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第三章 バルトフェル奪還戦
第43話 あるいは敵よりやっかいなもの
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「アイザック・ファウブル保安局長・・・・・・」
そう呼ばれた男の長いマントの下は、びっしりと刺繍と宝石で魔法陣が描かれた軍服だった。
以前にあった時とは微妙に、風貌が異なっていて、それはなにか、とロウ=リンドは考えてたが、髪が白髪混じりになっているのと、眼鏡のせいだった。
「ロウ=リンド閣下、お変わりなく。」
自然な動作で、握手をもとめるその手を、ロウは握り返した。
一瞬、アイザック・ファウブルの背後に控えた二名の護衛(それが「絶士」であることに、ロウは処女の生き血を賭けてもよかった)が、色めき立ったが、アイザックは、片手で彼らを制した。
「お主は、老けたようだ、アイザック・ファウブル局長殿。」
「人間は“貴族”とは、違うのですよ、ロウ=リンド。」
アイザックは、にこやかに笑った。
ロウたちが、山中で、“貴族殺し”と彼のパーティ「至高の殺戮者」を蹴散らしてから、二日が経っている。
バルトフエルから撤退するにあたり、ククルセウ連合は、線路の一部を破壊していってのだ。
もちろん、鉄道保安部の到着を遅らせるための行為であったが、もともと、どんな紛争からも不可蝕である鉄道設備に手をつけたことは、ククルセウにとって、今後あとあとまで響く失点となるだろう。
「いずれにしても、話しのできる大物に参上いただいて、わたしも助かる。」
「わたくしも城代たるロウ閣下にお会い出来ることは、光栄に存じますよ。」
アイザック・ファウブルは、ロウを天幕に促した。
駅の周辺は焼き払われており、建物はほとんど残っていない。
駅前は、イコール、街の中心であったから、それは短期間とはいえ、ククルセウの占領が、バルトフェルの街が手痛いダメージをうけたことには違いない。
一部の住民は、砦の陥落前に、避難を始め、残ったものたちも、列車を使って『城』に逃れている。
人的な喪失は最小限で済んだことが、不幸中幸いでもあった。
鉄道公社が派遣してきた“保安部”という名の“軍”は、二千を越えている。
わずか数日で、その数を確保し、現地に送り込んだ鉄道公社という、組織の力に、ロウ=リンドは、舌を巻いた。
すでに、ククルセウは撤退した後だったため、その大半は、送り狼よろしく、ククルセウのあとを追尾していった。
残りのものは、鉄道設備の点検や修理、街の被害状況の確認と、忙しく飛び回っていた。
自分がなにをすべきなのかわからないで、呆然としているものなど、ひとりもいない。
練度においても、鉄道公社“保安部”は、他国の軍隊よりもあたまひとつ、抜けていた。
「ロウ=リンド閣下は、やはりワインがよしひいでしょうか?」
天幕のなかに設えられた調度は、折りたたんだり、組み立てたりができるものばかりだったが、貧相なものでは、全くなかった。
テーブルには、きちんとクロスがひかれ、天幕の部分部分には、そこが簡易的な施設であることを忘れされるような豪奢なタペストリーが、かかっている。
「わたしは真祖です、ファウブル局長。」
「これは、失礼を。最高級のものを用意いたしましょう。」
「だから、お茶で十分です。」
ロウは、ゆったりと肘掛のついた椅子に腰を下ろしながら言った。
「赤ワインの色をみて、吸血衝動を抑えなければならないような、そこらの“貴族”と一緒にしなくてけっこうです。」
一国の将軍にも匹敵する武力をもつ、鉄道公社の幹部は、乾いた笑いを浮かべた。
「お望みのままに。」
おそらくは、この世界で、「黒の御方」と「災厄の女神」を別格とすれば、それに次ぐであろう権力と暴力の権化は、友好的に微笑みあった。
香り高い茶葉は、ロウの好みにもあった。暫し、二人は、四方山話に花を咲かせた。
「ところで」
と、ロウは、居住まいを正した。
「今後のバルトフェルの管理についてだが、隣の駅のある街を抱える『城』としては、ぜひ、鉄道公社にお願いしたいのだが。」
この言は直接に過ぎたのか、僅かに、アイザック・ファウブルは警戒したようだった。
慎重に言葉を選びながら答える。
「わたしたちは、西域ないしは、西域、中原、北方を含めた人類文明の拡大と発展に寄与すること以外は念頭にありません。
まして、領土的な野心など。」
「けっこう!
そこいらは、わたしたち『城』と立場に似通っている、と言う訳だ。
ただし、そうなるとバルトフェルの民が気の毒だ。現在、彼らは『城』に避難しているが、破壊された町に追い返すことになるかもしれない。」
ロウは、大袈裟にため息を着いて見せた。
「ここの領主であるワルド伯爵は、防衛ための人数もさかず、奪還のための軍も起こさなかった。きっと街の再建のために金を出すこともしないだろう。なんということだ!
せっかく、戦火を逃れ、帰れるはずの故郷がすぐ隣の駅にあるにもかかわらず、戻ることも叶わない。
“貴族”の支配する街で、いつ血を吸われるか怯えながら暮らすしかないのか。」
「今後、駅舎や路線を守るために、保安部隊を駐留させる用意はあります。」
アイザック・ファウブルは、憂鬱そうに言った。
「人道的な意味合いから、街の再建にも一定の金額を貸し出すことも出来るでしょう。もし、ワルド伯爵が条件をのめば、ですが。」
「もし、ワルド伯爵がそれをのまなかつまたら?」
「まことに残念ですが、さまざまな費用は、住む住民から取り立てることになりますな。」
なるほど。
駅のある街やその周辺を、鉄道王者が実効支配するのは、こういう理屈か。
ロウは考えた。
持と鉄道施設の保全のために、保安部隊を、駐留させる。
その費用は、当然街の領主に請求することになるのだが、吽という領主はごくわずか。
ならば、費用は住民から徴収いたします。
決して領地が欲しい、とは言わない。
軍を駐留させて、徴税権を取り上げるだけだ。それが、実質的にもとの封建領主のもとから、街が切り離されることになるのだ、ということをあたまの古い封建領主たちは、理解していない。
「それならば、『城』に保護した難民たちも帰る場所ができる。」
「これより、我々はここから、何もせずに逃げ出したククルセウの軍を追いかけています。
一戦まじえて、これを砕き、街の安全を確保しだします。」
アイザック・ファウブルは、淡々と述べた。
「けっこうだ! わたしたち『城』も街の再建には協力しよう。」
「それは不要ですね、閣下。」
冷たさすら感じさせる口調で、局長殿は言った。
「ここを奪還したのは、鉄道公社であり、今後の防衛もわたしたちの責務です。それ以上でもそれ以下でもありません。」
「局長殿。」
ダダをこねるように、真祖さまは言った。
「バルトフェルの奪還には、『城』の義勇もそれなりの役割を果たしているはずなのだが。」
「そのように、報告はいただきましたが。」
アイザック・ファウブルは、困ったように、手をあげた。
「正式な記録には何も、残っていないのですよ。いえ、あなたが嘘をおっしゃっているとは思いません。実際に、あなたさまは、自らパーティを率いて、偵察に出られ、そこで遭遇した『百驍将』ブテルパの率いる部隊と一戦し、これを打ち破った。
よいでしょう。真祖さまが、嘘をいうとはとても思えない。」
「で、ては!」
「それにしても『百驍将』とはなんでしょうか。」
アイザック・ファウブルは少し意地悪そうに言った。
「彼らは、『災厄の女神』直属の特殊戦力めすです。直接に戦場をかけることは、まず有り得ませんし、ましてククルセウの進軍に追随することなどは、有り得ません。」
「だから、それは、わたしの命を狙ってだな。」
「整合性はあります。」
アイザック・ファウブルは、ポットを取り上げてお茶のおかわりを注いだ。
茶は、濃くてすこし、渋そうだった。
「ならば!」
「整合性があるから、こうして否定もせずに、お話をきいています。
そのお話の信憑性を高めるために、もう一働き、お願いしたい。」
いったいなにを。
と、言いかけて、ロウは心の中で舌打ちをした。
そう聞いてしまったからには、言われたことをやるしかない。
「そう、難しいことではありません。数日中に到着するであろうワルド伯爵の軍をひかせて、ここを鉄道公社が管理することを、正式に認めさせて欲しいのですよ。」
そう呼ばれた男の長いマントの下は、びっしりと刺繍と宝石で魔法陣が描かれた軍服だった。
以前にあった時とは微妙に、風貌が異なっていて、それはなにか、とロウ=リンドは考えてたが、髪が白髪混じりになっているのと、眼鏡のせいだった。
「ロウ=リンド閣下、お変わりなく。」
自然な動作で、握手をもとめるその手を、ロウは握り返した。
一瞬、アイザック・ファウブルの背後に控えた二名の護衛(それが「絶士」であることに、ロウは処女の生き血を賭けてもよかった)が、色めき立ったが、アイザックは、片手で彼らを制した。
「お主は、老けたようだ、アイザック・ファウブル局長殿。」
「人間は“貴族”とは、違うのですよ、ロウ=リンド。」
アイザックは、にこやかに笑った。
ロウたちが、山中で、“貴族殺し”と彼のパーティ「至高の殺戮者」を蹴散らしてから、二日が経っている。
バルトフエルから撤退するにあたり、ククルセウ連合は、線路の一部を破壊していってのだ。
もちろん、鉄道保安部の到着を遅らせるための行為であったが、もともと、どんな紛争からも不可蝕である鉄道設備に手をつけたことは、ククルセウにとって、今後あとあとまで響く失点となるだろう。
「いずれにしても、話しのできる大物に参上いただいて、わたしも助かる。」
「わたくしも城代たるロウ閣下にお会い出来ることは、光栄に存じますよ。」
アイザック・ファウブルは、ロウを天幕に促した。
駅の周辺は焼き払われており、建物はほとんど残っていない。
駅前は、イコール、街の中心であったから、それは短期間とはいえ、ククルセウの占領が、バルトフェルの街が手痛いダメージをうけたことには違いない。
一部の住民は、砦の陥落前に、避難を始め、残ったものたちも、列車を使って『城』に逃れている。
人的な喪失は最小限で済んだことが、不幸中幸いでもあった。
鉄道公社が派遣してきた“保安部”という名の“軍”は、二千を越えている。
わずか数日で、その数を確保し、現地に送り込んだ鉄道公社という、組織の力に、ロウ=リンドは、舌を巻いた。
すでに、ククルセウは撤退した後だったため、その大半は、送り狼よろしく、ククルセウのあとを追尾していった。
残りのものは、鉄道設備の点検や修理、街の被害状況の確認と、忙しく飛び回っていた。
自分がなにをすべきなのかわからないで、呆然としているものなど、ひとりもいない。
練度においても、鉄道公社“保安部”は、他国の軍隊よりもあたまひとつ、抜けていた。
「ロウ=リンド閣下は、やはりワインがよしひいでしょうか?」
天幕のなかに設えられた調度は、折りたたんだり、組み立てたりができるものばかりだったが、貧相なものでは、全くなかった。
テーブルには、きちんとクロスがひかれ、天幕の部分部分には、そこが簡易的な施設であることを忘れされるような豪奢なタペストリーが、かかっている。
「わたしは真祖です、ファウブル局長。」
「これは、失礼を。最高級のものを用意いたしましょう。」
「だから、お茶で十分です。」
ロウは、ゆったりと肘掛のついた椅子に腰を下ろしながら言った。
「赤ワインの色をみて、吸血衝動を抑えなければならないような、そこらの“貴族”と一緒にしなくてけっこうです。」
一国の将軍にも匹敵する武力をもつ、鉄道公社の幹部は、乾いた笑いを浮かべた。
「お望みのままに。」
おそらくは、この世界で、「黒の御方」と「災厄の女神」を別格とすれば、それに次ぐであろう権力と暴力の権化は、友好的に微笑みあった。
香り高い茶葉は、ロウの好みにもあった。暫し、二人は、四方山話に花を咲かせた。
「ところで」
と、ロウは、居住まいを正した。
「今後のバルトフェルの管理についてだが、隣の駅のある街を抱える『城』としては、ぜひ、鉄道公社にお願いしたいのだが。」
この言は直接に過ぎたのか、僅かに、アイザック・ファウブルは警戒したようだった。
慎重に言葉を選びながら答える。
「わたしたちは、西域ないしは、西域、中原、北方を含めた人類文明の拡大と発展に寄与すること以外は念頭にありません。
まして、領土的な野心など。」
「けっこう!
そこいらは、わたしたち『城』と立場に似通っている、と言う訳だ。
ただし、そうなるとバルトフェルの民が気の毒だ。現在、彼らは『城』に避難しているが、破壊された町に追い返すことになるかもしれない。」
ロウは、大袈裟にため息を着いて見せた。
「ここの領主であるワルド伯爵は、防衛ための人数もさかず、奪還のための軍も起こさなかった。きっと街の再建のために金を出すこともしないだろう。なんということだ!
せっかく、戦火を逃れ、帰れるはずの故郷がすぐ隣の駅にあるにもかかわらず、戻ることも叶わない。
“貴族”の支配する街で、いつ血を吸われるか怯えながら暮らすしかないのか。」
「今後、駅舎や路線を守るために、保安部隊を駐留させる用意はあります。」
アイザック・ファウブルは、憂鬱そうに言った。
「人道的な意味合いから、街の再建にも一定の金額を貸し出すことも出来るでしょう。もし、ワルド伯爵が条件をのめば、ですが。」
「もし、ワルド伯爵がそれをのまなかつまたら?」
「まことに残念ですが、さまざまな費用は、住む住民から取り立てることになりますな。」
なるほど。
駅のある街やその周辺を、鉄道王者が実効支配するのは、こういう理屈か。
ロウは考えた。
持と鉄道施設の保全のために、保安部隊を、駐留させる。
その費用は、当然街の領主に請求することになるのだが、吽という領主はごくわずか。
ならば、費用は住民から徴収いたします。
決して領地が欲しい、とは言わない。
軍を駐留させて、徴税権を取り上げるだけだ。それが、実質的にもとの封建領主のもとから、街が切り離されることになるのだ、ということをあたまの古い封建領主たちは、理解していない。
「それならば、『城』に保護した難民たちも帰る場所ができる。」
「これより、我々はここから、何もせずに逃げ出したククルセウの軍を追いかけています。
一戦まじえて、これを砕き、街の安全を確保しだします。」
アイザック・ファウブルは、淡々と述べた。
「けっこうだ! わたしたち『城』も街の再建には協力しよう。」
「それは不要ですね、閣下。」
冷たさすら感じさせる口調で、局長殿は言った。
「ここを奪還したのは、鉄道公社であり、今後の防衛もわたしたちの責務です。それ以上でもそれ以下でもありません。」
「局長殿。」
ダダをこねるように、真祖さまは言った。
「バルトフェルの奪還には、『城』の義勇もそれなりの役割を果たしているはずなのだが。」
「そのように、報告はいただきましたが。」
アイザック・ファウブルは、困ったように、手をあげた。
「正式な記録には何も、残っていないのですよ。いえ、あなたが嘘をおっしゃっているとは思いません。実際に、あなたさまは、自らパーティを率いて、偵察に出られ、そこで遭遇した『百驍将』ブテルパの率いる部隊と一戦し、これを打ち破った。
よいでしょう。真祖さまが、嘘をいうとはとても思えない。」
「で、ては!」
「それにしても『百驍将』とはなんでしょうか。」
アイザック・ファウブルは少し意地悪そうに言った。
「彼らは、『災厄の女神』直属の特殊戦力めすです。直接に戦場をかけることは、まず有り得ませんし、ましてククルセウの進軍に追随することなどは、有り得ません。」
「だから、それは、わたしの命を狙ってだな。」
「整合性はあります。」
アイザック・ファウブルは、ポットを取り上げてお茶のおかわりを注いだ。
茶は、濃くてすこし、渋そうだった。
「ならば!」
「整合性があるから、こうして否定もせずに、お話をきいています。
そのお話の信憑性を高めるために、もう一働き、お願いしたい。」
いったいなにを。
と、言いかけて、ロウは心の中で舌打ちをした。
そう聞いてしまったからには、言われたことをやるしかない。
「そう、難しいことではありません。数日中に到着するであろうワルド伯爵の軍をひかせて、ここを鉄道公社が管理することを、正式に認めさせて欲しいのですよ。」
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