斬撃は、しかし、蜘蛛の表皮にわずかに傷をつけただけだった。
「う・・・切る・・・攻撃には強かったんだっけ。」
その間にリアとハルトが、ほとんど意識を失った、ミア=イアを担ぎ上げて、後方に運ぶ。
エルマートがもたもたと聖剣ナントカを抜いて、ナントカいう口上を述べていたが、だれも相手にしなかった。
幸運なことに当のジャイアントスパイダーすら相手にしなかったので、なぜか彼は戦場でひとり安全圏におかれたかっこうになった。
「がうう」
リヨンが叫びをあげて、シャツを引きちぎった。
リヨンの上半身がむき出しになる。小ぶりだが形のよい乳房と贅肉のないお腹が露出されたがこれも誰も注目してくれなかった。
リヨンはちらりとクローディア公爵を見たのだが、彼は、またも怪我をして戻ったパーティの誘導と、地上からあらたに送り込まれた応援部隊への指示に忙しく、正直、リヨンの裸に注目するどころではない。
がっかりしたリヨンは、怒りを目の前の大蜘蛛にぶつけることにした。
鋭い爪を、口から吐き出される溶解性のある毒液を、軽々と躱して、胴体に噛み付く。
切断への防御にすぐれた蜘蛛の表皮は、噛みつきに対しては以外に柔らかく、リヨンは表皮の一部を食いちぎった。
ま、まずっ
錆びた鉄の味が口いっぱいにひろがって、リヨンは慌てて口の中のものを吐き出した。
そのまま、離れるのも癪なので、胴体に爪をたてて、しがみつく。
頭に移動して目でもつぶしてやろうかと、考えていると、蜘蛛がすさまじい勢いで飛び上がった。
背中あたりにしがみついたリヨンに、天井が迫る。あわてて飛び退いたリヨンを蜘蛛の足の一本が払い除け、体がふっとぶ。
くるくると空中を回転しながらエルマートを見ると、まだ聖剣抜刀の口上が終わっていなかった。
あれはもういいや、公爵のお姫さまは・・・と見ると、フィオリナのかざした手の中に、光の剣が生まれる。
先ほどの、リアだかイリアだかが放った光魔法のさらに上位バージョンだ。
数はそれほど打てないが、威力は数倍のはず・・・・それを槍の投擲の要領で、ジャイアントスパイダーに投げつけた。
早い。
巨体でありながらも蜘蛛の敏捷性を失ってはいないジャイアントスパイダーも回避が間に合わず、足の一本を横殴りに払った。
光の槍はそこに炸裂。
足が千切れ吹っ飛ぶ。
「へえ・・・けっこう頑丈なんだ。」
感心したようにつぶやくフィオリナにジャイアントスパイダーが毒液を放つ。
フィオリナは風の障壁をつかって、毒液をちらした。そのまま、抜剣。
振り抜いた一撃が、蜘蛛の鋼糸を切断する。
着地したジャイアントスパイダーに、今度はリアの光の矢が着弾した。
しかし・・・・
リヨンは、噛み付いたときの感触を思い出した。
でかいだけあって、表皮は小型の眷属よりはるかに厚く。そしてその分強い。
当たった光の矢は、十数発。蜘蛛の複眼のひとつが潰れたが、その他には効いたように見えない。
「あまり強力な魔法では、避難中の冒険者を巻き込んでしまう。」
少年が、次の攻撃をしかけようとするフィオリナに後ろから話しかけた。
振り返らずにフィオリナは頷いた。
「けっこう、早い。あと糸がやっかいだ。イリアでは見きれないと思う。きみはどう? エルマートは当然無理として。」
「どうも、お尻から糸を出して、爪でコネコネして放ってるぽいんだよ。」
二人のそばに、着地したリヨンは「で、どうする?」と尋ねた。
「とりあえず、足をもう2,3本吹き飛ばしてみよう。糸も思うように操れなくなるだろうし、動きもいまのような動きはできなくなると思う。思います。」
フィオリナが公爵令嬢だったことを思い出したように、ちょっと敬語を使う少年にフィオリナが笑って答える。
「わたしが一本受け持とう。ペイント女はいけるか?」
「この柄じゃなければ、ぜんぶ受け持ってもいい。けど、このスタイルだと・・・一本かな?」
「じゃ、ぼくとリアで一本を。」
平然と言い、なんとなく、フィオリナとリヨンは納得したような顔できいたのだが
「どうやって? リアだかイリアだかの光の矢ではそこまでの威力はでないぞ?」
「そもそもルトってなんか攻撃の手段をもってたの? え? そのちっちゃなナイフで何をするって?」
足の一本と複眼をひとつ失った大蜘蛛が彼らに突進。しかし、なにかに引っかかったように止まった。
そのまま、もがく。
「蜘蛛糸砦」
自分の張り巡らせた鋼糸からふわりと降りたヨウィスが解説した。
「あいつ、切りにくいから、絡め取ってみた。蜘蛛を蜘蛛の巣にひっかけたのははじめて。」
「ん、では、ぼくから行きます。リア、光の矢を準備してくれる?」
なんの変哲のない小さなナイフ。
買い物につきあったリアは価格まで知っている。
もともと投擲につかうと言って買ったナイフ。「彷徨えるフェンリル」のローゼもあんまりお金はだせないというので、中古品でかなり錆がきたのを買って丁寧に研いだのだ。
歩く速度も普通。
まっすぐにヨウィスの糸に絡まりもがくジャイアントスパイダーに近づく。
キラっと糸の煌めきが走り、ジャイアントスパイダーは自らの糸でヨウィスの糸を切断した。
ルトめがけて振り下ろされる爪。
ルトは半歩、横に動いた。
いままでルトがいた地面に爪が叩きつけられる。
すさまじい衝撃に、石畳が割れる。砕けた破片が飛び散る。
その中を。
ジャイアントスパイダーの足。その関節部分にルトは、ナイフを刺した。
刺した・・・というより差し込んだ。そんなゆっくりした動作だった。
そのまま、二撃、三撃もわずかに体をのけぞらせたり、頭をさげたりして躱す。
歩みは最初の鉤爪をかわすために動いた半歩を覗いては変わらない。
「へえ・・・へえ・・・」
フィオリナがうれしそうに笑う。
「ハルト以外にこの歩法ができるやつがいたんだ。世の中ってひろい!」
「と、いうか、姫さん・・・」
「ん?なに? ペイント女。」
「いや、なんでも・・・・確かにあそこを狙えば刺さる、けど、それでどうやって足一本を動かなくする?」
「リア! ナイフを撃って。」
「うん!」
冒険者見習いの少女の体に、凄まじい魔力が循環する。
蜘蛛が鋼糸を放った。ヨウィスの糸がそれを弾く。
距離もある。蜘蛛の動きは早く、的はあまりにも小さなナイフだった。だが。
“あのイリアならそういうのは得意だったはず”
ルトとフィオリナは、ほぼ同じタイミングで同じことを思った。
リアの光の矢が蜘蛛の複眼めがけて続けざまに放たれる。
躱しきれぬ、と判断したか、蜘蛛は一瞬、動きをとめ、前足をあげて複眼をガードする姿勢をとった・・・・
その一瞬でリアには十分だった。
リナの光の矢は、さきほど、ルトが刺したナイフに直撃し、ナイフはその力を増幅し・・・・体内で開放した。
蜘蛛の足の一歩が、内側から爆発する。
千切れはしなかったが、完全に力を失ったそれは、もはや体重を支えることも、糸を操ることもできなくなっていた。
「アレ? 千切れない? 意外と頑丈・・・・」
「でしょ? わたしもさっきの光の剣で、上半身はふっとばすつもりで撃ったんだけどね。」
言いながら、放つほど難易度の低い魔法ではないはずだったが、無造作に作り出した光の槍を、これも無造作に投げつけ、なんというか、ほんとに無造作に着弾して、無造作に足を吹き飛ばす。
リヨンが反対側の足にしがみつき、噛みつき、爪をたて、そのまま自分の体を回転させた。
「あれって・・・もぎ取るつもり?」
リアが唖然として言った。リヨンは初対面のはずであったが、すでに今日一日で冒険者達の戦いを見てきたリアにとってもそんな戦い方は考えてもいなかったようだ。
そもそも、魔物や獣に体力で劣るから人間は、武器や防具を携え、魔法を使い、ときとして罠をはったりするのだ。
まともにいってまともに組み討ちしてまともに足をもぎとれるのなら、そもそもそいつ自身が人間じゃなくね?
蜘蛛はリヨンをその巨体で押しつぶそうとし、リヨンは掴んだ足を離すまいとして、一匹と一人はごろごろと床をころがった。
ぼぎ
と鈍い音がして、蜘蛛の足を関節から引きちぎったリヨンが満面の笑みで立ち上がる。
「とったどーーーー」
体をおこした蜘蛛が、毒液を吐きかけようと口を開きかけたところをもぎとった蜘蛛自身の足でぶん殴った。
巨体が横転して、壁のちかくまでふっとんだ。
「さっきのお返しっと」
足をぽいっと投げ捨てて、リヨンは意気揚々とみんなのところに戻ってきた。
「聖なる光よわれに力を!」
全員がすっかり、存在を忘れていたエルマートが、王家に伝わる宝剣を振りかざし、蜘蛛にかけよった。
剣がわずかに燐光を帯びているところをみると、長々とした口上は、ただの決め台詞的なものではなくなにか聖剣から力を引き出すための詠唱だったのだろう。というか、この状況でそう、考えてもらえないエルマートをちょっとかわいそうだと、ルトは思った。
ひょっとしたら、エルマートが蜘蛛に止めの一撃を加えられるのか?
それならそれで・・・とルトが思ったとき、蜘蛛のいる空間がぐにゃりと歪んだ。
転移・・・・
間近にいたエルマートも巻き込まれる・・・
「にっがすかああ!!!」
エルマートを守るという任務はとうに忘れているリヨンだったが、「獲物」に逃げられるということへの本能的な忌避感から、彼女は全力疾走で突進した。
その彼女の頭上を飛び越えていくものがいる。
しかも両手に、リアとヨウィスをぶらさげて。
“お姫さまもたいがいにしろよなっ”
歯噛みするリヨンに並走しながら、
「ほらこれ。」
と坊やがジャケットを差し出した。
「これ、きみのでしょ? 女の子が半分裸のままっていうのもあれなんで、拾ってきた。」
“もう!!”
声にならない叫びをあげて、「白狼」2名、「栄光の盾」2名、「彷徨えるフェンリル」2名(見習い)は、蜘蛛とともに迷宮のどこかに転移していく。
実力や特長が知られていないために、クローディアたちが指示を出しにくかった、と言うのもあるだろう。
なにより、足でまとい(になるかもしれない)初心者を二人抱えているため、積極的に前に出づらい、ということも関係していたがしれない。
しかし。
もはや、状況はそうも言っていられなくなってきた。
「剣が曲がりやがった。」
もっと上質な素材の剣ならば、折れたり、砕けたりするものだったが、ザックの剣は、一匹めを切ったところで刃こぼれし、さらにもう一匹は切るのではなく、殴り倒し、その次でへし曲がって使い物にならなくなった。
ローゼはザックの背中に隠れるようにして、炎の矢を放つ。
無詠唱で、しかもこれだけ連発ができるのは、並々ならぬ術者であることを意味していたが、銀の外皮をもつ蜘蛛は吹き飛びこそすれ、のそのそと起き上がり、また飛びかかってきた。
あまり効いてない、と見たローゼが、氷の矢に切り替える。
だが、これも蜘蛛の皮膚を貫くには至らなかった。
トッドは、短い柄の金属製の棍棒に似た武器で、蜘蛛をなぐりとばしていた。
これは、まだ、銀皮の蜘蛛にも効果があるようで、当たりどころがよければ、そのまま蜘蛛を昏倒させる威力は十分にあった。
ただし、斥候という役柄上、必ずしも急所に一撃を見舞うだけの技量が、トッドにはないようで、積極的に攻撃するというより、襲ってくる相手を近づけないように棍棒を振り回すのがやっとのようだった。
召喚士はカマキリに似た召喚獣を呼び出していた。
かなり強力な召喚獣だったようだったが、最初続けざまに三、四引きを葬ったところで、銀色に噛みつかれ、引きずり倒され、そこにさらに蜘蛛が殺到すると虹色の粒子になって消えていった。
「いいか、合図したら」
折れた剣のかわりに、トッドから棍棒を預かったザックが、リアとルトに言った。
“逃げろ”
というつもりだったが、ルトが勝手にあとを引き取った。
「撃って。」
「は?」
「詠唱は破棄。合言葉は“数撃ちゃ当たる”。用意・・・・」
リアの体から魔力が膨れ上がる。
専門が魔術ではないザックにもはっきりわかった。
これはとんでもない・・・・・
戦う冒険者たちの一角から悲鳴があがったのはそのときだった。
天井に張り付いた金属の外皮をもつジャイアントスパイダーの鋼糸による攻撃。
盾や斧で、銀色蜘蛛となんとかやりあっていた冒険者たちが、血しぶきをあげて倒れる。
“楼蘭”のミア=イアが駆け込んで、負傷した冒険者達を逃がす。剣を振るって、糸の斬撃とやりあっていたが、なにかに足をとられて転倒した。
彼らを相手にしていた銀色蜘蛛十匹あまりは、別の手近な獲物、すなわち「彷徨えるフェンリル」へ殺到した。
「撃って」
「りょ」
蜘蛛に向かって、リアの両手から光の矢が放たれた。
ライトニングボウ。
光の矢。
光子弾。
呼び方は国によって、また魔術の流派によって違う。だが、一応、同じ魔法、とされている。
それは・・・・実体はある。光に包まれた「何か」であり、その属性は放ったものの意思に従う。
バンっ音をたてて、戦闘の蜘蛛の頭部が吹き飛んだ。
頭部だけではない。体ごと貫通して、光の矢が通ったこぶし大の穴からは向こう側の壁が見えた。
蜘蛛の反応は迅速だった。たんに床をまっすぐ床を走るのをやめ、ジグザクの線を描き。
バンッ。
光の矢が掠め、片方の足を根こそぎ、持っていった。
バンッ!
頭と胴体が千切れ、別々の物体となって床に落ちる。
光の矢を躱しながら高くジャンプした蜘蛛は、そのまま空中を走った・・・おそらく予め、蜘蛛の糸を渡してあったのだろう。これはリアも捉えることができない・・・・
だがその牙は、リアの顔の直前でガクンと止まった。
蜘蛛の足の一本をルトが掴んでいた。
もう片方の手でナイフを逆さまにもっている。その柄で、コツンと蜘蛛を叩いた。
それほど強い打撃には見えなかった。
だが、次の瞬間には、蜘蛛の眼球、口、関節の隙間から、黄色い体液が噴出し、地面におちた蜘蛛はもうピクリともしなかった。
「あっぶない。」
とルトが言ったのは、蜘蛛の噴出した体液を、リアも自分も浴びずにすんだ、ということで、
なにかが危険という意味ではなさそうだった。
「あ、あ、あんたたち・・・」
ローゼが、あえぐように呟いた。
「ごめんなさい。わたし、冒険者は初めてなんですが、戦うことは初めてじゃないんです。
育ったとこでじゃあ、二つ名付きで呼ばれてました。」
「二つ名・・・って。」
「三丁目の悪夢。」
なんじゃそりゃああっ
聞こえたものすべてが、心のなかでそう突っ込んだが、かまわずリアは次の獲物を見つけて、再び光の矢を放つ。
大型犬ほどもある銀色蜘蛛の動きは早い。
光の矢ははずれるものもある。
だが、それでも3つに1つは的を貫く。
炎が、氷が、風が。通じなかったのが嘘のように次々と蜘蛛は死体となって転がっていく。
「イリア!」
叫んで駆け寄ってきたのはエルマートだった。
「イリアだろっ! いきなり学校からいなくなるから心配してたんだ。なんでこんなとこで冒険者なんて。」
「あぁあああああぁあああああ・・・誰かなんか言ったみたいだけどなあんにもきこえないなあ。」
「うんうん。突然聞こえなくなるフリ、ってお見事だね。」
「ぜんぜん、お見事でもないし、カードを使うまでもなくまた会ったな、ルト。」
出口の確保を、外で待機していた冒険者にまかせて、蜘蛛退治に戻ったフィオリナがうれしそうに手を振った。
「は・・・は。クローディア公のご令嬢・・・」
ザックが喘ぐように言った。
「よしよし、直答を許すぞ、異国の踏破級パーティよ。どうも見たところ、迷宮探索より対人戦闘向きのチームのようだな。
難しい話をしているときでもところでもないが、どうだ? この二人まとめて、金貨20枚でわたしに売り飛ばさないか?」
「そもそもそんな話をしてる場合でもないと思うんだけど。」
「イリア! ずっと探してたんだよ! やっぱりぼくにはきみしかいないんだ。」
「エルマート王子!わたしが護衛してるんだから、勝手にフラフラしない!」
虎の隈取をした少女・・リヨンが、後ろから、エルマートを羽交い締めにした。
「待ってくれ、リヨン。あ、あれが、イリアこそがぼくの真実の愛・・・」
「わたしの前でシンジツノアイがどうのこうの言ったらぶん殴る!」
「ご、ごめんなさい、フィオリナ先輩っっ」
「少年!!」
半笑いでエルマート、フィオリナ、リアを見比べていたリヨンはビシッとルトを指差した。
「どうもこの場を収拾できるのはきみしかいないようだ・・・・」
「自分で手が負えないから、ぼくにフリましたね。」
ギクッとしたように、リヨンは黙り込んだ。汗がつーと頬を流れ落ちる。
「じゃ、こうしましょ。」
ルトは天井を見上げた。
鋼糸を操り、斬撃や火、風、氷の魔法を無効化する外皮につつまれたジャイアントスパイダーの複眼が明滅する。
懸命に糸をさばき続けるミア=イアはもう長くは持たないだろう。
「アレを倒したものから、自分のやりたいことの優先権があるってことで。」
再び転倒したミア=イアに不可視の斬撃が迫った。
ギシっ
空気が歪む音。
見えない斬撃は見えない斬撃に弾き飛ばされる。
「それはそれは、いいお話かも」
ふわりと小柄な灰色マントをなびかせた人影は、「白狼」の糸使いヨウィスだった。
「わたしも混ぜ混ぜしてもらう。拒否は認めない。」
鋼糸・・・それが、ヨウィスたち「糸使い」が使う特殊な加工を施した金属の糸。
金属の表皮をもつジャイアントスパイダーが体内で生み出した蜘蛛糸は、鋼糸と同等の性能をもっていた。
空間で糸と糸がぶつかり、火花をあげ、ときには絡み合う。
パチパチと音をたてて、糸が切断され、力を失ったそれは銀の五月雨となって降り注ぐ。
「そもそもそのデカさで糸使いは向いてない。」
ヨウィスは、両手をあげて一斉に糸を鋼糸を放った。
「まずはそこから降りてこい。」
ジャイアントスパイダー・・・馬車ほどもあるその大きさを天井に爪をたてるだけでは支えきれなかったのだろう。
空中にも極細の蜘蛛糸が、張り巡らされ、蜘蛛の体をささえていた。
ヨウィスの糸がそれを切断する。
バランスを失ったジャイアントスパイダーは、それでも無様に、地上に転がり落ちはしなかった。
壁に蜘蛛糸を打ち込み、方向を変え、ヨウィスめがけて頭上から襲いかかる。
だがそのときにはヨウィスが飛び上がっていた。
そんな体術があるとはとても思えない、小柄で、やせた少女は長いローブをなびかせて、自ら張り巡らせた鋼糸のうえを走る。
走りながら、鋼糸を放つ。
人間なら鎧ごと真っ二つにできる糸の斬撃は、しかし、蜘蛛の表皮にわずかに傷をつけただけだった。
「う・・・切る・・・攻撃には強かったんだっけ。」
その間にリアとハルトが、ほとんど意識を失った、ミア=イアを担ぎ上げて、後方に運ぶ。
エルマートがもたもたと聖剣ナントカを抜いて、ナントカいう口上を述べていたが、だれも相手にしなかった。
幸運なことに当のジャイアントスパイダーすら相手にしなかったので、なぜか彼は戦場でひとり安全圏におかれたかっこうになった。
「がうう」
リヨンが叫びをあげて、シャツを引きちぎった。
リヨンの上半身がむき出しになる。小ぶりだが形のよい乳房と贅肉のないお腹が露出されたがこれも誰も注目してくれなかった。
リヨンはちらりとクローディア公爵を見たのだが、彼は、またも怪我をして戻ったパーティの誘導と、地上からあらたに送り込まれた応援部隊への指示に忙しく、正直、リヨンの裸に注目するどころではない。
がっかりしたリヨンは、怒りを目の前の大蜘蛛にぶつけることにした。
鋭い爪を、口から吐き出される溶解性のある毒液を、軽々と躱して、胴体に噛み付く。
切断への防御にすぐれた蜘蛛の表皮は、噛みつきに対しては以外に柔らかく、リヨンは表皮の一部を食いちぎった。
ま、まずっ
錆びた鉄の味が口いっぱいにひろがって、リヨンは慌てて口の中のものを吐き出した。
そのまま、離れるのも癪なので、胴体に爪をたてて、しがみつく。
頭に移動して目でもつぶしてやろうかと、考えていると、蜘蛛がすさまじい勢いで飛び上がった。
背中あたりにしがみついたリヨンに、天井が迫る。あわてて飛び退いたリヨンを蜘蛛の足の一本が払い除け、体がふっとぶ。
くるくると空中を回転しながらエルマートを見ると、まだ聖剣抜刀の口上が終わっていなかった。
あれはもういいや、公爵のお姫さまは・・・と見ると、フィオリナのかざした手の中に、光の剣が生まれる。
先ほどの、リアだかイリアだかが放った光魔法のさらに上位バージョンだ。
数はそれほど打てないが、威力は数倍のはず・・・・それを槍の投擲の要領で、ジャイアントスパイダーに投げつけた。
早い。
巨体でありながらも蜘蛛の敏捷性を失ってはいないジャイアントスパイダーも回避が間に合わず、足の一本を横殴りに払った。
光の槍はそこに炸裂。
足が千切れ吹っ飛ぶ。
「へえ・・・けっこう頑丈なんだ。」
感心したようにつぶやくフィオリナにジャイアントスパイダーが毒液を放つ。
フィオリナは風の障壁をつかって、毒液をちらした。そのまま、抜剣。
振り抜いた一撃が、蜘蛛の鋼糸を切断する。
着地したジャイアントスパイダーに、今度はリアの光の矢が着弾した。
しかし・・・・
リヨンは、噛み付いたときの感触を思い出した。
でかいだけあって、表皮は小型の眷属よりはるかに厚く。そしてその分強い。
当たった光の矢は、十数発。蜘蛛の複眼のひとつが潰れたが、その他には効いたように見えない。
「あまり強力な魔法では、避難中の冒険者を巻き込んでしまう。」
少年が、次の攻撃をしかけようとするフィオリナに後ろから話しかけた。
振り返らずにフィオリナは頷いた。
「けっこう、早い。あと糸がやっかいだ。イリアでは見きれないと思う。きみはどう? エルマートは当然無理として。」
「どうも、お尻から糸を出して、爪でコネコネして放ってるぽいんだよ。」
二人のそばに、着地したリヨンは「で、どうする?」と尋ねた。
「とりあえず、足をもう2,3本吹き飛ばしてみよう。糸も思うように操れなくなるだろうし、動きもいまのような動きはできなくなると思う。思います。」
フィオリナが公爵令嬢だったことを思い出したように、ちょっと敬語を使う少年にフィオリナが笑って答える。
「わたしが一本受け持とう。ペイント女はいけるか?」
「この柄じゃなければ、ぜんぶ受け持ってもいい。けど、このスタイルだと・・・一本かな?」
「じゃ、ぼくとリアで一本を。」
平然と言い、なんとなく、フィオリナとリヨンは納得したような顔できいたのだが
「どうやって? リアだかイリアだかの光の矢ではそこまでの威力はでないぞ?」
「そもそもルトってなんか攻撃の手段をもってたの? え? そのちっちゃなナイフで何をするって?」
足の一本と複眼をひとつ失った大蜘蛛が彼らに突進。しかし、なにかに引っかかったように止まった。
そのまま、もがく。
「蜘蛛糸砦」
自分の張り巡らせた鋼糸からふわりと降りたヨウィスが解説した。
「あいつ、切りにくいから、絡め取ってみた。蜘蛛を蜘蛛の巣にひっかけたのははじめて。」
「ん、では、ぼくから行きます。リア、光の矢を準備してくれる?」
なんの変哲のない小さなナイフ。
買い物につきあったリアは価格まで知っている。
もともと投擲につかうと言って買ったナイフ。「彷徨えるフェンリル」のローゼもあんまりお金はだせないというので、中古品でかなり錆がきたのを買って丁寧に研いだのだ。
歩く速度も普通。
まっすぐにヨウィスの糸に絡まりもがくジャイアントスパイダーに近づく。
キラっと糸の煌めきが走り、ジャイアントスパイダーは自らの糸でヨウィスの糸を切断した。
ルトめがけて振り下ろされる爪。
ルトは半歩、横に動いた。
いままでルトがいた地面に爪が叩きつけられる。
すさまじい衝撃に、石畳が割れる。砕けた破片が飛び散る。
その中を。
ジャイアントスパイダーの足。その関節部分にルトは、ナイフを刺した。
刺した・・・というより差し込んだ。そんなゆっくりした動作だった。
そのまま、二撃、三撃もわずかに体をのけぞらせたり、頭をさげたりして躱す。
歩みは最初の鉤爪をかわすために動いた半歩を覗いては変わらない。
「へえ・・・へえ・・・」
フィオリナがうれしそうに笑う。
「ハルト以外にこの歩法ができるやつがいたんだ。世の中ってひろい!」
「と、いうか、姫さん・・・」
「ん?なに? ペイント女。」
「いや、なんでも・・・・確かにあそこを狙えば刺さる、けど、それでどうやって足一本を動かなくする?」
「リア! ナイフを撃って。」
「うん!」
冒険者見習いの少女の体に、凄まじい魔力が循環する。
蜘蛛が鋼糸を放った。ヨウィスの糸がそれを弾く。
距離もある。蜘蛛の動きは早く、的はあまりにも小さなナイフだった。だが。
“あのイリアならそういうのは得意だったはず”
ルトとフィオリナは、ほぼ同じタイミングで同じことを思った。
リアの光の矢が蜘蛛の複眼めがけて続けざまに放たれる。
躱しきれぬ、と判断したか、蜘蛛は一瞬、動きをとめ、前足をあげて複眼をガードする姿勢をとった・・・・
その一瞬でリアには十分だった。
リナの光の矢は、さきほど、ルトが刺したナイフに直撃し、ナイフはその力を増幅し・・・・体内で開放した。
蜘蛛の足の一歩が、内側から爆発する。
千切れはしなかったが、完全に力を失ったそれは、もはや体重を支えることも、糸を操ることもできなくなっていた。
「アレ? 千切れない? 意外と頑丈・・・・」
「でしょ? わたしもさっきの光の剣で、上半身はふっとばすつもりで撃ったんだけどね。」
言いながら、放つほど難易度の低い魔法ではないはずだったが、無造作に作り出した光の槍を、これも無造作に投げつけ、なんというか、ほんとに無造作に着弾して、無造作に足を吹き飛ばす。
リヨンが反対側の足にしがみつき、噛みつき、爪をたて、そのまま自分の体を回転させた。
「あれって・・・もぎ取るつもり?」
リアが唖然として言った。リヨンは初対面のはずであったが、すでに今日一日で冒険者達の戦いを見てきたリアにとってもそんな戦い方は考えてもいなかったようだ。
そもそも、魔物や獣に体力で劣るから人間は、武器や防具を携え、魔法を使い、ときとして罠をはったりするのだ。
まともにいってまともに組み討ちしてまともに足をもぎとれるのなら、そもそもそいつ自身が人間じゃなくね?
蜘蛛はリヨンをその巨体で押しつぶそうとし、リヨンは掴んだ足を離すまいとして、一匹と一人はごろごろと床をころがった。
ぼぎ
と鈍い音がして、蜘蛛の足を関節から引きちぎったリヨンが満面の笑みで立ち上がる。
「とったどーーーー」
体をおこした蜘蛛が、毒液を吐きかけようと口を開きかけたところをもぎとった蜘蛛自身の足でぶん殴った。
巨体が横転して、壁のちかくまでふっとんだ。
「さっきのお返しっと」
足をぽいっと投げ捨てて、リヨンは意気揚々とみんなのところに戻ってきた。
「聖なる光よわれに力を!」
全員がすっかり、存在を忘れていたエルマートが、王家に伝わる宝剣を振りかざし、蜘蛛にかけよった。
剣がわずかに燐光を帯びているところをみると、長々とした口上は、ただの決め台詞的なものではなくなにか聖剣から力を引き出すための詠唱だったのだろう。というか、この状況でそう、考えてもらえないエルマートをちょっとかわいそうだと、ルトは思った。
ひょっとしたら、エルマートが蜘蛛に止めの一撃を加えられるのか?
それならそれで・・・とルトが思ったとき、蜘蛛のいる空間がぐにゃりと歪んだ。
転移・・・・
間近にいたエルマートも巻き込まれる・・・
「にっがすかああ!!!」
エルマートを守るという任務はとうに忘れているリヨンだったが、「獲物」に逃げられるということへの本能的な忌避感から、彼女は全力疾走で突進した。
その彼女の頭上を飛び越えていくものがいる。
しかも両手に、リアとヨウィスをぶらさげて。
“お姫さまもたいがいにしろよなっ”
歯噛みするリヨンに並走しながら、
「ほらこれ。」
と坊やがジャケットを差し出した。
「これ、きみのでしょ? 女の子が半分裸のままっていうのもあれなんで、拾ってきた。」
“もう!!”
声にならない叫びをあげて、「白狼」2名、「栄光の盾」2名、「彷徨えるフェンリル」2名(見習い)は、蜘蛛とともに迷宮のどこかに転移していく。
0
ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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