残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
69 / 83
第五章 銀雷の夢

第63話 百驍将ヘンリエッタ

しおりを挟む
ぼくは呆れた。
アデルの喧嘩っ速さは、フィオリナを越えている。
なにしろ、ほぼ満席の酒場でいきなり、抜刀だ。
それもまわりのものには、気が付かなれない。まるで呼吸するように、彼女の異形の剣を抜き放ち、それをヘンリエッタと名乗る女剣士の首筋にピタリと、止めた。

ヘンリエッタは、身動ぎもしない。

それは、アデル動きを見けれなかったわけではなく。
アデルに当てる気がないことを予めわわかっていたように、ぼくには感じられた。

ヘンリエッタの反応に、アデルはつまらなそうに剣をひいた。

「アデル姫は、ご冗談がお好きですね。」

髪は後ろでまとめ、小柄な体はいかにも敏捷そうだった。
ネコ科の動物を思わせるアーモンド型の瞳。深い緑の瞳は、昔懐かしき吸血鬼を思い起こさせた。

「人間だな、おまえは。」

ロウ=リンドが、ずうずうしく座り込んだヘンリエッタに言った。

「それはそうでしょう。百驍将にも貴族こ猛者はおりますが、あなたさまがいるかぎり、どんな“貴族”を差し向けても相手にならない。」

「まず、用件を聞こうか?
アデルを連れて帰るという話なら、まず本人の意思を尊重すのというのご、我々の考えだ。」
「お断りだ!」
「……だ、そうだ。」

ヘンリエッタは、笑った。

「なにがおかしい。」
「いえ。お母さまにそっくりです。」

アデルは、また剣の柄に手をかけたが、こんどはぼくも止めた。

「そちらの坊やは?」
「わたしたちは。」

ロウランが口を挟んだ。すう。と、まわりの温度が下がる。

「冒険者パーティ『踊る道化師』。それ以上の情報を与える気は無い。」

「これは手厳しいです。」
からころと、ヘンリエッタは愉しそうだ。
「しかし、わたしたち百驍将は、命じられた任務のみを正確に履行するよう厳しく、躾られております。
今回のご命令には、姫様を主上のもとにお連れすることは含まれておりません。」 

「それを信じろと?
ならば、今回の命令とやらはなんだ?
きかせてみろ。」
「あなたさま、がたと同じです。」

それだけ言って、ヘンリエッタは、自分のトレイのうえの夕食を食べ始めた。
かなりの使い手なのは、ぼくにはわかった。
だが、それでも殺し合いになったら、アデルが上。
まして、“貴族”が3人に古竜(不完全だが)一匹のぼくらには、勝てる道理もない。

それでも平然と、食事をしながら、にんじんキライとつぶやいてみせるのは、たいした胆力であった。

「きさま!」

ロウランの呼気が氷の冷たさを帯びる。だが、ここは熱くなっては負け、だ。
いや、その。使ってるのが氷の魔法でも気持ちの問題だ。

「美味そうですね!」
ぼくは、割って入った。

「煮物はたくさん、一緒に煮込むといいから、食堂で頼むとハズレが少ないんだ。」
ヘンリエッタは、もぐもぐしながら答えた。
「でもニンジンは……」
「これは根菜類の悪魔だな!
固くて舌触りが悪い上にへんなエグ味がある。」
「グランダでもニンジンは収穫出来たはずだけど。」
「そうだった。わたしが小さい頃、我が家はまずしくて、な。来る日も来る日も、食餌といえば、家庭菜園で採れるニンジンの煮たもの、茹でたもの、焼いたもの。
おかげで、すっかりニンジンが嫌いになってしまった。」
ヘンリエッタは、なにか変なもので飲み込んだような顔で、ぼくを見た。
「わたしが北の出身だと何故わかった。」

ぼくは、にっこり笑って答えた。

「内緒」。
「おまえも北方の出身なのか!!」

アデルが勢い込んで話しかけてきた。

「わたしは、この前までクローディア大公領で暮らしてたんだ!
いやあ、オカズに、ニンジン多いよなあっ!」

出身が、一緒なだけで一気に打ち解けるな。街の不良か。

「わたしは、ダレク男爵の娘です。」
ヘンリエッタは答えた。
「ええっ! じゃあ、同じクローディア大公領の出身じゃないか!」

アデルは、ヘンリエッタの手を握ってブンブンふった。

「それで、なんでわたしたちを追ってきたんだ? 正直に答えろよ。おなじクローディア出身だろ!?」

かたやダレク男爵というあまりバットしない末端貴族の娘で、いまは、“災厄の女神”ことフィオリナの百驍将のひとり。
かたや、クローディア前大公の孫娘で、今現在仕えているフィオリナの娘で、銀級冒険者。

重なるところは皆無に近い。

それでもなにか、このアルデには無条件でひとを引きつける魅力があるのだ。
よきにつけ、悪しきにつけ。
こういうところは、アウデリアさんとフィオリナの血筋なのかもしれない。

ヘンリエッタは、そのペースに巻き込まれた。
というより、もともとの主であるフィオリナにあまりにも似ていたのだろう。

「銀雷の魔女。ドロシーを捜索し、保護することです。」
駆け引きを諦めて、口を割った。
「いいじゃないか!」

アデルは飲みかけのエールの入ったジョッキをヘンリエッタに渡した。
目を白黒させながら、ヘンリエッタは、苦いばっかりの液体を飲み干す。

「保護するっていうのは、安全な状態におくってことだよな!」
「ま、まあそういう意味もあるかと。」
「なら、わたしたち『踊る道化師』の仲間になればこれ以上安全なことはない!
つまり、わたしたちの目的は、完全に一致している!!」
「そ、そうでしょうか……」
「もちろん、そうだよ!」

アデルは、壺からエールを継ぎ足した。悪いのませ方だなあ。

「ところで。」
ぼくは、出来るだけ、会話に紛れるように尋ねた。
「『銀雷の魔女』を保護するって、いったいなにから保護するの?」

「奇しくも、『黒』もおまえたち同じことを考えている。すなわち、『踊る道化師』の再結集。そして、銀雷の魔女は表面上は、いまだに『黒』の配下にある。」
「なるほど。」
ぼくはつぶやいていた。リウは魔王さまだが、頭だっていいのだ。
「なるほど。先を越されるとまずいな。」

「最悪なのはそのために。派遣された人材だ。
まず交渉役として“調停者”ゲオルグ。」

大物だ。
なにしろ、全世界で7名しかいない調停者だ。調停者を単なる交渉役に使うとは、贅沢すぎるが、とにかく“黒の御方”リウ、魔王さまのやることだ。
ゲオルグがうんと言った以上、それはほかから文句をつける筋合いではなくなる。

「補佐につけられたのが、問題だ。
“災厄”のジェイン。」

それはぼくの知識の範囲外だ。

きょとんとした顔のぼくをみて、ヘンリエッタは自慢そうに続けた。

「『黒』の言ったことを、情け容赦なく完璧に遂行する。直属の部下だよ。その正体は、魔道人形でな。
モデルになったのは、畏れ多くも、我が主上。“災厄の女神”ご自身だとされている。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...