婚約破棄で終わらない! 策謀家王子と腕力家公爵令嬢 チートな二人のそれからはじまる物語り

此寺 美津己

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第1話 公爵家令嬢は型通りの婚約破棄を許さない

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「クローディア公爵家令嬢フィオリナ、あなたとの婚約は破棄させてもらう。」

「それは、あなたがクローディア公爵家の後ろ楯を失うことを意味しますが、理解されていますか?ハルト王太子殿下。」ー

フィオリナは、取り乱したりはしなかった。

ただ、こぶしを額に押し当てて、ややうつむき加減で相手を見据える。
理解できない、なにかに直面したときの彼女のクセだった。
作法の教師から何度注意されても治らないクセだった。
形のよい眉は僅かに歪んでいただろうか。

それだけ。
それだけなのだが、その視線が大変怖い。
怖いらしい。

「ぼくは、『真実の愛』を見つけたのだ、フィオリナ。」

平気なのは、この王太子殿下くらいのものだった。

「シンジツノアイヲミツケタ、のですか。」
「シンジツノアイを見つけたのさ、彼女の名はバッハルト子爵家令嬢レイリア。
あの、まっすぐに私を見つめる藍色の瞳、私を見る度に微笑む唇、風になびく銀の髪、えーと、それから」
「誰ですか、それ。」

フィオリナは、記憶力のいいほうではあると自負していたが、学院内、いや国内にはそんな子爵家はない。
強いて言うなら・・・
「バルトグルッセル男爵家の令嬢がたしかイリアという名前で、二回生にいましたけど。」

「そう!それ!」
王太子殿下はうれしそうに、手を叩いた。
「ぼくは、彼女と出会って初めて、真実の愛を知った。
あなたとの婚約は破棄し、彼女を妻に迎える!」

「あの子たしか、瞳は茶色で髪は黒だったと思いますけど。」
「そうとも言う!」

いろんないい所のあるヤツではあるが。

フィオリナは、心の中でため息をついた。
ちょっとやそっとのことではへこたれない、という項目を追加しておいてやろうと思う。

「で、あなたの心変わりに気づいたわたくしが嫉妬のあまり、その子に嫌がらせをした、とでも。」
「そうそう!教科書を隠したり、体操着を盗んだり、さらには、階段から彼女を突き落とそうとしたり」

「失礼ですが、ハルト殿下、そこまでおっしゃるならなにか証拠をお持ちなのでしょうね。」
フィオリナを庇うように前に出てきたのは、ベルトランド辺境伯の長子アルト。
座学では中の下、と言ったところだが剣技では学年でも3本の指にはいる。

「証拠は、レシアの証言だ!」

レシア?
って誰?
レイリアとレリアの言い間違い?
名前さえもブレブレなお相手に真実の愛?

「従兄弟殿は本当にそんなものが証拠になると、お思いですか?」
困惑するフィオリアの前にあゆみ出たのは、今度はシャインベルク公爵家の三男で、名をアフラと言う。

公爵家云々より、母方の曽祖父が魔道院の生ける伝説と言われる人物で、幼き日からその薫陶を受け、魔道の技前では学年でも3本の指に入る。
その、端正な顔に冷笑を浮かべた彼は呆れたように続けた。

「聞けばかの令嬢は、一昨年、男爵家に養女として迎えられた平民上がりだとか。」

「そうなの?」

いや、わたしに聞くかな。

「光属性魔法に適正が高くて、とかそんな理由で男爵家に迎えられたはずです。」
「平民産まれだと証言が認められないのか?」
「そんなことはないと思いますね。
ただ、罪を告発するには、第三者の証言や物的な、証拠品が必要かと。」
「物的な証拠品とは、この場合破れた教科書とか、隠された靴下の片っぽとかを用意すればいいのかな?」
「それでは、わたしがやった、という証明にはならないですね。
わたしが二回生の寮に忍び込んで、彼女の机をあさって、教科書を破ったのを見た!という証言でもあれば。」
「いやしかし、やっていないことを証明するのも難しいよ。
本人にアリバイがあったとしても、公爵家令嬢となれば、手足になって動いてくれる人間はいくらでもいるわけで…」


「これは、クローディア公爵家に対する侮辱だ。」
顔を紅くしてどなりこんできたのは、マイセル。
宰相たるレムゼン侯爵の次男で、学院を卒業したら、法曹の道へ進むのだろう、将来を嘱望されている優秀な人物だった。
学年の総合成績でも、三本の指に入る。
「あなたは、確かに王族かもしれないが、美しく貞淑な婚約者をありもしない罪で罵り、あまつさえ婚約を破棄などと!」

フィオリナはため息をついた。

最初のダンス曲が流れてもパートナーが現れないフィオリナは、ただでさえ注目を集めていたのだ。

外交用の微笑みも強ばりかけ、そろそろ一曲が終わろうかというタイミングで、会場入りしたパートナー殿の第一声が「婚約破棄」だ。

止めに入るべき講師陣も、当事者が王太子に公爵令嬢、乱入者も全員が高位貴族の子弟、という中、手をこまねいている。
次のダンス曲を演奏すべき楽団員も、手を止めて、いや、一人弦楽器を抱えた団員が、BGMのつもりか、「エストリアの真白き薔薇」のテーマ曲を奏でている。
当世、王都で流行った歌劇のメインテーマで、いわゆる「婚約破棄」モノだ。
技量もなかなかだし、うん、こいつの顔はしっかり覚えておこう、とフィオリナは、思った。

鶺鴒祭の舞踏会は、卒業式前の唯一の舞踏会、いわゆる公式行事の舞踏会だ。

親の参加はないものの、全学年の生徒は、ほとんど参加している。
生徒はそれぞれ、貴族やそれなりの家柄、平民なら国内外に支店を持つ商会の頭取クラス、海外からの留学生もちらほら、と言ったところで、つまりはこの騒動は明日くらいには国中に、翌週くらいには近隣諸国まで広まる、ということだ。

「そういう訳で、義父上、いやクローディア公爵閣下にはよろしくお伝えしてもらえるか?」
「まあ、よろしく、とは言っておきますけど。
あと、わたしへの断罪はもういいの?
修道院とかで罪を悔いて一生をすごさなくてもよいわけ?」

「下級生の体操着を隠した罪を、かい。
けっこう実り多い人生にはなりそうだね。」

「ハルトっ!」

悪ふざけ、ではない。

悪ふざけにしては場所が悪い。ときが悪い。

もう間もなく。

数日のうちにハルトの首席卒業が決まる。
そして、彼はクローディア公爵家の娘を嫁にとり、伸び伸びになっていた立太子式が行われて・・・・

「もう一度きく。
おまえの行こうとする道には、クローディア公爵家の力は不要なのか。」

「真実の愛の前にはそんなもの」

冷笑にも、どこかとぼけたようにも見える。
そんな笑みを浮かべながら、ハルトははっきりとそう言った。
そう言いながら、指は神経質にタイの乱れを直している。

フィオリナは、自分の表情が、マナーの授業だったら、即座に居残りを命じられる渋顔に変わるのがわかった。

「ハルト王太子! フィオリナ嬢の名誉のため、きさまにけっどおごげええええ」

剣に手をかけて飛び出そうとした辺境伯の長子は、フィオリナの肘に鳩尾から体当たりし、体を二つ折りにして倒れ込んだ。

「剣を抜かせて、アフラが停学処分にでもなったら辺境伯閣下にも申し訳ない。
派手な武技で圧倒してしまっては彼の面子に関わる。
そこまで計算しつくしての一撃。相変わらず、見事な体術。」
「婚約破棄は、考え直さない? 今なら公爵家の兵力、財力に、もれなくわたしがついてくるんだけど。」

アガああああああ。
奇声を上げて、シャインベルク公爵家の三男が倒れた。

掻きむしる首の周りを頭のない黒蛇が、締め付けていた。

「在学中にひとつの魔法体系を作りあげるような化け物に、魔道で仕掛けるその勇気。
無詠唱で放ったもの業前も見事。
魔道院の妖怪爺さまは見事な後継を育てた。
要するに相手が悪すぎるだろうってこと。」

フィオリナは、そっとささやいた。

「ぼ、ぼくはっ」
マイセルが叫んだ。
「ハルト殿下を訴えるっ! 罪状はフィオリナへの侮辱罪! 一方的な婚約破棄に対する慰謝料、それから」

「わたしは別に侮辱されたとは思ってないけど。」
普通に言ったつもりだったが、マルセルの顔色は紙より白くなった。

目かな?
目つきがいけないのかな?

「わたしがその男爵だか子爵だかの名前もわからないお嬢さんをいじめていたことを立証するのは、殿下もあきらめてくれたようですし。」

ぐるりと会場を見渡して全員の注目が集まっているのを確認してから、大きく息を吸い込んだ。

「わたくしっ! フィオリナ・クローディアはハルト王太子殿下からの婚約破棄を受け入れます。
この不誠実な行動に対する謝罪と釈明はあらためて、要求いたしますが、それは我が公爵家と殿下との間でのこと。
第三者からの詮索は一切無用です。」

それだけ言って一礼した。

「気分がすぐれないので退席します。」

そのまま、くるりと背を向けて会場をあとにする。

「では、不肖の王子も今宵はこれで、失礼するよ。みんなはパーティを楽しんでくれ。
それと、介護士と魔法士を。
アルトとアフラの手当てを頼む。
アルトはしばらく動かさなければ大丈夫。今晩はなにも食べない方がいい。飲み物を求められたらぬるま湯を。
アフラの魔法は一時間ほどで解ける。
あまり苦しむようなら解呪三式を。」

婚約破棄をした方とされた方がそろって、退出というのはあまり、歌劇でも小説でもなかったな、とフィオリナは思う。

小柄だが、きびきびと動くハルトが大股で彼女を追い越していく。

「なぜ!?」

その後ろ姿に、問いかけたくなる気持ちを、フィオリナは精一杯おさえた。

なぜ、の回答は彼女自身で解き明かさねばなるまい。

背後では、緊張から解き放たれた会場がようやくざわめき出す。

小走りに追いかけてきた侍女から肩にマントをかけられ、素早く馬車の手配と、今夜は学院寮ではなく、クローディア公爵家の屋敷に戻ることを指示する。

婚約者としてハルトとはうまくやってきた。
そのつもりだった。

例えば、公衆の面前でも二人だけの意思がかわせるように、指の組み合わせや、襟や、袖口、髪を触る仕種で言葉を伝えるけっこう良くできたサインを家族にも内緒で作り上げるくらいに。

・・・・おまえにクローディア公爵家の力は不要なのか?

その問いにハルトは、タイを直す指の角度と本数でこう、答えたのだ。

「クローディア公爵家の力では『』だ。」

と。

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ご覧いただきありがとうございます。なんとか完結しました。彼らの物語はまだ続きます。後日談https://www.alphapolis.co.jp/novel/807186218/844632510
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