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第15話 迷宮突入
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近衛兵たちにとっては今日は災厄の日だろう。
たんに儀礼兵として呼ばれたと思ったのに、そろそろ高くなってきた陽射しの下で、えんえんと人体だったものの後片付け。
集めた破片を焼却しようとしたが、言うまでもなく生乾きのものはそうそう上手く燃えない。
とは言え、魔王宮の封印が破れたときの衝撃で腰を抜かした者、飛んできた破片で負傷した者、大多数で、もはや戦いには役にたたないと判断されては、これくらいしか、働き場所はなかった。
そしてまた、片付けている死体は、彼らの遠い先達たちときている。
作業に参加している近衛兵のうち半分は、今日で職を辞する気まんまんであったし、残りの半分も遠からず、辞めるだろう。
一戦も交えずして、近衛兵団は崩壊しつつあった!!
やがて頭をさげて、来てもらった魔道院の魔道士に、遺体だったものを焼却してもらい、呼び出した水流で、なんとか通り道だけはきれいに流してもらったところで、やっと冒険者たちも広場に戻り始めた。
「近衛を解散させてくれ。」
とブラウ公爵に言われて、コーレルは怒りのあまり危うく剣を抜きかけた。
「どういうことですか? ブラウ公。まさにこれからが仕切直し、いよいよ、魔王宮への攻略を開始というところで、近衛に帰れとは。」
「いやいやいや」
バルゴール伯爵が割って入った。
「近衛の皆さまは十分に働いていただきました。
屍人の血肉にはまれに、死毒が含まれているとききます。
わたしが用意した宿屋には身を清める聖水も、着替えもあります。
早く汚れを落としていただくのが先決か、と。」
確かに、近衛たちの制服も体も、屍人の黒く変色した体液に塗れ、悪臭を放っている。
中庭の方は、魔道士たちの浄化魔法でだいぶましにはなっていたが、これが人体ならば、体の汚れを落として、着替えるのがもっともよい方法には違いない。
「わかった。今回は伯の心遣いに感謝しよう。」
コーレルはしぶしぶ承知したが、後日、バルゴール伯から届いた請求書の額に腰を抜かすことになる。
思わぬアクシデントには見舞われたが、あとは、魔王宮に足を踏み入れるまではなんの障害もないように思えた。
入口を固めた石膏は、骨組みとともに大部分が吹き飛び、門へ続く階段は特に破損も見られない。
門そのものは大きく開け放たれ、その奥には半世紀前の記録によれば、舞踏会に使えるような大広間があるはずだった。
そこに巣食っていた屍人が、こちらが降りてくるのを待ち受けるのではなく、のこのこと地上に出てきたところを一掃できたのは、かえって悪いことではない。
と、進言したのは元八極会の幹部のひとりであった『グリュプワーンの古代樹』ギルドマスターのワーレフだった。
彼の用意したパーティも屍人迎撃の準備を整えていた。
もし、彼らが用意した浄化と火炎を併用した魔法が使用されていれば、かなりの戦果が期待できたはずである。
しかし、現実は、クローディア公爵のパーティ『白狼』の糸使いヨウィスの『糸車』が一瞬で屍人を葬り去ってしまった。
役に立つところを見せねば、と焦ったあまりの発言だったが、当のクローディア公爵から同意をもらって、ワーレフは大いに気をよくしていた。
もともと、「グランドマスター」クリュークに造反を企てた者のひとりである。
相談したその日のうちに、首謀者の「鉄腕」マリテオが、腕利きの用心棒二人とともに拉致され、以降は、リヨンという女冒険者に下僕のごとくに仕えている。
当然、彼のこともクリュークには筒抜けになっているはずだった。
いつまで泳がされているのか。
生きた心地のしない中、思いもかけず、クローディア公爵からの評価の言葉があったのである。
これからは、クローディア公爵をたてて、グランドマスターに対抗するしかない。
そんな考えもワーレフの心をよぎった。
先陣をきって、エルマート王子を先頭に、「栄光の盾」が階段をおりる。
白銀の鎧に、王家に伝わる名剣を片手に、しかし表情はややうつろで、時折り“フィオリナが”“そんなあ”とか呟いているのをリヨンは楽しそうに見守った。
こちらは、先ほどと同じくシャツにジャケット、短いパンツといった出立ちでポケットに両手を突っ込んで、ぴょんぴょんと階段を二段跳びで降りていく。
同様に、身に寸鉄も帯びずに、スーツに身を包んだクリュークは、ゆっくりと慎重に歩みを進めていく。
迷宮攻略のためのパーティは、通常、五名か六名で構成されることが多かったが、クリュークが呼び寄せたはずの他のメンバーはとうとう、この日も姿を現さず、『栄光の盾』はわずか三名で迷宮に足を踏み入れることになった。
三人の歩みに合わせて、階段の両脇に用意された照明が、青白い炎を灯し、だいぶ下ったにもかかわらず、辺りは充分な明るさを保っていた。
「ここは、もう実質、魔王宮の中ってことだねえ。」
リヨンは、足をとめて、照明の一つに手を差し伸べた。
照明は、少女の手をすり抜ける。
「あれだけの爆発の後で、こんな器具がちゃんと残ってるはずないと思ったんだけど、実体はここにない。」
「どこからか、投影してるんだろう。」クリュークがさして面白くもなさそうに言った。「“生きている”迷宮にはよくある仕掛けだ。」
階段を降りきったエルマート王子が、扉から一歩踏み込み、そこの床に剣を突き立てた。
「魔王宮よ。五十年ぶりに冒険者が、そして、千年ぶりに勇者が戻ってきたぞ。」
何べんも練習した。セリフと同時に、いっせいに照明が灯り…
魔王宮の入口、通称「舞踏会場」がその姿を現した。
たんに儀礼兵として呼ばれたと思ったのに、そろそろ高くなってきた陽射しの下で、えんえんと人体だったものの後片付け。
集めた破片を焼却しようとしたが、言うまでもなく生乾きのものはそうそう上手く燃えない。
とは言え、魔王宮の封印が破れたときの衝撃で腰を抜かした者、飛んできた破片で負傷した者、大多数で、もはや戦いには役にたたないと判断されては、これくらいしか、働き場所はなかった。
そしてまた、片付けている死体は、彼らの遠い先達たちときている。
作業に参加している近衛兵のうち半分は、今日で職を辞する気まんまんであったし、残りの半分も遠からず、辞めるだろう。
一戦も交えずして、近衛兵団は崩壊しつつあった!!
やがて頭をさげて、来てもらった魔道院の魔道士に、遺体だったものを焼却してもらい、呼び出した水流で、なんとか通り道だけはきれいに流してもらったところで、やっと冒険者たちも広場に戻り始めた。
「近衛を解散させてくれ。」
とブラウ公爵に言われて、コーレルは怒りのあまり危うく剣を抜きかけた。
「どういうことですか? ブラウ公。まさにこれからが仕切直し、いよいよ、魔王宮への攻略を開始というところで、近衛に帰れとは。」
「いやいやいや」
バルゴール伯爵が割って入った。
「近衛の皆さまは十分に働いていただきました。
屍人の血肉にはまれに、死毒が含まれているとききます。
わたしが用意した宿屋には身を清める聖水も、着替えもあります。
早く汚れを落としていただくのが先決か、と。」
確かに、近衛たちの制服も体も、屍人の黒く変色した体液に塗れ、悪臭を放っている。
中庭の方は、魔道士たちの浄化魔法でだいぶましにはなっていたが、これが人体ならば、体の汚れを落として、着替えるのがもっともよい方法には違いない。
「わかった。今回は伯の心遣いに感謝しよう。」
コーレルはしぶしぶ承知したが、後日、バルゴール伯から届いた請求書の額に腰を抜かすことになる。
思わぬアクシデントには見舞われたが、あとは、魔王宮に足を踏み入れるまではなんの障害もないように思えた。
入口を固めた石膏は、骨組みとともに大部分が吹き飛び、門へ続く階段は特に破損も見られない。
門そのものは大きく開け放たれ、その奥には半世紀前の記録によれば、舞踏会に使えるような大広間があるはずだった。
そこに巣食っていた屍人が、こちらが降りてくるのを待ち受けるのではなく、のこのこと地上に出てきたところを一掃できたのは、かえって悪いことではない。
と、進言したのは元八極会の幹部のひとりであった『グリュプワーンの古代樹』ギルドマスターのワーレフだった。
彼の用意したパーティも屍人迎撃の準備を整えていた。
もし、彼らが用意した浄化と火炎を併用した魔法が使用されていれば、かなりの戦果が期待できたはずである。
しかし、現実は、クローディア公爵のパーティ『白狼』の糸使いヨウィスの『糸車』が一瞬で屍人を葬り去ってしまった。
役に立つところを見せねば、と焦ったあまりの発言だったが、当のクローディア公爵から同意をもらって、ワーレフは大いに気をよくしていた。
もともと、「グランドマスター」クリュークに造反を企てた者のひとりである。
相談したその日のうちに、首謀者の「鉄腕」マリテオが、腕利きの用心棒二人とともに拉致され、以降は、リヨンという女冒険者に下僕のごとくに仕えている。
当然、彼のこともクリュークには筒抜けになっているはずだった。
いつまで泳がされているのか。
生きた心地のしない中、思いもかけず、クローディア公爵からの評価の言葉があったのである。
これからは、クローディア公爵をたてて、グランドマスターに対抗するしかない。
そんな考えもワーレフの心をよぎった。
先陣をきって、エルマート王子を先頭に、「栄光の盾」が階段をおりる。
白銀の鎧に、王家に伝わる名剣を片手に、しかし表情はややうつろで、時折り“フィオリナが”“そんなあ”とか呟いているのをリヨンは楽しそうに見守った。
こちらは、先ほどと同じくシャツにジャケット、短いパンツといった出立ちでポケットに両手を突っ込んで、ぴょんぴょんと階段を二段跳びで降りていく。
同様に、身に寸鉄も帯びずに、スーツに身を包んだクリュークは、ゆっくりと慎重に歩みを進めていく。
迷宮攻略のためのパーティは、通常、五名か六名で構成されることが多かったが、クリュークが呼び寄せたはずの他のメンバーはとうとう、この日も姿を現さず、『栄光の盾』はわずか三名で迷宮に足を踏み入れることになった。
三人の歩みに合わせて、階段の両脇に用意された照明が、青白い炎を灯し、だいぶ下ったにもかかわらず、辺りは充分な明るさを保っていた。
「ここは、もう実質、魔王宮の中ってことだねえ。」
リヨンは、足をとめて、照明の一つに手を差し伸べた。
照明は、少女の手をすり抜ける。
「あれだけの爆発の後で、こんな器具がちゃんと残ってるはずないと思ったんだけど、実体はここにない。」
「どこからか、投影してるんだろう。」クリュークがさして面白くもなさそうに言った。「“生きている”迷宮にはよくある仕掛けだ。」
階段を降りきったエルマート王子が、扉から一歩踏み込み、そこの床に剣を突き立てた。
「魔王宮よ。五十年ぶりに冒険者が、そして、千年ぶりに勇者が戻ってきたぞ。」
何べんも練習した。セリフと同時に、いっせいに照明が灯り…
魔王宮の入口、通称「舞踏会場」がその姿を現した。
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