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第32話 新たなる“12使徒”

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魔道列車の交通網は、西域「ほぼ」すべてを網羅しているものの、すべてではない。
ステーションはすへての街にはなく、また施設にかかる膨大な投資から、次の駅をぜひわが町に、と名乗りを上げられるところも少なかった。
実際、ランゴバルドにも駅はランゴバルドひとつしかなく、国内外あるいは近隣の国々との街道も充分、整備されている。
整備されている、というのは、少なくとも地面が舗装されていて、機械馬6頭立て以上の馬車が楽にすれ違える広さのある平坦な道がある、という意味だ。

馬車による定期運航も行われているが、料金はそれなり、だ。あまり裕福でないものは、徒歩で移動することも多い。というか、それが一般的だった。

徒歩での移動ともなれば、休息を、とる場所も必要となる。
機械馬用のそれは、メンテナンスや場合によっては馬の取り替えも行えるかなり大規模なものになりがちだが、徒歩の客相手ならそれも必要ない。
せいぜい、湧き水があればあとは、掘っ立て小屋に座椅子を並べ、湯でも沸かして、雑穀をついてまるめた団子に蜜でもかけて、名物でござい、とやっていれば客はそれなりにはいる。

この日、旅の男が訪れたのは、その、それなり、のほうであった。
背の荷物は、大きい。
かなりの重さもあると見えて、急な登り坂も一段落するこのあたりで、休息をとろうかと思ったのだ。

先客はふたり。
雑嚢を斜め掛けした使走人と呼ばれる、主にだいじな書類などを配達する大きな街にはかかせぬ職業。
なによりも信用第一の仕事なので、足は早く口は重く、さらにいざというときにはそれなりに腕もたって、となると、人も限られる。

もうひとりは、その護衛らしい。女性の冒険者だった。
鎧は斜めの胸当て、膝当て、肩当て程度の軽装だが、これは使走屋と並走するためには仕方のないことだろう。
街から街へ、の使走は機械馬馬車を使うことが多いため、珍しい。
ただ、この街道は、馬車の通れぬ間道を使うことで、大幅に距離を短縮できる。

行商人らしき男も、使走人もその護衛も、それが目当てであろう。
互いに軽く会釈をすると、団子と茶を注文した。

「ランゴバルドへ行かれるか?」
と、使送人が尋ねた。
「そうですな。」
愛想良く、行商人は答えた。
大きな包みをポンポンと叩く。
「こいつを買い取ってもらおうかと思っております。地元ではなかなか値がつきません。」

「ランゴバルドの街はいま、入国制限がかかっているぞ。」
と、使走人が言うと、行商人は怪訝そうと首を傾げた。
「そのようなふれは、なにも見かけておりませんが」
「大っぴらにではない。
実はな」
使走人は、声を低くした。
「かの邪神ヴァルゴールがランゴバルドで血の祭典を催すらしい。」
「それは物騒ですな。」
と、行商人は言った。だが、緊張した様子は伺えない。
その昔は、血の祭典は、文字通り流血の量を競う殺戮の祭典であった。一つの街が消滅し、国が滅び、民族がこの世から消えてなくなる。
そんなこともあったときく。
だが、今日では、ターゲットは前もって絞られる。それは政府の要人であったり、特定の貴族であったり。ときには、特定の区画、集団をターゲットにすることもある。それは的にされたものにとっては悲劇であったが、逆にヴァルゴールの「使徒」に対する対策をうつことも可能にした。
「して、今回の『的』はどちらでしょう? まさかランゴバルド全体に無差別に殺戮をふりまくものではありますまい?」

「ふむ。よく学んでおるな。今回は、ちとユニークだ。
目標はランゴバルド冒険者学校。」

「これは、なかなか。」
行商人は目を細めた。
「面白いところをついてきますなあ。」

「ずいぶんと事情通のようだ。」
使送人も笑う。
「どこが面白い?」

「ランゴバルド冒険者学校は、授業料から寮費、食事まで公費負担の学校です。
いわば、生徒は国に養われている存在。
彼らについては、法の庇護が弱いのは、諸外国にも周知の事実。
まして、冒険者の卵ならば己の身くらいは己で守れ、という声も上がって参りましょう。

一方で、守ろうにも生徒数は四千を越える大所帯。

わたしがランゴバルドの治安官ならば、ある程度の犠牲がでるのは計算づくで、使徒を特定して抹殺する方を選びますな。」

「まったく同じ意見だ。」
使送人は茶碗を目の高さのあげながら会釈をした。
相手の意見に賛同、あるいは敬意を表す際の西域共通の仕草であった。
「まあ、そんなわけで、ランゴバルドの街は、普段ならまったく問題にもならない『通行許可証』なるものの需要度がえらく高いものになっているんだ。

持ってるかい?」

「まさか。」
行商人は頭をかいた。その手の指にタコがあるのを見てとった使送人の目も細まる。
頭をかいたその手で、大事に運んできた包みを叩いた。

「しかし、まあ場合によってはこいつが、身分証明書の役割をしてくれるかもしれないと、

そう期待してるんですがね。」



「ほう、興味があるな。なんだ、それは」
女冒険者が身を乗り出した。
「てっきり商品かと思っていたが。」

「いやさ、『収納』が使えない商品だと言ったらどうするね。」

行商人は、いや一瞬前までそう見えていた男は、包みを解いた。

それは、一抱えほどある。竜の首。

「ワタシは、冒険者アスタロト。“首狩”アスタロト、と言えばご存知かな?
はじめまして。

噂だけは聞いているよ。

ランゴバルドの『聖櫃守護者』。“眩惑導師” カゼウミ。“疾風剣”ラサベル。

黄金級級冒険者アスタロトとして名乗るよりも、こちらの方がこの場合はお好みに合うかな。

ヴァルゴール12使徒がひとり。“首使い”のアスタロト。」
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