下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉

文字の大きさ
上 下
3 / 6

しおりを挟む
 その日の夜はどうやって過ごしていたか記憶が曖昧だ。気付いたら室に戻っていて、あの少女が誰かにバラしやしないかとただただ怯えていた。
 そして翌日、開放時間になるとすぐに府庫へ向かった。にも関わらず、彼女は私を待ち構えていた。
「あなた、本当に来てたのね……」
「ああ、わたしが言い出したことだからな」
 さも当然というように彼女は言う。流石自分から監視を言い出しただけはある。
 星綺せいきと名乗った彼女と私は、それから何日も共に過ごした。
 朝は府庫の開放時間から、夜は夕餉刻まで。
 始めは二言三言言葉を交わす程度であとは並んでいるだけだった。
 ある時は府庫。またある時は宮殿に付設された談話室。
 様々な場所で過ごしていくうちに、会話も少しずつ増えていき、包む空気も次第に穏やかになっていった。
 無論、油断したわけではない。
 私の脱出計画を知ってしまった彼女を野放しにはできないというのは本当。
 でも、私と共にいない時間があるのに誰にも知らせていないから、信じていいのではないかと思い始めているのも本当だった。

 その日は珍しく庭園に行くことになった。牡丹の花が綺麗だと、星綺に連れ出されたのだ。
 なるほど確かに、雅なことなど欠片もわからない私にも美しいと感嘆させるほどだ。いいとこのお嬢様であろう彼女のお目に適うだけある。
 私たちは庭園に面している四阿に陣取った。女官--府庫への道を教えてくれた人だ--が持って来てくれたお茶を飲みつつ、牡丹を眺める。
 星綺がこちらに首をもたげ、ふと切り出した。
「おまえは、なんで外に出たいんだ? ここにいれば衣食住は少なくとも保証されているのに」
 これまで一度も触れられなかったことを唐突に話題に挙げられて、どうにも戸惑う。星綺の目は真剣で、私を射抜きそうなほどだ。ならば私もそれに応えなければいけない。
「確かにここにいれば楽に生きていけるわ。本当に、体が動いているだけだけど」
 妃としての私には、意義も意味も何もない。毎日毎日働いていたときよりずっといいものを食べているとは思う。私のような下っ端妃は数合わせにすぎなくて、いること自体が仕事だ。私でなければいけない必要は欠片もなく、代わりはたぶん、いくらでもいる。
「紫宮か、せめて藍宮に住んでいたのなら、陛下に寵愛され、御子をなすという役目がある。でも、私たちにはそんな機会すらない。愛でられることが役目の籠の鳥にすらなれないんじゃ、閉じ込められている意味なんてないじゃない」
「陛下の寵愛を受けたら、ここに留まることを選ぶのか?」
 ありえない仮定だ、本当に。陛下が黄宮まで降りてくることは滅多にない。降りてきたとしても、私のようなとりわけ目立つところのない十人並みの娘が目に留まるわけがない。
「非現実的だけど、まあ、それが仮定か。……そうね、万が一そんなことがあっても、私じゃ寵姫になれないわ」
「なぜだ? 確かに後宮のしきたりや礼儀作法には疎いだろうが、それは勉強すればいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるわね。万が一御子でも産んだあかつきには、使節の接待なんかも仕事になると聞いているわ。有事の際に陛下の代わりに執政するのも皇后様の仕事なのでしょう? どう考えても私にはできない。分不相応だわ」
「ふふ、そうか」
 星綺は笑っていた。小さく声をもらして、頬を緩めて。外見相応に幼く可憐な姿に目を奪われる。星綺の視線が私を絡め取り、そして彼女はにこりと笑みを深めた。
「なら女官はどうだ? 妃より給金は劣るが、彼女たちにはそれぞれ仕事があるぞ」
「陛下の寵姫になるより、よっぽど現実的ね。その方がいいわ」
 私は笑い返してそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...