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第三章 バルトフェル奪還戦

第32話 おびき出されたもの

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「わたしたち『城』は、完全中立をうたいながらも、実質的には『黒き御方』の派閥に属している。」
「リウんとこの舎弟なわけですね。」
「鉄道公社は完全中立を宣言しているが、どっちにもいい顔をしつつ、自分の勢力を伸ばしたいというのが、実情だ。今回の件はその典型だな。
もともとは、ギウリーク諸侯連盟に属していたバルトフェルだが、今回の侵攻で、運行に支障が出て、鉄道設備に被害があったのを理由に、鉄道公社は、バルトフェルへの派兵に乗り出している。
ククルセウ連合から、バルトフェルを奪還しても街をギウリークに返すことはない。そのまま、自分の直轄地として運営するだろう。
一方で、ククルセウ連合は、『災厄の女神』にがっちりと首根っこを掴まれている。」
「フィオリナんとこの下僕、というわけですか。」


言ってはいけない名前を、平気で口にするルウエンだが、そのことについては、諦めたように、アイシャは、続けた。

「実際のところ、ククルセウの指揮官は、進撃しすぎた、ど思っているだろう。ただ、奪った街をそのまま、放棄するのは納得がいかない。一戦しなければ、引くに引けないのだろう。」
「そんな馬鹿な!
食料がつきれば黙っていても、敵は、撤退すると分かってる街を、武力を使って奪還するんですか?」 
「そうだよ。武力をもって、ククウセウ連合を打ち破った、という実績をもって、鉄道公社は、バルトフェルを支配する正当性を主張する。わたしたちは、それに一役かったという実績をもって、鉄道公社に恩を売るんだ。」

「聞けば聞くほど、バカバカしい。」
ルウエンの可愛らしいとさえいえる顔が、曇っていた。
「そんなことのために、冒険者たちは戦地に駆り出されたっていうのですか。」

「もちろん、公式には、バルトフェルの難民から懇願されたため、一部の冒険者が有志を募って押しかけた、ということになっている。」
アイシャは、タバコを取り出して火をつけた。
「これはまったくの嘘ではなく、おまえたちと一緒に『城』に着いた代官からは言質をとってある。」

アイシャは、胸いっぱいに吸い込んだ煙を、ルウエンに吹きかけた。
ルウエンは、ちょっとかおをしかめたが、別にむせたり、咳き込んだりはしなかった。

「だから、無駄な血は流すつもりはないんだ。
いっただろ、わたしの命令に従って入れば死なないって。こちらの損害を減らすためにわたしがいるんだ。」

「わかりました。」
「そうか、わかってくれたか。」
「だから、ロウが着いてきたんですね。『城』の冒険者に死者が出ないように。」

げほげほげほ。

いや、アイシャは呼吸などいらない体の作りだ。それが、わざわざタバコの、煙をすいこんで、おまけにむせている。

「おまえは、なにか?」
アイシャは、吐き出したタバコを踏みつけてから、ルウエンの胸ぐらを掴んだ。
「ロウさまのお心のうちが、正確にわかるのか?
ロウさま以外にも、『黒の御方』や『災厄の女神』も知り合いだとでもいうのか!?」

「こっちは、知り合いのつもりでも、むこうは、ぼくのことなんて、なんにも覚えちゃいませんよ。有名人の知り合いなんてそんなもんです。」
ルウエンは、ポイ捨てはだめですよ、と言いながら吸殻をひろって、アイシャに手渡した。
「さすがは、ロウです。でも見落としが無いわけじゃない。」

“貴族”の怪力が、ルウエンの胸元を締め上げた。

「な、ん、だ、と!?」

「ククルセウが、得るものなくバルトフェルを撤退してもなお、勝ったと主張できる条件がひとつあります。」
「なんだ、それは!」
「名だたる将の首を上げること。」

少年は、世にも恐ろしい笑いを浮かべた。

「ロウ=リンドの首とかぴったりじゃないですか。」






先にも述べたように車両間の乗客の移動は禁止されている。もちろん例外はある。列車の乗務員だ。  
鉄道保安部のナゼル保安官も、もちろんその一人だった。
「保安部からの緊急連絡です。これは罠、です。」

仮面の奥のロウの藍色のひとみが、ゆっくりと紅く染まる。

「ククルセウの占領軍のなかに、『災厄の女神』直属の『百驍将』のひとり“貴族殺し”ブデルパがいるそうです。狙いは閣下以外にありません。」
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