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第六章 ランゴバルドの風
第75話 真実の目
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最後にあったときから、ふたりはまったく変わってはいなかった。
ネイア先生は、相変わらず、ポロ切れから太ももや胸チラを盛大にサービスしていた。
その深い緑の瞳が、ぼくをまったく変化を見せずに通り過ぎた時、ぼくはなんとか無表情で、やり過ごすことに成功した。
成功した、と思う。
ルールス先生は、いつものように尊大で、気高く、横柄だった。
まあ、もともとの出自が、ランゴバルドの王族だったから、それが当然なのだろう。
言っておくが、うちのアデルだって、随分と尊大で、横柄だった。
出自がだいたいわかっているぼくなどは、さぞありなんと思うだけなのだが、初対面の相手には如何なものだろう。
「アデル! ルールス理事長だよ! 学校で一番偉いひとだっ!」
「わたしはまだ、冒険者学校の生徒ではない。」
アデルは、実際にこのとき、テーブルを拭く手を休めてもいなかった。
慇懃無礼とか、生意気とかいう以前に完全無視、である。
「だいたい、もうすぐモーニングが始まるんだ。それまでにテーブルを拭いて、調味料をセットして、ええと、あと今日のおすすめは、と。」
けっこうマジメなだけだった!!
ネイア先生が、前に出た。
事情へどうあれ、ルールス理事長に対して無礼は許さない。
子爵級吸血鬼は、いつだってそうだ。
アデルの肩にかかった指は、鉤爪を備えていた。
振り返られようとする吸血鬼の怪力に、アデルの筋肉が抵抗する。
バリバリ。
両者の力は見事に、拮抗していたが、お仕着せのエプロンドレスはそうはいかなかった。
肩口のあたりから、大きく破れて、肌がむき出しになってしまった。
「……」
アデルは振り返った。
間近で、ネイアの顔を覗き込む。
おやおや。
百戦錬磨の吸血鬼が、気圧されている。
こんなこともあるのかねえ。
「店長、すいません。服、破れちゃいました。」
ぼくは、とっても明るく言った。
「か、かまわない。」
酒場の主は、ギルドから隣接した酒場の経営を任されているだけで、ギルとマスターというわけではない。
突然の超大物の来店に、ビビりまくっていた。
「そ、それより、この二人がなにか仕出かしましたでしょうか?
雇ってまだ3日目です。」
「そうか。働きぶりはどうだ。」
「そ、それは、田舎育ちのせいか至らぬところも多々あるかと存じますが、よく働いております。」
ニヤ
と、笑って、ルールス先生は、懐から折れ曲がった短剣を取り出し、テーブルに載せた。
一昨日、アデルが絡まれた冒険者の持ち物だった。
「なんだっけ、これ。」
本人が忘れていた。
「ここのギルドから冒険者学校に、抗議がはいっていてな。」
ルールスは、面白そうに酒場の主の顔を覗きこんだ。
主殿は、可哀想なくらいに真っ青になった。
「わたしの特待生クラスの生徒に、伝説級の武具を台無しにされた、と。」
「伝説級は、盛りすぎでしょ。」
ぼくは言った。
「付与魔法はいくつか掛かってますし、芯に希少金属は使ってますけど、それだけですよ。」
「ほう。」
ルールス先生は、はじめて、ぼくの存在に気づいたように、ぼくをちらりと見た。
「おぬしは?」
「魔法士のルウエン。ぼくもアデルも冒険者学校への入校を希望しています。」
「…どこかで、会ったことがあるか?」
「あるいは。」
ルールスは考え込むようにして、机の上の歪んだ短剣を手に取った。
「素手、で短剣を握りつぶされた、と言っておった。
そんなことが、出来るのはわたしの特待生クラスの生徒に違いない、とそういう理屈だ。
迷惑な話だ。」
アデルが手を伸ばした。
ルールス先生の手から、短剣を受けとると、剣身を鷲掴みにして力をこめた。
「お、おい。」
ルールス先生が慌てたのは、そんなことをすれば、手の方が、パックリ切れて大変なことになるからだ。
だが、構わすに、アデルは力を込める。
服が、裂けているので、その筋肉の盛り上がりが、よくわかった。
10秒もそうしていたか。
ごとり。
と、テーブルに投げ出した短剣は、少なくとも見かけ上は、真っ直ぐに戻っていた。
「迷惑をかけてすまなかった。」
アデルは素直に、詫びた。
金属片は、曲げられたとしても、もとに戻すにはその数倍の力は必要なはずだが、アデルにはまだまだ余力があるらしい。
「これはこれは。」
ルールス先生の顔に笑みが浮かんだ。
「見事なものだ。」
「なんぞ、剣の銘を言っていたが、正直そこまでたいした業物でもなかった。
それにしても些か乱暴がすぎたかもしれない。直接詫びた方が良ければそうするが。」
「曲がった時に、付与されてた魔法が壊れてますね。」
ぼくは、手をかざして、破壊された付与魔法を修復した。
「けっこう、使えるんだな、おまえも。」
ネイア先生が、冷たい目でぼくを睨んだ。
その目が赤く染まる。
吸血鬼の魔眼だ。
人間の意志を奪い、意のままに操ることが出来る。これは相手の血を吸っていてもいなくても発動できる、吸血鬼が自らそなえた武器だった。
「そんなこと、ないです。すごく単純な付与魔法でしたし。」
「ち、ちょっとまて、おまえいま、むししたよね、魔眼無視したよね?」
「細かいことはいいんだよ!」
アデルは、ルールス先生の正面に腰を下ろした。
「とくかく、わたし、とそれからこのルウエンは、冒険者学校の試験を受けたいんだ。だが、受験料を用意していない。だから、ここで住み込みで働かせてもらって、受験料を、稼ぐつもりなんだ。ジャマはするなよ?」
「ジャマするとどうなるんだ?」
ネイア先生の囁き。
聞くものの意志を奪い、意のままに操る。高位の吸血鬼にのみ許された魔術。
「さあ? でもわたしは腹を立てるかもしれない。」
「わ、わたしの囁きが無視!?」
「細かいこたあ、いいんだよ。」
アデルは、どんと、テーブルに肘を乗せて前のめりになった。
さっき、ネイアにドレスを破かれているので、諸肌脱ぎだ。
冒険者よりもどこかの山賊みたいだった。
「これを収めて帰ってくれるのか、それともあくまで御託を並べて居座るのか。ま気がした。
「……そうか、“世界の王”か。」
そして、破顔した。
「わかった。ここは引きさがろう。いずれにしてもこのクラスの短剣をへし曲げて、さらにそれをもとに戻せるやつを敵に回したいと考える冒険者が、いるとは思えない。」
ルールス先生は、立ち上がりかけたが、ふと気づいたように言った。
「おまえたちは、受験料をここで稼ぐつもりらしいが、入学金や授業料はどうするつもりだ?」
思わず、黙ってしまったぼくらを見たルールス先生は、楽しそうに笑った。
「そうか。特待生希望か。いいだろう。特別試験を用意してやる。
はやく、わたしの側まで這い上がるんだ、クローディアの娘よ。」
ネイア先生は、相変わらず、ポロ切れから太ももや胸チラを盛大にサービスしていた。
その深い緑の瞳が、ぼくをまったく変化を見せずに通り過ぎた時、ぼくはなんとか無表情で、やり過ごすことに成功した。
成功した、と思う。
ルールス先生は、いつものように尊大で、気高く、横柄だった。
まあ、もともとの出自が、ランゴバルドの王族だったから、それが当然なのだろう。
言っておくが、うちのアデルだって、随分と尊大で、横柄だった。
出自がだいたいわかっているぼくなどは、さぞありなんと思うだけなのだが、初対面の相手には如何なものだろう。
「アデル! ルールス理事長だよ! 学校で一番偉いひとだっ!」
「わたしはまだ、冒険者学校の生徒ではない。」
アデルは、実際にこのとき、テーブルを拭く手を休めてもいなかった。
慇懃無礼とか、生意気とかいう以前に完全無視、である。
「だいたい、もうすぐモーニングが始まるんだ。それまでにテーブルを拭いて、調味料をセットして、ええと、あと今日のおすすめは、と。」
けっこうマジメなだけだった!!
ネイア先生が、前に出た。
事情へどうあれ、ルールス理事長に対して無礼は許さない。
子爵級吸血鬼は、いつだってそうだ。
アデルの肩にかかった指は、鉤爪を備えていた。
振り返られようとする吸血鬼の怪力に、アデルの筋肉が抵抗する。
バリバリ。
両者の力は見事に、拮抗していたが、お仕着せのエプロンドレスはそうはいかなかった。
肩口のあたりから、大きく破れて、肌がむき出しになってしまった。
「……」
アデルは振り返った。
間近で、ネイアの顔を覗き込む。
おやおや。
百戦錬磨の吸血鬼が、気圧されている。
こんなこともあるのかねえ。
「店長、すいません。服、破れちゃいました。」
ぼくは、とっても明るく言った。
「か、かまわない。」
酒場の主は、ギルドから隣接した酒場の経営を任されているだけで、ギルとマスターというわけではない。
突然の超大物の来店に、ビビりまくっていた。
「そ、それより、この二人がなにか仕出かしましたでしょうか?
雇ってまだ3日目です。」
「そうか。働きぶりはどうだ。」
「そ、それは、田舎育ちのせいか至らぬところも多々あるかと存じますが、よく働いております。」
ニヤ
と、笑って、ルールス先生は、懐から折れ曲がった短剣を取り出し、テーブルに載せた。
一昨日、アデルが絡まれた冒険者の持ち物だった。
「なんだっけ、これ。」
本人が忘れていた。
「ここのギルドから冒険者学校に、抗議がはいっていてな。」
ルールスは、面白そうに酒場の主の顔を覗きこんだ。
主殿は、可哀想なくらいに真っ青になった。
「わたしの特待生クラスの生徒に、伝説級の武具を台無しにされた、と。」
「伝説級は、盛りすぎでしょ。」
ぼくは言った。
「付与魔法はいくつか掛かってますし、芯に希少金属は使ってますけど、それだけですよ。」
「ほう。」
ルールス先生は、はじめて、ぼくの存在に気づいたように、ぼくをちらりと見た。
「おぬしは?」
「魔法士のルウエン。ぼくもアデルも冒険者学校への入校を希望しています。」
「…どこかで、会ったことがあるか?」
「あるいは。」
ルールスは考え込むようにして、机の上の歪んだ短剣を手に取った。
「素手、で短剣を握りつぶされた、と言っておった。
そんなことが、出来るのはわたしの特待生クラスの生徒に違いない、とそういう理屈だ。
迷惑な話だ。」
アデルが手を伸ばした。
ルールス先生の手から、短剣を受けとると、剣身を鷲掴みにして力をこめた。
「お、おい。」
ルールス先生が慌てたのは、そんなことをすれば、手の方が、パックリ切れて大変なことになるからだ。
だが、構わすに、アデルは力を込める。
服が、裂けているので、その筋肉の盛り上がりが、よくわかった。
10秒もそうしていたか。
ごとり。
と、テーブルに投げ出した短剣は、少なくとも見かけ上は、真っ直ぐに戻っていた。
「迷惑をかけてすまなかった。」
アデルは素直に、詫びた。
金属片は、曲げられたとしても、もとに戻すにはその数倍の力は必要なはずだが、アデルにはまだまだ余力があるらしい。
「これはこれは。」
ルールス先生の顔に笑みが浮かんだ。
「見事なものだ。」
「なんぞ、剣の銘を言っていたが、正直そこまでたいした業物でもなかった。
それにしても些か乱暴がすぎたかもしれない。直接詫びた方が良ければそうするが。」
「曲がった時に、付与されてた魔法が壊れてますね。」
ぼくは、手をかざして、破壊された付与魔法を修復した。
「けっこう、使えるんだな、おまえも。」
ネイア先生が、冷たい目でぼくを睨んだ。
その目が赤く染まる。
吸血鬼の魔眼だ。
人間の意志を奪い、意のままに操ることが出来る。これは相手の血を吸っていてもいなくても発動できる、吸血鬼が自らそなえた武器だった。
「そんなこと、ないです。すごく単純な付与魔法でしたし。」
「ち、ちょっとまて、おまえいま、むししたよね、魔眼無視したよね?」
「細かいことはいいんだよ!」
アデルは、ルールス先生の正面に腰を下ろした。
「とくかく、わたし、とそれからこのルウエンは、冒険者学校の試験を受けたいんだ。だが、受験料を用意していない。だから、ここで住み込みで働かせてもらって、受験料を、稼ぐつもりなんだ。ジャマはするなよ?」
「ジャマするとどうなるんだ?」
ネイア先生の囁き。
聞くものの意志を奪い、意のままに操る。高位の吸血鬼にのみ許された魔術。
「さあ? でもわたしは腹を立てるかもしれない。」
「わ、わたしの囁きが無視!?」
「細かいこたあ、いいんだよ。」
アデルは、どんと、テーブルに肘を乗せて前のめりになった。
さっき、ネイアにドレスを破かれているので、諸肌脱ぎだ。
冒険者よりもどこかの山賊みたいだった。
「これを収めて帰ってくれるのか、それともあくまで御託を並べて居座るのか。ま気がした。
「……そうか、“世界の王”か。」
そして、破顔した。
「わかった。ここは引きさがろう。いずれにしてもこのクラスの短剣をへし曲げて、さらにそれをもとに戻せるやつを敵に回したいと考える冒険者が、いるとは思えない。」
ルールス先生は、立ち上がりかけたが、ふと気づいたように言った。
「おまえたちは、受験料をここで稼ぐつもりらしいが、入学金や授業料はどうするつもりだ?」
思わず、黙ってしまったぼくらを見たルールス先生は、楽しそうに笑った。
「そうか。特待生希望か。いいだろう。特別試験を用意してやる。
はやく、わたしの側まで這い上がるんだ、クローディアの娘よ。」
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