SWEEP

夢野なつ

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03 S級廃棄物

好奇心が猫を殺す

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 ヘルゼルは退屈な留守番を任され、行儀悪くベッドの上でポテトスナックを食べながら、眠い目をしぱしぱさせている。時刻は10時。運動好きの健康優良児は早寝早起きが基本なのだ。食生活はさておき。
 どうしてデシレはこんなに帰りが遅いんだろう、と、少し腹を立てつつ彼の書き置きを手の中でいじくり回す。そこに書かれていることが嘘っぱちだとも知らず。
『情報屋から報酬の催促があった。適当に言いくるめてくるから少し待ってろ』
 報酬を催促できるほどの情報ってなんだろう、とヘルゼルは考える。もしかしてS級廃棄物に関するよっぽど重要なデータ? それとも別口の楽しい仕事? 周囲をめちゃくちゃに壊してもお叱りが飛んでこないロケーションが、ヘルゼルの言う「楽しい仕事」の条件だ。
 それにしてもデシレの帰りは本当に遅い。ここに書かれた嘘にしても、真実であるサイバネの修理にしても、普通これほどまで時間はかからない。せいぜい1時間と言ったところだろう。彼が出たのは8時だ。
 そして外は曇りで月も見えない。
「やだなぁ……こういうの」
 その時、ガチャガチャとドアノブが回る音がした。
 ヘルゼルは、身構えた。
 この家は外側からはカードキーでロックをかけている。ノブの音より先に電子音が鳴らなければ、そこにいるのが家主であるデシレのはずはないのだ。夜の10時に宅急便は来ない。これは外敵の音である。
 できるだけ足音を立てないようにしながら、慎重に玄関へと近づく。明かりが付いている時点で中に人がいるのはバレバレなのだが、まあ幾分かは気持ちの問題だ。
 ドアが開かないことを悟って引き返してくれることを願っていたのだが。
 それは叶わなかった。
 防壁は開放されてしまう。
 そこには1人の冴えない男が立っていた。
「こんばんは、掃除屋くん」
「え……」

 ヨミ。
 資料にあった最悪の男。
 今まさにすべての掃除屋が追いかけている男。
 ――ここにいる理由を理解できない男。

 しばしお互い無言で対峙した。ヘルゼルは恐怖に怯えた顔で、ヨミはどこか楽しそうな微笑みをたたえて。
「こんばんは」
 再びヨミが挨拶をする。その声は紳士のように穏やかだが、心臓を直接さすられているような不安感を覚えさせた。
「鍵、鍵は……! どこから、どうして?」
「どうしてだろうなぁ。おじさんには分からない。ああ、おじさんの友達は知ってるかもしれないけどね」
 ヨミが言っていることの意味は分からなかったが、この時ヘルゼルの頭には、「外出先でデシレが襲われ鍵を奪われた」という最悪のルートが浮かんでいた。その恐怖に満ちた想定がヘルゼルの判断力を鈍らせ、まるで子供に戻ったかのような言語感覚の衰退を一時的に起こしている。
 倒さなければ。
 危険存在を目の前にしてヘルゼルの対応は野生動物のようなそれだった。負傷が問題にならないという大きな武器にして防具を持つ彼は、まっすぐヨミに向かって突進していく。簡単な動きでかわされたが今攻撃する事が目的ではない。二回、三回と攻撃を重ねるうちに、相手の行動パターンを読む。どんな異常な敵が相手でも、そうしていれば必ず、持久戦に分のある自分が勝てる。
 他愛ない慢心だった。
 ヨミがポケットから何かを取り出そうとしている。ナイフ? 拳銃? いかなる武器もヘルゼルの肉体を傷つけることはできない。
 ヘルゼルはヨミの首を掴んでやろうと飛びかかった。
 ステップひとつでかわされる。ヘルゼルは気づいていなかったが、ヨミの挙動には驚くほどスキと言えるものが存在していない。
 ヨミに背中を向ける形になってしまったその瞬間、耳をつんざくような銃声と、かつて感じたことのない痛みがヘルゼルを襲った。
「う……あ……」
 体の中を食い荒らされるような、『鈍痛』。激痛ではない。とにかく、重く、鈍いのだ。
「おじさんはね、君に興味があるんだよ」
 ヨミは手の中に、おもちゃのように小さな拳銃を持っている。
 倒れ込んだヘルゼルに、二発目、三発目を次々と撃ち込む。
 痛みの種が増えていく。いつもならすぐ回復していくはずの体が、言うことを聞かない。ヨミを壊すどころか、立ち上がって逃げ出す力すら湧いてこない。
「重くて貫通しにくい造りの銃弾だけど。それを体内に抱え込んだまま傷を再生してしまったら、一体君の体はどうなってしまうのかな?」
 その言葉を聞いてぞっとした。今感じているこの痛みは、自分の体内にどんどんと、銃弾が埋め込まれていく感覚なのだ。そして自分はもう、ここから逃げるすべを持たない。
 最初に撃たれた感覚のあった右肩を見ると、傷口は塞がっている。しかし、その内側から、今まさに火薬や金属といった毒性の高い物質が、全身にくまなく浸透しようとしているのだ。それも撃たれた場所全てから。
 恐ろしすぎて、悲鳴を上げる気力すら湧いてこない。
「さあ、もう少し、おじさんを楽しませてくれるかい?」
 あえて右胸を狙う残酷な銃口を視界に捉えながら、ヘルゼルの意識はゆっくりとフェードアウトしていった。
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