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第五章 銀雷の夢
遭難者たち
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翌朝。
朝とも言えない薄暗い時間に、バルディは起き出した。
昨夜のうちに荷物はまとめてある。
朝早く出れば、次の村までは夕暮れまでには、つける。
これ以上、ここに留まるつもりはない。
ここの人々は、ひと月近い滞在の間、とてもよくしてくれた。
とくに。
宿屋兼酒場兼ギルドの若おかみの顔が、頭をよぎった。
いや違う。
彼が欲したのは、銀雷の魔女の祝福である。
戦場で、手柄をたて、しかも無傷で生き残るための強運だ。
断じて、欲望を満たすための白い肉体ではない。
そう。
若おかみは、肌もなめらかで抜けるように白かった。
学識も豊かで、魔法にも長じていた。
さりげない会話に、西域が平和だった頃の話がでるので、バルディよりも大分歳上なのは、間違いない。
だが、幾つくらいかと聞かれるとわからないのだ。
幸いにも、雪は小降りになっていた。
降ってはいるが、視界を遮るほどではないし、風も穏やかになっている。
冒険者として、このひと月、近隣の村ともなんども往復している。
道は大丈夫だ。
彼は失敗した。
一念発起した大冒険は、あっさりと失敗した。
家に帰れば、父親の、親族たちの雷が待っているだろう。
騎士見習いから、スタートさせてもらう予定が、本当の下働きからのスタートになるかもしれない。
自分がどんな顔をしているのか。
バルディは、鏡を見たくなかったし、こんな表情をしている自分を、ミテラクの村の人々に見せたくなかった。
彼らは、本当によく接してくれたのだ。
雪は、かなりつもっていたが、バルディのブーツに侵入してくるほどではない。
これで凍りついてしまえば、滑って危ないのだろうが、いまはまだサクサクと気持ちよく、踏みおろした足の下で崩れていった。
バルディは、村をぬけ、どんどん歩いた。
昼食はもっていない。
朝は、昨夜の宴会でくすねておいたパンとハムですませた。
夕刻までに、リバの村にたどり着かないと、野宿をするはめになる。
雪の中での野宿が、死につながりかねないのは、バルディも理解していた。
小休止をいれながら、さらに数時間。
バルディはひたすら歩いた。
だが。
彼の目の前に、見たこともない渓流が現れた。
道はそこで終わっていた。
バルディは混乱した。
どこかで道を間違えたのか?
いや、分岐になるところには、かならず標識があって。
雪か。
バルディは遅まきながらに気がついた。
振り積もった雪がどこかの標識を隠してしまったのだ。
雪が覆ってしまえば、それは周りの木々と区別がつかない。
どのくらい余分に歩いてしまったのだろうか。
急いで、来た道を戻ろうとしたとき、また雪が激しく降り始めた。
風も強くなっている。
バルディは、足を早めた。
だが、彼が懸命に歩いたその先は、崖になっていた。
道は、そこで終わっている。
また、道を間違えたのは、わかった。
雪は吹雪にかわっている。
暗くなったら、無理だ。
適当な洞窟、出来れば山小屋を。
この山の夜は厳しいものになるはずだ。
どこかの山小屋を探して。
幸いにも、バルディには知識はあった。
村と村の間には、避難小屋を兼ねた山小屋が必ずあるはずだった。
だが、それは道が正しかった場合である。
彼が知っているのは、それだけである。
道に迷った状態、しかも雪は激しく、視界も悪くなっている。
なにかを探すのは不可能に近い。
再び、いや三度になるのか、バルディは、また来た道を戻った。
歩いたとはいっても数時間だ。
まだ、距離的にはミテラクの村からいくらも離れていないはずだった。
だが、もはや、バルディは自分がどこに居るのか判らなくなっていた。
雪は降り積もり、風も強くなっていた。
また、吹雪になりそうだ。
目の前の道は、三つの方向に分かれている。
ここで野宿をするわけにはいかないが、かといって、どれを先に進むのも不安だった。
さっきは、確かこんなところは、通っていない。
気温も急激に下がってきている。
もし吹雪いてこの雪が氷になったら……バルディには想像ができない。
いやな考えを振り切ってバルディは、真ん中の道を選んで歩き続けた。
だが、急に地面が消失した。
そこは道ではなかった。
積もった雪が、たまたま作り出したものであって、バルディの体は空中に放り出されていた。
気を失っていたのは、それほど長い時間ではなかったはずだ。
バルディは、恐る恐る手を足を動かしてみて、どこにも痛みがないことに安心した。
おそらく、落ちた高さはそう高いものでもなく、積もった雪がクッションになってくれたのだろう。
なんとか、雪だまりから這い出したが、もとの道に戻るのは難しそうだった。
視界は、ましろに染まりつつある。
目の前の木々の間に、わずかに空間があった。なんとか歩けそうだ。
バルディは、そこに身体をねじ込むようにして、歩き出した。
とにかく、見覚えのある場所にでなければ!
だが、期待はむなしく。バルディは、吹雪の中に孤立していた。
もう方向も分からないが、とにかくまっすぐに歩き続けるしかなかった。
これは遭難だ! いや遭難という言葉は知らなかったが、彼はそれに近しいものを感じていた。
ここまでの雪山を歩くことは経験がない。
歩けば歩くほど、彼の体力は失われていった。
彼の意識は朦朧としてきていた。
ここで死ぬのか?こんな寒いところで?独りで?
なるほど。
彼は雪の中に座り込んだ。
ほんの少し休むつもりだった。
結局、自分は英雄譚の主人公では無いらしい。
もし、主人公ならば、こんなときに、救いの手が差し伸べられるはずだ、
そう、例えば、美しきエルフの魔法使いとか。
「バルディ! バルディ、起きなさい!
こんなところで眠ってはダメよ!」
頬をはたかれて、バルディは目を開けた。
たおやかで美しい女性の顔が、目の前にあった。
「ぎ、ぎんらいのまじょ、さ、ま。」
抱きつこうとしたら、またビンタされた。
「しっかりしなさい!」
彼女はバルディの胸ぐらをつかんで、彼を引きずり起こした。
「わたしよ! ミルラクのギルドのサブマスター、ドロシーよ!」
朝とも言えない薄暗い時間に、バルディは起き出した。
昨夜のうちに荷物はまとめてある。
朝早く出れば、次の村までは夕暮れまでには、つける。
これ以上、ここに留まるつもりはない。
ここの人々は、ひと月近い滞在の間、とてもよくしてくれた。
とくに。
宿屋兼酒場兼ギルドの若おかみの顔が、頭をよぎった。
いや違う。
彼が欲したのは、銀雷の魔女の祝福である。
戦場で、手柄をたて、しかも無傷で生き残るための強運だ。
断じて、欲望を満たすための白い肉体ではない。
そう。
若おかみは、肌もなめらかで抜けるように白かった。
学識も豊かで、魔法にも長じていた。
さりげない会話に、西域が平和だった頃の話がでるので、バルディよりも大分歳上なのは、間違いない。
だが、幾つくらいかと聞かれるとわからないのだ。
幸いにも、雪は小降りになっていた。
降ってはいるが、視界を遮るほどではないし、風も穏やかになっている。
冒険者として、このひと月、近隣の村ともなんども往復している。
道は大丈夫だ。
彼は失敗した。
一念発起した大冒険は、あっさりと失敗した。
家に帰れば、父親の、親族たちの雷が待っているだろう。
騎士見習いから、スタートさせてもらう予定が、本当の下働きからのスタートになるかもしれない。
自分がどんな顔をしているのか。
バルディは、鏡を見たくなかったし、こんな表情をしている自分を、ミテラクの村の人々に見せたくなかった。
彼らは、本当によく接してくれたのだ。
雪は、かなりつもっていたが、バルディのブーツに侵入してくるほどではない。
これで凍りついてしまえば、滑って危ないのだろうが、いまはまだサクサクと気持ちよく、踏みおろした足の下で崩れていった。
バルディは、村をぬけ、どんどん歩いた。
昼食はもっていない。
朝は、昨夜の宴会でくすねておいたパンとハムですませた。
夕刻までに、リバの村にたどり着かないと、野宿をするはめになる。
雪の中での野宿が、死につながりかねないのは、バルディも理解していた。
小休止をいれながら、さらに数時間。
バルディはひたすら歩いた。
だが。
彼の目の前に、見たこともない渓流が現れた。
道はそこで終わっていた。
バルディは混乱した。
どこかで道を間違えたのか?
いや、分岐になるところには、かならず標識があって。
雪か。
バルディは遅まきながらに気がついた。
振り積もった雪がどこかの標識を隠してしまったのだ。
雪が覆ってしまえば、それは周りの木々と区別がつかない。
どのくらい余分に歩いてしまったのだろうか。
急いで、来た道を戻ろうとしたとき、また雪が激しく降り始めた。
風も強くなっている。
バルディは、足を早めた。
だが、彼が懸命に歩いたその先は、崖になっていた。
道は、そこで終わっている。
また、道を間違えたのは、わかった。
雪は吹雪にかわっている。
暗くなったら、無理だ。
適当な洞窟、出来れば山小屋を。
この山の夜は厳しいものになるはずだ。
どこかの山小屋を探して。
幸いにも、バルディには知識はあった。
村と村の間には、避難小屋を兼ねた山小屋が必ずあるはずだった。
だが、それは道が正しかった場合である。
彼が知っているのは、それだけである。
道に迷った状態、しかも雪は激しく、視界も悪くなっている。
なにかを探すのは不可能に近い。
再び、いや三度になるのか、バルディは、また来た道を戻った。
歩いたとはいっても数時間だ。
まだ、距離的にはミテラクの村からいくらも離れていないはずだった。
だが、もはや、バルディは自分がどこに居るのか判らなくなっていた。
雪は降り積もり、風も強くなっていた。
また、吹雪になりそうだ。
目の前の道は、三つの方向に分かれている。
ここで野宿をするわけにはいかないが、かといって、どれを先に進むのも不安だった。
さっきは、確かこんなところは、通っていない。
気温も急激に下がってきている。
もし吹雪いてこの雪が氷になったら……バルディには想像ができない。
いやな考えを振り切ってバルディは、真ん中の道を選んで歩き続けた。
だが、急に地面が消失した。
そこは道ではなかった。
積もった雪が、たまたま作り出したものであって、バルディの体は空中に放り出されていた。
気を失っていたのは、それほど長い時間ではなかったはずだ。
バルディは、恐る恐る手を足を動かしてみて、どこにも痛みがないことに安心した。
おそらく、落ちた高さはそう高いものでもなく、積もった雪がクッションになってくれたのだろう。
なんとか、雪だまりから這い出したが、もとの道に戻るのは難しそうだった。
視界は、ましろに染まりつつある。
目の前の木々の間に、わずかに空間があった。なんとか歩けそうだ。
バルディは、そこに身体をねじ込むようにして、歩き出した。
とにかく、見覚えのある場所にでなければ!
だが、期待はむなしく。バルディは、吹雪の中に孤立していた。
もう方向も分からないが、とにかくまっすぐに歩き続けるしかなかった。
これは遭難だ! いや遭難という言葉は知らなかったが、彼はそれに近しいものを感じていた。
ここまでの雪山を歩くことは経験がない。
歩けば歩くほど、彼の体力は失われていった。
彼の意識は朦朧としてきていた。
ここで死ぬのか?こんな寒いところで?独りで?
なるほど。
彼は雪の中に座り込んだ。
ほんの少し休むつもりだった。
結局、自分は英雄譚の主人公では無いらしい。
もし、主人公ならば、こんなときに、救いの手が差し伸べられるはずだ、
そう、例えば、美しきエルフの魔法使いとか。
「バルディ! バルディ、起きなさい!
こんなところで眠ってはダメよ!」
頬をはたかれて、バルディは目を開けた。
たおやかで美しい女性の顔が、目の前にあった。
「ぎ、ぎんらいのまじょ、さ、ま。」
抱きつこうとしたら、またビンタされた。
「しっかりしなさい!」
彼女はバルディの胸ぐらをつかんで、彼を引きずり起こした。
「わたしよ! ミルラクのギルドのサブマスター、ドロシーよ!」
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