残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

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第一章 夜の淵を走る

第13話<第一章最終話> 夜を切り裂く

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「スマンが言ってることが、なにひとつわからん!」
ナセルが断言した。
「言葉をそのまま、受け取るなら、ルウエン。
おまえは、あの白骨化した竜から仕える部品を取り出して、新しい竜の体をつくってそこに竜の怨霊を埋めこんで、竜を蘇らそうとしているようにも感じられるのだが。」
「ナセルさん。」

ルーデウスの豊満な胸に抱えられながら、少年は呆れたように言った。
そうだよな、そんなはずはない。なにかの隠喩、たとえとかだよなあ。
と、ナセルは思った。

「そのまんまです。」
「なぜ、そんなことが出来る!」
「確実に出来るかわかりませんよ。まずは、あの白骨竜を撃墜してください、ルーデウス閣下。」

ルーデウスは、まじまじと少年を見返した。
一応、丁寧語だ。
一応、頼んでるような感じで話してる。

だが、実質的には命令だ。
しかも。
ルーデウスはごくごく自然に、その命令に従おうとしている自分に愕然としていた。

「・・・・あ、わたしは2つ以上術を同時に使うのが苦手で。」
「あ、じゃあ、アデルはこっちに引き取ります。」
「いいのか、ルウエン。わたし汚いぞ。」

アデルは、おそるおそるルウエンに掴まった。全身が、竜を切り裂いたときの汚液にまみれていて、ひどいありさまだったが、ルウエンはアデルをしっかりと抱きしめた。

「あの・・・・わたしのほうも支えてほしいんだが。」

ルーデウスは、恐る恐る尋ねた。
ルウエンは、「困った人を見る目」でルーデウスを眺めた。ルーデウスはうつむいて、ごめん、と言った。

「風の魔法で、閣下を上空に巻き上げます。」
ルウエンは空を指さした。
「そのまま、魔法の発射にかかってください。落っこちるでしょうけど、ちゃんと受け止めるので、魔法に集中して。あの子を救えるかどうかは閣下にかかっています。世界にただ一匹の竜ですよ。うまくいけば歴史に残ります。」

うまくいかないと死んじゃうかもじゃん。

と、誇り高き“貴族”は思ったが、不思議と言い返す気にはならなかった。


ぐん。

強い風の塊が、ルーデウスを押し上げた。攻撃魔法に集中するため、飛翔魔法も解除している。

その状態で、夜空高く打ち上げられるのは、彼女にとってもあまり気持ちのよいものではない。
体にまとっていた黒雲と雷槌を失った骨竜は、よたよたと逃げようとしていたのだが、ルーデウスに気がついて、向きをかえた。

このままに逃げられないと悟ったようだった。
半ば砕けた頭蓋の、口を開き、そこに魔力を集中しはじめる。

「大丈夫です! ほんとの“ブレス”じゃありません。最悪バラバラになっても治せます。」

いや、バラバラになりたくないし!

ルーデウスは契約に基づき、かつて友とよんだ竜を顕在化させる。
呼び出せるのは、その構造だけだ。魂はもうとうにこの世界をさってしまった。

鱗に覆われた皮膚は、ごつごつと岩を固めたようだった。色は全体に黒い。
その大きな口をあける。その中にルーデウスはありったけの魔力を注ぎ込む。

骨竜と首だけ竜は、夜空の元で対峙した。

「まずいぞ。骨竜のブレスが先に完成する。」
「あれは、ブレスではありませんって。」
「そんな魔術談義は。」
「だから、ナセルさん。あなたのあの流水の障壁で防げます。」
夜空を引き裂く紫電のブレスが、“貴族”を襲う!
ナセルは、彼女の周りに魔法障壁を展開したが、ブレスは直撃した。
かなりの部分は流せたが。それでもルーデウス伯爵の体が夜空に燃え上がってしまった。

おそらくは、死なない。
“貴族”の不死身性は強力だ。

だが、特別車両の賓客をそんな目にあわせてしまった彼に対する処罰は当然あるだろう。

しかたない。


難民を乗せまくった彼の判断ミスなのだ。それは甘んじて受ける。

ルーデウス閣下の頭上に浮かぶ竜の首。
その口がカッと開いて、雷などとは比較にならないあまりにも強大な力が発射された。

それはルウエン少年が要求した通り、骨竜の頭部から左半身を、文字通り消滅させた。


■■■■■

ふええ。

アデルが変な声を出した。

一応は衝立のむこうではあるが、全裸でバスタブに浸かっているはずだ。

バスタブは、ルーデウスの空間に押し込めたガラクタの中に偶然あった。お湯はアデルとルウエンが、自分たちで沸かしている。

ルーデウスの寝所は、いま大量の食材と、それを茹でる大鍋と、それでなにやらスープを作っているルウレンの作業場と化していた。
もともとの広さではない。空間を拡張して、屋敷の大広間くらいの広さにしているのだが、若干手狭にすら感じたので、ルーデウスは、ベッドを「収納」してしまった。
かくして、ここは、ルーデウスの寝所ですらなくなってしまった感がある。

「できました!」
ルウレンが叫んだ。
湯気をあげるスープは、赤く、濃厚で、いい香りが。たぶんいい香りなのだろう。人間の食べ物については、ルーデウスには興味がない。
大鍋の取っ手をナセルと一緒に掴んで、部屋の外に待機する乗務員に手渡す。

「食堂車両の食器を全部使ってくれ。たぶん、ひとりに一口しか行き渡らんだろうが、明日の夜には『城』に着く。それまでの辛抱だ。」

ナセルは、乗務員に指示した。

いっぱいにスープを入れた大鍋は途方もなく、重かったが、乗務員たちはさすがに、ルーデウスの寝所に足を踏み入れることを拒んだのである。
当然といえば当然であろう。

ルーデウスは“貴族”なのだから。

「よく、これだけの食材をお持ちでした。感謝いたします、伯爵閣下。」
深々と一礼するルウエンを、ルーデウスはジト目で眺めた。

「・・・・まあ、わたしがパーティを組んでいた相手は人間が多かったからな。安いときに買いだめしとくのがコツだな。」

おお、素晴らしい!
と、ルウエンは手をうって褒めてくれたのだが、あんまりうれしくない。
主婦の買い物上手を褒められても“貴族”はあんまり喜ばないのだ。

「ナセル保安官。おぬしが持っているのは酒、か?」
「はい。その。」

ナセルは、棒でも飲み込んだような顔で言った。

「この坊主が、閣下のところから無事に帰ってきたら、いっぱいやる約束をいたしました。まあ、現にいま、閣下のところにいるわけですから、『帰ってきて』はいないのですが『無事』のほうは確認できましたので、いっぱい飲ませようか、と。」
「なるほど。そこにわたしも招待してもらえるのかな?」
「喜んで!」

その答えしかナセルにはなかった。
なにしろ“貴族”であり、特等車両を借りきった大事なお客をこきつかったあげくに、ありったけの食材を用意させて、私室で調理までして。

「うーーー、生き返ったぞ!」

タオルを巻いたアデルが、衝立の向こうから現れた。
体がほかほかと湯気をたてている。まだ濡れた髪が、明るいオレンジの輝きを取り戻していた。

「ルウエン! なにか食べるものはあるか? けっこう激しめの運動をしたからお腹ぺこぺこだぞ?」

「スープは四人分残してある。」

クオオと、子猫ほどのトカゲがないた。いやトカゲではない。小さいながらも翼をそなえたそれは、紛れもない「竜」だった。

「すまない。四人と一匹分だ。あとはなにか肴になるものを。」
「わたしか! わたしに命令しているのか、ルウエン。わたしはおまえの・・・・」

伯爵閣下は言い淀んだ。

「わたしはおまえの・・・・なんだ?」

「ああ、閣下とぼくの間には従属契約が成立しています。」

それはそうだろう。という顔で、ルーデウスは頷いた。

「ぼくが血を与えたことによる契約です。かなり強い契約なので、無理やり廃棄するとかなり苦痛を伴う可能性がありますので、しばらくはこのままで。いや、そんなに我儘とかいいませんから、大丈夫ですよ。」

「なにを言ってるのか、よくわからん。」
ナセルは言った。
「おまえのその言い方だと、まるで、閣下がおまえに従属しているように聞こえるんだが。」

何を言ってるんだろう、このひとは。と言わんばかりの顔で、ルウエン少年はナセルを見つめた。
ナセルは苦笑いをした。それはそうだ。そんなはずはない。血を吸われたほうが吸った貴族を支配下におくなんて馬鹿な話はきいたことがない・・・・


「それは便宜上、そのとおりなんですが・・・・」

ナセルは、酒の瓶を取り落としそうになった。

「・・・お、お前らは何者なんだ!」
「駆け出し冒険者だよ、ナセル。」

アデルが、わしわしと髪をタオルで拭きながら答えた。うれしそうな笑顔をうかべている。
笑ったときの犬歯がまるで、牙のようにみえた。
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