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第三章 バルトフェル奪還戦

第39話 それぞれの戦い

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「逃げる?」
ラウレスは小首を傾げた。
「わたしがあなたを逃さないってこと?」

ウツツ。竜鱗を使う竜人は笑った。その口が耳まで裂けたような気がしたのは錯覚ではなかった。
鼻面が妙に飛び出して、目は金褐色。肌はぬめぬめとした青黒い色に変わりつつある。

「あんまり、見てくれのいいもんじゃないだろう。」
言い訳をするようにウツツは言った。
「全力で竜鱗を使おうとするとこうなるんだ。だが、なぜか、おまえにはそうすべきだと、竜の血が教えてくれる。おまえもまた竜人なのだな?」

「違うよ。」
と、ラウレスは答えた。腐った屍の中に閉じ込められる前の記憶は、ほとんど戻っていない。じぶんの本当の名前がなんであったのか。
なぜ、この地で命を落とし、腐肉と残骸のなかに己の魂を閉じ込めて、この世を彷徨うようになったのか。
だが、断じて、竜人どという能力の一部を発現させただけの、紛い物ではなかった。

「俺は竜鱗を自在に操ることができる。」

ウツツの腕にそって明滅した青と緑に輝く鱗は、腕から離れ、傍の大木を切断した。

「攻防一体。これは本物の竜でもできない。できたのは、竜王ルルナ=ベルと神鱗竜レクスのみという秘技だ。
不可侵の盾と無限の切断力をもつ刃物。竜鱗に双方の機能を併せ持つ、これを「竜壁」という。
たとえ、本物の竜が相手でも倒せる。」
「古竜を凌ぐ存在が、“貴族殺し”の使い走りをしているということ?」

「俺が従っているのは“災厄の女神”だ。」

“竜鱗”はその体を離れ、帯状の刃物となって、体を取り囲んでいる。もし竜鱗を刃物として転用したならば、いかなる名刀よりも、強く、鋭くしなやかに。あらゆる物理防御を無視して相手を切り刻むだろう。

「わたしは、ここ数日の記憶しかない。」
首をかしげたラウレスは、愛らしい童女の姿だ。
「名はラウレスというが、その名をつけたのは、わたしを開放してくれたアデルだ。きいたものは妙な顔をする。ラウレスという名は有名なのか?」

ウツツは、不気味に変形した顔を歪めた。
「かつて、この地に存在した竜の名だ。わざわざ見知らぬ少女につけるような名前ではないのは確かだな。
俺に打倒された後に、命があればまた語らうこともあるだろう。」

「そうだな。」
ラウレスは、無造作に竜鱗が作り出す、斬撃の結界に足を踏み入れた。肩口がえぐれ、左足がすねから吹き飛んだ。
いさいかまわず、ラウレスは、可憐な右手を振りかぶった。ウツツの頭が張り手でふっとんだ。そのまま、十メトル先の大岩に叩きつけられ、失神した。

「竜鱗を攻撃に回してしまったら、防御ができないだろう?」
ラウレスは、折れた手首をぶらぶらさせながら、言った。
ちなみに先にいれた一撃で、反対の手の指も数本、砕けている。右足一本で、立っているが、本人は気にもとめて、いなかった。
「この程度で、古竜とどうやりあうつもりだ。」



「ウツツ!」
かぎ爪と化したルーデウス伯爵の一撃をかわしながら、“クロノス”のスカルドは叫んだ。
彼が「刻」を司るといわれる神の異名の由来は、時計の針を象った針状の武器を緩急をつけて投擲することにあった。

いかに疾くても疾いだけなら、戦いの最中に速度に慣れる。あるいは予備動作から投擲のタイミングをはかって、さけることも可能だ。
その投擲速度をたくみにずらすところに、スカルドの真骨頂がある。
かわしたつもりの刃物に貫かれ、目標は、血まみれになって息絶えるのだ。

その技がいかに優れたものか。
ルーデウスの豊満な体にそこここに針がつき立ち、それはルーデウスの再生力を阻害する作用をもつのか、真っ赤な血が流れ続けている。
左目にも針が深々とつきささり、視界の半分は真っ赤に塗りつぶされていた。

だが。
浅いのだ。“貴族”を屠るには。その程度の傷では。

ルーデウスの指が、スカルドの喉を掴んだ。

そのまま、気管を握りつぶす。血を吐きながらスカルドが笑った。
その両の手で握った針を、深々とルーデウスの乳房に突き立てた。

「あいにくだ。わたしは“貴族”でな。」
のどを握りつぶされて、なお、しゃべることのできる人間がいるはずもない。
だが、スカルドは、針をさらに深く差し込んだ・・・・・ルーデウスの心臓めがけて。

「困ったことだな。」
顔面を朱に染め、口からも血を吐いて、ルーデウスも嗤う。
「なんて、ことだろう。あいつは、誰一人、命を奪うことなく、この戦をおわらせたがっている。」
開けた口の中に、牙が見えた。
その牙を。ルーデウスは、スカルドの喉につきたてた。



■■■■■■


ロウは、相手の腹に膝をつきたてて、無理やり距離をとった。
刺さった剣が、体を引き裂いたが、無視する。

そうだった。
ルウエンは大丈夫だ。

かつて、そうあれはカザリームだった。
当時すでに、各国の特殊戦力から、あたまひとつ、抜き出ているという定評があった鉄道公社の“絶士”を相手に、ルウエンは圧勝してみせたのだ。

両手の指を使って、竜の牙を模した魔法陣を組んで、ブレスを使用してみせたのだ。
そう、あの古竜の「ブレス」を、だ。

「マシュケートとやら。」

ロウ=リンドは笑った。

「急いで、わたしを倒したほうがいいぞ。おまえの主の命を大事に思うのならな。」


「アデル! ロウ! 戦いを長引かせろ!」
ルウエンの声が飛んだ。

「はいよ! そう言われると思ってた。」
「わかった・・・・でも、なぜ?」

「ぼくはこれから、ブテルパさんに、ぼくのほうが優れていることを思い知らせる。たぶん、それで彼は撤退を決めてくれるはずだ。
つまり、誰一人、犠牲者を出さずに、バルトフェルは奪還することができる。」

そうか。
ロウは、心の中で頷いた。
バルトフェルに、ククルセウが居座っているのは、わたしの首がほしいからだ。そのために派遣された「百驍将」ブテルパが敗北を認めれば、ククルセウ連合は速やかに撤退するだろう。
ただでさえ、進撃しすぎている。補給もないククルセウ軍に、反撃を持ちこたえる力はない。しかも、占領にあたって、公社の所有物である「駅」に損害を与え、鉄道公社も敵に回してしまっている。
包囲されれば、全滅の危険すらあった。

ただし、「百驍将」ブテルパが、素直に敗北を認めて、引き返す人物なのかどうか・・・・。

「ふざけるな。」

ブテルパが、叫んだ。
台座にしていた大岩をくだかれた彼はいま、結跏趺坐の姿勢のまま、泉の上空に浮かんでいる。

「たしかに、おまえの力は並の魔導師の水準ではないようだ。だが、百驍将が、あいてが強かったからと言ってやすやすと撤退するとは思わぬことだ。
命にかえても、わたしは、ロウ=リンドの身柄を捕らえる。それが出来ねば抹殺する。
それが、『災厄の女神』のご意志なのだ。」

「ひとつ約束しておきます、ブテルパさん。」
ルウエンは、僧形の“貴族殺し”を見上げながら言った。
「ぼくはあなたの命も、あなたの部下の命も奪わない。」

「ふざけるな! わたしが任務も果たさずにおめおめと逃げ帰ると思うか!?」
「あなたの命を奪うかどうするかは、フィオリナの仕事でしょう? もし、勇戦もむなしく破れた部下の命をとるようなヤツなら・・・・どうですか、こっちに寝返りませんか?」
「“黒き御方”にか? わたしはかの魔王から人を守るために“災厄の女神”に付き従っているのだ。いまさら、鞍替えなどはありえない。」
「そうじゃないです。『城』にですよ。」

ルウエンは、悪魔のような笑みを浮かべながら、ブテルパに話し続ける。

「『城』は表面上は“黒き御方”の勢力に属してはいますが、実質的には独立勢力です。双方の顔をたてるために四苦八苦している鉄道公社などよりも、よっぽど中立性は高い。もし、戦乱から人々を救うために活動したいなら、『城』に来るべきだ。」


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