私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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後日談

第15話

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「エミリアはエリーのことを知っていたのか?」

前線で戦うスレイを視界の端に入れながらコルデが確認する。エミリアとピピン、白虎の会話から、スレイはすでに話を聞いていたことに気付いた。しかし、エミリアはどうなのか、と思ったのだ。

「ん~? 騰蛇から聞いていたよ」
「いつ?」

コルデの質問にエミリアは口を閉ざす。思い出そうとしているのではない。……言いたくないのだ。

「それは火の雨が降ったとき………………じゃない、のだな?」

エミリアの表情を読んだオボロの表情が険しくなる。エミリアを守ろうと妖精たちが間に割り込み、獣化した白虎の背にスライムに戻ったリリンが飛び乗った。そのまま触手でエミリアも乗せると、白虎は戦闘を終えたアゴールとスレイの下へと駆け寄る。

魔物の収納を済ませたアゴールは、妖精たちに浄化してもらうとエミリアの後ろに腰掛けた。

「エミリアさん、今回のドロップアイテムに『カシイ』なんてあるよ」
「カシイ? ああ、香椎かしいね」

香椎とは日本にある地名ではない。『香りの強い椎の木のカケラ』だ。普通の椎の木は地の妖精たちが菌糸を埋めてシイタケを栽培している。それとは別に香りがギュッと詰まったカケラをドロップすることがある。

「これで香水でもつくる?」
「そうだね。今度、アゴールの練習用に使おうか」

白虎にスレイが収納したドロップアイテムを確認しながら近寄る。

「今回の魔物はカシ山毛欅ブナの木材が多いな」
「それは表世界の土木課が喜びそうだね」
「若木もあるわよ」
《 私たちが買い取る! 》
「取り引きはダンジョンを出てからな」
《 了解! 》

追いついたダイバのひと言にビシッと敬礼する妖精たち。
このダンジョンにはエミリアの妖精たち以外にも潜り込んでいる。ダンジョンの修復や改修のためだ。

「修復にどれくらい時間がかかりそうだ?」
《 1時間くらいかな。ちょっと土壌を弄りたいから 》
「じゃあ、昼休憩も含めて3時間。でいいか?」
《 鮭のグークースで手を打つよ 》
「よし」

ダイバが差し出した右手に妖精たちが次々触って光らせる。契約の成立だ。

「あれぇ? ピピンも残るの?」

出されたテントに向かう白虎の背から、残って作業をする妖精たちの方へと向かうピピンに気付いたエミリアが背に向かって声をかける。

「はい、一部水質汚染が見られるので。いやしの水を使って土壌を修復します」

後衛にいたダイバたちはピピンが残る理由を知っている。

「魔法を過剰に使った戦闘があった場所では植物が魔物化しやすいです」

ダンジョン内では、放たれた魔力が使われずに残ると地表に吸い込まれる。その魔力は、植物の生長に悪影響を及ぼす。

「エミリアは大丈夫なんですよ。ダンジョン内で攻撃魔法を放っても、余らせた魔力は魔導具で吸収しているんです」

エミリアは戦闘を終えると【状態回復】をかける。それで、残った魔力を霧散させているのだ。さらにカバンに収納する際に、ダンジョン内に残った魔力も一緒に吸い込んでいるらしい。

「カバンに触れての収納にそんな効果があったのか」
「あのカバン自体が魔導具ですから。吸い取った魔力はカバンの機能を上げてくれます」

その検証を、別のダンジョンに潜ったときに実行して、ついてきた妖精たちに確認している。
事実確認を検証結果とともに表の世界に伝え、いくつかは表の世界のダンジョンで検証中だ。


ピピンや妖精たちを残してテントに入ったエミリアとアゴールは、エミリアのテントにつくられた入浴施設に直行した。男女に分かれて汗を流すのだ。エミリアの入浴施設は一種の娯楽アミューズメントとなっているため、出てくるのに何時間もかかる。

「今日はこのまま泊まりだな」

ダイバの言葉にリリンが頷いてテントをでた。ピピンに伝えに行ったのだろう。

……いまはピピンから聞かされた話を整理するために、エミリアだけでなくアゴールとも別行動をしたかった。それに気付いている妖精たちが気を利かせたようだ。

ダイバたち男性陣も、テント内につくられた入浴施設に入る。エミリアのテントほど多くはないものの、このテントの所有者である鉄壁の防衛ディフェンス所属の冒険者が一斉に入浴しても十分な広さスペースがある。

各々が汗と埃と砂と汚れを洗い流すと好みの浴槽に浸かる。自分の好みの温度に調節したお湯に包まれて、疲れた身体が一気にほぐされ、絡まっていた思考回路も解れていく。

のは魔導具の封印箱に入れられたときだったのか」

それほど大きくもない、オボロの口からこぼれた声が広い施設内に響く。

確かに、あのとき騰蛇は『死体を埋めたんだろうと思った』と言っていた。エリーはエミリアの友人だ。だから農園の端に埋葬されたのだと思ってもおかしくはないだろう。サーラメーヤは騰蛇の領域エリアに漂う魂だったから迎えに来なかっただけだと判明している。

「あと、女神が関わっていたことも迎えに来なかった理由だったな」
「あそこは『神に見捨てられた大陸』だ。【死者の世界】の神でも手出しが難しかったようだな」

エミリアがひとりで……いや、サーラメーヤ2頭を連れて圧倒的な力を見せつけて終戦に持っていった理由が……

「エミリアらしいな」
「ああ」

……救う方法が残されているエリーのため。そのために、死兵にされ死隊として魂を縛られている『ジャミーラの犠牲者』たちの解放を対価に、エミリアは一騎当千で敵陣に乗り込んだ。

その結果、多数の魂を解放して死者の世界に送り、エリーは天命と同じだけこの世界にとどまることが許されたのだとピピンは言う。

「忘れていたよ。エミリアちゃんがってことを」

湯船に浸かって、息とともに吐き出されたアルマンの言葉に誰ともなく息が吐き出される。エミリアは手に届く範囲で救えるなら救う。その対価がどれほど大変でも、救うと決めたら全力で立ち向かう。

「いつから死者の世界の番犬、サーラメーヤの2頭と接点があったのか。それを聞いたときにエミリアが言った『戦場で会った』も間違いではなかった」

あのときは聖魔たちを置いて行っていた。くらやみの妖精が妖精の家とペンダントトップの中の亜空間を繋いでいたため、何かあれば飛び出すつもりだったらしいが……

エミリアはをしなかった。一瞬で生命を刈り取り、サーラメーヤたちが死者の世界へと連れていく。圧倒的な強さは苦しませずに送るためのもの。最大限まで強化した強さは、妖精たちがそばにいれば誤った魔力や妖力の使い方をして世界を滅ぼしかねないもの。

「だからエミリアはピピンたちを残し、ピピンたちもエミリアを理解していたからダンジョン都市シティに残っていたのだな」

もちろん、エミリアに危険が迫ればピピンと白虎が飛び出していただろう。2人はエミリアの魔力の影響を受けないのだから。

「さっき、エミリアが言いたがらなかったはずだ」

エミリアの行動の意味を知って後悔するのは、自身の失態でジャミーラに殺されたエリーだけではない。

「エリーの普段と違う様子に気付いていた。それに触れずに放置していたオレたちも同罪だ。……エリーに知らせて残りの日々を苦ませるくらいなら、オレたちが黙っていれば」

そう、鉄壁の防衛ディフェンスの冒険者たちも後悔を口にしただろう。そうなれば『食中毒事件』の二の舞いだ。今度はエミリアだけでなくエリーにまでギクシャクした態度をとっていた。……そう断言できてしまう。

思い詰めているような表情を見せていたスレイが浴室の天井を見上げる。

「オレたち、何もしてねぇんだよな。エリーにもエミリアにも、さ。頼るだけ頼っておいて……困ったことが起きればキッカやユージンたちに問題を押し付けて」

スレイが今度は湯船に張った湯に顔をける。息を吐いているのか、空気が泡となり水面に触れては割れていく。固く閉ざされた目の端が濡れているのは、涙か汗か。

泡がすべて消えてもそのまましばらくそのままお湯に顔を浸けていたスレイは、勢いよく顔を上げると垂れた髪を雑に後ろへとかきあげる。

「わかった。エリーが後悔しないで生きていけるように協力するし、誰にも話さねぇし、知られないようにする」

記憶を何度消されても、エリー自身や仲間たちに事実を話そうとしていた。それが彼にとって最善だと思っていたからだ。

その最善は彼が考えるのではなく、キッカたち彼らを導くトップが考えて決めたことに従うというもの。他人ひとまかせ、丸投げ。それはエミリアも同じだ。しかしエミリアは案を出してから丸投げをし、迷走したり行き詰まれば改善策を提示する。

「自分で考えないと、誰かに指示をしてもらわないと何も出来ない人間になっちゃうよ」

そう言ったのは、エアでありエミリアである。どちらからも同じ言葉をエリーやキッカたちは言われている。懸念されたとおり……スレイは典型的な指示待ち人間に育った内のひとりだ。

彼が出した結論はエミリアが望む未来ことではないため、今までは妖精がスレイの記憶を消していた。いま、スレイは自分で考えて最善を導き出した。…………もう、記憶を消す必要はないだろう。
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