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第2話 公爵閣下と公爵令嬢は婚約破棄の真相にたどり着く

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リリク通りはちょうど貴族街と平民街を隔てている。
厳密には、はっきりと区画が分かれているわけではないが、通りをはさんで、平民街側には商店が並ぶ。
衣装や宝飾品の店が多いが、レストランや食料品店、服飾店もある。

いずれも高級店揃いで、石造のどっしりとした店構えだが、2階以上の建築は認められていない。

反対側、貴族街側はというと、ほとんどが高位貴族の屋敷となる。
リリク通りは、「裏口」になるため、門も凝った意匠のものなどは少なく、印象としては延々と壁があるだけだ。

そんな無味乾燥な壁の連なりが続く中、通りのなかほどに、一軒、店を開けている居酒屋があった。

いや居酒屋風な作りなだけだ。揺れる看板には、こう書かれている。


ギルド 不死鳥の冠



王都でもだいぶ中心部に近いリリク通りでは、王都の外に出かけることの多い冒険者には不便だろう。
また、なにかと平時も武装一式、身につけたがる冒険者が、高級店の立ち並ぶこの通りで歓迎されるとも思えない。

実際、人の出入りは少ないのだ。
にもかかわらず、このギルドは数十はある王都の冒険者ギルドの中でも、一目おかれている。
それは、このギルドが抱える冒険者の質と、もう一つは・・・・。

舞踏会の日の翌日、昼食の時間をやや過ぎたころ。

「いるか?」

そう言って、のそりと「不死鳥の冠」に入ってきたのは、角ばった顎に髭を蓄えた大男だった。
黒い髪を短く刈り込み、簡素な革の鎧、腰には片手斧をさしている。
強靭な、いや凶暴なまでの筋肉はいかにも前衛向きで、隙のない身のこなしは、熟練の冒険者以外の何者にも見えない。

「これはこれは、親父殿。」

愛想良く出迎えた少女は、まだ10代に見える。
紺地に朱色の糸で、不死鳥の衣装が描かれたギルドの制服がよく似合う。

「姫なら、奥の席で飲んだくれております。いえいえ」

大男の顔が怒気をはらんだので、少女は慌てて付け足した。

「ついさっきまで、学院から出された課題をやっておられました。
それが終わったので、白酒を果汁で割ったものとサンドイッチをお出ししたところ、気に入っていただいたようで、お替りを所望され」
「学生が飲むには酒精が高すぎる・・・・何杯めだ?」
「三杯目です・・・・壺でお出ししましたので正確には一杯と二壺め、と言うところですが。」

大男がむうっと唸った。
「同じものを俺にも出してくれ。サンドイッチも。ハムは厚切りで、な。」

「お昼を召し上がっていないのですか?」

「王宮に参上していたのだ。たった、今戻ったところだ。
それから、親父殿はやめろ。」

「公爵閣下、とお呼びしましょうか?」

大男はもう一度唸って、好きに呼べ、と言い残して奥に進んだ。


フィオリナは、別に飲んだくれているわけではない。

そもそもアルコールなど酔いがまわる前に体内で分解できるはずだ。

ということは、この公爵令嬢は、素面のままで、足をテーブルに投げ出したまま、天井を見上げてサンドイッチを頬張っているのだろうか。

テーブルについているのは、もうひとり、たしか白竜の吐息のリーダー、ゾル=ラグー。
西の森の長命種の血を引いていると噂もある魔法剣の使い手で、同じくサンドイッチとグラスを手にしていたが、整った顔立ちもあって、よほど貴族らしく見えた。

「おお、父上。お勤めご苦労様です。いやはや。」
学院2位の成績を誇る公爵家令嬢は、取手のついた酒壺を持ち上げて挨拶した。

壺はまあ、顔の大きさほどはある。

口元に運んだ壺の傾き具合からすると、2つめの壺もほぼ、空のようだった。

「ハルトはどうせ、もう学校には来ないでしょうから、ひょっとすると、ここで首席を奪還できるかと思って、課題を頑張ってみたんですが、」
テーブルには、いくつもの紙の束が積まれている。

「ダメっぽい。ヤツの首席卒業は動かない。」

「ハルト殿下が首席になったら立太子式を取り行うことになっていた。」

「もともとハルトは、正妃の長男ですから。

立太子式だけがなにやかにやと理由をつけてのびのびになっていたのが、この度、めでたく学院を首席で卒業が決まった。

首席で卒業すれば、卒業式と同時にあらためて、王太子としての広めを大々的に行う。
グランダ陛下が自ら、そう発表したのがかれこれ五年前、でした、か。」

「なぜ、陛下がそんなことを言ったのかわかるか?」

フィオリナは、父親を見上げて、にやっと笑った。

公爵家令嬢には相応しくない笑みであり、もとより彼女も屋敷の中では、家族にも見せない表情だった。

「当時のハルトは、なかなかの慎重派で」
酒壺を飲み干すと、父親たるクローディア公爵に、自分の向かいの席にかけるよう促す。
「成績は中の上。目立つことが嫌いで、王太子とは言え、よくぞこれと婚約したものだと、よく言われておりました。」

「それを物足りなく思った陛下が、殿下を激励するためにそのような発表をした、と。」

「まあ、そうとしか受け取れませんね。
同学年に、マルセルやアルト、アフラ、それに

わ、た、く、し、

が居なければ。」

「つまりは、絶対に首席卒業は無理と分かったうえでの」
「まあ、嫌がらせ、ですね。」

手際よく運ばれてきた酒壺を、今度はやや上品にグラスに移した公爵令嬢は、サンドイッチのおかわりを所望された。

「立太子式は、また延期と決まった。」
「へえ? それはまた」
「理由はパーティ席上でのクローディア公爵家令嬢への無礼極まりない婚約破棄。」
「それで、早朝より宮中へ」

公爵は大きく頷いた。

「陛下からは、過分なる詫びのお言葉を頂戴した。
昨晩、帰宅した娘は食事も喉を通らず、とこに臥せっていることを報告すると、いたく同情され、後日、見舞いの品を贈られること、さらには、今回の婚約破棄において、我が家にもおまえにも一切の非がないことを重臣たちの前であらためて明言され」

公爵は少し言い淀んだ。

「これは、体調が回復したのち、あらためての話になるが、第二王子エルマート殿下との婚約を打診された。」

「まさか、受けてこなかったでしょうね?」

『ありがたきお言葉なれど、残念ながらフィオリナは心身ともに深く傷つき』
芝居めいた口調で、公爵は目を潤ませた。
『しばらくは、療養に専念したいと存じます。娘が健やかになりますれば、その折にあらためてまして』

「親父殿は宮中では、そんなふうにしゃべるのか?」

特に口をはさむわけでもなく、サンドイッチをもくもくと平らげていたゾルが、気持ち悪そうに言った。

「必要に応じて、だな。
この話し方には、長所もあって、それは内心何を考えているか、悟られにくい、ということだ。
ところで、親子の会話なんだが、席をはずしてくれる気はないのか?」

「昨日、夜遅くにギルドマスターに呼び出されて、ね。
親父殿のくる二時間前にはここに着いて、ギルマスに昨晩起こったことの報告を済ませてている。
大方は、予想通りだったけど、ハルトに感謝しといた方がいいよ、親父殿。」

「剣士だと思っていたが、間諜の真似事もするのか?」

「まあ、冒険者なんぞ、なんでも屋、だからね。ちょいとしたコネで、侍女や下働きの連中からの聞き込みで充分だった。
間諜なんて大げさなもんじゃない。」

「まあ、いい。

で、ハルト殿下の立太子式だが、また新しい条件がついた。

勇者の血をひく我が王国の後継なれば、半年のうちに、自他共に認める最強のパーティを結成してみせよ、と。」

フィオリナとゾルが顔を見合わせた。

「すると、だ。
陛下の傍に控えたエルマート殿下が、目を輝かせて

『最強パーティの育成ですか! 父上、私もぜひ参加させてください!』

『そうだな、ハルト一人では、興がのるまい。
よし!エルマートも参加してみよ。
自らのパーティで、魔王宮を目指すのだ。多いに兄と競うがいい。』」

「親父殿がモノマネがけっこう上手いのは初めて知った。」

ゾルがつぶやいた。

「しかも『魔王宮』の封印を50年ぶりに解く、だと?
それで、エルマート王子が勝ったら?」

「なしくずし的にエルマート殿下が王太子となるだろう。」

「陛下がハルトを呼び出して、それを告げたのは、昨日の夜、舞踏会の始まるすこし前。」

フィオリナが顔を歪めた。

「その足で、ハルトはわたしのところに婚約破棄を告げにきた。」

公爵は深くため息をついた。

「陛下がなりふりかまわず、自分を王太子の座から降ろそうとしていることを知って、とっとと我が家との縁を切ってくれた、と。
王家は、その婚約破棄の不始末を恰好の理由に、立太子式の延期を発表し、あらためてエルマート殿下と王太子の座を争うよう仕向けた、と。」

「わからないはこと二つある。」

フィオリナは、拳を額に押し当てた。

「エルマートはまるっきりのバカではないにせよ、ハルトの実力は群を抜き過ぎている。
エルマートが国中のギルドから最高クラスのメンバーを集めてパーティを組んでも、ハルトの作るパーティに勝るとは思えない。」

「それについては答えが出た。
さっき宮中で発表されたばかりの最新情報だよ。

エルマート殿下のパーティは

『蝕乱天使』

だ。」

フィオリナは大きく目を見開いた。

「ランドバルド皇国を中心に活動してる西域最高峰のパーティじゃない!」

「いくら出したのかわからんが、まさになりふり構わず、だな。」

ゾルも呆れたように言った。

「金だけで済む連中じゃないぞ。報酬に爵位はもちろん、国宝級の武具も用意させられてるだろう。
それに、名声とともに悪名も高い連中、だ。
敵対どころか、競う立場にたったパーティのメンバーが不慮の事故にあう確率が妙に高くて、な。」

「噂は聞いている」
フィオリナはこぶし越しにゾルを睨んだ。
「もし、わたしがゾルに、ハルトのために白竜の吐息の力を貸して欲しい、と頼んだら…」

「ギルマスの頼みでもお断りかなぁ。命知らずのメンバーどもも、命がいらないってわけじゃないので。」

「と言うことは…」

「国中のどこのギルドに声をかけても、少なくとも蝕乱天使を知ってる冒険者で、ハルト王子に手を貸そうなんてヤツは一人もいないってこと、さ。」

ソルはそこまで言うとずるそうに笑った。

「我がギルド『不死鳥の冠』は、クローディア公爵家の息のかかったギルドだというのは半ば公然だ。
だいたい場所からして、公爵家の屋敷の真裏だし、ギルマスが御令嬢のフィオリナさまなのは一部のメンバーしか知らないにしても、その父上たる公爵閣下は、娘の元を訪ねるのに屋敷の中を通るより、通りをぐるっとまわって当ギルドを訪れるほど、だ。

よもや、『不死鳥の冠』がハルト王子に手を貸す、なんて考えないよね。
そんなことしたら、せっかくの婚約破棄で放免されたのに、また王室から目をつけられる。
最悪ギルドごと公爵家ごと、『蝕乱天使』の的にされるよ。

それで滅んだ国が、ひい、ふう、みい…」

「噂のレベルだと七つ、ね。」

フィオリナ再び、壺からじかに酒を飲み始めた。

頬がわずかながら赤らみはじめていた。

つまりフィオリナは、酔いたいのだ。

「ハルト王子の味方ってのは貴族にはいないんですか?
オレも何度も会ってるが、まあ、底が見えないのが怖いっちゃ怖いんですが、そんな敵をつくるヤツには見えないのですが。」

「敵はいないが、味方もいない。

若くして亡くなった殿下の母君は、カダスフニヤの王女だった。が、もう随分前に政変が起こり、彼女の親兄弟は廃されて、傍系だった伯爵が王位についてるよ。

つまりそっちの援助は期待できん。

貴族連中は、まあ、日和見だ。
グランダ陛下が、いきなりハルト殿下を廃嫡しようとすれば、反発も出るだろう、くらいだな。

魔族の侵攻も十年以上ない。近隣諸国との関係も良くも悪くもなく。

要は誰が王になってもかまわないのが、本音だろうな。とすれば、陛下の意向が優先される。

よほど、人格や能力に問題があればともかく、エルマート殿下もあれはあれで優秀な方だ。たぶん再来年は学院を首席で卒業されるだろう。

ハルト殿下も首席だが」

「わたしを抜いての首席だからね。」
やや呂律の回らない声でフィオリナが言った。
「ふつうの首席卒業なんかとはワケが違うの。」

「そこらはたしかに充分理解されているとは言い難いな。
闇森で起こった魔物のスタンビートを二人で止めたのは、十歳のときだったか?」

「わたしが十歳、ハルトが九歳。」

「たいした化け物っぷりですがね」ゾルがフィオリナの手から酒壺を取り上げながら言う。「それでも『蝕乱天使』に手を出しちゃいけない。ダメなんです。やつらは人間と思っちゃダメです。天災級の魔物がたまたま人の姿をしてるだけ。」

「あ、い、つはッ! 力不足だって言ったんだ、あいつの力になるには、公爵家やわたしでは、力が足りないって!」

「姫は泣き上戸だったんですか?」

呆れたようにゾルが言った。
とは言え、フィオリナを見つめる視線は優しい。

「公爵家の力とこいつ自身の才能があれば、ほとんどの無理はまかり通ってきたからな。
思い通りにことならぬのには確かに慣れてないかもしれぬ。」

「ハルト王子はどうなさるおつもりなんですかね。」

「それがわからん。」
公爵は腕組みをしたまま、顎を撫ぜた。
「王位はエルマート殿下には継がせるとして、ふつうに考えるならハルト殿下は適当な貴族に婿入りさせて臣下に下す。
これはいくつもの前例のあるやり方だ。

婿入りの相手は国内に限らず、他国でもいい。その場合は立場は和平担保の人質扱いになるだろうから、行動の自由は制限されるだろうが。

ただ、当たり前の手続きを踏むには、陛下の、ハルト殿下への仕打ちは妙な執念深さを感じる。」

「と、言いますと?」

「エルマート殿下を後継にしたければ、とっとと、エルマート殿下を王太子にすればいい。それだけのことだけなのだ。

多少の反発はあるだろうが、国を割った争いなどそうそう起きるものではない。

それを、学院の首席だ、最強パーティだ、などと、無理にでもハルト殿下に落ち度を作り、自らを正しい立場に置かねば気が済まない。

そんなことを考える輩が、ハルト殿下を臣下に落としてそれで満足するか?

わしは」

公爵は運ばれてきたサンドイッチを一切れ口にはこぶと、酒で流し込んだ。

「フィオリナを王太子妃にしたいわけではない。
例えば、わしの跡を継ぐのがフィオリナ=クローディア女公爵でその婿に、ハルト殿下がいても、一向にかまわんのだ。」

「前例通りのやりかたで、ハルト王子の処遇が決まるなら、公爵家はそれでよい、と?
ただ、そうはならないだろうと心配しているわけですか。
その場合、ハルト王子はどうなります?

国から放逐しますか? 罪状でもでっち上げて投獄しますか? いっそ刺客でも放ちますか?」

「それをやったら、いえ、やったと見なされたら、ハルト殿下への同情票はうなぎ上りだ。」

「そこまでされて同情を買うだけですか。いや、政治の世界ってロクなもんじゃありませんねえ。」

「わからないのが、もう一つ!」

フィオリナが叫んだ。

「イリアってなに!? 確かに二年生にそんな女生徒はいるけど、ハルトとそいつの接点なんてないはず。
なに! シンジツノアイって!!」

「それについては、わしが謝る。
適当な娘を見繕って、ハルト殿下を誘惑させてみろ、と暗部に命じたのはわしだ。
それがたまたま、バルトグルッセル男爵の娘だったのだろう。

茶会の席に何度か同席させて、アプローチをかけさせたのだが、殿下は興味を示さなかった。

それだけの話だ。」

フィオリナは頭を抱え込んだ。

「ハルトはあれで王太子だったから。
成績が急上昇してからは、わたしとの婚約が公にされてからも言い寄ってくる女の子はあとを立たなかった。

浮気ネタのひとつくらいこっちで握ってたほうが、結婚後も優位にたてる…というのもなんとなくは、わかる。
王家と公爵家の婚姻は政治だから。

ハルトが、あの子の髪型も瞳の色も、名前さえちゃん覚えてなかったもわかってる。

でも」

細い指が、そろそろと伸びて。

公爵の胸ぐらを掴んだ。

「なんか、腹立つ。」

そのまま、立ち上がる。

体躯は数倍。

その公爵の体を半ば浮かせたまま。

床に叩きつけた。

テーブルが、椅子が倒れ、割れた酒壺の破片が飛び散る。
店全体が揺れて、給仕をしてくれていたギルドスタッフの少女が「にゃあ」とマヌケな悲鳴を上げた。

「姫! あんたのギルド本部が壊れる。
親子喧嘩なら、実技試験に使う空き地が裏にあるから、そっちで…」

ゾルがそう言いかけると、公爵がのそり、と身を起こした。

「空き地と勝手に言ってくれるな。あそこはうちの屋敷の裏庭だ。」

「頑丈ですなぁ、親父殿。姫にぶん投げられれば、半刻は目を覚まさないもんですが。」

「まあ、ずいぶんとひどい話ではあるから、覚悟はしていた。
殴られるか、絞められるか、投げられるかまではわからなかったが。」

「父上の尻が破損した床の修理代は、公爵家に請求いたします。」

「…これも予想外だし、いくらなんでも筋違いだと思うが、受けよう。
なにしろ、わしもこの度の件は反省するところが多い。」

公爵は壊れていない椅子を見つけて、腰を下ろした。
パンッと両手で自分で頬を叩き、

「…平和ボケ、とでも言うかな。
多少の確執はあるにせよ、血を分けた実子。
ハルト殿下は、いずれは、陛下の跡を継ぐものだと信じていた。

先にも言ったが、本気でエルマート殿下に継がせたいのなら、無理矢理そうしてしまえばいのだからな。
王というものはそういうものであり、異をとなえるものなど無視してことをすすめればよい。

だが、それをせず、ハルト殿下をいたぶるように次々と難題を押し付けた。」

「ひとつ、気がつきました。」
ゾルが暗い顔で言った。
「さっき、謀殺云々を言いましたが、基本、ダンジョンの中で誰かが行方不明、もしくは死亡は、当たり前すぎるくらい当たり前のことなんですよ。
これから、ハルト王子とエルマート王子はそれぞれのパーティを率いて、『魔王宮』を攻略するわけでしょう。

ダンジョンで、ハルト王子が行方不明になろうが、魔物に殺されようが、それはそれ。

親父殿の言う『同情票』すら集まりませんよ。」

「なるほど。その通りだろうな。

すると、わしら三人の出した結論は、こうか。

ハルト殿下はダンジョン内で行方不明。
フィオリナは、王家への忠誠を示すため、エルマート殿下へと嫁ぎ、

ふむ

そうなれば、我がクローディア公爵家は安泰、いやフィオリナは王妃になり、その子は次の王になるのだから、王室の外戚としてその地位、磐石にして揺るぎないものとなる。

もともと、クローディア公国がグランダ王国に下ったおり、公爵位を与えられて百余年。

所詮は外様と冷や飯を食うことも多かった、我が家もこれで晴れて大手を振って世を渡れる、というもの!

とりあえず、エルマート殿下への輿入れが終われば、筆頭公爵の地位をさりげなく要求してみるか?」

フィオリナは、うつむいてクスクスと笑った。
感情の制御を失いかけた酔っ払いのそれで、公爵令嬢にも一流ギルドのギルドマスターにもとうていふさわしいものではない。

「飲み過ぎだ、姫!!…」

顔を覗き込んで、ゾルは息を呑んだ。

フィオリナの藍の瞳は、泥酔者のものではあり得ない、強い光を放っていた。

「どんな理由があれ、パーティの席上で婚約破棄はないと思ってた。」
次にあったらとりあえず殴ろうと思ってた。でも」

こぶしを突き上げ、フィオリナは叫んだ。

「クローディア公爵家とわたしに最悪のシナリオが、未来の王妃と筆頭公爵!?

ならば、もうわたしに恐れるものは何もない!」

「なんの宣言です? 姫。
ギルドとしても公爵家としても動いたらダメなんですよ。

せいぜい、姫の体調不良を言い立てて、エルマート王子との婚約を送らせるくらいしか・・・・」

「するのは、嫌がらせ、だ!」

フィオリナは指を立てて、次の酒を所望し…ギルドの少女は、割れたグラスや皿のカケラを拾い集めながら、悲しげに首を振った。

ほう?

と、面白そうに公爵は笑った。

「この一件は、見かけは、謀殺でも廃太子でもない。
ただ、すんなりと立太子式はしてやらぬという、陛下の嫌がらせだ。
ならば、こちらも嫌がらせで返してみるか?」

「陛下もエルマートも、そして蝕乱天使も。」

ごめん、と少女に頭を下げながら、フィオリナは続けた。

「喜んで受け入れ、当然、父上の株も上がる、当家にとって全く損のない提案をひとつしていただくだけです。」
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