上 下
1 / 83
第一章 夜の淵を走る

第1話 最悪の交渉

しおりを挟む
「もう、この便は満員だ!」
駅員が叫んだ。
「次の便が明日の昼に着く。それを使ってくれ。ここにはもう乗れない。」

列車に乗るために、駅に詰めかけていた人々は、およそ200名。その全員から、一斉にため息がもれた。
がっくりとうなだれるもの。ひざまずいて、泣き出すもの。

「ククルセウの軍勢は、もうヤンガの砦を落としたんだ。」
多少、ほかのものより、マシな身なりをし男が駅員に詰め寄った。
「おそらく、夜のうちに軍の再編成を整えて、明日の朝には、この街に攻め寄せる。」

「街を焼かれたくないのか?
なら、いいことを教えてやる。大急ぎで、ククルセウの勝利を祝うノボリを作って、街中に立てるんだ。それから、酒蔵をあけて、やって来た兵隊どもをタダで飲み食いさせろ。」

「ふ。ふざけるなっ!」
顔を真っ赤にして男は怒鳴った。
「ククルセウのやつらを、尻尾を振って迎えろ、と言うのか。そんなことが出来るものか。」

「なら、剣をとって戦うんだな。」
駅員は冷たく言った。
「武器は、逃げた守備隊が置いておいたままのものが、まだあるだろう。誇りをもって、生命を投げ出すのは、心象としては悪くない。何日か足止め出来れば、むこうから、講和を持ちかけてくる。やつらもそうそう馬鹿じゃない。ヤンガだって、進撃しすぎなくらいなんだ。ここを長期占領しようとしても、物資が滞って、孤立したあがくに全滅の危険すらある。
この街をいったん形だけでも勢力圏に収めれば、勝利宣言だけして、そうそうに撤退するだろう。」

男は振り返った。
戦えるものは、全体の半分、いや三分の一。ぎりぎりまで、逃げ遅れた街のものは、女子供連れや、老人が多い。

戦は様変わりしている。鎧兜を身に着けて、えいえいおうと声をあげれば、なんとかなる時代は、半世紀まえに終わった。
しかるべき訓練をうけた専門家が、隊を組んで行うものが、現代の戦だ。そこに素人が、入り込む余地はほとんどない。


「別に席にすわらせなくてもいいのでは?」

冷静、というより、のんびりした声だった。
駅員と男は、声の主を振り返った。

まだ若い。いや若いというより、こどもだった。
見かけは、十代の半ば。もちろん、戦乱の世ではそんな年で戦場に駆り出されるものも少なくはない。
だが、少年は兵士には見えなかった。

革製の鎧は、それをずっときたまま旅のできる軽装のもの。華奢な体をボロいマントが覆っていた。

「冒険者のルウエンっていいます。その列車、詰めればまだここにいる人間くらい乗せられるのでは? 別に床に座ってもいいのだし。」

「わしは、この街を預かる代官で、男爵位をもつフェリベリックという。」
男は、自己紹介をした。探るようにルウエン少年を見つめる。
「男爵閣下。」
ルウエンは、胸に手をあてて、一礼した。略式ではあるが、それなりに礼にのっとった作法であり、年齢のわりには世慣れたものを感じされた。

「いかがでしょうか、駅員さん。なんとか押し込めば、この程度の人数は。」
「それは、考慮のうえだ、ルウエン坊や。」

駅員は。
厳しい目で、ルウエンを睨んだ。彼にしても断腸の思いがあるのだろう。

「実は、ここまでのいくつかの街で、難民をしこたま乗せている。通路も、棚まで人でいっぱいだ。これ以上、詰め込むのは運行に支障がでる。」

「客車の屋根はいかがでしょう?」
「途中、高さが天井すれすれのトンネルを通る。急なカーブもある。それを考えれば徒歩で避難するのをおすすめするね。」

ルウエンは、じっと列車に目をこらした。
大半は、黒く塗られた一般車両だったが、一両だけ、銀白色に輝く特別車両があった。

「あれは?」
と、ルウエンは言った。
「あそこは、一両貸し切りの特別車両のはずです。何人で使っているのかはわかりませんが、あそこを使わせてもらえば。もう目的地までは、一日か二日のはずですし。」

「貸し切り車両は、借りているものがいるから、貸し切り車両なんだ。わかるか、坊や。」
「わかります。それと一応、まだ冒険者学校の学生ですが、駆け出しとはいえ、冒険者資格はもってます。坊やはちょっと勘弁してください。」

駅員は、ため息をついた。
「いいぞ、。おまえの言ってることはもっともだ。借り主に交渉して、人道的見地から、この町の住民の避難に協力してくれと頼んで見る価値はあるかもしれないな。」
「だったら」
「借りているのが、一言頼んで見る価値はあるさ。」

ルウエンは。
フェリベリック男爵も、黙ってその車両を見つめた。

たしかに断られるかもしれない。そして、車両一両を借り切って旅をする以上、その主は、相応の大物なのだろう。
だが、頼むこともできない、とは。「人間なら頼んでみる価値はある」と言ったにも関わらず、頼めないとは?

「“貴族”なのか?」

絞り出すような小さな声で、男爵はそういった。
駅員はうなずいた。

「交渉するなら、止めはしない。そのくらいの時間は待ってやる。そろそろ、日も落ちるし、閣下もお目覚めになるころだろう。
・・・・・どうする?」

男爵は下をむいた。

「・・・・わかった。足腰の達者なものは徒歩で避難させる。旅が難しい年よりと子供は、地下室にでも隠れてククルセウの軍をやりすごすことにする。
まあ、金目のものは根こそぎやられるだろうが、うまくすれば火はかけられないかもしれない。」

「ぼくが、話をしましょうか?」

ルウエンは、あいかわらず、のんびりと言った。

「そうだな。」
駅員は唇を歪めた。世間知らずの少年を冷笑するかのようだった。
「伯爵閣下は、おまえくらいの坊やが好物だ。顔立ちも閣下の好みだろう。うまくとりいれば、おまえは列車に乗れるかも知れないぞ?」

ルウエンは、彼の後ろで腕組みをする仲間を振り返って言った。
「それこそ、ぼくとアデルは、徒歩でもここから逃げられます。」

ルウエン少年の連れは、同じくらいの年頃の少女だった。
燃えるような明るいオレンジ色が鬣のように見えた。まだ、成熟はしていない少女であるにもかかわらず、その佇まいは、危険きわまりない肉食獣を思わせた。しっかり鍛えこんだ筋肉の盛り上がる体は、前衛の戦士のもので、鎧が簡素で胸の谷間が見えなければ、こちらも男の子に見えた。

「でもぼくらの目的地も、この列車の行き先と一緒なので、もし乗せてもらえるなら助かります。まあ、話をするだけはしてみましょう。“貴族”さまにお取次ぎを願えますか?」
「ルウエン。」
燃える髪の少女は、言った。背は小柄なルウエンよりも少し高いくらいだったが、下から覗き込むように少年を睨めつけた。
「わたしが、話をしようか?」

「きみが?」

驚いたように、呆れたようにルウエンは冒険者仲間の少女を見つめた。

「きみが交渉するって?」
「そう。」
アデルは、腰の剣の柄を叩いた。
「これは、誰とでも交渉できる便利な道具だ。」

「ぜったいダメ。」
ルウエンは、きっぱりと言った。
「これから行くところを考えろ。ここで、“貴族”様と揉め事は起こさない方がいいだろ?」

アデルは、むっとしたようだったが、ルウエンの言葉に理があるのと思ったのか引き下がった。

「なにかまずいことがあったら、助けをよべよ。」
女性ではあるが、アデルは明らかに、ルウエンを格下、自分が守ってやるべき相手とみなしているようだった。
あるいは、冒険者としては彼女のほうが先輩なのかもしれない。

ルウエンは笑って、手を振った。そのまま、駅員に連れられて特別車両にむかった。


日が急速に傾いていく。

まった時間は、それほど長くはない。
おそらく半時間もたっていないだろう。
だが、アデルや、避難をまつ町の人々にとってはとんでもない長い時間に感じられた。

やがて、夜の帳が訪れ始めたころに、ルウエンは、戻ってきた。薄暗い光のなかでもその足取りはふらつき、顔に生気がないのがわかった。

「ルウエン! 大丈夫か、おまえ・・・・」
駆け寄ったアデルは、ルウエンを覗き込んだ。
そして絶句した。

「大丈夫だよ、アデル。男爵閣下。
ルーデウス伯爵閣下は、この街の人々の避難にご協力いただけるそうです。特別車両の寝室以外のスペースを解放してくださいました。」

ルウエンの顔色は、蒼白で。
手で抑えた首筋から、血がしたたっていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...