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第四章 演出家たち
第57話 魔女を探して
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ゲオルグは、目の前の男をじっくりと観察する。
最初に出会った時は、まだ可愛らしささえ残している少年だったが、いまは、整った顔立ちはそのままに、逞しい偉丈夫へと姿を変えている。
黒の御方。
その名を直接口にすることをはばかり、人々は彼をそう呼んだ。
実質的に、彼は西域、つまり人類文明圏のその中心の覇者であり、かつて、何人もの英雄が成し遂げようとして失敗した人類の統一に成功した人物である。
1000年の昔にも同じことをやりかけた。
魔王バズス=リウ。
とは言え。
その過程で、妻であった公女と仲違いを起こしたことが、現在の打ち続く戦乱の世を作り出してしまった。
まったくもって、わからない。
千年を超える歳月を生きても、人間は人間でしかない、ということなのだろうか。
寄りにもよって、自分と能力も性格もよく似た相手を伴侶に選ぶ必要がどこにあったのか。
ゲオルグ自身は、まったく無縁の世界ではあったが、とにかく、血統で跡継ぎが決まる社会ならば、婚姻はある程度政治性を加味すべきだ。
好きだ、惚れた、自分のものにしたい。
なら、結婚する。
ただの平民であっても、両方の親が1番嫌うところである。
「オレは、アデルを手元に置きたい。これは、アデルをなにか、に利用するためではない。
アレにアデルを利用されることから、アデル自身を守るためだ。」
言い訳が増しく、グダグダとリウは言った。
魔王殿は、酒だって強いのだが、まったく酔わない訳では無い。そのアイディンティティが人間のそれである以上、酔いがほしい夜もあるのだ。
そして、この困った夫婦の両方をしっているゲオルグからすれば、なにもこんなところまでにていなくても、と思うのだ。
「ゲオルグ。このまま、『城』に向かってほしい。調停者として、アデルをオレのもとに迎えるために一働きしてほしいのだ。」
「それは」
ゲオルグの口元にシワが刻まれた。
「お断りする。」
「いまさらなんだ。アデルを手に入れるなら、いまが絶好の機会だといったのはおまえだぞ? ゲオルグ。」
「調停者は、双方の意志が対立し、闘いをもってしか収められない場合の非常弁のようななものだ。まして、わしが“絶好の機会”と言ったのは、ロウとギムリウスを口説き落として、“踊る道化師”を再結成したいなら、絶好の機会だと言ったのだ。
つまり、もともと、“踊る道化師”の部外者、いや」
ゲオルグは、唇を湿した。
「敵対者であったわしでは、それこそ話しになるまいよ。お主が直接出向くのがベストだな。」
「これでも敵は多いんだ。」
リウは、薄暗い店内を見回した。
「オレが王城を築かないのは、いちいちぶっ壊されるのがいやだからなんだ。」
「そうじゃな。」
ゲオルグは、笑った。
「刺客に襲わせないのも、それが怖いからではなく、刺客に選ばれるほどの術者の命を奪うことが、損失になるからだ。まったくお優しいことだな、陛下。」
「オレが行くのは難しい。おまえもこの件にはクビを突っ込みたくない。」
リウは、空の酒壺をふった。
ただちお代わりが運ばれる。
「なら、ギムリウスとロウ、それに我がまな娘を説得させられるものは、あいつしかいない。」
「ドロシー嬢か。」
これもゲオルグにとってはうれしい案ではない。
口元をひん曲げて、苦いものでも噛んだような顔で、彼は続けた。
「この件を、ドロシーに依頼するための使いをせい、というのだろうな。いいだろう、そのくらいはやってやろう。
彼女はどこにいる?」
「オレと…おそらく、アレとも一切の連絡を絶っている。噂では北の僻地に庵をたてて、引きこもっているという噂だ。」
「そこから、調べなくてはならんのか!」
いまいましそうに、ゲオルグは周りを見回した。
「いっそのこと、どこかの冒険者に依頼でも出したらどうだ?」
「べつにドロシーは、オレたちと袂を分かつ訳では無いんだ。北に辺鄙なところに居を構えたのも、オレやアレと別行動をしたかったのではなくて、例の噂のため、押しかけてくる貴公子どもからの求愛に耐え兼ねたためだな。」
例の噂?
ゲオルグは、少し考えて、ああ、と頷いた。
“銀雷の魔女”の祝福を受けたものは、素晴らしい才能を開花させ、その後の出世も思いのまま、というあの噂だ。
その例としてあげられるのが、まったくの無名から、「魔拳士」として多くの人々から畏敬を集めるジウル・ボルテックであったり、、中率都市国家として栄華を極めるカザリームの魔法評議会議長のドゥルノ・アゴンであったり、銀灰皇国の皇配ゴーハンだったりするのだ。
いずれも男性であることからも、ドロシーの「祝福」がどんな意味合いかは、わからないゲオルグでもなかったが、およそ品のある理性的な美貌の彼女には似合わぬ噂であり、さぞ迷惑をしているのだろう、と思ったことがある。
「竜珠はもたせている。」
リウは言った。
「こちらからの呼びかけには、一切応じないが、だいたいの場所は特定出来る。」
皆からは、恐れられ、仲間からは疎んじられる。
おまえの母親は、おまえにそんな人生だけは送って欲しくなかったはずだがな。
ゲオルグは、その独り言は胸にしまった。
言ってもどうしょうもないことというのは、いつの時代にも存在するのだ。
最初に出会った時は、まだ可愛らしささえ残している少年だったが、いまは、整った顔立ちはそのままに、逞しい偉丈夫へと姿を変えている。
黒の御方。
その名を直接口にすることをはばかり、人々は彼をそう呼んだ。
実質的に、彼は西域、つまり人類文明圏のその中心の覇者であり、かつて、何人もの英雄が成し遂げようとして失敗した人類の統一に成功した人物である。
1000年の昔にも同じことをやりかけた。
魔王バズス=リウ。
とは言え。
その過程で、妻であった公女と仲違いを起こしたことが、現在の打ち続く戦乱の世を作り出してしまった。
まったくもって、わからない。
千年を超える歳月を生きても、人間は人間でしかない、ということなのだろうか。
寄りにもよって、自分と能力も性格もよく似た相手を伴侶に選ぶ必要がどこにあったのか。
ゲオルグ自身は、まったく無縁の世界ではあったが、とにかく、血統で跡継ぎが決まる社会ならば、婚姻はある程度政治性を加味すべきだ。
好きだ、惚れた、自分のものにしたい。
なら、結婚する。
ただの平民であっても、両方の親が1番嫌うところである。
「オレは、アデルを手元に置きたい。これは、アデルをなにか、に利用するためではない。
アレにアデルを利用されることから、アデル自身を守るためだ。」
言い訳が増しく、グダグダとリウは言った。
魔王殿は、酒だって強いのだが、まったく酔わない訳では無い。そのアイディンティティが人間のそれである以上、酔いがほしい夜もあるのだ。
そして、この困った夫婦の両方をしっているゲオルグからすれば、なにもこんなところまでにていなくても、と思うのだ。
「ゲオルグ。このまま、『城』に向かってほしい。調停者として、アデルをオレのもとに迎えるために一働きしてほしいのだ。」
「それは」
ゲオルグの口元にシワが刻まれた。
「お断りする。」
「いまさらなんだ。アデルを手に入れるなら、いまが絶好の機会だといったのはおまえだぞ? ゲオルグ。」
「調停者は、双方の意志が対立し、闘いをもってしか収められない場合の非常弁のようななものだ。まして、わしが“絶好の機会”と言ったのは、ロウとギムリウスを口説き落として、“踊る道化師”を再結成したいなら、絶好の機会だと言ったのだ。
つまり、もともと、“踊る道化師”の部外者、いや」
ゲオルグは、唇を湿した。
「敵対者であったわしでは、それこそ話しになるまいよ。お主が直接出向くのがベストだな。」
「これでも敵は多いんだ。」
リウは、薄暗い店内を見回した。
「オレが王城を築かないのは、いちいちぶっ壊されるのがいやだからなんだ。」
「そうじゃな。」
ゲオルグは、笑った。
「刺客に襲わせないのも、それが怖いからではなく、刺客に選ばれるほどの術者の命を奪うことが、損失になるからだ。まったくお優しいことだな、陛下。」
「オレが行くのは難しい。おまえもこの件にはクビを突っ込みたくない。」
リウは、空の酒壺をふった。
ただちお代わりが運ばれる。
「なら、ギムリウスとロウ、それに我がまな娘を説得させられるものは、あいつしかいない。」
「ドロシー嬢か。」
これもゲオルグにとってはうれしい案ではない。
口元をひん曲げて、苦いものでも噛んだような顔で、彼は続けた。
「この件を、ドロシーに依頼するための使いをせい、というのだろうな。いいだろう、そのくらいはやってやろう。
彼女はどこにいる?」
「オレと…おそらく、アレとも一切の連絡を絶っている。噂では北の僻地に庵をたてて、引きこもっているという噂だ。」
「そこから、調べなくてはならんのか!」
いまいましそうに、ゲオルグは周りを見回した。
「いっそのこと、どこかの冒険者に依頼でも出したらどうだ?」
「べつにドロシーは、オレたちと袂を分かつ訳では無いんだ。北に辺鄙なところに居を構えたのも、オレやアレと別行動をしたかったのではなくて、例の噂のため、押しかけてくる貴公子どもからの求愛に耐え兼ねたためだな。」
例の噂?
ゲオルグは、少し考えて、ああ、と頷いた。
“銀雷の魔女”の祝福を受けたものは、素晴らしい才能を開花させ、その後の出世も思いのまま、というあの噂だ。
その例としてあげられるのが、まったくの無名から、「魔拳士」として多くの人々から畏敬を集めるジウル・ボルテックであったり、、中率都市国家として栄華を極めるカザリームの魔法評議会議長のドゥルノ・アゴンであったり、銀灰皇国の皇配ゴーハンだったりするのだ。
いずれも男性であることからも、ドロシーの「祝福」がどんな意味合いかは、わからないゲオルグでもなかったが、およそ品のある理性的な美貌の彼女には似合わぬ噂であり、さぞ迷惑をしているのだろう、と思ったことがある。
「竜珠はもたせている。」
リウは言った。
「こちらからの呼びかけには、一切応じないが、だいたいの場所は特定出来る。」
皆からは、恐れられ、仲間からは疎んじられる。
おまえの母親は、おまえにそんな人生だけは送って欲しくなかったはずだがな。
ゲオルグは、その独り言は胸にしまった。
言ってもどうしょうもないことというのは、いつの時代にも存在するのだ。
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