上 下
2 / 5

favorite

しおりを挟む
 セシリアは小さく息を吐いた。
 心臓がいつもより早いのが、自分でもわかる。
 主に呼び出された理由に心当たりはなく、いったい何が目的なのかてんで検討もつかなかった。

 セシリアがアーノルド家に仕えるようになってから、二ヶ月がたった。
 仕事には慣れたし、同僚とも上手くやっている。
 今までに取り返しのつかないような失敗をした記憶はないし、他意がないわけではないが表に出すようなヘマはしていないはずだ。

 何か気付かないうちに気に障ることをしてしまったのだろうか。

 一年の短期契約とはいえ、早々に主との関係を拗らせることはしたくない。
 どうにか対策を立てようにも、原因がわからないのではどうにもならない。完全にお手上げだ。

 もう一度丁寧に身だしなみを確認してから姿勢を正す。深呼吸をして、表情を引き締める。
 意を決して、品のいい扉を三度叩いた。
 入室許可の声を確認してから静かに入室し頭を下げる。

「セシリア・フィー、ただいま参りました」
「うん、楽にしていいよ」

 頭を上げると、この家の若き主、ノエル・アーノルドが悠然と微笑んでいるのが見えた。
 ……こんなに近い距離で顔を合わせるのは初めてだ。

 艶やかな黒髪、切れ長の目、すっと通った鼻筋……彼を構成する全てが、その表情までが整っていて、いっそ作り物めいている。

 表情から機嫌がうかがえるほど彼をよく知っているわけではないが、不機嫌は浮かんでいないように感じた。

「君にあげたいものがあるんだ」
「私に、ですか?」

 セシリアの脳裏に、同僚との他愛ない話が過ぎった。

 ノエルは定期的に「お気に入り」を作るらしい。
 期間はまちまちで、一年続いた時もあれば三日で終わった時もある。
 共通しているのは、女が姿を消していること。失恋で心を病んで宿下がりしたなどと噂されているが、真偽は定かではない。

 急死した姉を持つ身としては、最悪の想像が浮かんで仕方がない。まさかとは思いつつも、表情が引きつりそうになる。

 そんなことお構いなしにノエルはを差し出した。

「セシリア、君にはこれを持っていてほしいな。もちろん、肌身離さずね」
「これは……剣、ですか?」

 懐に隠し持てる程度の大きさで、柄や鞘に不釣合いな装飾が施された短剣だった。
 断りを入れてから抜いてみると、刀身は曇りなく輝いている。こんななりでも、きっと実用なのだろう。

「護身用の短剣だよ。綺麗な装飾を見てたら君の顔が浮かんでね」

 思わず買ってしまったなどと、なんでもないことのようにサラリと吐いた。ものはともかくとして、計算尽くのタラシは全くもって心臓に悪い。

 動揺していると悟られるのは癪なので表情が動かないように意識を注ぐ。

 お礼を言って受け取った短剣は何故か重く感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。 ・第一章『First step』(全4話) 真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。 ・第二章 『Be with me』(全4話) 母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。 ・第三章 『First christmas』(全5話) ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……? ・第四章 『Be with you』(全4話) 1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...