カラッポ城の歌王子

都茉莉

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少年の独善

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 しんと静まり返った夜更け、シーアは厨からくすねた包丁を携え、古城を見上げた。ミアと同じ色の髪、同じ服装で。

 このままじゃあいけない。ミアは魔王に騙されているのだ。生気を吸い取られて死んでしまう! ーーその前に、倒さなければ。

 シーアの決意は固かった。嫌な噂しか聞かない古城を前にして身震いする。が、武者震いだと言い聞かせて歩を進めた。

 見たことのない美しい装飾の数々は、人間業では作れまい。改めて魔族を意識し恐ろしく思う。
 覚悟していた白骨はなく、塵一つ落ちていない回廊は逆に不気味だ。いったい幾人もいたはずの死体はどこに消えたのだろうか。疑問を振り払い歩を進める。
 ほのかな燭台の灯りだけを頼りに上へ上へと登っていくのが、とてつもなく長い時間に思えた。

 ようやくてっぺんに辿り着いた。いっとう豪華な扉は、魔王の力を示しているようだ。
 小さく深呼吸して息を落ち受ける。

 大丈夫。大丈夫。なんの問題もない。

 シーアが扉と向き合うと、一人でに扉が開いた。恐れを噛み殺し、長い前髪で顔を隠すために俯いたまま中へ入る。こちらへ駆け寄ってくる音が聞こえた。シーアも駆け寄り、胸に飛び込んだ。
 手には包丁。心臓を一突き。
 魔王の目が驚愕に見開かれる。
 腕に力を込めて引き抜くと、鉄くさい液体が噴き出した。血のように紅い瞳がシーアをとらえて離さない。音を立てて凶器が手を離れた。さっさと逃げ出したいのに、身体は壊れたように動かない。紅い瞳以外は人間と同じ姿形。人殺し。その三文字がこびり付いて剥がれない。後から後から恐れがこみ上げてきて崩れ落ちそうだ。

 逃げないと。帰らないと。早くーー

 纏まらない思考はぐるぐる回る。自分でも何を考えているのかわからない。ぐるぐる回っているうちに何もわからなくなって、気づく間も無く意識は消えた。
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