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後日談
第17話
しおりを挟む「お近づきに何かしたいというのでしたら、それに見合った寄進をさせましょう」
ピピンの笑顔の中にある黒い含みに周囲の顔が引きつる。エミリア至上主義のピピンが、私欲でエミリアに付きまとう相手を見逃すはずはない。その点でいえば、リリンや妖精たちも同様だ。
「……そいつらはエミリアに近づいて甘い汁を吸いたいだけだろ?」
「タダで甘い汁を吸わせませんよ」
事前に自身の所有する財貨を差し出させ、何か起こせばそこから補填させる。財貨が足りなくなれば労働で賄ってもらう。ほとんどは、自身が壊した物品の価値に見合った労力を対価に妖精たちが試算する。それに反省の度合いを加算して働かせる。
ここまでは、すでに規則として世界中に周知された内容である。
擦り寄ろうと企んでいる貴族たちの弱い頭脳の中では、「たとえ全財産を渡しても、エミリアの懐に入り込めたらすべて戻ってくる」という目算が含まれているのだろう。
「……っていうか、絶対『無料奉仕の労働力大量ゲット!』だよね。ピピン、操る?」
「当然です」
ピピンは澄ましてそう断言する。しかしピピンは誰も彼もを操ることはしない。
正確には妖精たちが事前調査をしたのちに、操り水を飲ませるかどうかを決めている。過去に悪事に手を染めたものの、そのことを深く反省し、贖罪のためや純粋な信仰心を胸にエミリア教の門をくぐった信者を操るなんて無粋なことはしない。
「操るのはエミリア教を甘く見ている連中だけです」
彼らの下心を知っているであろう周囲の者たちに「入信して心を入れ替えました」と思わせられれば良い。そうすれば「アイツらが上手くやったらこちらも甘い汁を吸おう」と待っている後続組が諦めるキッカケとなるか……
「『自分なら成功する』という意味不明な自信を胸に秘めて乗り込んでくるでしょう。そうすれば、重労働を率先して引き受けてくれる奇特な労働者が確保できるだけです」
現在も教主としてエミリア教を一手に預かるピピンは、一度でも操り水を与えた連中を信者とは認めない。
「信仰心のカケラがありませんから」
そのため、『エミリア教で労働する罪人』扱いだ。
「当然よね。エミリアも私たちも神に属してるんだもん」
それを欺こうだなんて……神を愚弄していると見做されても当然よね。
リリンの言葉のとおり、無料奉仕という形で罪を償わせているのだ。しかし、それを不服として待遇の改善を訴える愚か者もいるわけで。
そんな連中は、妖精たちの電撃などで気絶させられて、ピピン特製の水をのまされる。以前まではピピンが飲み込んで悪意などを取り除いていたけど、いまはその効果を弱めた『反省を促すエミリア教の神水』を生みだして使っている。弱めているからか、悪意を胸に生み出すような救いようのない相手には操り水が使われる。
《 感謝してほしいわよね。『神に楯突いた』との理由で魔物や植物に生まれかわるのを、奉仕という罰で阻止してあげているんだから 》
《 魔物に生まれ変わりたいとか、植物になって大陸の再生に協力したいというなら、罰を与えずに放置してもいいよ 》
『廃国の悲劇』は世界中に知れ渡っている。
妖精たちに危害を加え続けた廃国の研究者たちや、王都に住み王城で何が起きているかを知りつつ目を逸らした者。彼らと、ただ国民というだけで巻き込まれた者とでは罪の重さが違う。
植物として生と死を繰り返す、大多数の国民たち。彼らは花々となり、人々に癒しを与える存在になっている。
薬草になっているのは、妖精たちの悲劇を知りつつも目を逸らしてきた王都にいた者たち。
《 少しは人の役に立ちなさいよ! 》
薬草となって救えた人数で罪が軽くなる。100人救って、やっと妖精1人分に該当する。見殺しもまた、研究者たちと同じく重罪なのだ。両者の違いは、自らの手を汚したかどうか。…………ただ、それだけだ。
樹木となり、成長しては倒されているのは危害を加えていた研究者たち。死ぬこともなく、切り株や根っこから若芽を伸ばしてふたたび伐採されるために生きる。……それを何度か繰り返し、数百年経って朽ちてようやく一度目の生を終える。休むことなく新たな種となり、ふたたび樹木として生きるのは罰だからだ。
《 彼らは人だった自我と痛覚が残っているからね。伐採されるときは悲鳴をあげているよ 》
「それは仕方がないよ。妖精だって悲鳴をあげていたんだから」
悲鳴だけではない。助けを求めたのだ。…………それが諦めに転じるのにそう長くはかからなかっただろう。
自分が泣き叫べば、仲間が犠牲になったのだから。誰かが悲鳴をあげれば、自分が生きたまま切り刻まれたのだから。
そして妖精たちへ繰り返した悪行によって神から重罪と見做されて『黒く蠢く物体』となった元国王たち。彼らはいまもなお、陽に焼かれるのを嫌がって地中深くに隠れて逃げまわっているようだ。
しかし、旧国境で区切られた結界と底のように区切られた見えない壁によって阻まれて、それ以上は逃げることが出来ない。
「腐った精神や根性や知能や理性をもった連中って、陽の光に焼かれて、やっと生まれかわれるんだよね」
「それを逃げ回っているのですから、今のままでいいのでしょう」
その根本的なことを彼らが知らないことを誰も指摘しない。教える必要はないだろう。
陽の光は絶え間なく地中深くまで差し込む。砂の粒子の隙間を掻い潜って、針のように細くなっても鋭く突き刺している。誰かひとりが痛みで悲鳴をあげれば、ほかの者は右往左往して逃げ回っている。
《 さっさと全身焼かれて罪を償えばいいのに。……許さないけど 》
《 自分たちがしてきたことが返ってくるだけじゃんねー。……その程度で許す気はないけど 》
《 「命じただけ」って言い訳して嘆いているけど、責任はあるよねー。命じなければ、みんな平穏無事に過ごせていたんだから。……国民を全員巻き込んだんだから、謝って許されることではないよね 》
知りつつ何もしなかった王都の住人は、「責任あり」と見做されて罪に問われた。同罪の国王たちは、国民を巻き込んだ責任も罪に加算されている。すべての罪を償えたら、廃国という閉鎖された世界から解放されるというのに。
……肝心の国王たちが責任を取らずに逃げ続けているため、その日がいつ訪れるのか分からないままだ。
「とはいえ、このままでいいわけではないと思うけど」
エミリアの言うとおり、廃国に残されている者たちを死者の世界にこのまま送らずにしていたら、王都で暮らしていて巻き込まれただけの国民でも人としての意識が失われてしまう。そうなれば、生まれかわるために最低限の知能が必要とされる人間や竜人、エルフやドワーフなどにはなれない。
「仕方がない。生きていくのに言葉を覚え、生きるために道具の使い方を覚える。その成長が出来ないのでは……生きてはいけないだろう」
彼らは『知識のある魔物』にもなれなくなる。そうなれば、魔人や獣人になれる道が残されるからだ。彼らは魔物として生きるしかないけれど、『人間だった意識は残っている状態』だ。
《 恨みや憎しみから人を襲う魔物になるか、魔物に落ちた自分を恥じて人里から離れた場所でひっそりと生きるか 》
前者なら、そのうち身も心も醜悪となり討伐対象の魔物に。後者なら、共存可能な魔物に。
《 共存できるなら、廃国で害獣に襲われることなく生きていけるけどね 》
廃国の外では、温厚であろうと魔物は魔物。魔物の集団暴走を防ぐために討伐対象だ。それが廃国内で共存共栄できる存在と認められたら討伐されることはなくなる。ましてや、死後も魂は廃国から解放されない。国王だったものたちが罪を償うまでは。
植物となり、罪を償っている人たちとは違う。彼らは時が経てば、いずれ人に生まれなおす。『妖精の呪い』を受けた魂を浄化するために植物となり、人々だけでなく自身の魂をも癒しているのだから。
薬草となった連中は罪の重さ自体が違う。いつか妖精たちの数だけ罪を償えたとしても、国王たちが責任を取るまで……彼らを巻き込んだ罪を償うまでは許されない。彼らの存在は、国王たちの罪の証でもあるのだから。
そして魔物として生きる輪廻に組み込まれた人たち。彼らは、たとえ魔人や獣人に進化できないとしても。人としての自我が表に出ることもなく、本能で生きる魔物となったとしても。
魔物に襲い襲われ、追いつ追われつだけでない。冒険者や国をあげて討伐対象として逃げ回る一生を繰り返すよりは、穏やかに…………たとえ半家畜化や騎獣として飼い慣らされる道を選ぶだろう。
彼らもまた、国王たちが償わなければならない罪そのものだ。
罪が償われて、やっと『新しい生命』に生まれかわれる。そのときになって、やっといま苦しんでいる自我に眠りという安らぎが訪れるだろう。
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