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第三章 バルトフェル奪還戦
第31話 『城』の秘密
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「アルセンドリック侯爵……」
驚いたように、少年の目が見開かれた。
「カザリームの冒険者、ですか?」
「質問はひとつずつだぞ、少年。」
アイシャは、牙を覗かせて笑った。
「だが、その質問で少なくともおまえは、異世界からこの世界にやってきた、あるいはどこかの神に召喚されたばかりの存在でないことが、わかった。
その質問には、答えてやろう。
そうだ。かつて、カザリームのトップクラスの冒険者だったアルセンドリック侯爵ロウランだ。」
「それがいったいどうして……」
「それは、ロウ様に直接、きくんだな。わたしにしてもある程度は、お聞きしているが、そこらの事情はたやすく口にすべきでないことは分かるだろう。」
「分かりました。」
ルウエンはそう答えて、明らかに緊張をしていたアイシャをほっとさせた。
「フィオリナとリウが絡んでるんですね。」
アイシャは飛び上がった。
天井に頭をぶつけて、鈍い音がした。
「な、なぜそうなる!」
「それも、質問のうちに入れていいですか?
ロウが、なぜ領主についていないか、などという、重要な秘密についてはペラペラ喋ってくれたのに、アルセンドリック侯爵が、ブレスに巻き込まれた事情だけ秘密にしたからです。」
アイシャは、息を飲んだ。呼吸を必ずしも必要としない貴族には、不適切な例えだがとにかく、そんな表情を浮かべた。
「おまえはいったいなんだ……」
「質問続きはずるいですよ。それについてはロウに直接尋ねてください、とお答えしときましょうか。
もし、よろしければ、お互い、急ぐ必要のない詮索は後回しにして、今回の戦についてお尋ねしたいのですが。」
アイシャは、むう、と唸った。
「……わかった。わたしもこの客車の冒険者を指揮するだけの小隊長にすぎないが、わかることなら答えてやろう。」
「あなたがただの小隊長?
ロウがこの車両に乗ってるだけで、ウソだとわかりますが、ありがとうございます、隊長殿。」
人懐こい笑みを浮かべて、ルウエンは、まっすぐにアイシャを見つめた。
人を自在に操る魔眼をもつ“貴族”を相手にするときは、絶対にやってはいけない行為だったが、少年は、まったく気にも止めていない様子だった。
「話は、さっきぶん殴られたところまで、戻ります。」
「すまんな。」
アイシャは、人間相手にそんなことを言う自分に驚いている。
だが、この少年には、彼が単なる血袋ではなく、頼りになる仲間だと思わせる何かが、あった。
「大丈夫です。きいてませんから。」
さらっと腹の立つことを言って、少年は腕を組んだ。
「もともと、『城』はあらたな領地の獲得はできないはずです。バルトフェルはこのあと、施設に損壊を受けた鉄道公社が、奪還し、自分たちの直轄地にするはずです。つまり。ここでバルトフェルに軍を出しても、『城』は、なんの利益もない。」
「正確には違うな。」
アイシャは、つぶやいた。
「欲しいのは領地ばかりではない。『城』は人口過剰だ。バルトフェルから着いた避難民は、帰れるところがあるのなら、バルトフェルに戻りたいだろう。それに、奪還は、鉄道公社の保安部が行うにしても、それに先立って、『城』が一戦交えておくことは、今後の鉄道公社にたいして、ひとつ貸しを作れることになる。」
「それに冒険者を駆り出したんですか。言っては悪いですけど、『それだけ』のことで?
財産や生命が脅かされるのではなくて、鉄道公社に対する発言権を強くするために、ぼくらは命をかけなければならないんですかね。」
「というのは、表向きの理由で‥‥」
「表向き、なんですね。」
少年は身を乗り出した。
「本当の理由はなんです?」
「勇敢な少年よ。おぬしはこの世界の実相をどうみる?
うち続く戦乱は、裏で糸をひくものがいると、もっぱらの噂だ。意図して、あるいは意図せずとも、西域のすべての国家は、知らず知らずのうちに、どちらかの勢力に組み込まれ、いつ果てるとこわからない戦乱に明け暮れている。
すべての争い、すべての破壊、流される血のすべて、奪われる命のすべては、『黒の御方』と『災厄の女神』が手を貸している。
信じようと信じまいと。」
「要は、リウとフィオリナの夫婦喧嘩の代理戦争ってことですよね。まあ、ふたりがぶつかれば、それはそれで、大規模な破壊がおきるので、仕方ないのかもしれませんが、まったくロクでもない。」
「だから、その名をみだりに口にするな!」
アイシャはほとんど悲鳴をあげていた。
ルウエンは。
静かに笑っている。
まったくその表情に変化は無い。
だが、その笑みの持つ意味合いだけが、変わっていた。
驚いたように、少年の目が見開かれた。
「カザリームの冒険者、ですか?」
「質問はひとつずつだぞ、少年。」
アイシャは、牙を覗かせて笑った。
「だが、その質問で少なくともおまえは、異世界からこの世界にやってきた、あるいはどこかの神に召喚されたばかりの存在でないことが、わかった。
その質問には、答えてやろう。
そうだ。かつて、カザリームのトップクラスの冒険者だったアルセンドリック侯爵ロウランだ。」
「それがいったいどうして……」
「それは、ロウ様に直接、きくんだな。わたしにしてもある程度は、お聞きしているが、そこらの事情はたやすく口にすべきでないことは分かるだろう。」
「分かりました。」
ルウエンはそう答えて、明らかに緊張をしていたアイシャをほっとさせた。
「フィオリナとリウが絡んでるんですね。」
アイシャは飛び上がった。
天井に頭をぶつけて、鈍い音がした。
「な、なぜそうなる!」
「それも、質問のうちに入れていいですか?
ロウが、なぜ領主についていないか、などという、重要な秘密についてはペラペラ喋ってくれたのに、アルセンドリック侯爵が、ブレスに巻き込まれた事情だけ秘密にしたからです。」
アイシャは、息を飲んだ。呼吸を必ずしも必要としない貴族には、不適切な例えだがとにかく、そんな表情を浮かべた。
「おまえはいったいなんだ……」
「質問続きはずるいですよ。それについてはロウに直接尋ねてください、とお答えしときましょうか。
もし、よろしければ、お互い、急ぐ必要のない詮索は後回しにして、今回の戦についてお尋ねしたいのですが。」
アイシャは、むう、と唸った。
「……わかった。わたしもこの客車の冒険者を指揮するだけの小隊長にすぎないが、わかることなら答えてやろう。」
「あなたがただの小隊長?
ロウがこの車両に乗ってるだけで、ウソだとわかりますが、ありがとうございます、隊長殿。」
人懐こい笑みを浮かべて、ルウエンは、まっすぐにアイシャを見つめた。
人を自在に操る魔眼をもつ“貴族”を相手にするときは、絶対にやってはいけない行為だったが、少年は、まったく気にも止めていない様子だった。
「話は、さっきぶん殴られたところまで、戻ります。」
「すまんな。」
アイシャは、人間相手にそんなことを言う自分に驚いている。
だが、この少年には、彼が単なる血袋ではなく、頼りになる仲間だと思わせる何かが、あった。
「大丈夫です。きいてませんから。」
さらっと腹の立つことを言って、少年は腕を組んだ。
「もともと、『城』はあらたな領地の獲得はできないはずです。バルトフェルはこのあと、施設に損壊を受けた鉄道公社が、奪還し、自分たちの直轄地にするはずです。つまり。ここでバルトフェルに軍を出しても、『城』は、なんの利益もない。」
「正確には違うな。」
アイシャは、つぶやいた。
「欲しいのは領地ばかりではない。『城』は人口過剰だ。バルトフェルから着いた避難民は、帰れるところがあるのなら、バルトフェルに戻りたいだろう。それに、奪還は、鉄道公社の保安部が行うにしても、それに先立って、『城』が一戦交えておくことは、今後の鉄道公社にたいして、ひとつ貸しを作れることになる。」
「それに冒険者を駆り出したんですか。言っては悪いですけど、『それだけ』のことで?
財産や生命が脅かされるのではなくて、鉄道公社に対する発言権を強くするために、ぼくらは命をかけなければならないんですかね。」
「というのは、表向きの理由で‥‥」
「表向き、なんですね。」
少年は身を乗り出した。
「本当の理由はなんです?」
「勇敢な少年よ。おぬしはこの世界の実相をどうみる?
うち続く戦乱は、裏で糸をひくものがいると、もっぱらの噂だ。意図して、あるいは意図せずとも、西域のすべての国家は、知らず知らずのうちに、どちらかの勢力に組み込まれ、いつ果てるとこわからない戦乱に明け暮れている。
すべての争い、すべての破壊、流される血のすべて、奪われる命のすべては、『黒の御方』と『災厄の女神』が手を貸している。
信じようと信じまいと。」
「要は、リウとフィオリナの夫婦喧嘩の代理戦争ってことですよね。まあ、ふたりがぶつかれば、それはそれで、大規模な破壊がおきるので、仕方ないのかもしれませんが、まったくロクでもない。」
「だから、その名をみだりに口にするな!」
アイシャはほとんど悲鳴をあげていた。
ルウエンは。
静かに笑っている。
まったくその表情に変化は無い。
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