私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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最終章

第777話

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エミリアと契約した水の妖精は、彼女が遺したテントの中で過ごしている。

《 あの子は……ね。心に受けた傷は私たち仲間でも癒せなかったの 》

それは仕方がない。生きたまま解剖され、結界内のために死んでも逃げ出せなくてまた捕まって……。目の前で仲間たちが解剖されては自分と同じように死んでまた捕まる。

それを300回以上繰り返されてきたという。偶然か否か、魔導具の結界に見つかった小さな綻び。エミリアの妖精は、死んで生まれ変わるときにその隙間から外へと弾き出されたらしい。弱っていた妖精は、その国の王子に庇われて外へと逃がされた。

そんな話を聞いたフィシスたちでも、一時期は人間不信になったくらいだ。

そのときの王子が妖精たちに記憶を消されてエイドニア王国の王都で保護された青年だと分かったのは、何年も経ってから。エリーにくっついて海を渡ってきた妖精たちが、彼の周りを嬉しそうに飛び回っていたから。残念ながら記憶が消えた彼には妖精を見る能力も封じられていた。

《 私たちが見えても人の中で生きていくなら幸せにはなれない。……実際に、王子だったのに、私たちが見えたせいで、ずっと苦しんでいた 》

自分たちを不幸だと言う妖精たち。青年はエミリアに出会って、妖精たちが救われると知って驚きつつ……悲しんだ。

《 王子の立場があったのに、生命が惜しくて間違っていると国王に訴えることもしなければ、結界の魔導具を壊すこともしなかった 》

それなのに、自分よりも若い女性が妖精たちを解放するために真っ正面から堂々と乗り込んできた。エミリアの真っ直ぐな目をみて、王子は自身を恥じた。偶然見つけた妖精を結界で覆われた王都から逃すくらいしかしなかった。それで自己満足に浸っていた。

そんなことで「自分は父親や兄弟たちとは違う」と自己評価していたのだ。
国王である父親も、その浅ましい考えを知っていたから放置していた。歯向かったときにそれを指摘して追い詰める気でいたからだ。

《 何もしなかった、動こうともしなかった。その後悔が強かった。今すぐ消えたい。だから記憶を消したんだ 》

それが、記憶を消した理由だった。記憶を残し、後悔を残したまま転移させても幸せにはなれないから。
自己満足気まぐれとはいえ仲間たちを救った事実。その礼として記憶を消したのだった。


もうひとり。火の妖精も廃国でひどい目にあわされている。
半死半生になった火の妖精は液体で満たした瓶詰めに詰められて売られた。研究資金のためだ。当時、火の妖精は真っ赤な髪ほど強いと思われていたらしい。

《 実際はオレンジ色の方が強いのよ 》

胸を張る火の妖精だったが、水の中は(結界で守られていても)恐怖がよみがえる。

《 水自体は克服したよ。でもね……水の中で目覚めたときに何も出来なかったの 》

そのときにエミリアと目が合った。妖精が生きていると気づいて、高額にも関わらず正規で購入して助け出してくれた。

《 私が契約したのは、エミリアと一緒に世界を知りたいと思ったから。あのまますべての人間を憎むことは簡単だけど、私を助けたのもエミリア…………人間だったから 》

エミリアの死後、アクアたちのパーティについて世界を巡っているものの、今でも年に1回はダンジョン都市シティに戻ってきている。エミリアの命日、エミリア教では【聖なる日】として休息日となっているその日に、エミリアが遺した家でエミリアたちのことを思い出して過ごすためだ。

このときは、2階に張られているテントの温室で育てている植物を管理して過ごしている水の妖精と光の妖精も出てきて、みんなと過ごしている。その日はテントの寝室で中に入ることが許された6人は一緒に寝ている。
いまもエミリアの匂いが残っているそうだ。

「あの子たちのためにも……早く帰ってくるといいわね」

エミリアが帰ってきたときに『泣いていて何もしていなかった』と知ったら悲しむとの思いから、あの子たちは毎日を生きている。

今年の【聖なる日】はエミリアの没後200年と重なる。そのため、エミリア教発祥の地として知られているダンジョン都市シティでは普段以上に飾り付けられる。

「100年前もすごかったわね」
「50年前もね」
《 エミリアは楽しいこと、賑やかなことが好きだったから。泣いて過ごすより笑い合って過ごした方が喜ぶよ、絶対に! 》

地の妖精のいうとおりだろう。そのため、休息日と言いつつその日は各地でお祭り騒ぎ。


「あああ! 今年もみんな面白そうなことやってるぅぅぅ!」
「はしゃぐな。お前も旦那なら嫁をちゃんと引き止めろ」
「ムリですよ。こうなったら止まりませんから」
「久しぶりだなぁ」
「自分まで一緒に戻るとは」
「これからもしっかり働いてよね」
「扱い荒いなぁ」
「私はそれほど離れていたわけではないから。……でも身体が若返ったのは嬉しいわ」
「もう少し若返っても良かったんだけどなぁ」
「落ち着いたら美味い阿部川もちつくってもらえるかね?」
「食堂を使わせてもらいますね」


突然聞こえた声に、長命な種族と無限寿命の人たちから歓声が上がる。妖精たちが一斉に泣きながら飛びついたことで周囲に姿は見えなかった。
ただ周りに元気な声が響いた。

「みんなぁっ! たっだいまぁぁぁ!」


本編了

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