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第三章 バルトフェル奪還戦
第45話 駆け出し冒険者たちは使者となる
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ワルド伯爵は、半ば分裂しかかっているギウリーク聖帝国では、「教皇派」に属していた。正当なる聖光教、そのなかでもミトラ教皇庁を崇拝する派閥であるが、じつはこの派閥は、参加する貴族の数だけは多いものの、たいして意味の無い集団であった。
そもそも、どこにも属さない貴族の、「とりあえずの集まり」が「教皇派」と揶揄される。
まだ旗色を決めていないものたちがとりあえずひとりは寂しいので集まっただけの集団である。
そもそも、教皇庁のあるミトラは、老いても矍鑠たるガルフィート伯爵とアライアス侯爵という切れ者がまとめる「改革派」の勢力下にあり、「教皇派」 はまったく教皇庁の意志のおよばぬところで、勝手に気勢をあげているに過ぎないのだ。
ワルドは、まだ40になったばかりである。
封建領主としては、まったく無能ではない。
国家間の争い、また国そのものの滅亡によって、治安が急速に悪化しつつあるなか、彼は自ら、旧式ながらよく鍛錬された騎士団を保有し、盗賊のたぐいを厳しく取り締まっており、その被害は皆無といってよかった。
ただ、その勢力圏は、ククルセウ連合に隣接している。
普通に隣国として、親しく外交を行っていたのは、今は昔、現在は隙あらば、お互いを侵食しようと虎視眈々と、喉笛に食らいつくチャンスを伺っている…。
「というのは、まったくの間違いで。」
と、ルウエンは解説がひと段落終わったところで、ぜんぜん違うことを言い出した。
隣を歩くのは、アデル。
二人とも冒険者ということは、一目で分かるが、ルウエンが軽装鎧にマント、武器は2振りの短い剣。魔法増幅の何が、得意なのか、あるいは得意とよべるほどの技量がまだ身についないのか。冒険者だからといって、戦いに特化しているわっけではない、稀少な鉱物や植物の採取などには、その方面での知識だって大いに必要なのだ。理知的な顔立ちだが、線の細さや幼さを感じさせるルウエンは、そんな印象を会うものに与える。
一方のアデルも、動きやすさを重視した最小限の革鎧ではあるが、こちらはしなやかな筋肉を見せつけるように感じられる。確かに女性には違いないが、典型的な前衛ファイターだ。身につけているのは、がっしりとした拵えの長剣で、その刀身の分厚さから持ち歩くにも躊躇しそうな大業物だが、その足取りは軽々としていて、武具の重さをまったく感じさせない。燃えるようなオレンジの髪は、短くカットしていたが、寝癖がひどくて、それがまた一層、炎のゆらめきを頭部に宿しているかのように見えた。
「間違った説明をきかされてたのか、わたしは!」
口調は怒ってるかのようだったが、顔はにこにこと笑っている。
いや、口元からこぼれる白い歯が、なんとなく牙にみえなければ、ぜんぜん怖くはない。
バルトフェルから、ワルド伯爵の城までは、徒歩での旅なら、五日はかかる。
ただし、それは街道として、ある程度整備された道をとおった場合であって、山間を抜ければ一日で到達できる距離だった。
ポイントとしては山「道」ではない。
崖があろうが谷があろうが、すべてを無視して最短距離を走り抜けるとそうなる。
ルウエンとアデルはそれをやってのけた。
道は街道に戻っている。目に見えるところに、ワルド伯爵の城の城壁が見えていた。
「ワルド伯爵領と、ククルセウ連合は隣り合っているとはいえ、間には険しい山脈を抱えている。はっきり言ってバルトフェル以外に街はなく、そのバルトフェルも駅があるから成り立っているだけで、なんの旨みもない。」
「でも、ククルセウは、攻撃してきたよね? なんで。」
「ワルド伯爵が、バルトフェルからククルセウよりの山中に、砦を築いたからだよ。でもワルド伯爵に、積極的にククルセウに侵攻を企てる気があったかと言えば、ノーだ。」
「じゃあ、なんのために砦をつくったの?」
「防衛のため‥‥と言えば、聞こえはいいが、ようするになんかやってるように見せかけるためだ。」
「なに、それ?」
と、言ったまま、アデルは黙々と歩いていたが、数分してからもう一度、
「なに、それ。」
と言った。
「よくあることだけど、貴族には貴族のしがらみは体面がある。ワルド伯爵は『教皇派』に属していて、これはいまのところ、『黒の御方様』に協力的な勢力だ。一方でククルセウは、『災厄の女神』に尻尾をふっている。
だから、なんらかの軍事行動をしたかっこうを見せれば、それは、ワルド伯爵の武勇であり、功績となる。」
「そんなくだらないことのために砦を作ったの?」
「そうだよ。規模としてはたいしてものじゃない。収容できる兵は百もいないだろう。侵攻のための物資なんて蓄積するスペースもない。
それでも、砦は砦だ。
一日もかからないところに軍事拠点をおかれたククルセウは、いやだったんだろう。これを落とした。」
「じゃあ、なんでククルセウは、バルトフェルまで侵攻したの? 砦を落とすならそれだけでいいじゃない?」
「それは、それで、軍というのは動かせばお金がかかるんだ。なんだかもうちょっと武功が欲しくなったんだな、指揮官としては。」
くだらない。わけわかんない。
とアデルはぶつぶつ言った。ルウエンはまったくの同感だったが、そんなことはこの世界によくあることなのを知っているところだけが、アデルと違っていた。
「そんなことのために、砦の兵は討死したの?
バルトフェルのひとたちは街を焼かれたの?」
かくして、ワルド伯爵の城塞は、最高に不機嫌なアデルを迎えることとなった。
そもそも、どこにも属さない貴族の、「とりあえずの集まり」が「教皇派」と揶揄される。
まだ旗色を決めていないものたちがとりあえずひとりは寂しいので集まっただけの集団である。
そもそも、教皇庁のあるミトラは、老いても矍鑠たるガルフィート伯爵とアライアス侯爵という切れ者がまとめる「改革派」の勢力下にあり、「教皇派」 はまったく教皇庁の意志のおよばぬところで、勝手に気勢をあげているに過ぎないのだ。
ワルドは、まだ40になったばかりである。
封建領主としては、まったく無能ではない。
国家間の争い、また国そのものの滅亡によって、治安が急速に悪化しつつあるなか、彼は自ら、旧式ながらよく鍛錬された騎士団を保有し、盗賊のたぐいを厳しく取り締まっており、その被害は皆無といってよかった。
ただ、その勢力圏は、ククルセウ連合に隣接している。
普通に隣国として、親しく外交を行っていたのは、今は昔、現在は隙あらば、お互いを侵食しようと虎視眈々と、喉笛に食らいつくチャンスを伺っている…。
「というのは、まったくの間違いで。」
と、ルウエンは解説がひと段落終わったところで、ぜんぜん違うことを言い出した。
隣を歩くのは、アデル。
二人とも冒険者ということは、一目で分かるが、ルウエンが軽装鎧にマント、武器は2振りの短い剣。魔法増幅の何が、得意なのか、あるいは得意とよべるほどの技量がまだ身についないのか。冒険者だからといって、戦いに特化しているわっけではない、稀少な鉱物や植物の採取などには、その方面での知識だって大いに必要なのだ。理知的な顔立ちだが、線の細さや幼さを感じさせるルウエンは、そんな印象を会うものに与える。
一方のアデルも、動きやすさを重視した最小限の革鎧ではあるが、こちらはしなやかな筋肉を見せつけるように感じられる。確かに女性には違いないが、典型的な前衛ファイターだ。身につけているのは、がっしりとした拵えの長剣で、その刀身の分厚さから持ち歩くにも躊躇しそうな大業物だが、その足取りは軽々としていて、武具の重さをまったく感じさせない。燃えるようなオレンジの髪は、短くカットしていたが、寝癖がひどくて、それがまた一層、炎のゆらめきを頭部に宿しているかのように見えた。
「間違った説明をきかされてたのか、わたしは!」
口調は怒ってるかのようだったが、顔はにこにこと笑っている。
いや、口元からこぼれる白い歯が、なんとなく牙にみえなければ、ぜんぜん怖くはない。
バルトフェルから、ワルド伯爵の城までは、徒歩での旅なら、五日はかかる。
ただし、それは街道として、ある程度整備された道をとおった場合であって、山間を抜ければ一日で到達できる距離だった。
ポイントとしては山「道」ではない。
崖があろうが谷があろうが、すべてを無視して最短距離を走り抜けるとそうなる。
ルウエンとアデルはそれをやってのけた。
道は街道に戻っている。目に見えるところに、ワルド伯爵の城の城壁が見えていた。
「ワルド伯爵領と、ククルセウ連合は隣り合っているとはいえ、間には険しい山脈を抱えている。はっきり言ってバルトフェル以外に街はなく、そのバルトフェルも駅があるから成り立っているだけで、なんの旨みもない。」
「でも、ククルセウは、攻撃してきたよね? なんで。」
「ワルド伯爵が、バルトフェルからククルセウよりの山中に、砦を築いたからだよ。でもワルド伯爵に、積極的にククルセウに侵攻を企てる気があったかと言えば、ノーだ。」
「じゃあ、なんのために砦をつくったの?」
「防衛のため‥‥と言えば、聞こえはいいが、ようするになんかやってるように見せかけるためだ。」
「なに、それ?」
と、言ったまま、アデルは黙々と歩いていたが、数分してからもう一度、
「なに、それ。」
と言った。
「よくあることだけど、貴族には貴族のしがらみは体面がある。ワルド伯爵は『教皇派』に属していて、これはいまのところ、『黒の御方様』に協力的な勢力だ。一方でククルセウは、『災厄の女神』に尻尾をふっている。
だから、なんらかの軍事行動をしたかっこうを見せれば、それは、ワルド伯爵の武勇であり、功績となる。」
「そんなくだらないことのために砦を作ったの?」
「そうだよ。規模としてはたいしてものじゃない。収容できる兵は百もいないだろう。侵攻のための物資なんて蓄積するスペースもない。
それでも、砦は砦だ。
一日もかからないところに軍事拠点をおかれたククルセウは、いやだったんだろう。これを落とした。」
「じゃあ、なんでククルセウは、バルトフェルまで侵攻したの? 砦を落とすならそれだけでいいじゃない?」
「それは、それで、軍というのは動かせばお金がかかるんだ。なんだかもうちょっと武功が欲しくなったんだな、指揮官としては。」
くだらない。わけわかんない。
とアデルはぶつぶつ言った。ルウエンはまったくの同感だったが、そんなことはこの世界によくあることなのを知っているところだけが、アデルと違っていた。
「そんなことのために、砦の兵は討死したの?
バルトフェルのひとたちは街を焼かれたの?」
かくして、ワルド伯爵の城塞は、最高に不機嫌なアデルを迎えることとなった。
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