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第8話 粛清される側の理屈
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誰が得をしたのか、すぐにはわからないまま。
だが、明らかに「損」をするものはいた。
これまで、空位のグランドマスターの代行として、王都の冒険者ギルドを取り仕切ってきた有力ギルドマスターの集まり。
通称「八極会」である。
マリテオ=グラン。「鉄腕」のマリテオは珍しく、現役の冒険者でありながら、ギルドマスターを兼ねていた。
歳は三〇代の半ば。体力的にはピークを過ぎてはいたが、熟練の肉体強化魔法は、王都でも一二を争う。
「おい、帰るぞ。」
マスターの帰りを待っていたネモとキースはいつもに増して機嫌の悪いマリテオに怯えながら、馬車の手配に走った。
八極会の本部は、彼らのギルドからはそれほど遠くはなく、自前の馬車より、辻馬車を拾った方が便がいい。
程なく、深くフードを被った少年が御者を務める馬車が見つかり、三人は乗り込んだ。
「何があったんですか?マスター」
ネモがおそるおそる聞いた。
聞くのも怖いが、聞かないともっと怒られそうな気がしている。
ネモ自身も暗器をあちこちに忍ばせた冒険者というより、半ば裏社会に足を突っ込んだ人間なのだが、このギルマスの持つ凶暴性にはとてもついていけないものを感じていた。
「八極会は解散、だとさ。」
「え、ど、どういうことです? じゃあ、王都のギルドは誰が束ねるんですか?」
「蝕乱天使のローゼン=クリュークだ。奴がグランドマスターになった。王命出そうだ。」
「いや、それって、あの王位の継承権を賭けて、王子さんたちが自分のパーティを組んで『魔王宮』に潜るっていうんで、呼ばれたランドバルドの冒険者ですよね。
なんで、イキいなりグランドマスターですか。訳がわからんです。」
「俺にもわからん。
とにかく、全ギルドメンバーが『魔王宮』に潜れるそうだ。そう決まった。
それで、冒険者が中でどつき合いをはじめないように、きっちり仕切るためにグランドマスターが必要になったってことだ。」
「そんなものは別に八極会で充分でしょう。」
キースは魔道士、または魔道士くずれだ。上級魔道士まであと一歩というところで、不祥事で、魔道院を追放になった。
冒険者としては、主に対人戦闘に長けている。
「魔王宮が、探索できるとなれば、とんてもない儲けになるのは間違いありません。
その探索をし切れるとなったらそりゃもう。」
「あたりまえの事を抜かすな。『燭乱天使』も、だから乗り込んできたに決まってる。いまのグランダ王国が用意できる報酬などタカが知れているからな。」
「で、どうするんです? 燭乱天使じゃまともに戦っても勝ち目はないですぜ。」
「ふん、地の利はこっちにあるってことだ。おい、ネモ、『鮮血』に渡りをつけられるな?」
「ギルマス! こ、殺し屋を使うってことですか。いや、つけられます、つけられますが、やつらは裏の社会じゃ超一流の暗殺者ですぜ。
おまけに前金を全額つまないと動かねえ。ギルドの金庫を空にしてもそこまでの資金は・・・」
「『王龍の逆鱗』と『グリュプワーンの古代樹』には話がついている。『鮮血』が、『蝕乱天使』を片付けると同時に、残りの5つのギルドは俺たちが叩く。
なに、八極会の会合だと言って呼び出して、ギルマスから始末しちまえば、簡単な話だ。」
「物騒なお話ですね。」
ふいに御者が声をかけてきた。
少々、声がでかかったか。
マリテオが、御者諸共に始末を考えた馬車はふいに止まった。
「着きました、お客さん。」
「ぬ…ってここはどこだっ!」
「どこって程のところではないです。とりあえずさっきの場所から隣の街区までは移動してみました。
わりと人通りもすくないようなので、ここならまあ、よいか、と。」
「なんだと!」
「あったまの悪い人ですねえ。『ここはどこだ』から『おまえは何者だ』まで、聞くことはいろいろあるでしょうに。」
楽しげに語りながら、御者は馬車をおりて扉をあけた。
マテリオたちが降りてみると、そこは確かに八極会本部から、いくらも離れていない、街の広場。
夕方から、屋台の飲み屋が並ぶ場所で、昼間のこの時間はやや閑散とていた。
「ここはどこかはわかった。」
マテリオの体に魔力が膨れ上がる。外見はかわらぬが…
「てめえは誰だ!」
御者はフードを外した。
そのままマントも脱ぎ捨てる。
虎を模した隈取り。全身に施された虎の毛皮の意匠。
マント以外にはなにも身につけていなかったのだろう。未成熟さの残る裸体のまま立ち尽くすその姿は、やや滑稽で、儚げにも見える。
口元には、こちらを笑うような、誘うような。
笑み。
「な、」
一瞬、あっけに取られたマテリオだが、しかし油断はしない。
「エルマートのパーティ『栄光の盾』がひとり、リヨン。」
笑みの合間から、白い歯がこぼれた。
「こんにちは、そしてさようならだ、ね?」
言葉が終わらないうちに、鋼鉄の穂先がリヨンの胸を突いていた。
ネモの携帯していた折り畳み式の槍の一撃だった。
「ああ、痛い。かも。」
「キース!」
乳房の下を貫くはずのやりが、まったく刺さっていないことに気づいたネモが声を上げた。
落ちこぼれ魔導師は、そのときには術を完成させている。
空から生まれた風の刃が、四方八分から、リヨンを襲った。
彼女の姿から、獣を模した素早い動きを行うことを想定しての数の攻撃だった。
リヨンの肌の上で無数の風の刃が荒れ狂い…
「いったいなあ、もう」
少し顔をしかめながら、リヨンは身をかがめる。
風の刃があたった部分は、ほんの少し赤くなっていただろうか。
「ぬわっ」
槍を引き戻した大きく飛び下がりながら、槍の穂先部分をガチャリとはずして、替わりに小ぶりな斧の刃を嵌め込んだ。
そこにキースの魔法がエンチャント魔法が流れ込み、斧は炯々と赤い炎を包まれる。
それを屈んだリヨンに向けて振り下ろした。
長柄の斧(ハルバートというには重量が足りぬが)の一撃は、石畳を砕き、炎をあげる。
「せっかちだね。」
次々と襲うネモの斧を軽々とかわしながら、リヨンは呆れたように言った。
「口上も終わらないうちに、殺し合いとは下品だよ、つまんないよ。」
「俺たちが、てめえらのリーダーがグランドマスターになるのが気に食わねえって!」
長柄の斧を遠心力で振り回しつつ、ネモは空いた手で、鉄針を投擲する。
かわした先に、キースの火炎玉が着弾。
炎に包まれたリヨンが地を転げ回りながら、付着した火を消し止めようとする。そこに再び鉄針と火球。
獣にしかできない動き。四つん這いになったまま、横飛びでリヨンがそれを避ける。と同時に斧の一撃。横殴り。
リヨンはその一撃を手掴みで受け止めた。
嫌な肉の焼ける音。
「違う、違うん。すっこしだけど違うんだ。
確かに、クリュークのグランドマスター就任に反対派をぶち殺すことにはなってたんだけっどっ」
リヨンの指は人間のそれではなく、獣の鉤爪を化していた。
それが、握りしめた斧の刃にじわじわと食い込んでいく。
ただの鉄ではない。
キースの魔法により、炎の属性を付与された斧は、実際にオレンジの炎を上げ、握りしめたリヨンの手をじりじりと焼いていく。
ネモは斧を引き戻そうとするが、彼の体躯の半分もない少女の腕力がそれを許さない。
ネモは、柄を離し、今度は両手で鉄針を投げつけた。
先端には毒を塗ってある。わずかでも相手の皮膚にさされば十分な効果のある即効性の高い毒だ。少女の体が宙に飛んだ。
キーズが火球を放つが、少女は斧の柄を起点にさらに、高く舞い上がる。
「クリュークが言うにはね!」
次々とネモが投擲する鉄針、キースが放つ火球を、空中で体をひねりながらことごとくかわす。
「誰でもいいから何人か殺しておけって!」
地面に両手をついておりたったリヨンにネモは、剣をぬいて飛び掛かった。
キースからかかったエンチャントは、「電撃」。
体のどこに触れても、たとえ刃が通らなくても自由を奪うことができる。
「がう」
振り下ろした剣を、リヨンは歯で咥え止めた。
バチバチと火花が走り、シュウシュウと音をたてて、リヨンの口内が燃える。
委細構わず
バキ
と音を立てて剣がかみ砕かれた。
間を取ろうと後退したネモの顎を、リヨンのこぶしが突き上げた。
そのまま、一回転し、地面に頭から倒れこむ。
脂汗にまみれたキースは、再び火球を放つ。
続けざまの魔術の、しかもほぼ無詠唱での使用は、彼にとってはほぼ限界に近い。
ネモを倒した直後のリヨンの背中に、それはまともにさく裂した。
小柄な少女の体が炎につつまれ、吹っ飛ぶ。
そこにさらに火球を放つ。
ほとんど、意識はもうろうとしていたが、彼女を倒さねば、ギルマスの怒りは自分たちに向く。
その死にざまは。おそらく戦場で、迷宮で、死ぬよりも惨たらしいものになる。
起き上がりかけた少女を火球が包む。
燃える。燃える。
全身が、炎につつまれて。
勝った。キースは魔力切れによる頭痛と闘いながら、思った。もうこれで、こいつは倒れる。
苦戦はしたが、今回も生き延びた・・・・
気が付いたときには、リヨンの顔が目の前にあった。虎の隈取はしているが、意外にかわいらしい・・・
そう思った次の瞬間、キースの意識は暗黒におちた。
曲げた中指の関節で、キースのこめかみを叩いたリヨンは、肉食獣の笑みを張り付けて、最後に残ったマテリオを振り返った。
「部下に戦わせて、自分は高見の見物? 感心しないなあ。」
「初見の相手にゃ、たいていこうするんだ。」
マテリオは、にまにまと笑った。
「西方領域でもトップの冒険者と聞いていたが、この程度か?
がっかりさせやがるぜ。」
「こっちもがっかりした。この国の冒険者は、問答無用で斬りかかるクズ野郎の集まりかな?」
「殺しに来といてよく言うぜ。」
マテリオは腰を落とし、拳を顔の前で構えた。
「いいことを教えといてやる。てめえはすぐには死なねえ・・・・俺がてめえの体を飽きるまで味わうまではな。」
リヨンの笑みが濃くなった。
溢れた白い歯は人間のそれであったが、牙に見えた。
「これでも身体強化魔法じゃ、この国でもトップでな。魔犀を一撃で殴り殺したこともあるんだぜ。」
構えたマテリオの拳がゆらゆらと、動いた瞬間!!
見えない斬撃が、リヨンを襲った。
だが、明らかに「損」をするものはいた。
これまで、空位のグランドマスターの代行として、王都の冒険者ギルドを取り仕切ってきた有力ギルドマスターの集まり。
通称「八極会」である。
マリテオ=グラン。「鉄腕」のマリテオは珍しく、現役の冒険者でありながら、ギルドマスターを兼ねていた。
歳は三〇代の半ば。体力的にはピークを過ぎてはいたが、熟練の肉体強化魔法は、王都でも一二を争う。
「おい、帰るぞ。」
マスターの帰りを待っていたネモとキースはいつもに増して機嫌の悪いマリテオに怯えながら、馬車の手配に走った。
八極会の本部は、彼らのギルドからはそれほど遠くはなく、自前の馬車より、辻馬車を拾った方が便がいい。
程なく、深くフードを被った少年が御者を務める馬車が見つかり、三人は乗り込んだ。
「何があったんですか?マスター」
ネモがおそるおそる聞いた。
聞くのも怖いが、聞かないともっと怒られそうな気がしている。
ネモ自身も暗器をあちこちに忍ばせた冒険者というより、半ば裏社会に足を突っ込んだ人間なのだが、このギルマスの持つ凶暴性にはとてもついていけないものを感じていた。
「八極会は解散、だとさ。」
「え、ど、どういうことです? じゃあ、王都のギルドは誰が束ねるんですか?」
「蝕乱天使のローゼン=クリュークだ。奴がグランドマスターになった。王命出そうだ。」
「いや、それって、あの王位の継承権を賭けて、王子さんたちが自分のパーティを組んで『魔王宮』に潜るっていうんで、呼ばれたランドバルドの冒険者ですよね。
なんで、イキいなりグランドマスターですか。訳がわからんです。」
「俺にもわからん。
とにかく、全ギルドメンバーが『魔王宮』に潜れるそうだ。そう決まった。
それで、冒険者が中でどつき合いをはじめないように、きっちり仕切るためにグランドマスターが必要になったってことだ。」
「そんなものは別に八極会で充分でしょう。」
キースは魔道士、または魔道士くずれだ。上級魔道士まであと一歩というところで、不祥事で、魔道院を追放になった。
冒険者としては、主に対人戦闘に長けている。
「魔王宮が、探索できるとなれば、とんてもない儲けになるのは間違いありません。
その探索をし切れるとなったらそりゃもう。」
「あたりまえの事を抜かすな。『燭乱天使』も、だから乗り込んできたに決まってる。いまのグランダ王国が用意できる報酬などタカが知れているからな。」
「で、どうするんです? 燭乱天使じゃまともに戦っても勝ち目はないですぜ。」
「ふん、地の利はこっちにあるってことだ。おい、ネモ、『鮮血』に渡りをつけられるな?」
「ギルマス! こ、殺し屋を使うってことですか。いや、つけられます、つけられますが、やつらは裏の社会じゃ超一流の暗殺者ですぜ。
おまけに前金を全額つまないと動かねえ。ギルドの金庫を空にしてもそこまでの資金は・・・」
「『王龍の逆鱗』と『グリュプワーンの古代樹』には話がついている。『鮮血』が、『蝕乱天使』を片付けると同時に、残りの5つのギルドは俺たちが叩く。
なに、八極会の会合だと言って呼び出して、ギルマスから始末しちまえば、簡単な話だ。」
「物騒なお話ですね。」
ふいに御者が声をかけてきた。
少々、声がでかかったか。
マリテオが、御者諸共に始末を考えた馬車はふいに止まった。
「着きました、お客さん。」
「ぬ…ってここはどこだっ!」
「どこって程のところではないです。とりあえずさっきの場所から隣の街区までは移動してみました。
わりと人通りもすくないようなので、ここならまあ、よいか、と。」
「なんだと!」
「あったまの悪い人ですねえ。『ここはどこだ』から『おまえは何者だ』まで、聞くことはいろいろあるでしょうに。」
楽しげに語りながら、御者は馬車をおりて扉をあけた。
マテリオたちが降りてみると、そこは確かに八極会本部から、いくらも離れていない、街の広場。
夕方から、屋台の飲み屋が並ぶ場所で、昼間のこの時間はやや閑散とていた。
「ここはどこかはわかった。」
マテリオの体に魔力が膨れ上がる。外見はかわらぬが…
「てめえは誰だ!」
御者はフードを外した。
そのままマントも脱ぎ捨てる。
虎を模した隈取り。全身に施された虎の毛皮の意匠。
マント以外にはなにも身につけていなかったのだろう。未成熟さの残る裸体のまま立ち尽くすその姿は、やや滑稽で、儚げにも見える。
口元には、こちらを笑うような、誘うような。
笑み。
「な、」
一瞬、あっけに取られたマテリオだが、しかし油断はしない。
「エルマートのパーティ『栄光の盾』がひとり、リヨン。」
笑みの合間から、白い歯がこぼれた。
「こんにちは、そしてさようならだ、ね?」
言葉が終わらないうちに、鋼鉄の穂先がリヨンの胸を突いていた。
ネモの携帯していた折り畳み式の槍の一撃だった。
「ああ、痛い。かも。」
「キース!」
乳房の下を貫くはずのやりが、まったく刺さっていないことに気づいたネモが声を上げた。
落ちこぼれ魔導師は、そのときには術を完成させている。
空から生まれた風の刃が、四方八分から、リヨンを襲った。
彼女の姿から、獣を模した素早い動きを行うことを想定しての数の攻撃だった。
リヨンの肌の上で無数の風の刃が荒れ狂い…
「いったいなあ、もう」
少し顔をしかめながら、リヨンは身をかがめる。
風の刃があたった部分は、ほんの少し赤くなっていただろうか。
「ぬわっ」
槍を引き戻した大きく飛び下がりながら、槍の穂先部分をガチャリとはずして、替わりに小ぶりな斧の刃を嵌め込んだ。
そこにキースの魔法がエンチャント魔法が流れ込み、斧は炯々と赤い炎を包まれる。
それを屈んだリヨンに向けて振り下ろした。
長柄の斧(ハルバートというには重量が足りぬが)の一撃は、石畳を砕き、炎をあげる。
「せっかちだね。」
次々と襲うネモの斧を軽々とかわしながら、リヨンは呆れたように言った。
「口上も終わらないうちに、殺し合いとは下品だよ、つまんないよ。」
「俺たちが、てめえらのリーダーがグランドマスターになるのが気に食わねえって!」
長柄の斧を遠心力で振り回しつつ、ネモは空いた手で、鉄針を投擲する。
かわした先に、キースの火炎玉が着弾。
炎に包まれたリヨンが地を転げ回りながら、付着した火を消し止めようとする。そこに再び鉄針と火球。
獣にしかできない動き。四つん這いになったまま、横飛びでリヨンがそれを避ける。と同時に斧の一撃。横殴り。
リヨンはその一撃を手掴みで受け止めた。
嫌な肉の焼ける音。
「違う、違うん。すっこしだけど違うんだ。
確かに、クリュークのグランドマスター就任に反対派をぶち殺すことにはなってたんだけっどっ」
リヨンの指は人間のそれではなく、獣の鉤爪を化していた。
それが、握りしめた斧の刃にじわじわと食い込んでいく。
ただの鉄ではない。
キースの魔法により、炎の属性を付与された斧は、実際にオレンジの炎を上げ、握りしめたリヨンの手をじりじりと焼いていく。
ネモは斧を引き戻そうとするが、彼の体躯の半分もない少女の腕力がそれを許さない。
ネモは、柄を離し、今度は両手で鉄針を投げつけた。
先端には毒を塗ってある。わずかでも相手の皮膚にさされば十分な効果のある即効性の高い毒だ。少女の体が宙に飛んだ。
キーズが火球を放つが、少女は斧の柄を起点にさらに、高く舞い上がる。
「クリュークが言うにはね!」
次々とネモが投擲する鉄針、キースが放つ火球を、空中で体をひねりながらことごとくかわす。
「誰でもいいから何人か殺しておけって!」
地面に両手をついておりたったリヨンにネモは、剣をぬいて飛び掛かった。
キースからかかったエンチャントは、「電撃」。
体のどこに触れても、たとえ刃が通らなくても自由を奪うことができる。
「がう」
振り下ろした剣を、リヨンは歯で咥え止めた。
バチバチと火花が走り、シュウシュウと音をたてて、リヨンの口内が燃える。
委細構わず
バキ
と音を立てて剣がかみ砕かれた。
間を取ろうと後退したネモの顎を、リヨンのこぶしが突き上げた。
そのまま、一回転し、地面に頭から倒れこむ。
脂汗にまみれたキースは、再び火球を放つ。
続けざまの魔術の、しかもほぼ無詠唱での使用は、彼にとってはほぼ限界に近い。
ネモを倒した直後のリヨンの背中に、それはまともにさく裂した。
小柄な少女の体が炎につつまれ、吹っ飛ぶ。
そこにさらに火球を放つ。
ほとんど、意識はもうろうとしていたが、彼女を倒さねば、ギルマスの怒りは自分たちに向く。
その死にざまは。おそらく戦場で、迷宮で、死ぬよりも惨たらしいものになる。
起き上がりかけた少女を火球が包む。
燃える。燃える。
全身が、炎につつまれて。
勝った。キースは魔力切れによる頭痛と闘いながら、思った。もうこれで、こいつは倒れる。
苦戦はしたが、今回も生き延びた・・・・
気が付いたときには、リヨンの顔が目の前にあった。虎の隈取はしているが、意外にかわいらしい・・・
そう思った次の瞬間、キースの意識は暗黒におちた。
曲げた中指の関節で、キースのこめかみを叩いたリヨンは、肉食獣の笑みを張り付けて、最後に残ったマテリオを振り返った。
「部下に戦わせて、自分は高見の見物? 感心しないなあ。」
「初見の相手にゃ、たいていこうするんだ。」
マテリオは、にまにまと笑った。
「西方領域でもトップの冒険者と聞いていたが、この程度か?
がっかりさせやがるぜ。」
「こっちもがっかりした。この国の冒険者は、問答無用で斬りかかるクズ野郎の集まりかな?」
「殺しに来といてよく言うぜ。」
マテリオは腰を落とし、拳を顔の前で構えた。
「いいことを教えといてやる。てめえはすぐには死なねえ・・・・俺がてめえの体を飽きるまで味わうまではな。」
リヨンの笑みが濃くなった。
溢れた白い歯は人間のそれであったが、牙に見えた。
「これでも身体強化魔法じゃ、この国でもトップでな。魔犀を一撃で殴り殺したこともあるんだぜ。」
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