残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
29 / 83
第三章 バルトフェル奪還戦

第29話 戦場へ

しおりを挟む
まだ、夜は開けていない。
標高の高いところに位置する『城』は、さらに高い山から吹き降ろす冷気にさらされている。

「第26から30分隊は、第5車両だ! もたもたするな。」

怒鳴りつけられて、ルーデウスたちはのろのろとほかのパーティに混じって、列車に乗り込んだ。
流石にパーティごとに座る席は人数分確保されている。

「とっとと、席に着くんだ!」
『統括分隊長』というよくわからない役職の女が叫んだ。
革鎧の上から長いコートを羽織っていた。
片目は眼帯をしていたが、その程度の肉体の欠損などは、修復出来る。様々な神々の恩恵、ひとが作りだした技術は、そのいくつかが失われたもののその程度の業は、まだ残っていた。
つまり、この女はその片目に「なにか」を仕込んでいる。
「いいか! 5号車の冒険者ども! おまえらはこの『氷漬けのサラマンドラ』アイシャが、指揮を取る。」

「偉そうにしているが、実際偉い。」
覆面で顔を隠したロウ=リンドが、囁いた。
「伯爵級の“貴族”だ。『城』は幹部として迎えようとしたが、一介の冒険者として、滞在することを選んだ。
そのほうが、『役に立つ』そうだ。
冒険者としては、探索よりも戦闘より。ここにくるまでは、傭兵団として活躍していた。」

「そこっ! 私語がうるさい。永久に黙らせてやろうか?」

ロウは首をすくめた。
だが、俯きながらも小声でつぶやき続ける

「彼女は、わたしの正体も、知っているし、そもそもここに、彼女たちを勧誘したのもわたしなんだが。そこいらは、わかって演技してくれている。」

そう。
『城』の最高幹部であるロウ=リンドを、一員に加えたルーデウスたち『黄昏の道化師』は、翌朝には、バルトフェル奪還戦に、駆り出されることになっていた。
と言うより、バルトフェル奪還に対して、ロウが手を出したかったために、適当に潜り込めるパーティを探していたというのが、実情だった。

「いいか! おまえらの役目は、敵を蹴散らして、死ぬことだ、わたしの役目はそんなけなげなおまえらをひとりでも多く、生きて連れ帰ることだ。」
アイシャは怒鳴った。
「わたしの言う通りにしていれば、生きて帰れる確率は格段にあがる。進めといったときに進めぬもの。下がれと言ったときに下がれるものはみな死ぬぞ。おまえたちに判断はいらない。ただただ、戦えという命令の通りに戦え!」

返事はなかった。
もともとが、兵士と冒険者は対極の存在である。
ひとりひとりの戦闘力はぬきにして、集団戦にいちばんむいていないのが、冒険者という人種かも知れない。
彼らは、自分たちの判断で戦う。戦わなければいけない場合のみ、戦う。
できれば戦闘そのものは極力さける。
(対象の討伐が目標だった場合はもちろん、別であるが)
そして、叶わぬと見れば逃げ出すのだ。命をかけて、というのは、意外に冒険者から遠い言葉だったりするのだ。

無言の答えに、アイシャは、肩をぐるりと回して、鼻を鳴らした。

返事まではもとめない。

一応、言うべきことは言った。
あとは、生き延びるための努力をどちらの方向にふるかの判断は、各自に任される。

集まった冒険者たちがすわる。その間の通路をゆっくりと、歩く。浴びる視線は、憎悪に満ちたものだったが、アイシャは気にもとめない。
がくん。
と、床が揺れた。

列車が動き始めたのだ。

アイシャがよろけた。
ちょうど、ロウたちのいる座席のそばだった。手すりにもたれかかるのを、ルウエンの手を支えた。

「おまえが、閣下のパーティメンバーか。」
直ぐ側の、ルウエンにしか聞こえない小声で、ささやいた。
「閣下が直々にスカウトしたメンバーだときいているが、足をひっぱったら承知せんぞ。」
ルウエンは、自分より背の高いアイシャを抱き起こすようにしながら、早口にささやいた。
「もともと、『城』は、あらたな領土を獲得することはできません。バルトフェスは、いずれにしても鉄道公社の直轄地にはいります。」

どん。
少年の腹に拳が、めりこんだ。
体をふたつにおったルウエンを、女戦士は素早く抱きかかえた。アデルは、その様子を睨んだが、割って入ろうとはしなかった。


「こいつはうるさい。」
アイシャは、隻眼でロウたちを睨んだ。
「少し、シメさせてもらう。異存はないな?」


ぐったりしたルウエンを担いで、アイシャがさったあと、ロウが、アデルの逞しい肩を叩いた。

「よく我慢したな。」
「・・・・・作戦の打ち合わせもあるんだろう。」

アイシャのパンチは、スイングは大きかったが威力を殺したものだった。ルウエンが悶絶したのも演技である。

「な、なにがどうなって。」
ルーデウスが、言いかけた、その口にロウが、丸薬を放り込んだ。
反射的に飲み下してから、ルーデウスは目を白黒させた。

「わたしの血液からつくった錠剤だ。おまえにかけられた呪いは、一時的にだが、解除される。」
「・・・・?」
「もうすぐ、夜が明ける。ここで灰になって朽ちてしまわれては困るんだ。わたしの血を与えるかどうかは、これからの働き次第だ。」


真祖の血!
ルーデウスの唇が奮えた。
題をかさねるごとに、呪いで弱体化していくのは“貴族”の宿命だ。
だが、真祖の血はそれをすべて、リセットできる。あらゆる“貴族”にとって、真祖の血の一滴は、これ以上ない貴重なものだ。

「ほんとう・・・に?」

「だから働き次第だ。」
ロウは、通路をすすんでいくアイシャとルウエンを、気遣うように見守った。
「なにをやるにも、一捻りしないと気がすまないのか? まあ、カザリームであったときもそうだったが。」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...