30 / 83
第三章 バルトフェル奪還戦
第30話 作戦会議(上)
しおりを挟む
ルウエンが連れ込まれたのは、列車の連結部分だった。
客車間の移動は、冒険者同士のトラブルをさけるために、禁止されていたので、やってくるものは誰もいなかった。
「いい加減、自分の足であるけ!」
ずっと、ルウエンを抱っこしていたアイシャは、少年を放り投げた。
ルウエンは、転倒することもなく、足から着地した。
アイシャは、顔を顰めた。
この坊やは、少なくとも並以上の体術はもっている。あるいは、見かけ通りの年齢ではないのかもしれない。
“貴族”ではないにしろ、強大な魔力をやどした人間に、老化の遅延が見られるのはよく、あることではあった。
「おまえが、あのパーティのリーダーだな?」
それは質問ではなく、断定だったが、少年は笑って否定した。
「な、わけがないでしょう。どう考えたってルーデウス閣下です。」
「それがどう見ても、おまえだから、わたしも困惑している。」
アイシャの言葉に、少年は髪を書き上げて、首筋をみせた。複数回穿たれた吸血痕は、まちがいなく彼が、“貴族”の犠牲者であることを示している。そして、複数回の訪問がある以上、それはもはや、その“貴族”に魅入られた下僕となったことを意味していた。
「ね? 間違いなくぼくはルーデウスの下僕です。」
「普通、下僕はそんな自己紹介はしない。」
アイシャは断定した。
「おまえは、どう思っているかしらないが、ルーデウス伯爵は、名前の知れたトレジャーハンターだ。拠点にしていた戦乱に巻き込まれて、パーティの維持が難しくなるまでは、所属していたギルドのトップパーティとして、長く活躍していた。
そのルーデウスに欲されて、自我を保てる人間がどのくらいいる?」
「・・・・・」
無言で、ルウエンは笑った。
「ドルク殿から、おまえの名前を聞かされたロウ=リンド様は、政務も会議もほったらかして、おまえと会うことを優先した。
そして、ルーデウス伯爵は、おまえを支配するどころか、おまえに支配されているかのように見える。
人間が、契約によって“貴族”を支配することは、困難であっても絶対に不可能ではない。」
「だって、ぼくは血を吸われているんですよ。」
ルウエンは抗議した。
「ぼくが、閣下に隷属したことに間違いないですよ。」
「魔術的な公式からは」
わざとゆっくりとアイシャは、言った。隻眼が赤光を放っていた。
「血を『与えた』かわりに、代価として『血を吸った』相手を従属化に置くことは、ありえない話ではない。」
「理屈だけの話でしょう?」
ルウエンは抗議した。
「フラスコの中でだけ、成立する化学反応はいくらでもありますよ?」
「ロウさまから伺っている。血を吸わせた“貴族”を従属させる魔法は実在するそうだ。」
「理論上だけでしょう? 使えるものが、ほんとにいるのですか?」
「これもロウさまからの情報だ。
『災厄の女神』が、その魔法を所有している、と。」
ルウエンのかわいらしい顔が、不満げに唇を尖らせた。
「フィオリナが? まあ、それはそうだろうけど。」
アイシャは、唇を噛んだ。
「その名をみだりに口にするな!
その名を口にしてよいものは、ご城主さまとロウさまだけだ・・・・・その名を平然と口にできるおまえは。」
隻眼の赤光が世界を覆い尽くした。
「おまえは、『災厄の女神』のなんだ?」
「アデルは、フィオリナとリウの娘です。」
ルウエンは、短く答えた。答えにはなっていない。だが、紅く染め上げられた世界は、破片と成って砕け散った。
「・・・・それが、なぜここに?」
「知ってる限りのことは、話しますよ。」
あくまで有効的に、そう話す少年の顔は、まるで相手を騙そうとする詐欺師のように魅力的で優しい笑みにあふれていた。
「でも、ぼくからの質問にも答えてください。情報交換しましょうよ、アイシャさま。」
わずかに躊躇ってから、アイシャは頷いた。
「いいだろう。だが答えらないこともある。それは承知しておけ。」
「かまいません。まず、アデルのことを打ち明けたんです。最初の質問はぼくからでいいですね。」
列車は、速度をあげている。
連結部分の小さな窓から、夜明けの光だ差し込んだ。まともに浴びたアイシャだったがまぶしいのか少し顔をしかめただけで、やり過ごした。
「答えられるものならな。」
「じゃあ、まずひとつ。」
ルウエンは指をたてた。
「なぜ、ロウが『領主』ではないんですか? ここは、“貴族”の支配する“貴族”の国です。真祖ロウ=リンドが最高責任者であってしかるべきでしょう?
ギムリウスは、たしかにすごい力をもっていますが、もともとが拠点制圧用の動く軍需工場です。行動パターンがあまりにも人間そっくりの“貴族”の集団を率いるには不向きだ。」
「ロウ=リンドさまの希望だ。」
ためらいつつ、アイシャは答えた。
「ロウさまには想い人がいる。死の寸前に『停滞フィールド』に閉じ込めたアルセンドリック侯爵ロウラン、という。
ロウランを復活させる研究に時間を裂くため、『城』の運営雑務からは遠ざかりたいというのが、あの御方の望みだったそうだ。」
「どんな怪我かわかりませんけど。しかるべき医療設備の整ったところで、『停滞フィールド』を解除して治療にあたれば、問題はないのでは?」
「ミイナは・・・ああ、すまん。これは、アルセンドリック侯爵ロウランの幼名だ。ロウランは、竜のブレスに巻き込まれ消滅するさなかに、停滞フィールドで保護された。停滞フィールドを解除した瞬間、ロウランの体は瞬時に分解する。」
客車間の移動は、冒険者同士のトラブルをさけるために、禁止されていたので、やってくるものは誰もいなかった。
「いい加減、自分の足であるけ!」
ずっと、ルウエンを抱っこしていたアイシャは、少年を放り投げた。
ルウエンは、転倒することもなく、足から着地した。
アイシャは、顔を顰めた。
この坊やは、少なくとも並以上の体術はもっている。あるいは、見かけ通りの年齢ではないのかもしれない。
“貴族”ではないにしろ、強大な魔力をやどした人間に、老化の遅延が見られるのはよく、あることではあった。
「おまえが、あのパーティのリーダーだな?」
それは質問ではなく、断定だったが、少年は笑って否定した。
「な、わけがないでしょう。どう考えたってルーデウス閣下です。」
「それがどう見ても、おまえだから、わたしも困惑している。」
アイシャの言葉に、少年は髪を書き上げて、首筋をみせた。複数回穿たれた吸血痕は、まちがいなく彼が、“貴族”の犠牲者であることを示している。そして、複数回の訪問がある以上、それはもはや、その“貴族”に魅入られた下僕となったことを意味していた。
「ね? 間違いなくぼくはルーデウスの下僕です。」
「普通、下僕はそんな自己紹介はしない。」
アイシャは断定した。
「おまえは、どう思っているかしらないが、ルーデウス伯爵は、名前の知れたトレジャーハンターだ。拠点にしていた戦乱に巻き込まれて、パーティの維持が難しくなるまでは、所属していたギルドのトップパーティとして、長く活躍していた。
そのルーデウスに欲されて、自我を保てる人間がどのくらいいる?」
「・・・・・」
無言で、ルウエンは笑った。
「ドルク殿から、おまえの名前を聞かされたロウ=リンド様は、政務も会議もほったらかして、おまえと会うことを優先した。
そして、ルーデウス伯爵は、おまえを支配するどころか、おまえに支配されているかのように見える。
人間が、契約によって“貴族”を支配することは、困難であっても絶対に不可能ではない。」
「だって、ぼくは血を吸われているんですよ。」
ルウエンは抗議した。
「ぼくが、閣下に隷属したことに間違いないですよ。」
「魔術的な公式からは」
わざとゆっくりとアイシャは、言った。隻眼が赤光を放っていた。
「血を『与えた』かわりに、代価として『血を吸った』相手を従属化に置くことは、ありえない話ではない。」
「理屈だけの話でしょう?」
ルウエンは抗議した。
「フラスコの中でだけ、成立する化学反応はいくらでもありますよ?」
「ロウさまから伺っている。血を吸わせた“貴族”を従属させる魔法は実在するそうだ。」
「理論上だけでしょう? 使えるものが、ほんとにいるのですか?」
「これもロウさまからの情報だ。
『災厄の女神』が、その魔法を所有している、と。」
ルウエンのかわいらしい顔が、不満げに唇を尖らせた。
「フィオリナが? まあ、それはそうだろうけど。」
アイシャは、唇を噛んだ。
「その名をみだりに口にするな!
その名を口にしてよいものは、ご城主さまとロウさまだけだ・・・・・その名を平然と口にできるおまえは。」
隻眼の赤光が世界を覆い尽くした。
「おまえは、『災厄の女神』のなんだ?」
「アデルは、フィオリナとリウの娘です。」
ルウエンは、短く答えた。答えにはなっていない。だが、紅く染め上げられた世界は、破片と成って砕け散った。
「・・・・それが、なぜここに?」
「知ってる限りのことは、話しますよ。」
あくまで有効的に、そう話す少年の顔は、まるで相手を騙そうとする詐欺師のように魅力的で優しい笑みにあふれていた。
「でも、ぼくからの質問にも答えてください。情報交換しましょうよ、アイシャさま。」
わずかに躊躇ってから、アイシャは頷いた。
「いいだろう。だが答えらないこともある。それは承知しておけ。」
「かまいません。まず、アデルのことを打ち明けたんです。最初の質問はぼくからでいいですね。」
列車は、速度をあげている。
連結部分の小さな窓から、夜明けの光だ差し込んだ。まともに浴びたアイシャだったがまぶしいのか少し顔をしかめただけで、やり過ごした。
「答えられるものならな。」
「じゃあ、まずひとつ。」
ルウエンは指をたてた。
「なぜ、ロウが『領主』ではないんですか? ここは、“貴族”の支配する“貴族”の国です。真祖ロウ=リンドが最高責任者であってしかるべきでしょう?
ギムリウスは、たしかにすごい力をもっていますが、もともとが拠点制圧用の動く軍需工場です。行動パターンがあまりにも人間そっくりの“貴族”の集団を率いるには不向きだ。」
「ロウ=リンドさまの希望だ。」
ためらいつつ、アイシャは答えた。
「ロウさまには想い人がいる。死の寸前に『停滞フィールド』に閉じ込めたアルセンドリック侯爵ロウラン、という。
ロウランを復活させる研究に時間を裂くため、『城』の運営雑務からは遠ざかりたいというのが、あの御方の望みだったそうだ。」
「どんな怪我かわかりませんけど。しかるべき医療設備の整ったところで、『停滞フィールド』を解除して治療にあたれば、問題はないのでは?」
「ミイナは・・・ああ、すまん。これは、アルセンドリック侯爵ロウランの幼名だ。ロウランは、竜のブレスに巻き込まれ消滅するさなかに、停滞フィールドで保護された。停滞フィールドを解除した瞬間、ロウランの体は瞬時に分解する。」
10
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる