下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉

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 まともに室から出るのは初めてで何もかもが目新しく感じた。
 廊下にある調度も、宮城だけあって一目でいいものだとわかる。
 ただ、どこか重苦しい空気が拭いきれない。光は差しているはずなのに、どうも薄暗く感じられる。すすり泣く声がどこからか聞こえてくる。ずっとここにいると引きずられてしまいそうだ。
 運良く見つけた女官に府庫への道を尋ねると、快く教えてくれた。
 後宮に仕える女官は、中流貴族の幼子で花嫁修業に来ている者か、もしくは、先帝の妾妃がそのまま残った者が多い。
 この女官もその類で、かつては黄宮に居を構えていたそうだ。本人は先帝と見えることなどなかったけれど、彼女の友人が、なんと今上帝のご母堂、つまり国母だと言うのだ。
 そう、あん清秀せいしゅう皇帝陛下は平民の母--それも元は黄宮の妃だ--を持つがゆえに、貴族との縁が薄い。まだ御年十というのだから政事などできるはずもなく、現在、国は二人の宰相によって動かされている。
 まずは敵を知らねばと聞き出してみたが、いろいろと複雑なようだ。私のような庶民には気が遠くなる話である。
 それにしても、そんな年から後宮を持たねばならないなんて皇帝陛下も大変なものだ。

 皇城と宮城のちょうど中間に位置する府庫は三つに区切られている。もちろん官吏は全区域に入ることができるが、妾妃は試験を受けて許可を貰わない限り、宮城側の区域しか入れない。とはいえ、妾妃の利用が認められている区域だけでも膨大な書がある。
 前の住人の書き残しを見て衝動的にここまで来てしまったわけだから、何かあてがあるわけではない。
 でも、書き残すくらいなのだから見つけられる場所にあるのだろう。
 黄宮の妃が読みそうな種類から探していくべきか。裏をかくべきか。……結局、礼儀作法や宮中行事の書から調べることにした。
 前住人の残した何かを探すため府庫に通うこと二週間。私以外の妾妃は一度も目にしていない。時々侍童が忙しそうにかけてゆくのが見える。
 書の中にあるのか、書と書の間にあるのか手がかりはないから、見落とさないように丁寧に探す。府庫の隅で一枚一枚頁を繰っている音が静かな空気を震わす。
 『宮廷女官の役割』という書を調べていると、カサリ、と僅かな音を立てて二つ折りにされた紙が現れた。震える手でそれを開くと、宮城の地図。それも、地下経路が記されているもの。
「あった…………!」
 思わず漏れた歓喜が小さく響く。やっと上がった成果に高揚しているのがわかる。
 だから、だろうか。地図に影が落ちるまでその存在に気づかなかったのは。声をかけられるまで反応できなかったのは。
「おまえ、外に出たいのか?」
 子ども特有の甲高い声にハッと顔を上げると、可愛らしく小首を傾げた幼い少女がいた。
 咄嗟に立ち上がり、逃げられないように腕を掴む。
 私の肩ほどしか背丈がない彼女は必然見上げる形になる。睨みつけるわけでもなく、恐怖するわけでもなく、表情一つ変えずに彼女は言い放つ。
「そんなことしなくても逃げたりしないし、誰にも言わない」
「信じられる理由がないわ」
「別に信じてくれなくても構わない。私は事実を言っただけ」
 不遜な態度は貴族か豪商のお嬢様に思われて、今更ながら佩玉を確認する。……黄色だ。私と同じ黄宮の妃。にしては、それらしくない。他の妃に会ったことなどないのだけど、黄宮にいるのは地方の庶民だということは知っている。
 考えを巡らす私は随分隙だらけだったらしい。少女は私の腕--彼女を掴んでいる方だ--を軽く引いてくるりと身体ごと捻り、拘束から抜け出した。
「そんなに心配なら見張りでもすればいい。--明日もまたここに来よう」
 少し駆けて距離をとってから、頭だけ振り返りこれだけ言うと、足早に去って行った。
 私が我に返り外を確認したときにはすでに誰の姿もなかった。
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