私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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後日談

第23話

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エミリア教はけっして戒律が厳しいのではない。

基本ルールは『ほかの方に迷惑をかけてはいけません。日頃から感謝をして、受けた恩は誰かの役にたてましょう』というもの。それさえ守れば、何をしようと許される。

エミリアのイタズラに関しても、その矛先は仲間や身内だったり、誰かに向けられた罰だったりする。なにより、それによって精神ココロが傷つく人はいても身体に傷をつけられた人はいない。

「重罪だと騰蛇が判断したら、騰蛇自身が罰を与えるからね~」

重罰に、ダンジョンや大陸内のフィールドの魔物に生まれかわるというものがある。魔物となった彼らを倒せば、人だった頃の所持品がドロップアイテムとして手にはいる。

「私がムルコルスタ大陸にいた頃にね、王都の近くにアントが巣をつくったの」

エミリア曰く、隠し部屋に大量のアイテムがあり、すべて手に入れたらしい。

「その中に、市販されている武器や道具もあったけどね。ルビーで飾った剣などもあったんだよ」

それを聞いた死者の世界の神が調べたところ、女王アントは間違いなく魔物だった。
……ただし、前世はドワーフ族の職人だったらしい。

【 罰を受けず、罪を償わないで死んだようだ 】

どうやら、鍛治師だった前世に殺人を犯していたらしい。その罪がバレて追っ手から逃れる途中に魔物と遭遇して生命を落としたらしい。

【 『魔物と遭遇』と言っても、魔物から逃げる途中で渓谷の崖から足を滑らせての墜落死だ 】

神はムルコルスタ大陸以外では監視がゆるい。罪人は生前に罪を償えば次も普通に生まれかわれる。

「人でなしになって、償うチャンスを蹴って、自分本位な生き方をしたのだから。次はに生まれかわるのも当然っちゃあ当然だよね」

女王アントは魔物の運命を繰り返す。

【 それ相応の罪を犯している 】
「殺人以外にも?」

どうやら盗賊だったらしい。…………それも『くらがり渓谷』を根城アジトにしていた、歴史的にも有名な悪党の一味。

【 下っ端だったけどな 】
「ボスは?」
【 あー………… 】

死者の世界の神は遠い目をする。言えない、ではなく言いたくないのだろう。妖精たちが目の前に集まって首を傾げると目をそらす。そらした先に移動して首を傾げる妖精たち。真っ直ぐに向けられる目に、神ですら無言を貫くことに罪悪感を覚えるようだ。

「あれをやられると精神的に参っちまうんだよな」
【 ……分かってるなら助けに来い 】

ダイバの苦笑に神はムダな救いを求める。

「諦めて話した方がいいと思うぞ」
【 …………話せぬこともある 】
「だって」

ダイバの救いにならない助け船に、神が正直に明かす渋々乗り込む。それにエミリアが援護する。
エミリアの言葉に、妖精たちが諦めたように神から離れていく。

答えてもらえないことをエミリアが納得しているのなら、それ以上問い詰めることをしないのが妖精たち。……それで納得しないのが、ピピンである。

「こちらへどうぞ。今後のことを確認したいので」

歯向かうことなく、ピピンの後ろをついていく神。

「…………いつから、【死者の世界】の支配者はピピンになったんだ?」

コルデの呆れに似た声が周りの苦笑をもたらす。

ピピンは【死者の世界】の改革の隙に神に操り水を飲ませている。ただ単に「操り水の支配下に置けた神と置けなかった神がいる。目の前の神は、どっちだ?」という簡単な理由からだ。

……もしもエミリアを害するようなら、神には自らを自らの手で葬らせようと考えていた。操れないなら、エミリアの盾となり散る覚悟をも持っていた。

そんなピピンの覚悟を理解したからこそ、ことを選んだ。もし、意にそぐわないことを命じられたら解除できるようにして。

それを把握しているのはエミリアただひとりだけである。


これまで、一度もピピンは無茶なことを命じたことはない。

「エミリアに聞かせたくないだけか、口にするのもはばかれるのか」
【 ……後者だ 】
「では、質問を変えます。女王アントとなったドワーフ以外の者たちの末期まつごは」
【 ……歴史のとおり 】
「その後は?」
【 ………… 】
「人の道から外れたのは分かっています。それ以外の……魔物か、植物か。違う世界に堕とされたのか」

ピピンが知りたいのは、『エミリアに接触する可能性があるのか』ということだ。

それに気付いた神は【 最下層に落ちた 】とだけ答えたものの、【 いまは自我以外を封じられた……ヘドロだ 】と大盤振る舞いで答える。

一瞬でピピンの目が据わる。

「ヤツら、なのか?」

ピピンのいうとは、妖精たちを苦しめた廃国の国王たちだ。それに気付いた神は【 同じ道をたどった愚者なだけだ 】と答える。

ピピンは理解した。この神が【夢のさと】に棲まう妖精たちの前で口を閉ざした理由を。エミリアが一目でも見ることを嫌い、思い浮かべることすら拒絶する妖精たちの願いを神たちは聞き入れた。

と化した廃国の国王たちは最下層にいる。

二度とエミリアや妖精たちの前に現れることはない。目の前の神がそう断言する。

「誓いを」
【 よかろう 】

最下層まで堕ちた彼らの魂はあの世界から這い上がることなどできない。それを口にしたとしても納得できないだろう。
エミリアの騎士として、【夢のさと】の守護者として。その身をエミリアたちの平穏のために捧げるピピンの心配がひとつでも減らせるなら。

そう考える神は、ピピンに手のひらを向ける。同じく手のひらを合わせたピピンの目をまっすぐ見て誓う。

【 エミリアと夢のさとの平穏のため、混乱を招く者を排除する 】と。

「この世界に混沌が起きないよう。それだけを願う」

ピピンの言葉に目を見開いた神は【 善処する 】と答える。その声は穏やかで、知らず知らずのうちに笑顔を浮かべていたことを…………自覚していない。

【夢のさと】は神域のため、【死者の世界】の神が現世の様子を確認に来る。転生者の数を加減するのだ。人が増えすぎたり片寄りがあればいさかい……戦争という形にまで発展して大きく人の数が削られる。

そして【死者の世界】が飽和状態になり、過剰な魂が現世に送られて世界はまた混沌の闇に沈む。

……そんな悪循環を繰り返す世界を、エミリアは仲間たちと共に改革という形で調整することに成功させた。

あんな悲しみを、二度と誰にも味わってもらいたくはない。世界をふたたび混沌とした悲しみの悪夢にしたくはない、たとえ神であっても。
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