残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
27 / 83
第二章 黒金の城

第27話 呪剣グリム

しおりを挟む
アデルの本気の一撃。
それは、つい先日、巨大な竜を頭から尻尾まで断ち割った。

剣に斧の刃をつけたごときに、分厚い、頑丈な剣だった。
その一撃を、少女の肘から飛び出た白い剣が遮った。

ガツン。

鈍い音は、金属と金属がぶつかったのではなく、骨と骨が叩きあったようにも聞こえた。

少女の小柄な体がふっとぶ。
身につけているのは、まるで、病院に入院する患者が身につけるような、簡素な貫頭衣だった。すそがふわりとまくれて、少女の太ももまでがあらわになった。

そこに。
触手がはりついたかのような、黒い線が走っている。

「ばけものが!」
アデルは叫んだ。いや、吠えた。
「ルウエンには、指一本さわらせないぞ!」

「ルウエン? それはウォルトだ。」

少女はいいかえした。

「わたしが、ミトラの街で友だちになったウォルトだ。突然、いなくなってしまって、寂しかったんだ。せっかく会いにきてくれたのに、邪魔をするおまえは・・・・・」

その目が。
額と頬に開いた目がぐるぐると回りだす。

「あの御方の匂いがする。おまえはあの、アウデリアさまの・・・・・」
「うちのばっちゃんに、なんか文句があるのかあああああっ!」

跳躍。
風の魔法など、体を浮かせる魔法は、いわゆる飛翔魔法以外にもいくつかあるが、アデルの跳躍は、純粋に筋肉の躍動によるものだった。

それだけで、天井近くに張り付いた少女に、突進する。

少女は、蜘蛛のように天井を走った。
アデルの一撃が空をきる・・・・いや、剣は天井に突き刺さり、そこを起点にさらにアデルはジャンプした。

この動きは予想外だったのか、避けるまもなく、少女はふたたび肘から飛び出た白い剣でその一撃を防いだ。
だが、その衝撃で、天井からもふっとばされ、落下する。

落下地点には、ルウエンが待ち構えていた。

大きく手をひろげて。

「ウォルト!! どこにいってたんだ!」
少女が抱きついた拍子に、彼女の剣が、ルウエンの肩をかすめた。
苦悶のうめきをもらしたルウエンだったが、歓喜に震える少女は、それに気が付かない。
「人間の新しい友だち・・・・試しまで終わった友だちはたった三人しかいないんだ。わたしはすごくうれしかったんだ。それなのに、急にいなくなってしまって・・・・わたしはとっても悲しかったんだぞ。」

「はなれろ! 化け物、いやご領主さま。」
ラウレスが、人化した古竜ならではの怪力で、ルウエンから少女をひっぺがした。

「なんだ? おまえは・・・・・竜? 竜はもうこの世界にはいないはずだ。」

少女の顔には、もう敵意はなかった。
不思議そうにラウレスを見つめる彼女の顔は、まるでみかけの年相応の童女のようだった。

「何なんだ! おまえは!」

天井にへばりついたまま、アデルがさけぶ。
わずかなでっぱりを指でひっかけるようにして、落下をふせいだその筋力はただものではない。

「なんなんだ、ロウ。この女は。」
まったく同じことを少女は、ロウに問うた。
ロウは、苦笑いをうかべた。
「信じられないことみたいだけど、おまえの思ったとおりだろう。
おい、アデル。
おまえの祖母は、クローディア大公国のアウデリア后妃か?」

「なんで、みんなばっちゃんの名前を知ってるんだ?」

アデルは、言い返した。

「いっちゃわるいけど、わたしが生まれる前に、もうばっちゃんもじっちゃんも引退して、大公位は騎士団長のおじちゃんがあとをついでるんだ。戦にだってずっと出ていない。」

「じゃあ、こう言ったほうがいいか。
おまえの父親は『黒き御方』バズス=リウで、母親は『災厄の女神』フィオリナ=クローディアか。」

アデルは。

泣きそうな顔で、自分を見上げるものたちを見下ろした。

「アデル。降りておいで。」
ルウエンが手をさしのべた。
「このひとたちは、きみのご両親のむかしの仲間なんだ。あの人たちになんの悪意ももってない。」

「もってるぞ!」
ロウが食ってかかった。
「パーティを解散においやって、勝手な戦争をはじめやがって。わたしやギムリウスがどれだけ、苦労しているのか。」

「いやだ!」
アデルは叫んだ。顔はくしゃくしゃに歪んでいた。
「わたしは・・・・違う。わたしは・・・・ばっちゃんの孫だけど、あんな女の子どもじゃない。世界に災厄なんてふりまいてない。わたしはわたしは・・・・・」

「嫌われたもんだな、フィオリナは。」
「まあ。」
とルウエンは、苦しげに答えた。
「毀誉褒貶のはなはだしい人物ですから。」

「フィオリナを知ってるのか?
そこらへんの事情もききたいな。ギムリウスには、ミトラでウォルトと名乗って近づいたのか? ルウエンとウォルト、どっちか本名なんだ? だいたいあれから何年たっている? それなのに少しも年をとってない・・・ルウエン? おいルウエン!!」

ルウエンは、真っ青な顔で、ゆっくりと倒れた。

その体には、たしかに少女・・・・・漆黒城の領主であるギムリウスが、うっかりその白い剣でつけてしまった傷はある。
だが、それはほんのかすり傷のはずだ。現に出血もしていない。かるくひっかいただけの傷だった。


「ルウエン!!!」
飛び降りた。
というか、天井を足場に床めがけて全力でジャンプしたアデルの体は、流星でも落下したような勢いで、床に突き刺さった。
そのまま、ルウエンを抱き起こす。
「どうしたんだ・・・・傷は浅い・・・浅いよ、ほんのひっかき傷だよ。なのに・・・・」
「じ、呪剣グリム・・・・・」

ルウエンはかろうじて、手をあげてギムリウスが、肘からのばした白い剣を指さした。

「かすめただけで、苦痛のあまり狂い死にすると言われている呪剣グリム・・・・だ。」

「きさま!」
アデルの瞳がまた、怒りの焔に燃え上がった。オレンジの髪が逆立つ。怒髪天、というやつだ。

「ごめんなさい。」
ギムリウスは、ほんとにうっかりさん、だったのだ。白い剣は彼女の骨そのもので、ギムリウスは、ルウエン、だかウォルトだかを傷つけるつもりなどまったくない。
会えたうれしさで、思わず、剣をしまいわすれたまま飛びついてしまったのだ。
あわてて、ギムリウスはもう一本、さらに禍々しい剣を取り出した。
「こ。これでなんとか。」

「なんだ、その見るからにやばそうなのは!」

「これは身に受けた傷を性的な快楽に変換してしまう堕剣オーダという。これで、傷をえぐってやれば痛みは相殺される・・・・」
「ギムリウス! 人間の体はそうはなっていない。」

ロウがきっぱりと言った。

「長きにわたって、人間の知己がいないまますごしてしまったせいでおまえは、相当常識からはずれてしまっている。
また冒険者学校からやり直すか?
こういうときは、わたしが血をすってやれば、だな・・・・」

「それも違うだろ!」

ルーデウスが、真っ青な顔で歩み出た。

「わたしが・・・・」
「おまえの出る幕ではないと思う。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...