5 / 24
02 烈火と黒犬
特別な異能
しおりを挟む
翌朝、俺は本当にすっかり機嫌を直してヘルゼルと朝飯を食っていた。目玉焼きとトースト、あとサラダ。ヘルゼルは放っておくと体に悪いものしか食べないので、こうして俺が世話してやらないとダメな気がする。
「お休みだね、どこか行く?」
「そうだな……」
掃除屋は腕が上がるのに比例して忙しいので、ヘルゼルのような引く手あまたの人気者と組んでいると月に一度くらいしか休みが取れない。
今日はその月一度だ。
「俺は、脚のサイバネの具合があんま良くないからメンテに行かないといけないんだ」
「えー、休みなのに?」
「こんな仕事だ、急に走れなくなったりしたら命に関わるだろ? でも一日中って訳じゃない。それが終わったら、そうだな……どこに行きたい?」
「えーとね、ケーキ屋!」
「女子かよ、まあいいけど」
俺は少しだけきしむ右脚のサイバネを気にしながら立ち上がった。陸上選手並みのスプリンターといつも一緒にいれば、安物のパーツなどあっという間に劣化する。
「俺が居ない間に、イチゴかチョコか、それともモンブランだかなんだか考えとくんだな」
「デシレは何がいいの?」
「チーズケーキ」
俺は甘いものが特別好きな訳じゃないが、近所のケーキ屋「シャロン」が売っているレアチーズケーキだけは優遇しているのだ。ブルーベリーソースと淡い甘みのケーキが絡み合って絶妙に旨い。
「知ってるのに聞いただろ?」
俺はクスクス笑いながら、財布とIDカードをポケットに突っ込んで部屋を出た。
「バレル、調査は進んでるか?」
「いやー、待ってくれよ。奴さんの能力は、他に類を見ない特別なモンなんだからさ。一番分かってるだろ?」
サイバネの調子は確かに良くないが、俺は病院などには足を運ばなかった。
心配症の俺は、馴染みの情報屋・バレルに、ヘルゼルの異能がどういうものなのかを、ありとあらゆるルートから調べてもらっているのだ。仕組みが分からないものを武器にしていれば、いつか足元をすくわれる。
このことをヘルゼルに秘密にしているのはーー架空の話として、俺がヘルゼルにパイロキネシスのことをあれこれ調べられたら、凄く不快な気持ちになるだろうという理屈の流れ、と言ったらお分かり頂けるだろうか。
「今までには、骨折3回、銃創5回、あとは斬られた傷が山程あるんだっけか? ほんとよく生きてるよなぁ」
「……俺はあいつを盾にしてるつもりはないんだ」
「そんなこと一言も言ってないだろー? 急に湿っぽくなってどうしたんだよ」
昨日の喧嘩が心に尾を引いている、そんな事は分かり切っているのだが、それはバレルに伝える事じゃない。なに、些細な痴話喧嘩だ。
「超再生能力。これが遠因で、筋繊維に過度な負担をかけて縮地やら派手な攻撃をしても、体が悲鳴を上げないんだろう、というのが今回話を聞けた医者からの見解だ」
「あいつの特異体質には反動は無いのか?」
「結論を急ぐのは良くないが、今の所プラスの要素しか見つかってないな。そうカリカリしなくても、人間死ぬ時は死ぬし、お前さんのパイロキネシスだって完全に理屈が分かってる訳じゃないだろ? 調査を放棄するつもりはないが、あんまり縛られてるのは友人として不安だぜ」
バレルの言う通りかもしれないが、ヘルゼルの死や、もっと酷い大怪我の事を想像すると憂鬱になる。
ヘルゼルが持つ唯一無二の異能、超再生。刀で腕を切り裂かれても、銃弾で肉をえぐられても、ヘルゼルはたちまちそれを治癒させてしまう。いわく痛みは多少あるらしいが、様子を見ているとそいつは常人の感覚とは比べ物にならないほど軽いようだ。異能にも色々種類があるが、ここまでレベルが高いものは今まで聞いたことがない。
この能力があるからこそ、ヘルゼルは果敢に廃棄物へ対し立ち向かっていけるのであり、同時に、自らの負傷を恐れる他の掃除屋からレンタルを依頼されてしまうのだ。まさに諸刃の剣だ。
結局、今日の調査報告でも大した進展は無かったのだが、俺はきちんと一月分の報酬を支払った。いつも悪いね、とほくそ笑むバレルの顔は、罪の意識を感じているようには見えなかった。
「もう行く」
「可愛い相棒が心配か? 幸せだなぁ、待ってる人がいるっつーのは」
「ケーキも待ってるんだ、とびきり旨いのがな」
またサイバネがきしんだ気がしたので、本当の修理の日程を決めなければいけないと頭に刻んだ。
「お休みだね、どこか行く?」
「そうだな……」
掃除屋は腕が上がるのに比例して忙しいので、ヘルゼルのような引く手あまたの人気者と組んでいると月に一度くらいしか休みが取れない。
今日はその月一度だ。
「俺は、脚のサイバネの具合があんま良くないからメンテに行かないといけないんだ」
「えー、休みなのに?」
「こんな仕事だ、急に走れなくなったりしたら命に関わるだろ? でも一日中って訳じゃない。それが終わったら、そうだな……どこに行きたい?」
「えーとね、ケーキ屋!」
「女子かよ、まあいいけど」
俺は少しだけきしむ右脚のサイバネを気にしながら立ち上がった。陸上選手並みのスプリンターといつも一緒にいれば、安物のパーツなどあっという間に劣化する。
「俺が居ない間に、イチゴかチョコか、それともモンブランだかなんだか考えとくんだな」
「デシレは何がいいの?」
「チーズケーキ」
俺は甘いものが特別好きな訳じゃないが、近所のケーキ屋「シャロン」が売っているレアチーズケーキだけは優遇しているのだ。ブルーベリーソースと淡い甘みのケーキが絡み合って絶妙に旨い。
「知ってるのに聞いただろ?」
俺はクスクス笑いながら、財布とIDカードをポケットに突っ込んで部屋を出た。
「バレル、調査は進んでるか?」
「いやー、待ってくれよ。奴さんの能力は、他に類を見ない特別なモンなんだからさ。一番分かってるだろ?」
サイバネの調子は確かに良くないが、俺は病院などには足を運ばなかった。
心配症の俺は、馴染みの情報屋・バレルに、ヘルゼルの異能がどういうものなのかを、ありとあらゆるルートから調べてもらっているのだ。仕組みが分からないものを武器にしていれば、いつか足元をすくわれる。
このことをヘルゼルに秘密にしているのはーー架空の話として、俺がヘルゼルにパイロキネシスのことをあれこれ調べられたら、凄く不快な気持ちになるだろうという理屈の流れ、と言ったらお分かり頂けるだろうか。
「今までには、骨折3回、銃創5回、あとは斬られた傷が山程あるんだっけか? ほんとよく生きてるよなぁ」
「……俺はあいつを盾にしてるつもりはないんだ」
「そんなこと一言も言ってないだろー? 急に湿っぽくなってどうしたんだよ」
昨日の喧嘩が心に尾を引いている、そんな事は分かり切っているのだが、それはバレルに伝える事じゃない。なに、些細な痴話喧嘩だ。
「超再生能力。これが遠因で、筋繊維に過度な負担をかけて縮地やら派手な攻撃をしても、体が悲鳴を上げないんだろう、というのが今回話を聞けた医者からの見解だ」
「あいつの特異体質には反動は無いのか?」
「結論を急ぐのは良くないが、今の所プラスの要素しか見つかってないな。そうカリカリしなくても、人間死ぬ時は死ぬし、お前さんのパイロキネシスだって完全に理屈が分かってる訳じゃないだろ? 調査を放棄するつもりはないが、あんまり縛られてるのは友人として不安だぜ」
バレルの言う通りかもしれないが、ヘルゼルの死や、もっと酷い大怪我の事を想像すると憂鬱になる。
ヘルゼルが持つ唯一無二の異能、超再生。刀で腕を切り裂かれても、銃弾で肉をえぐられても、ヘルゼルはたちまちそれを治癒させてしまう。いわく痛みは多少あるらしいが、様子を見ているとそいつは常人の感覚とは比べ物にならないほど軽いようだ。異能にも色々種類があるが、ここまでレベルが高いものは今まで聞いたことがない。
この能力があるからこそ、ヘルゼルは果敢に廃棄物へ対し立ち向かっていけるのであり、同時に、自らの負傷を恐れる他の掃除屋からレンタルを依頼されてしまうのだ。まさに諸刃の剣だ。
結局、今日の調査報告でも大した進展は無かったのだが、俺はきちんと一月分の報酬を支払った。いつも悪いね、とほくそ笑むバレルの顔は、罪の意識を感じているようには見えなかった。
「もう行く」
「可愛い相棒が心配か? 幸せだなぁ、待ってる人がいるっつーのは」
「ケーキも待ってるんだ、とびきり旨いのがな」
またサイバネがきしんだ気がしたので、本当の修理の日程を決めなければいけないと頭に刻んだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

逃げられない罠のように捕まえたい
アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。
★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★
小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる