暇を持て余した道化師たちの遊び~邪神と勇者とその他たち

此寺 美津己

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魔王の蠢動

ルールスの相談

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3つだけなら。
3つだけなら、偶然というのも有りなんじゃないか。
リウから、とんでもない金額の小切手が届き。
アゲールさんから魔王の話を聞き。
帰り道で竜魔法を使う相手(古竜以外だったらかえって驚く)に襲われる。
たまたま3つ大変なことが偶然同じ日に起こってしまった。うん、そうだ。きっとそうだ。

夜道をとぼとぼと、部屋に向かったぼくの前に、霧がわだかまり、ボロをまとった美女が現れた。

「ネイア先生・・・・・」
ぼくらの担任だ。子爵級の吸血鬼。真祖が『踊る道化師』にいるので、いまひとつ、その力がわからないのだが、一年以上、たったひとりで、ルールス先生をギウリークの刺客から守り通した猛者なのだ。
濃い緑の瞳が、じっとぼくを見つめ、紅い唇から白い牙が覗いた。
そのまま、跪いて、頭を垂れる。

「我が主さま。ルールスさまがお呼びです。」

ルールス先生は、ランゴバルドの王族で、元冒険者学校の王族で、ネイアの主人だ。
そのネイア先生が、ぼくを主と呼ぶのは、彼女とぼくが血を媒介にした主従関係にあるからだ。
血を吸ったのは、ネイア先生だが、従属させているのは、ぼくだ。
ぼくは、正直行きたくなかった。
ルールス先生は、とにかく厄介事しか持ち込んでこない。しかし、ぼくが断れば、ネイア先生がふたりの主の間で苦しむことになる。

「それ以前に、ルールス分校長は、『踊る道化師』の雇い主です。」

ぼくとネイアもいい関係だ。こうやって話さなくても腹のうちがわかるほどには。

ルールス先生は、学内の敷地に自分の屋敷を構えている。
いまの身分は校長ではない。
ルールス「分校」の校長先生なのだが、なにしろ王族なのでそこは勝手なものだった。
よく。まあ、これを暗殺などしようと思ったものだ。
ぼくはぞっとした。

暗殺が成功してしまったら、ランゴバルドとギウリークの戦争である。
単純な戦力ならば、いまのランゴバルドがギウリークを圧倒するだろうが、どちらも無傷ではすまない。

「ルト。遅い時間にすまんな。」
ルールス先生は、見かけは20代に見える。
魔力を過剰に体内宿した人間特有の不老長寿だ。
顔立ちは童顔で、空色の眼が美しい女性だ。
ただ、酔うと必ず色仕掛けを迫って来て必ず失敗する。

「いえ。」
竜魔法の使い手のことは黙っていよう。

「春には次の学長選挙がある。」
「ですね。」
「前は、油断した。あそこまで露骨な買収と脅しに、運営委員会と教職員がいいようにされるとは、思わなんだ。」

ときどき、うんと年配の女性のような言い回しをするのは、実際に彼女が、ものすごく年配の女性だからだ。

「ええっと⋯泊まっていくか?」
「酒も入らずによく、そんなことが言えますね。」

ルールス分校長は壁に向かって正座して耳を塞いでいるネイア先生に、うったえた。
「ほら。ダメじゃかないか。」
「酔っ払って口説こうとしても絶対にダメだとは、申し上げましたが、酔って無ければ大丈夫とは、申し上げませんでした。」

ルールスセンセイは、なにやら呻きながら、絞り出すように言った。
「しかたない。用事の方を先にすまそう。」
「用事がすんだら帰りますよ。」

こんなにぐだぐだでも、めげないのは大したものだと、ぼくは密かに感心している。

「ジャンガ・グローブくんの一派が妙な動きをしていての。」
ルールス先生は、そう言いながら差し出した印刷された書類を、受け取る。
どうも、冒険者学校の収支報告書らしい。決められた用紙に手描きで書かれていないので、提出用ではなく、内部の資料だろう。
もともと、ランゴバルドの冒険者学校は、学校に通えず識字もままならぬ、あるいは学校がなく、最低限の教育をうける機会もないまま、首都であるランゴバルドに流れてきた貧民に最低限の常識と、生きる術を与えるための福祉対策として、作られている。
授業料どころか、寮もあり、なんと飯まで無料でついてくる。入学金試験などあってないようなものだし、たいていは10代半ばから成人までの3年をここで過ごせれば、最低限の冒険者の資格をもって世に出られるのだ。もちろんほんとうに、読み書きもままならない子どもなら、もっとしたの世代からみっちりと。
ほんとうに読み書きから四則演算まで教えてくれる。

それが、まるまるランゴバルドという国の経費でまかなわれているのだ。生徒の食費だけでも膨大だろうし、教職員の人件費など考えたくもない。
そのために、国が支給される経費を効率よく使い切るか⋯というのが、ランゴバルド冒険者学校の「収支」であって、あまり面白みはないのだが。
あるいは、ジャンガ一味が使い込みでもしたのか、と報告書をながめてもそれらしい数字は出てこない。
それどころか、多額の繰越金が発生しているのだ。

「これは?」
ぼくは、指さした。
国が運営しているとはいっても、篤志家たちが、寄付をしたくれることもあるだろう。だが、その額があまりにも大きかった。
その分がほとんどまるまる繰越金に、入っている。
「気がついたか。クローディア陛下からの寄付だ。残念姫をお預かりするにあたっての、な。」

張り込んだな、親父殿。
ぼくは心の中で呻いた、たしかにフィオリナを一匹飼うのは古竜を飼うよりも大変なので、経費負担としては間違っていない。
だが、なにより、フィオリナが暴走してないのは、ぼくのおかげなんだぞ。
それでも、リウといい仲になった挙句に、邪魔になった婚約者を殺そうとするくらいには、暴走していたのだが。
「ジャンガ一派は味をしめての!
同じように高額の寄付金付で、貴族の子弟を受け入れようと企てているらしいのだ。」

ぼくは、釈然としなかった。
たまたま、フィオリナだからクローディアの親父殿は必要経費を払ったのであって、ランゴバルド貴族、たとえばマシューの親元などは一ダルも支払っていないはずだ。
そもそも貴族が冒険者学校に、我が子を放り込むというは、実際には廃嫡に等しいわけで・・・。
ぼくがそう言うと、ルールスは頷いた。
「これまでは、な。しかし、このところ、いろいろと我が校は話題になることが多い。
魔道院との対抗戦やヴァルゴールの使徒討伐、そしてなんと史上初の在校中の銀級冒険者の誕生だ。」
「ぜんぶ、ぼくらの話ですよね?」
「その通り! だがよい評判というのは学校全体についてくる。
おかげで、他国の貴族から、冒険者学校への、志願者が急増しているらしい。」
と言ってから、ルールス先生は顔をしかめた。
「いや、違うな。急増するだろうと見込まれているだけだ。
ジャンガ一派は、むろん前回同様の買収工作はやるだろう。
だが留学生の増加による多額の寄付金。これによる国家負担の減免を自分たちの手柄として、押し出してくることは間違いない。」

こういう話をしているときの、ルールス先生は、実に好ましい。理知的で、高慢そうで、童顔と相まって実に生意気そうだ。

「そんな絵に描いたご馳走で、評議会や教師連中が満足しますかね?」
「それが、具体的な話が一つあってたらしい。」

ちょいちょいと手巻きするので、顔をつ近づけたら、頬にキスをされた。
「反則です。」
「まあ、いいではないか。このくらい。
で、シャルリリア龍皇国、わかるか?」
「名前くらいなら。西域八大列強の一国で、銀灰皇国と並んで、秘密主義で外交ルートがない。」
「そのくらいの知識で十分じゃ。そこのラントン侯爵家の姫ぎみが、ランゴバルド冒険者学校へのご留学を所望されておられる。というより、今日明日にでも本人がと到着あそばされそうなのだ。細かい打ち合わせはこれから行うとしてな。」

ルールス先生はにいっと笑った。この顔も嫌いではない。

「グランダ魔道院との対抗戦や、ミトラでの冒険者学校所属のパーティ『踊る道化師』の評判を聞いて、というのだが、にわかに信じがたい。」

これで、四つ目か。
ぼくは憮然として、ルールス先生を見つめた。

リウからの小切手。
魔王復活の話。
転移魔法を使う古竜の襲撃。

そして、その奥地に「竜の都」を抱えると噂されるシャルリリア龍皇国からの来訪者。

その全部が偶然に起こる? ありえないだろう?
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