上 下
4 / 83
第一章 夜の淵を走る

第4話 ルーデウス伯爵

しおりを挟む
部屋は、真っ暗だった。

生身の人間は呼吸もするし、体温もある。また生きている以上、長時間、まったく動かずにいることは不可能だ。
それらを称して「人の気配」と呼ぶのだが、それがまったく感じられない。
ただ。
ここは、使用人用の寝室のはずだった。
当然、考えられる仕様としては、二段ベッドに、文机。それでいっぱいの小さな部屋のはず。

それがはるかに広大な空間に感じられるのは、なぜだろう。

「灯りを点けてもよろしいでしょうか、伯爵閣下。」

ルウエンの口調は丁寧であったが、ふつう、従属化におかれた人間は、そんなことを聞かない。
身も心も、“貴族”の虜になって、相手の思うがままに行動するだけだ。
ときにはある程度、自分の意志で行動しているように見える場合もあるが、それは「そう見えるように」主が指示しているだけなのだ。

ポウ。
アデルの右手に、光が点った。ライトの魔法。初歩の魔法ではあるが、まったくの無詠唱はこの魔法についての熟練度の高さを物語っている。
ちなみに、呼びかけられた伯爵の返答を待っていない。

作られた灯りは、部屋を照らすには、十分なはずだったが、鈍い光はふたりのまわりにしか届かない。
床は、いままでの絨毯バリではなく、板張りのままで、あったが、それがどこまで続いているのかはわからない。
闇はとんでもなく、深く。ふたりの周りを包み込んだ。

ふわ。
柔らかな光が部屋を満たす。

アデルは、驚いたように足を一歩ひいた。
並の部屋ですらない。客車の中ではありえない。ほとんど広間とよんでもいい部屋だった。
板張りは、入口近くのごく一部のみ。残りは石畳がしきつめられていた。石畳に使われたそのきれいな文様のはいった白いは、北方のクイグル産の高価な代物。天井はたかく、そこには吊るされたシャンデリアは、まったく温かみのない青い光を発している。

それでもまだ、部屋は薄暗いくらいであったが、そこにはルウエンも、アデルさえも文句をつけなかった。

「ありがとうございます。伯爵閣下。」
ルウエンは部屋の奥の方にむかって頭をさげた。

そこには天蓋のついた一角があり、そのそばには丸いテーブルと、椅子がふたつならべられており、そのうちのひとつに座った女性が手をあげた。

「わたしは、おまえを呼んだのよ、ルウエン。」
女伯爵ルーデウスは、真っ黒な夜着のままであった。“貴族”に年齢をどうこう言うのは適切ではないだろうが、すくなくとも老け込んでいるようには見えなかった。黒い夜着のは、レースをふんだんにしようしたもので、ルウデウスの見事な曲線を描く肢体を、その曲線はおろか、艷やかな肌でさえもほとんど隠していなかったのだから。

「はい、閣下。ナセル保安官に案内してもらいました。」
「そっちの女はなに。」
ルーデウスは、アデルにむかってあごをしゃくった。

「ぼくと一緒にパーティを組んでるアデルです。」
「わたしは呼んでいないぞ、ルウエン。」

ルーデウスは、“貴族”としては、特に短気でも凶暴でも、いや怒りっぽくさえなかった。
そんな彼女でも従属化においたはずの人間が、ここまで好き勝手にするのをみるのは初めてであり、当惑と怒りはかくせない。

「わたしはおまえにひとりで来い、といった。」
「アデルは女の子なので、あの混乱した列車の中でひとりで置いてくるわけには、いかないからです。」
「ルウエンはまだ子供で、弱っちいので、ひとりで行かせられない。」

被せるように、アデルは言った。人間にとって“上位種”にあたる“貴族”を前にして、多少緊張こそしているが、怯えてはいない。

「まあまあ。」
ルウエンは、ふたりの間にたって。とりなすように両手をあげた。
「別に敵同士になるかどうかは、まだわからないんだし、仲良くやりましょうよ。」

「100%おまえのせいだがな!」(✕2)

ふたりの女は同時に叫んでいた。


「バルトフェルの人々を救っていただき、ありがとうございます。」  

席に着くなり、にこにこと、愛想よく笑うルウエンに、ルーデウスは手を伸ばした。
たおやかに見えた手は、黒い鉤爪を備え、骨ばった醜い手にかわっていた。ルウエンを見つめる瞳は深紅に燃え、脣を突き破って犬歯が牙のように伸びている。

アデルが、腕を掴む。

ルーデウスは、アデルを見つめた。
アデルは、濃い茶色の瞳で、ルーデウスを見返した。
口元には、野太い笑み。つり上がった唇からは発達した犬歯が覗き、まあ、こちらもよく言って、血に飢えたケダモノのようではあった。

「どけ! 女!」

同型の種族が、その上位種に命令されると、その自由意志を剥奪され、相手の意のままになってしまう、という。
“貴族”は、人間にとって、まさに、そういった存在ではあったが、アデルは抵抗した。
ルーデウスは、自分を掴むアデルをふりはらおうとした。
だが、失敗した。

アデルの腕は、万力ででも締め付けたかのような力で、ルーデウスの力に拮抗していた。

“貴族”の膂力は、一説には並の人間の十倍に達するという。そのルーデウスの腕力を押さえつけながら。その赤光を放つ瞳を覗き込みながら。

アデルは、笑っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

元社畜が異世界でスローライフを行うことになったが、意外とそれが難しすぎて頭を抱えている

尾形モモ
ファンタジー
 ブラック企業勤めの社畜としてこき使われ、その果てに過労死してしまった斉木英二。そんな時、運命の女神の粋な計らいによって「異世界転生しスローライフを送ることのできる権利」をプレゼントさせる。  これで楽しいスローライフの始まり! と思ったが意外にもスローライフは大変なようで……? ※第4回次世代ファンタジーカップ参加作品です! 皆さま応援よろしくお願いします!

異世界でドラゴニュートになってのんびり異世界満喫する!

ファウスト
ファンタジー
ある日、コモドドラゴンから『メダル』を受け取った主人公「龍河 由香」は 突然剣と魔法の世界へと転移してしまった。 メダルは数多の生物が持つことを許される異世界への切符で・・・! 伝説のドラゴン達の加護と武具を受けて異世界大冒険!だけど良く見たら体が?! 『末永く可愛がる為って・・・先生、愛が重いです』 ドラゴニュートに大変身!無敵のボディを駆使して異世界を駆け巡る! 寿命が尽きたら元の世界に戻れるって一体何年?ええっ!千年以上?! ドラゴニュートに変身した少女が異世界を巡ってドラゴン達を開放したり 圧倒的な能力で無双しつつ尊敬を集めたりと異世界で自由にするお話。 ※タイトルを一部変更しました。ですがこれからの内容は変えるつもりありません。 ※現在ぱパソコンの破損により更新が止まっています

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...