残酷な異世界の歩き方~忘れられたあなたのための物語

此寺 美津己

文字の大きさ
上 下
3 / 83
第一章 夜の淵を走る

第3話 招かれるもの

しおりを挟む
「ただの駅員さんなんですか?」
ルウエンは、彼を案内する男に話しかけた。

通路にも、人が座り込んでいる。倒れ込むようにして、眠っているものもいる。

行き先が不安なのだろうか。
すすり泣く声もけこえた。

手を持ったランプで、床を照らして、足場を確保しながら、彼らを、案内する駅員(乗務員?)は、一見するとそろそろ初老といってもいい少しくたびれた外見だった。

「俺のような立場は、保安官という。」
言葉は丁寧では無いが、ルウエンの質問にもきちんと答えてくれた。
「列車の運行の安全確保が、仕事だ。途中、難民を乗せたのは俺の判断だ。まさかバルトフィルまで、戦火が及んでいるとは思わなかったが。」
「ルーデウス伯爵ってどんな方です?」

足を止めて、保安員は、ランプを掲げた。
オレンジがかった灯りのなかで、少年は静かに微笑んでいる。
疲れた様子ではあったが、目に光がある。
きちんと自分の意志をもった人間の表情だった。

首筋の二痕の傷は、間違いなく“貴族”のくちづけをうけたものだった。

「閣下の“ご寵愛”をうけたおまえが、それを尋ねるのか?」
「ご寵愛!!」

一緒についてきたアデルが、吐き捨てるように言った。
ついてくるなと、いってもこの少女は言うことを聞かない。

「なにが、“ご寵愛”だ。×××風情が聞いて呆れる……」
「アデル。ぼくらは伯爵のご好意で、列車に乗せてもらってるんだよ。」

保安員が止める間もなく、ルウエンがアデルの悪態を止めさせた。
基本、この少女はルウエンの言うこと以外は、きかないようだった。

腕はいいのかもしれない。
だが、あまりにも若すぎる。経験をつまないままの自信は、過剰に膨れ上がっていて、それはいつか身を滅ぼす。

そう。早ければ今晩あたりに。

「アデル、とか言ったな。繰り返すが、おまえは呼ばれていない。今からでもいいから、引き返せ。」

ルウエンの笑みが嬉しそうなものに変わった。
彼にはわかったのだ。
保安員が、若い二人の身を案じてくれていることが。

「閣下のことをもっと知りたいのです。保安官さん。」
「ナセルだ。鉄道公社西部管理局保安部のナセル。」
「ナセルさん。閣下のことを教えてくれませんか。」
「いまさら? おまえと閣下は・・・・」
「ぼくは、もう閣下とはですから。」

ルウエンは、しゃあしゃあと言った。かわいらしい顔の美少年の彼がそんなことを言うと、猫がすねたようにも見えた。

「第三者のお話も聞きたいのです。閣下はどんな方ですか?」

ナセルは肩をそびやかした。

「お客様の個人情報については、我々には、守秘義務があるのでな。」
「それじゃ、ひとつだけ。」

ルウエンは、指を一本出した。

「伯爵閣下とナセルさんは、どっちが強いんですか。」

熟練の鉄道保安官のごつい顔が強張った。

「ばかな。相手は“貴族”だ。」


背中をみせて、ナセルは、歩を進める。
ルウエンは、アデルを振り返って、にやっと笑った。



通路に寝転んだ避難民を避けながら、特別車両にはいる。解除用のキーは、腰に下げた短剣の柄と解除呪文だった。
本当なら、ここにも人を配置するところだが、鉄道も人手が不足しているのと・・・。
客車の主が“貴族”であることを考慮しているのだろう。

“貴族”である以上、衝動的な暴力行為、吸血衝動とは無縁のはずではあるが、それは建前であって絶対ではない。
そんなときに、自分で自分の身を最低限守れない一般の乗務員は、近づけるべきではない。

特別車両の床は、すべて分厚い絨毯が敷き詰められている。
灯りは、弱々しい光の魔法を使ったランプだ。

壁には、ところどころ美術品が飾られ、まるで、高級なホテルを思わせるつくりだったが、通路のそこここに、バルトフェルから乗り込んできた避難民がごろごろしているため、いまは高級感とは無縁である。中は、リビングや談話室、複数の寝室などに別れているが、いまはそこも避難民が使っていた。

奥まった一室は、本来は使用人用のもののようだった。
扉の装飾もあっさりしたものだったが、ここを客車の主が使いたがった理由は明白だ。
ここには、窓がなく、朝がきても陽光が差し込む恐れがない。

ナセルは、ドアをノックした。

「お呼びの少年をお連れしました。」

少し間があって。
ガチャリ。
鍵の開く音がした。

「ここからは、おまえひとりだ。ルウエン。」
ナセルは少年に向かって言った。
「おまえが、冒険者学校に通っていたのなら、“貴族”について充分、学んでいたなら、こうなることはわかっていたはずだ。バルトフェルの民を救うためにおまえがとった行動には敬意を払う。いくらそれが軽率で、愚かな行いだったとしても、だ。
いつの日か。
おまえが、理性のある存在にもどれたときは、酒でも酌み交わしたいものだな。」

ルウエンは、にっこりと笑って、ごそごそと懐から銀貨を取り出した。

「これで、なにかお酒と肴になるものをご用意しといてください。あ、ぼくもアデリアも未成年なんで、強いお酒はダメですよ。」

「あのなあ。」
話がどうにも噛み合わない。ナセルは、少年の顔を穴のあくほど見つめた。
「これから、何回かけて、あるじがおまえを吸い尽くすのかはわからない。だが、おまえは気に入られているようだから、いずれ閣下の眷属となるのだろう。そうなる可能性はとても高い。
だが、眷属になって、すぐのおまえは、単なる血に飢えた獣だ。言葉を取り戻すのに五年はかかる。人の血をすすりたいという衝動をおさえて、なんとか会話がかわせるようになるまでに、最低でも十年だ。
おまえと酒を酌み交わせるのは、そこからになる。
さらに“貴族”と呼ばれるようになるのは、その百年後・・・・
おい、まて!」

ナセルが慌てたのは、ルウエンがドアノブを回して、ドアを開け、アデルとともに中に入ろうとしていたからだ。

「閣下が呼ばれたのは、おまえひとりだ。その女・・・・アデルのほうは置いていけ。わかっていると思うが、その場で死ぬか・・・・おまえのように吸われるか。
いずれにしても犠牲者が増えるばかりだぞ。」


ルウエンは、振り返ってにっこり笑う。
言葉にはしないが、その笑みの意味は、ナセルにはなぜかよくわかった。

“気を使ってくれてありがとう。”

の意味だ。
いや、そうじゃなくて。

「伯爵閣下。」
ルウエンは、暗闇のひろがる闇の中に声をかけた。
「ルウエンです。遅くなりました。ぼくのパーティ仲間のアデルが一緒です。入ってよろしいですか?」

闇は、わずかに躊躇ったように沈黙した。やがて聞こえた声は、廃墟になった街をふきぬける風の音に似ていた。

“入れ。”

ナセルは、愕然として、ルウエンを見守った。血を吸われて従属化におかれた人間の要望を、“貴族”が聞き入れる。そんな馬鹿な。
いや、それ以上に、要望を伝えること自体がありえないことなのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...