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第四章 演出家たち
第50話 黒き魔王
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「アデルが、クローディア大公領にいない?」
偉丈夫は、怪訝そうに、報告に訪れた部下の顔を見つめた。
形の良い眉が、歪んでいた。
無意識に相手を『威圧』して、報告を遅らせるような間抜けなマネはしない。
冒険者ギルド「王宮」。
このところは、すっかり、カザリーム流に「冒険者事務所」を名乗り、本当にもっとお堅い商売か、いっそ役所の受付を思わせる「事務所」スタイルが流行りだが、ここは、昔なからの飲み食いのできる酒場を隣接している。
その一番おくの席に陣取った男のまえには、酒瓶や、肴となる骨付きの燻製肉ののった皿がある。
一目で、ただものでないことはよくわかるが、身につけているのは、布製の貫頭衣とバンツだけだった。腰をベルトで締めているが、剣さえ吊るしていない。
「どういうことだ?
成人に達するまでは、あれは祖父母のもとで養育される約束だ。クローディア大公領からはそとには出さない。オレはあいつと、あいつの祖父母とそう約束した。まだ期間は二年弱あるはずだ。」
「北方諸国では、多くの国では、成人は16歳だ。」
報告者はそう答えた。
「威圧」するつもりはなくとも、単なる「不快」でも相手は失神したかもしれない。
だが、報告したものは、西域に7名しかいない「調停者」であった。
名をゲオルグ、という。
髪や髭は真っ白で、顔に刻まれた皺からすれば、もう老人といってよい年齢なのだろう。
だが、“背教者”ゲオルグは、背筋を伸ばして、口調は淡々としている。
「野蛮人どもがっ!」
男は、陶器のグラスから酒をあおった。
奇しくも。
そのセリフも口調も、『災厄の女神』そっくりであったが、知者として名高いゲオルグもそこまでは、知る由もない。
「おぬしらの約定書は、わしも読んだ。」
ゲオルグは、男の(近年では『黒の御方』)と呼ばれることの多い)グラスに酒を注いでやった。
「たしかに、成人まではアデルは、クローディア大公領にて、先代の大公とその妻が養育するというものだった。
それまでは、おぬしと、『災厄の女神』は、アデルとの接触を禁じるという。
成人が何歳かまでは記載はなかったな。」
西域人類社会を二分する一方の勇。
バズス=リウは、腕を組んで、口をとじている。軽く目を閉じて自分の感情を抑えようとしているかのようだった。
「で? アデルはどこに捕えられている?」
「捕らえる? 誰が?」
「16になったばかりの少女だぞ。『災厄の女神』が拉致して、おのれの後継者に据えようとした、それ以外になにが考えられる?
あいつは…」
グラスを干して立ち上がろうとしたリウに、再びわゲオルグは、酒をついでやった。
「血迷うな、魔王。」
ゲオルグは、しかめっ面だが、楽しそうであった。
「おぬしとフィオリナの子だぞ。やすやすと己の意思に反して虜になるものか。
それにもし、そんなことをすれば」
唇が笑み形に歪んだ。
「クローディア大公国とアウデリアが敵に回る。おぬしの妻はそんなに愚かか?」
「“元”妻だな。」
「ほうほう、それは初耳だ。正式に離婚が決まったのか?
ならば、やっと世界もおぬしらの馬鹿げた夫婦喧嘩のとばっちりから、解放される。」
リウは、黙って、ゲオルグにグラスを差し出した。受け取ったグラスになみなみと酒がつがれる。
ゲオルグは、一口飲んで、顔をしかめた。
「なんという、酒だ。なにかで割らんと身体が持たんぞ。」
「まあ。少なくとも夫婦喧嘩ではなくなった。これから起きることは、な。」
「まだやるのか?」
「これからだ。いままでは、一応は妻だという遠慮もあったが」
そんなものはあったか?
と、言いながらゲオルグは、グラスを飲み干した。
「魔王直属軍。」
短く、強く、リウは言った。
「そう呼べる精鋭軍が完成した。オレの魔素で強化した魔族の軍だ。これを投入する。」
「いまは、千年前ではなく、おぬしの魔素も古ほどの効果はない。単騎で古竜を圧倒した昔のようなはなしを期待しても意味は無いぞ。」
「解っている。これはブラフだ。」
リウの、指が動いて、テーブルのうえに何本か線をひいた。
「オレは、“踊る道化師”を再建する。
『城』にヒキコモル、ロウやギムリウス、北の庵のドロシー、それに、おまえやサノスも含めたメンバーで、新しい“踊る道化師”」を結成してみせる。」
「ひょっとするとアデルもそこに入れるつもりなのか?」
「その力がアデルにあればな。」
「それなら、面白い。」
ゲオルグは、飲み干したグラスと、タンと、テーブルに叩きつけると、立ち上がった。
「アデルは、いま『城』にいる。バルトフェルをめぐってのククルセウと『教皇派』の戦いで活躍したらしい。
ロウとギムリウスは、おまえよりの中立だ。アデルも含めて口説き落とすのならばチャンスだぞ。」
偉丈夫は、怪訝そうに、報告に訪れた部下の顔を見つめた。
形の良い眉が、歪んでいた。
無意識に相手を『威圧』して、報告を遅らせるような間抜けなマネはしない。
冒険者ギルド「王宮」。
このところは、すっかり、カザリーム流に「冒険者事務所」を名乗り、本当にもっとお堅い商売か、いっそ役所の受付を思わせる「事務所」スタイルが流行りだが、ここは、昔なからの飲み食いのできる酒場を隣接している。
その一番おくの席に陣取った男のまえには、酒瓶や、肴となる骨付きの燻製肉ののった皿がある。
一目で、ただものでないことはよくわかるが、身につけているのは、布製の貫頭衣とバンツだけだった。腰をベルトで締めているが、剣さえ吊るしていない。
「どういうことだ?
成人に達するまでは、あれは祖父母のもとで養育される約束だ。クローディア大公領からはそとには出さない。オレはあいつと、あいつの祖父母とそう約束した。まだ期間は二年弱あるはずだ。」
「北方諸国では、多くの国では、成人は16歳だ。」
報告者はそう答えた。
「威圧」するつもりはなくとも、単なる「不快」でも相手は失神したかもしれない。
だが、報告したものは、西域に7名しかいない「調停者」であった。
名をゲオルグ、という。
髪や髭は真っ白で、顔に刻まれた皺からすれば、もう老人といってよい年齢なのだろう。
だが、“背教者”ゲオルグは、背筋を伸ばして、口調は淡々としている。
「野蛮人どもがっ!」
男は、陶器のグラスから酒をあおった。
奇しくも。
そのセリフも口調も、『災厄の女神』そっくりであったが、知者として名高いゲオルグもそこまでは、知る由もない。
「おぬしらの約定書は、わしも読んだ。」
ゲオルグは、男の(近年では『黒の御方』)と呼ばれることの多い)グラスに酒を注いでやった。
「たしかに、成人まではアデルは、クローディア大公領にて、先代の大公とその妻が養育するというものだった。
それまでは、おぬしと、『災厄の女神』は、アデルとの接触を禁じるという。
成人が何歳かまでは記載はなかったな。」
西域人類社会を二分する一方の勇。
バズス=リウは、腕を組んで、口をとじている。軽く目を閉じて自分の感情を抑えようとしているかのようだった。
「で? アデルはどこに捕えられている?」
「捕らえる? 誰が?」
「16になったばかりの少女だぞ。『災厄の女神』が拉致して、おのれの後継者に据えようとした、それ以外になにが考えられる?
あいつは…」
グラスを干して立ち上がろうとしたリウに、再びわゲオルグは、酒をついでやった。
「血迷うな、魔王。」
ゲオルグは、しかめっ面だが、楽しそうであった。
「おぬしとフィオリナの子だぞ。やすやすと己の意思に反して虜になるものか。
それにもし、そんなことをすれば」
唇が笑み形に歪んだ。
「クローディア大公国とアウデリアが敵に回る。おぬしの妻はそんなに愚かか?」
「“元”妻だな。」
「ほうほう、それは初耳だ。正式に離婚が決まったのか?
ならば、やっと世界もおぬしらの馬鹿げた夫婦喧嘩のとばっちりから、解放される。」
リウは、黙って、ゲオルグにグラスを差し出した。受け取ったグラスになみなみと酒がつがれる。
ゲオルグは、一口飲んで、顔をしかめた。
「なんという、酒だ。なにかで割らんと身体が持たんぞ。」
「まあ。少なくとも夫婦喧嘩ではなくなった。これから起きることは、な。」
「まだやるのか?」
「これからだ。いままでは、一応は妻だという遠慮もあったが」
そんなものはあったか?
と、言いながらゲオルグは、グラスを飲み干した。
「魔王直属軍。」
短く、強く、リウは言った。
「そう呼べる精鋭軍が完成した。オレの魔素で強化した魔族の軍だ。これを投入する。」
「いまは、千年前ではなく、おぬしの魔素も古ほどの効果はない。単騎で古竜を圧倒した昔のようなはなしを期待しても意味は無いぞ。」
「解っている。これはブラフだ。」
リウの、指が動いて、テーブルのうえに何本か線をひいた。
「オレは、“踊る道化師”を再建する。
『城』にヒキコモル、ロウやギムリウス、北の庵のドロシー、それに、おまえやサノスも含めたメンバーで、新しい“踊る道化師”」を結成してみせる。」
「ひょっとするとアデルもそこに入れるつもりなのか?」
「その力がアデルにあればな。」
「それなら、面白い。」
ゲオルグは、飲み干したグラスと、タンと、テーブルに叩きつけると、立ち上がった。
「アデルは、いま『城』にいる。バルトフェルをめぐってのククルセウと『教皇派』の戦いで活躍したらしい。
ロウとギムリウスは、おまえよりの中立だ。アデルも含めて口説き落とすのならばチャンスだぞ。」
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