婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第9話 冒険者たち 駆け出し冒険者の場合

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冒険者になるのは、そう難しいことではない。
小難しい説明は一応あるのが、それは聞くだけで大丈夫だし、場合によっては省略だ。かける文字は自分の名前くらいでいい。
あとはいくつか質問にこたえるだけ。

歳はいくつですか?
出身は?
西方共通語はしゃべれるの?
登録はなににする? わからない? 得意な技は? 剣の使い方を教わったことは? 魔法は・・・学校に通ったことは? ふん、じゃあ、こっちの水晶玉に手をかざしてくれる・・・
ふんふん、嘘は言ってないわね。はい、じゃあ、これが登録証、譲渡・貸与は禁止、再発行は銀貨5枚かかるから、なくさないように。
はい、次。

それにしても簡単すぎるのは、あと数日で、かの魔王宮の入り口が開かれるからだ。

おかげで一攫千金を夢見る若者とそれ以外が、ギルドに冒険者登録のために押し寄せ、いきおい、ギルドの受付嬢は大忙し、昨日などは、登録証の発行に必要な特殊な紙がそこをつき、途中で受付を中止したほどだ。

登録には、銀貨10枚をとっているので、これはこれで、いい商売になる。

冒険者になるのは、決して難しくはない。
ただ、続けるのは難しく、成功するのは一握りだ。

でもそんなところまでは、ギルドの知ったことではない。

茶色の髪を短くまとめた少女は、15,6に見えた。
登録をすませたばかりなのだろう。不安げな顔で、ギルドの片隅のテーブル席に座り、まわりをきょろきょろと見回している。
ちょうど受付をすませた一団の中に見知った顔を見つけて、声をかけ・・・あわててやめた。

だが、声をかけられた方の少年は、少女に気づき、近寄ってきた。

「ごめんなさい・・・その・・・人違いでした。」
「じゃあ、はじめまして・・・でいいですか? ぼくはルトって言います。14歳で、昨日、王都につきました。冒険者登録をしたばっかりです。」
「あ・・・・」
少女は、あらためて少年の顔をまじまじと見て、ぺこりと頭をさげた。
「わたしも冒険者登録をしたばかりです。リアっていいます。16歳です。王都の生まれです。」
「リアさん、ですね。」
「リアでいいです。お互い駆け出し冒険者ですし。」
「なら、ぼくもルトって呼んでください。
リアもやっぱり、『魔王宮』を目指して冒険者になったの?」

どの程度、話してよいかリアは一瞬迷った。
ルトは、可愛らしい顔立ちの少年で、悪い人間には見えなかったが、正直に話すとそれはそれでやっかいな事情を抱えてはいたのだ。

「事情があって・・・家を出なくてはいけなくなって・・・これでも魔法を習ってたことがあるんだ。それで冒険者になろうって。」

「ああ、ちょっとぼくと似てるかも。ぼくも家にいられなくなってさ。
魔王宮には興味があって、登録したんだけど。」

ルトは手をあげて、お茶を二人分頼んだ。

「わたし・・はいいよ。あの・・・お金もあんまりないし。」
「ぼくは少しある。」
言ってルトは革の袋を懐からだした。
袋は・・・軽そうだった。田舎から出てきたばかりなら、路銀もかかっているだろう。

「リアはこれからどうするか決めてる?」
「まだ・・・ふつうは、張り出される仕事の依頼に基づいて、仕事をして、それでギルドから俸給をもらうんだよ、ね。でもわたしに出来そうな仕事はぜんぜんないし。」

確かにここ数日の冒険者登録ラッシュで、日銭になりそうで、しかも初心者でもできる冒険、というより雑用に近い仕事は、一件も残っていなかった。

それ以上の仕事、たとえば、ちょっとした護衛や、薬草の採取、なにがしかの素材の入手などは、まったくの初心者には無理と判断され、そもそも受けることもできない。

「もう何日かの辛抱だと思うよ。魔王宮が開けば、みんなそっちを目指すはずだから。」

「ルトはどうするの? 登録したばっかりじゃ、魔王宮への探索なんて、許可おりないよね?」
「そこはさ、考えてあるんだ。」
ルトはうれしそうに笑った。ほめてほめて、と子犬がはしゃいでるときの笑顔だった。
リアは頭を撫ぜてやりたい気持ちを精一杯おさえた。
「もちろん、一人じゃ入れないし、自分でパーティを組むこともできない。でもさ、どこかのパーティに雑用係で雇ってもらうことはできると思うんだ。」

「荷物もったり、ご飯つくったり?」
「そう! さすが王都の人だね。そりゃあ、正式なメンバーじゃないからお金にはならないけど、『経験』としては評価してくれるんで、なんどか実績をつんでけば、駆け出し冒険者じゃなくなるはずなんだ。」

「なんで、そこまでして魔王宮に?」
「うん、えっとね。」ルトはちょっと天井を見上げて口をつぐんだ。なにか言いにくいことをどう表現するか迷っているようだった。

「あ、ごめん。立ち入ったこと聞いちゃって。まあ、みんないろいろあるよね。事情。」

ルトは慌てたように手を振った。

「や、や、や、違うよ、そんな特別な事情とかじゃなくて・・・そう、会いたいやつがいるんだ。」
「魔王宮で会いたい相手・・・冒険者仲間? わかった!幼なじみが剣聖スキルを授かって、勇者パーティにスカウトされたのをおっかけたいとか? いいな、萌えるね、そのシチュ!」

「なんだか、歌劇や小説でちょっと前に流行ったやつ、それ。」
「いいんじゃない? マンネリこそ王道だよっ」

リアはなんだか楽しくなって、少年の肩をばんばん叩いた。

「王道は別のやつでもうやったから、いい。」
ルトは暗い目をして、つぶやいた。

運ばれたお茶は、薄く、熱いだけが取り柄の安物だった。
逆に下町のここらでは、水道事情はあまりよくはなく、熱く沸かしてくれているというのは、それはそれで、良心的ともいえた。

「リア、よかったらなんだけど、一緒にパーティを組まない? 
会ったばかりなんだけど、なんだかリアからはすごい力の原石みたいなものを感じるんだ。」

リアは吹き出した。

「くどき文句としてはいいと思うよ、ルト。でもわたしにそんな力なんかないのはわかってりるし、仮にあったとしてもきみがそれを見抜けるなんとかスキルをもってるとは思えない。」

「くどき・・・じゃないけど、たしかにずるい言い方だったかも。なにせ力の『原石』だから。
スキルの鑑定にひっかからなくても『原石』で逃げられるし、結果モノにならなかったら、磨き方が悪かったで、終わるし。」

ルトが真面目くさった顔でそういうのがなんともかわいらしくて、リアは声をあげて笑った。
こんなに笑ったのは何ヶ月ぶりだっただろう。

「一緒にパーティ・・・・ていうのもまんざらホントでもないんだ。」
「ん? そこは、まんざらウソじゃないんだ、っていうとこでしょ?」
「登録をすませたばかりの初心者が、パーティを組んでも、登録をすませたばかりの初心者パーティにしかならない。」

だから、ね。

と、ルトはお茶を音をたてて啜った。

「さっき言った、どこかのパーティのお手伝いメンバーに雇ってもらうのを、二人セットでやっていたらどうかな?と思うんだ。」

「荷物運びをセットで雇うのになにか意味がある?」
「運べる荷物が二倍になる。」

あ、そりゃそうだ。

「あとは、なんかウリになるところがひとつでもふたつでもあれば、少なくとも無駄にはならない。たとえば、リアは魔法を習ってたことがあるって言ったよね。」
「まあ・・・松明代わりの光球を作ったり、怪我を治す・・まではいかない、ちょっと疲労回復になるくらいのいヒールもどき、くらいなんだけど。」

ほんとうはもうちょっと出来たが、あえて言うほどのことではない。

「ルトはなにがとくい? 剣ももってないし、魔法の素養もない・・・よね。」
「旅の曲芸団にいたんだ。」
ルトは、恥ずかしそうに言った。
「だから、身は軽いよ。ナイフ投げとかもできるし。ほんとの魔物には使ったことがないんだけど、一応、狩りしたら、飛んでる鳥を落とせるレベル。」

なら、けっこう大したもんじゃない!

と言おうとしたリアとルトの首に太い腕が巻き付いた。

「おお、ならけっこう!大したもんだ!」

リアとルトは、ばたばたともがくが腕はびくともしない。

「荷物持ち兼料理係、将来有望な魔術師と斥候。二人ゲットだ! 幸先がいいなあ、ローゼ?」
「まず、その手を離して! 自己紹介からはじめるわよ、ザック。」


床に放り出されたリアとルトは腕の主を見上げた。
浅黒い顔に、炯々と光る黄金色の目。使い込んだ革の鎧は胴と胸当てのみの簡素なもので、たくましい肩がむき出しになっている。

「ランゴバルド最高の冒険者、ザックさまだ! よろしくなパーティ見習いの諸君。」

「まだ、話が急すぎるわ。わたしはパーティ『彷徨えるフェンリル』の魔術師、ローゼ。こっちのせっかちなのが戦士のザック。
ランゴバルド最高ではないけど、一応、銀級で活動してるわ。銀級ってわかる?」

リアとルトは顔を見合わせ、ルトがしずしずと手をあげた。

「ランゴバルトも含む西域の冒険者パーティランクは、上から金、銀、銅、鉄、真鍮、錆です。銀は上から二番目で、条件は、ダンジョンをひとつ以上制覇すること、または、百年級の竜を屠ること。」

「お見事お見事!なら、話をすすめようかな。その前に喉を潤しちゃおう。
お酒は飲めるかな、少年少女。」

ザックが大声で、酒と食べ物を注文する。頼んだ酒は、リアとルトには聞き慣れない名前で、どうもランゴバルドの特産品だったらしい。
お目当てのものがなくぶうたれるザックに

「なら、白酒を果汁で割ったものが飲みやすいです。あと安い。」

「ふうん、ならそれを4つとなにか、食べるもの。
ホウロウ鳥の串焼きはある?」

「それだと、ガウチョ鳩の焼き鳥が近いかも。」

「じゃあ、それを十人前。スープも適当にみつくろってよ。さて」


リアとルトの前に腰をおろしたローゼは、胸の前で腕を組んだ。目から頬にかけては、獣が爪をたてたかのように斜めに刺青が走る。
キレながの目は深い藍色で、この国ではやや珍しい。
紫のローブは、どう見ても足元から折り始め、胸の辺りまできたときで糸がなくなったんじゃないかという凶悪なデザインで、またローゼの肢体もそれを強調するものだった。

「さて、話は立ち聞きさせてもらった。
わたしたちは、ランゴバルトから着いたばかりの冒険者パーティ、『彷徨えるフェンリル』。メンバーはほかに斥候役のトッド、回復術が得意のカーラ、召喚士のルークがいる。
腕は自分で言うのもなんだが、いいつもりだが、なにしろ、はじめての土地でな。宿ひとつ決めるのにも大騒ぎだ。」
「彷徨えるフェンリルが彷徨っちまってるわけだ。」
「黙れ、ザック。」

酒に、こんがり焼けた鶏肉の串盛りが積み上げられた大皿、、壺に入った野菜スープといったものがそろうと、ローゼは陶器のグラスをかかげた。

「1日の幸運と明日の豊穣を。最初の一杯を女神アヴィラフォイトンまたは、そのほかのいろんな神々に捧げます。」

聞き慣れない神さまの名前を、リアとルトはゴニョゴニョと口の中で詠唱した。

ザックは、白酒の果汁割が気に入ったようだった。
一気に飲み干すと、おかわりを頼んだ。なんなら壺でもってこい。果汁は少なめで、な。

「さて、リアとルトだっけ? リアは家を出なければならない事情があって、冒険者になった。ルトは、曲芸団がダメになったか逃げ出したかで、王都に流れてきて、冒険者になった。ここまで合ってる?」

二人は頷いた。

「ここではどうか知らないけど、ランゴバルトじゃあ、ちょっと地元で腕の立つ、ガキ大将レベルのやつがね、サビかけた剣やら、種火になるのがやっとのファイヤーボールをひっさげて意気揚々と上京してくることが多いのさ。
なかには、腰巾着までぞろぞろと引き連れてね。

それで上手くいくのは、せいぜい薬草の採取やついでに出会った小鬼の討伐まででね。

一人前のふりをして、個室のある宿に泊まり、クエストの成功のたびに祝杯をあげてたら、早晩、持ち金は使い尽くす。

次はどうなるか。

もし、パーティメンバーに若い女性がいた場合には、手っ取り早く金を稼ぐには決まりきった方法がある。」

リアはさすがに嫌な顔をした。

「故郷から一緒に出てきた幼なじみの仲間を…」

「自分からそこまで頭を回す者はいないのさ。ただ、金に困ったのを見はからってそういう話をもちかけるやつはごまんと居る。
宿の女将、道具屋の主人、いちばん多いのはもちろん、冒険者仲間だ。

結果どうなるか?

女をくいものにするチンピラ集団がひとつ出来上がる。昼間から飲んだくれてたら、もうギルドの依頼も受けたくなくなる。
そうこうしているうちに、自分もヤバい仕事に手を染める。

ここらへんで、もうそいつらは冒険者じゃなくて完全な犯罪者だ。

そして、地元の昔からいるもっと大きな犯罪者集団から目をつけられる。
ここでうまく立ち回れるくらい頭のまわるやつは、最初からこんな道を踏み外さない。
かくして、首を切られた死体が裏路地に転がる。」

嫋やかな笑みさえ浮かべてローゼは、顔面蒼白になったふたりの若者をみやった。

「・・・という最悪のルートを回避したお二人、おめでとう。」


「・・・ほんとにある話なんですか、それ。」

リアはカラカラに乾いた口を潤すために酒を流し込んだ。

口当たりはいいが、喉がカッと熱くなる。けっこう酒精は高いようだった。


「ここは、グランダ王国で、ランゴバルドじゃない。
冒険者は食い詰めた若者がとりあえず、生きてくための糧をかせぐとこで、あこがれの対象じゃない。
ゆえに、冒険者になろうと夢をいだいて幼なじみと一緒に王都に登る脳天気なやつらはいない。」

挑むように、ルトは早口で言った。


戯言ざれごとだ。そういう例もあるってことだ。」

壺から注いた酒を快調に呷りながら、ザックが言う。

「実際、いくら腕に覚えがあっても、最初にベテランパーティの雑用係をしとくのは悪くはないんだぜ。
よっぽど、悪質なところじゃなけりゃ、飯は食わせてもらえるし、迷宮内での立ち回りや、ギルドへのアイテム、素材の持ち込み方、交渉の仕方なんかを覚えることができる。
ちっとは小遣い程度の、給金ももらえるし、俺みたいな面倒見のいい先輩にめぐりあうと、機嫌のいいときにちょっとした戦闘のコツなんかを伝授してもらえるかもしれん。」

「ふたり、セットで雇ってもらうっていうアイディアも悪くないとは思うわ。」

指についた焼鳥の脂を舌ですくいながら、ローゼも言った。


「斥候役のトッドと、回復役のカウラはいい仲で、な。そろそろ結婚して、冒険者を引退したがってる。
おまえさんたちが、それまでに一人前になってくれれば、『彷徨えるフェンリル』の正式メンバーになってもらってもいい。

ま、それは先々の話だ。

俺たちはしばらくはここを中心に活動するから、どうだ?
一緒にやってみないか?」

「・・・・なんで、こんなに親切にしてくれるんですか。」
リアがグラスを両手で抱きかかえながら言った。
涙が浮かんでいた。

「この半年・・・なんにもいいことがなくって、とうとう養女にもらってくれたうちからも追い出されて、冒険者になってみたけど、仕事もなくって、ほんとにもう、体でも売るしかないのかと思ってたのに・・・」

「深い理由はない。たまたま偶然ってやつだ。
俺たちは、この街のことがわかる仲間が欲しかった。
そっちは、冒険者のノウハウを叩き込んでくれるベテラン冒険者のパーティに潜り込みたかった。

これは・・・なんていうんだ、俺達の故郷では『鞘に収まる剣を見つけた』って言うんだが・・・」

「すごく、いいお話だと思うんですが・・」

ルトは目を伏せながら小さな声で、しかしはっきりと言った。

「一晩、考えさせてくれませんか? ぼくたちの話をどこから聞いてくれたのかはわからないんですが、ぼくとリアはさっき知り合ったばかりなんです。
一緒にベテランパーティに雑用係で雇ってもらおうって言い出したのも、ぼく、なので。

もう少しリアと話をさせてもらってからでもいいですか?」

「しっかりしてるね、少年。ルト・・・くんだっけ? かまわないよ。
『魔王宮』開くまでにはもう少し日があるし・・・明日もこのギルドに顔をだすようにするから、そのとき返事をおくれ。
じゃあ・・・・」

ローゼは目を細めて笑うと、グラスをかかげた。

「今夜は、新しい仲間を迎える前祝いだと思うよ。食べて、飲んで、ぐっすり休んで。
いい返事を待ってるよ!」
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