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第11話 公爵閣下とそのご令嬢と影

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王都は、魔王宮の話題で持ちきりだった。

一攫千金のチャンスにめぐまれた冒険者たちが、それに伴うさまざまな装備や、ポーションの類いを揃えるため、各店も売り切れが続出。もちろん武具も飛ぶように売れていて職人たちは寝る間も惜しんで、鉄を叩き、革をなめした。
付随するところでは、手持ちの資金のない、ほぼ大多数の冒険者たちのため、金貸しもろくな担保もとらずに金を貸し付けていた。

新しく冒険者になろうという者が、ギルドに殺到したのはもちろんだが、国中から、また国外からもおこぼれに預かろうと冒険者たちは王都に殺到した。
ばかりではなく、たんなる見物客も続々と押し寄せたため、宿屋も次々と満室になり、本来個室だった部屋に数名が押し込められ、倍の料金で寝苦しい夜を過ごす者も多かった。

そんな中、王立学院の卒業室がひっそりと行われた。

本当ならこれも王都の一大行事であり、卒業式当日に婚約を発表するカップルも多かったので、社交界はもちろん、多少裕福で文字の読み書きができる庶民にとっては格好の話題のタネだったのだが、今年は、何しろ、魔王宮のことに世間の注目が集まったため、新聞の片隅に3行記事が載っただけだった。

そして、卒業式そのものも、一向に盛り上がることなく、しめやかに行われた。

首席卒業のハルト王子は病欠。
婚約破棄騒動は、知られていたので、実際は謹慎、または出奔したという噂もあって、名前と成績が発表されただけだった。
父王も代理すら派遣せず、優秀な成績を讃えるはずの院長の言葉も省略された。

次席のクローディア公爵家令嬢フィオリナは、病み上がりの体で、ベールを深く垂らしたまま、よろよろと歩いて卒業証書を受け取っだけ、スピーチすらなかった。

それは実際の普段の彼女を知る友人たちにはあまりにもいたわしいものに写ったが、話をする糸間も無く、父親たるクローディア公爵にガードされて、そのまま会場をあとにしてしまったのである。

あとで、噂が飛び交った。

あのフィオリナは、別人で本物は、クローディア公爵領に戻って療養生活をしている。
あるいは、これは彼女に対してあまり好意的でないグループが流したものだったが、心の方が病んでしまって幽閉されているというものまであった。

もちろんそんなことはなく、父に手を貸してもらう(フリをして)公爵家の馬車に乗り込んだフィオリナ(本物)は、馬車が走り出したあともしばらく俯いたままぐったりと座り込んでいた。

クローディア公爵は、そんな娘を気遣うように、見守っていたが、突然、鋭い視線を天井にむけると

「何者!?」

と低く誰何した。

「これなるは、公爵さま付を命じられました王家の『影』に存じます。」

陰々たる声は、天井からとも馬車の床からとも判別がつかない。

「忍びが何用か。」

「公爵さま、ならびにフィオリナさまのお耳にいれるよう陛下より承った情報がございます。」

クローディア公爵の視線が、俯いたままのフィオリナを見やった。

「それは、フィオリナも聞いたほうがよい情報か? 娘はひさびさの外出で疲れておる。政治向きの話ならあとにしてもらえないか。」

「ハルトの動向についての情報です。」

フィオリナが低くうめいて、さらに俯いた。

「大丈夫か、フィオリナ! あの男のことなど、聞きたくもないか。」
「いえ」俯いたまま、フィオリナは首を振った。「聞かせてくださいませ、わたくしにも。」

公爵はとりあえず、天井をむいて、続けるよう促した。

「恐れながら申し上げます。ハルトは出奔いたしました。」

「なるほど、今日の卒業式にいなかったのは、謹慎でもさせられていると思っていたのだが…王宮を出たか。
で、今はどこに。」

「わかりませぬ。」

「馬鹿を申すな!」
小声ではあるが、万の軍を叱咤した大将軍の声である。
下手に大声を出すより迫力に満ちていた。
「王家の『影』ともあろうものが、ハルトに監視をつけていなかったというのか!
怠慢であろう!」

「恐れながら。」
影の声は相変わらず低く、なんの感情もこもっていないように聞こえる。だがそこにわずかな畏怖がこもってはいなかったか。
「ハルトが、街中のギルドを巡って、自らのパーティを募集していたのは、確認しております。そして、誰一人、参加を申し出るものもなく、虚しく、深夜、ギルドを追い出されたところまでは。」

「そこで見失ったというのか。」

「転移魔法を使われました。」

「な、」
公爵は絶句した。
「少々、成績がよくても所詮は学生だぞ。転移なぞ使えるはずもなかろう。
お主らの無能と怠慢を隠すため、でっち上げの戯言がこのわしに通用するとおもうたか。」

「お怒りはごもっとも。」
影の声色には、はっきりと畏怖が現れていた。
「しかし、転移魔法が使われたのは事実。そして、あまりにも見事な今回の技前わざまえからして、その主は」
「魔道院の妖怪かっ!」

「これほどの転移魔法を使えるのは、かの御仁をおいてほかには考えられません。」

「ハルトが魔道院と繋がっているというのか!」
「証拠はなにもございません。しかし、かの御仁が国内外の冒険者に声をかけ、独自のパーティを作ろうとしていることまでは確認されております。

そこにハルトを取り込もうとする動きがあるやもしれません。」

「わかった。」

公爵は大きく頷いた。

馬車の上から安堵の息がもれた。

「重要な情報、感謝する。」

フィオリナが体を折って、苦しげな声を上げるのを見て、懐から、いくばくかの金貨を取り出し、馬車の窓から手を差し伸べた。

「これからも励め。」

「は・・・このようなものを、いただくわけには」
「ハルトの動向、クリュークの動き、気になることがあれば、わしに報告せよ。
『燭乱天使』は欲深いパーティと聞いておる。我が国に仇なすことがないよう幾重にも注意せよ。」

「・・・・・はっ」

王室の『影』としてその言葉に同感するところがあったのだろう。
真摯な感情のこもった返答だった。

公爵の手から金貨が零れ落ちた。

地面におちた音はしない。そのまま、気配も遠ざかる。

公爵は、身をよじるようにして呻くフィオリナをそのまま、見下ろしていたが、

「いつまで、笑っておる!」

細い肩をどやしつけた。

「なんと、言うか・・・」
笑い過ぎで、目に涙を浮かべたフィオリナは、体を起こした。

顔は真っ白で血の気はないが、これはメイクだ。


「笑いすぎだ。」
「ハルトがハルトらしいとこを久しぶりに見ました。
いやあ、わたしがついてないとあっという間にこれかあ。」

「ボルテック卿は、あれでハルトのことをずいぶんと高く評価している。」

「そりゃあ、あの妖怪じいさまにしてみれば、生まれてはじめて出くわした自分を超える天才、ですから・・・」

凝ったレースのハンカチで涙をふきふき、ついでに病人らしくみせるためのメイクも拭き取る。

「それにしてもお父さまも名演技。あれではどんな女の子もあっという間に落とせますね。」
「あの影は女性か! わからなかったが…」

「女性ですよ。気がつかないでやってたんですか? それじゃあ、女たらしではなくて人たらし、ですね。
今ごろは、彼女も忠義の行き先を模索しているでしょう。」

クローディア公爵はさすがに怪訝そうな表情を浮かべた。

「王家の『影』は千年の昔から同じ一族のものが世襲している。数分話しただけの外様の辺境貴族にそこまではないだろう。」
「王家は、あの子をうちで処断させるために、送ってきたのですよ?」
「それは気づいておる。」

公爵は苦々しげに同意した。

「あの『影』がどういう立場かは分からぬが…ハルトを見失ったことに対する処罰を王室ではなく、クローディア公爵家にさせたかったのだろう。
陛下がそこまで頭の回るお人だとは思えんから、おそらくはブラウ公あたりの差し金か。」
「彼女もそのつもりで来ました。結果は、いくばくかの褒賞を与えられて『これからも励め!』です。
わたしが彼女の立場なら、今後の報告先は、王室より、当家を優先させますね。
実際、この国のためには、そのほうが有効な対応をしてくれそうですし。」

クローディア公爵はソファに体を埋めた。
高位貴族ならば、家中に『影』とか『暗部』と呼ばれる諜報をはじめとする汚れ仕事を請け負う部門は存在している。
しかし、王家の『影』はその規模が違う。

こと王都において、王家の影に貸しを作っておくのは、決して悪い話ではなかった。

「で? ボルテック卿は本気で、魔道院から、パーティを魔王宮探索に送りこむつもりだと思うか?」

「ご老人は半世紀前の惨劇の当事者です。自らが参加はしなかったものの、多くの優秀な同僚、弟子たちが犠牲なった、そのリベンジを虎視眈々、狙っていても不思議はない。
そして、半世紀まえには存在しなかった戦力、つまりハルトを取り込もうとすることも。」

「確かに、ボルテック卿ならば国内外の冒険者に働きかけて、ひょっとしたら、『燭乱天使』に対抗しうるパーティを編成できるかもしれん。
・・・そのパーティをもって、王太子の座へ挑むか・・・殿下は。」

「さあ? それはどうか・・・なあ。」

「違うのか? 正直、それ以上のパーティなど作れぬぞ。少なくとも期限の半年では。」

「『対抗できる』程度のパーティではハルトにとっては『不足』なのだろうと思います。」

ずいぶん前のような気がする、婚約破棄の夜の彼のセリフを思い出しながら、フィオリナは言った。

「それは、ハルト自身に任せて、こちらはこちらで出来ることをいたしましょう、父上。」

「見届け役の護衛パーティ編成か。

正直に言って気が進まん。冒険とは広大な大地、果てしなき大海原で行うもの。
迷宮はどうも性に合わん。

あれの意見はまた違うのだろうが…」

「わたしは、どっちも気に入ってるから、たぶん血筋なんでしょう。
パーティの編成と言ってもあとは、謎の美剣士を追加するかどうか、なんですけど。」

「それは却下だ。」

「謎の…」
「すべて却下だ。」

「じゃあ、わたしは何をしたらいいの!?」

「何もするな…というのも酷だが、しばらくは療養と称して引きこもってくれ。ひと月もすれば、学友でも招いて茶会でもするのはかまわん。
このゴタゴタのせいで卒業式も台無しだ。
話しをしたかった友人もいただろう。

そうだな、それと。」

公爵はそのゴツい手にはまったく似合わぬ宝剣を差し出した。
実用と宝飾品の狭間にあるその短剣は、煌びやかに飾り立てられながらも、拵えは丁寧で、フィオリナが見てもいくつもの付与魔法のかけられた逸品であることがわかる。

「卒業おめでとう。最後に少々ケチがついたが、それはこれから倍にして取り返す。
入学のときに誓った首席卒業は果たせなかったが、実りの多い8年だった。
クローディア公爵家は、おまえを心から誇りに思う。



どうした、フィオリナ?」


フィオリナは涙を零しながら、相手を睨むというわけのわからない表情を浮かべていた。


「お父さまは、その人たらしの才能を娘にまでぶつけるのですか!」

「い、いやそんなつもりはないが・・・」

「少なくともわたしは、お父さまの娘であることを、クローディア公爵家の一員であることを誇りに思うことにします。」

そのまま、両手で顔を覆った。


馬車は、大路を屋敷に向かって走る。

わずかな時間ではあったが、父と娘の幸せなひとときではあった。
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