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本性をあらわした彼

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 次の日、戦々恐々しながら学校に行ったが特に何もなかった。
 僕は相変わらず窓際の席で一人座ってる根暗だし、宮下……秀次様は相変わらず男女双方に囲まれる人気者な優等生。
 昨日のことは悪い夢だったのかもしれない、そうだったら良かったのになーと思いながら一日を過ごした。
 まあ、これで終わるわけがなかったのだけど。

 放課後、校門を出てすぐに携帯が短く鳴った。ディスプレイには本人が登録した「秀次様」の文字。恐る恐る開くと、わざわざ冒頭にはtoユキナとあった。準備ができしだい駅前に来るように、と。
 学校「での」関係は変わらないと言っていたのを思い出し、まさかとは思いつつも辺りを見回す。すると、一Aの教室からひらひらと手を振る秀次様が見えた。
 自分でも表情が引きつっているのを感じる。なんの変哲もない校舎が魔王城のごとき何かのように思える。
 もう僕には即行で家に帰りユキナへと装うしか選択肢が残されていなかった。


 なんとか体裁を整えて駅前へ急ぐと、すでに人目を集めているイケメン様がいた。
 ヤバい、待たせてしまった。昨日の意地悪な笑顔が脳裏をかすめ身震いする。行きたくないけど、躊躇すればするだけ時は流れる。
 意を決して秀次様に駆け寄った。

「遅くなってごめん」
「大丈夫、全然待ってないから」

 僕の謝罪に気にしていないと笑うが、目は笑っていない。タレ目なのに柔らかさのカケラもない。怖い。

「オモチャの分際で待たせるとか何を考えてるんだい?」

 とでも思っているんじゃなかろうか。
 怯える僕をよそに、秀次様は何も知らない女の子ならころっと惚れちゃいそうな甘い声で囁いた。

「昨日みたいに俺のこと呼んでみてよ、ユキナ」

 これが恋人に名前呼びをせがんでいるなら納得できるのに、現実はオモチャに主人を理解させようとしているだけ。甘さも何もない。
 誰もいない二人きりのときならともかく、こんな公共の場で様付けとかどんなプレイだ。
 周りの目が気になってなかなか言い出せないでいる僕を、秀次様は目で急かす。

「…………じ、さま」
「え、なんて?」
「…………ゅうじさま」
「聞こえないなあ」
「うぅ……秀次様! って呼べば満足か!」

 羞恥で顔が熱いし、視界が滲んでいる。相当酷い顔になってるだろう。
 なのに、秀次様は機嫌良さげによくできましたと僕の頭を撫でる。
 やめろ。ウイッグが崩れる。そもそも人前だぞこのサディストめ。僕を辱めてそんなに楽しいか。恨みがましい僕の視線など気にも止めやしない。

「じゃあ移動しようか」

 散々遊んで満足したのか、やはり僕のことなどお構いなくさっさと進んでいくのを慌てて追いかけた。


 辿り着いたのは駅から少し離れたカラオケ店だった。

「なんで、ここ……?」
「人目を気にしなくていいからね」

 好きなだけお前を苛められるという副音声が聞こえたのは気のせいだろうか。……気のせいだといいなあ。

「ぼーっとしてないでついてきて」
「ごめん」

 秀次様の呼ぶ声に、短く謝ってから追いかけた。
 ドアの前でいきなり立ち止まった秀次様にぶつかってしまい、蔑みの目で見られるというアクシデントがあったものの、まだ身体的ダメージは負っていない。精神のことは言わないでくれ。心が折れるから。
 ドアを閉めて二人きりになった途端、秀次様は優しげな外面をかなぐり捨てた。が、僕に何かを命じる様子もない。
 そのまま十分が経過した。体感は倍以上だ。
 沈黙と恐怖に耐えられなくなった僕は、ついに口火を切ってしまった。

「あのー……僕はいったい何をすればいいのかなー…………なんて……」

 ギロリと視線がこちらを向く。とっさに短い悲鳴を上げて後ずさる。

「ふーん、ユキナちゃんはそんなに俺にご奉仕したいわけ」
「いや、その……」

 この空気がいたたまれなかっただけなんだけど、そんなことを言う度胸はない。
 きっとそれもわかったうえでなんだろう。秀次様はサディスティックに笑った。

「そっかそっか。主人思いなオモチャで嬉しいな。--じゃあそこで這いつくばって」
「はい?」
「聞こえなかった? 俺の前で四つん這いになって」

 聞き間違いじゃなかった。突拍子もないことを言い出すから僕の耳がおかしくなったのかと。
 マジかという思いを込めて目を見たが、あの目は一部の曇りもなくマジだ。なんの疑問も抱いていない。
 さっさとしろと有無を言わせぬオーラが言っている。しぶしぶ探るように膝をつく。続いて手も。
 上から衝撃が降ってきて崩れ落ちそうになるのを耐える。見ると僕の上に乱暴に投げ出された足があるではないか。僕は足置きですかそうですか。

 この状態のまま何事もなかったかのように秀次様の愚痴大会が始まった。
 秀次様の愚痴内容は多岐に渡る。僕も知っているクラスメイトや先生だけでなく、名前も聞いたことのないおそらく先輩や他のクラスの生徒のこと。さすがは優等生様と言いたくなるような広い交友関係である。
 その分言っていることも過激で、白熱すると足置きこと僕をげしげし蹴ってきて痛い。優等生の面影のかけらもない。

「そんなにストレスならなんで優等生なんかやってるのさ」
「はぁ?」

 意図せずこぼれた僕の単純な感想に、秀次様は理解できないものを見るような視線を寄越す。

「クズは社会に要らないだろうが」

 さも当然といったていで続けられた言葉に僕は面食らう。
 クラスメイトを平然と足蹴にしているこの男がクズ以外のなんだというのか。

 仁科幸成と宮下秀次は、きっと、本来交わるはずのない人生を持っていたんだろう。分かり合える未来など微塵も見えなかった。
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