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それでは、アキルはルトにまかせます

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鉄板焼きの店「神竜の息吹」は今日も繁盛している。

実際、メイリュウやラウレスのコネがなければ、予約をとるのは難しかっただろう。
一行はとにかく美味しいものでお腹を満たしたあと、落ち着いた個室に案内された。元ラウレスの部下だった「竜人」が作る飴細工をのせたケーキに、お茶が運ばれてくる。

「いやあ、ラウレスは腕あげてるよ。焼き加減もパフォーマンスもすごいけど、あのソースはなに?
あんなのは王都のどんな名店でも出してない。」

フィオリナは、上機嫌だ。
もっとも・・・・ラウレスの料理を目の前にして不機嫌でいられるヤツは少ないだろうと思う。

「・・・ろくにんめが・・・」

ルトの声はうつろ、だ。
ルトの思惑では、この戦いを通じて、フィオリナの凄さをみんなに見せつけて、正規パーティメンバーをここで固定させるつもりであったのだ。

それはうまくいっていた。
最後の最後に、邪神ヴァルゴールが「踊る道化師」に参加したいなどと言い出さなければ。


ギムリウスは、この意外な展開に、ちょっと首をかしげたあと。にっこり笑って。

「うむ。これにて一件落着!
では、アキルのことはルトにおまかせしますね。」

と言って、会をお開きにしてしまった。


もちろん、裁判っぽい雰囲気はギムリウスが、その日授業で習った「宗教裁判」をやってみたかっただけであり(しかも「宗教裁判」の意味はぜんぜん違っていた。「宗教裁判」は神さまが被告人になるから宗教裁判ではないのだ)、ヴァルゴールが彼ら「踊る道化師」に近づいた理由がわかればそれでよかったので、趣旨としてはまったく間違ってはいない。

ヴァルゴールがなんらかの悪意をもって、彼らに近づいたのなら、彼らは立ち向かっただろう。それだけの力が「踊る道化師」にはあったし、あるいは、必ずしも悪意でなくても、例えば己の使徒にメンバーをスカウトするのが目的だったりしても彼らは戦う道を選んだであろう。

だが、ヴァルゴールの意志は、人間として暮らすこと、パーティメンバーとして彼らの仲間になることだった。

これならば「戦う」ほどのことではない。

リウやアモンはそう判断したし、その判断は正しいのだ。
だが。
「踊る道化師」の正規メンバーを固めたかったルトには完全に敗北感しかなかった。
落ち込みようが酷すぎたので、フィオリナが音頭をとって、「ルトを甘やかす会」を企画し、とりあえず、ルトがいちゃいちゃしたさそうな女の子だけを集めてこの会を開いたのだった。

「できるだけ、肌が見えるかっこうで」
という残念仮面らしい発想で、フィオリナ自身は残念仮面のスタイル(仮面はさすがにおいてきたが)、ドロシーは例のギムリウスのボディスーツ、ようやく身体の修復が終わったロウ=リンドは、裸の上にいきなりジャケット、バストトップだけをシールで隠すというやばさで、店の入口で止められて、白いシャツを羽織らされた。

「いいニュースだってあるんだぞ!」
フィオリナは、実はルトが酔っ払ったところをみたことがない。アルコールを「酔う」まえに分解してしまうことなど、容易いことだったが、それでもフィオリナには「酔い」たいときもあった。
ルトの顔を抱きしめるようにして、胸元に引き寄せた。

「フィオリペのオッサンが、『不死鳥の冠』のギルドマスターを引き受けてくれた!
ゴウグレに歯が立たなかったんで、さすがに現役は無理だと悟ったらしい。」

フィリオペは、フィオリナやルトが幼い頃に世話になった『不死鳥の冠』のギルドマスターだった。ランゴバルドの銀級冒険者だったが足を悪くして、引退し、北のグランダで、何年間か、ギルドマスターを務めたのだが、足が治ると現役に戻ると言って街をさった。
そのフィリオペが再びギルドマスターを引き受けてくれるというのだ。
そうすれば、ミュラは不死鳥の冠を辞めて、財務卿の依頼通りに、グランド・マスターの地位につくことができる。

「思ったよりも早く合流ができそうだ。王族の特権を使ってランゴバルドのギルドに鉄級以上で登録させるから、そうしたら、もう冒険者学校ともおさらば出来る。」

「そうそう、うまく行くかな。ルトも、リウも、アモンもけっこうランゴバルド冒険者学校にがっちりハマってるんだぞ。」
ロウが、ケーキのお替りとカクテルを注文しながら言った。

酒も食べ物も嗜好品のはずなのだが、よくはいる。

「言い換えれば、いままさに『踊る道化師』は、ランゴバルドに対する聖光教会の影響力の排除というクエストを決行中なんだ。
依頼料は、毎月の奨学金くらいだけど、な。」
そのまま、ドロシーの肩を抱いて抱き寄せると、ドロシーはキャっと言って赤面した。

「それにこの子の問題もある。ボルテックにこのままくれてやるのか?」

「そうですよ。わたしもせっかくの学校生活をもうちょっと楽しみたいし。」
アキルが、フルーツジュースをストローでチュウチュウしながら、言った。

・・・・

そう。
元凶の勇者アキルこと邪神ヴァルゴールもこの宴席にしっかり参加していた。

「なんでいる?・・・」

「逆にどこにいたらいいですかね、わたし。」
アキルは問い返した。
「魔王、神竜、真祖吸血鬼、神獣・・・・で邪神。ほらこれなら違和感はそんなにないでしょ?」

「・・・・」


「だから、わたしはあなたたちの側にいるのが、少なくとも現世ではいちばん座りがいいんだってば!」

「そんな勇者歌劇の見すぎ、読みすぎの少年みたいなチームはヤだ。」

「泣き言はいわないの!」

アキルは、ルトの背中をばんばん叩いた。

「それにこのメンバーならもしわたしになにかあっても・・・止められるでしょ?」

ルトは、顔をあげた。

「ルトくんが言ってたんだよ。
『誰かが暴走しても誰かが止める。仲間というものは、そういうふうに出来ている。』ってね。

だからわたしはここにいることに決めた。わたしはあなたといたい。これからもずっと。」

アキルは頭をさげて、ルトに手を差し伸べた。

「よろしくお願いしますっ!」

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