私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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最終章

第751話

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「バカヤロウ‼︎」

誰が叫んだのか。ひとりなのか複数人だったのか分からない。

「相手は神だぞ‼︎」

その声は消えていく彼らに届いたのだろうか。

空に向けて広範囲に放たれた魔法は、無闇に近づきすぎた者たちの生命を刈りとった。空魚ルティーヤの背中やその周辺にいて守られた3割の戦力を残して消滅したのだ。
ジャミーラが放った魔法は魔力吸収。地上で戦う私たちから奪えない魔力を補充したのだ。

神の張った結界はいくつか消えていた。ただ……その消えた結界の中に、空に魔法が影響しないように張られた結界が含まれていたようだ。戦場に立った神のうち9割がすでに消滅、もしくは身体の一部を消失させて瀕死と化している。

瀕死の神が張った結界は消えず、消滅した神の張った結界は消える。それは私たちでも同じだ。

「なぜ『空は大丈夫』なんて思ったんだ?」
「空を結界が覆っているからでしょ。その結界の属性とか分かってないから、こんなことになるんだ」

たとえ他種族とはいえ、いまは戦力のひとつ。それを、彼らの軽率な行動で失ったのだ。
私たち地上からは、彼らは一瞬で粒子となり、その光がジャミーラに降り注いだように見えた。しかし、そこにはレイモンドもいる。

うつろだったその両のまなこに力が宿った。オーラムさんがレイモンドをジャミーラにくくりつけた効果がここに出たのだ。
レイモンドが自身の魂をふたたび強く燃やし始めたのか。ジャミーラを包んだ青白い焔が火柱となって天を貫いた。


《 エミリア。魔力は大丈夫か 》

ダイバが私の背中を支えて心配する。
いまもなお、私の魔法攻撃は続いている。地の妖精ちぃちゃんが木剣に仕込んでくれた毒薬をジャミーラの中に流しているのだ。神経毒……廃国で暗の妖精クラちゃんの一族が捕まったときに使われたもの。

何度もジャミーラの心臓に送り続けている毒薬は心臓を止めるものの、蘇生を繰り返している。蘇生に多くの魔力をつかうため、これが地味だけど効果がある。

《 大丈夫。……これは誰? 誰かのチカラが流れ込んでくるんだけど 》

ダイバとは違う。でも、強くて優しく温かい魔力。

《 エミリア。それはネージュたち後方待機組だよ 》
《 今までの戦闘を、すべて神や精霊たちが全世界に見せていたんだ。神々や今の消滅もすべてみせている。それで、たくさんの人たちがエミリアが世界中に送った仏像に祈っているんだ 》

坑道で作業をしている罪人も手を止めて壁に映った私たちに向けて、その場で跪き手をあわせて祈りを捧げているらしい。

「行こう」

ダイバに背を支えられながら悲鳴ともうなりとも分からない声をあげるジャミーラに向かって一歩ずつ進む。本当はこのまま死なせたくない。……こんなにたくさんの優しさを知らないまま。


「ジャミーラ」
「わ、レは……この、ヨのォォ…………カみィ、ヲ……すべ、て……ほろぼ……」
「もう、やめよう? ジャミーラ」

レイモンドがを有効に使い、意識をわずかに残しながらも今なおジャミーラにしがみつき、蒼白い『生命の焔』で彼女を燃やしている。そんなレイモンドから逃れることもできずに、確実に滅び始めているジャミーラに近付く。

「わ……レ、ノ……ウらミ、ハ……」
「ジャミーラ。あなたは『美の女神ジャミーラ』よね?」

私の言葉に驚愕な表情で口を動かすが、すでに声が紡がれていない。

「私の世界にあるアラビア語で『美しい』を意味する言葉があるわ。男性はジャミール、女性をジャミーラ、ガミーラと言うの。ジャミーラ、あなたは『美しい女神』としてこの世界に誕生したのね」

地面に伏しているジャミーラの足はすでに炭化している。再生しなくなったということは……勝敗は決したということ。そんなジャミーラの顔のそばに静かに膝をついた。

「おやすみなさい、ジャミーラ。はもう終わりよ。今度は精霊として生まれてシアワセになって。……それが私とあの子の、ううん。『この世界に召喚された聖女たち全員』の願いよ」

私が彼女の本当の名前を口にし続けていたことで、ナナシに残されていた女神の精神こころが目覚めたのだろう。すでに涙を流している彼女の頬を静かに優しく撫でる。

私の手から現れたやさしい光がジャミーラを包む。これが世界に生きる人たちの願い。
ジャミーラを恨んだり憎んだりしている以上の願い。

「みんなもね。ジャミーラたちの悲劇を知って、心から願っているのよ。『美の女神という名前に相応しい生き方をさせてあげられなくてごめんなさい』って。『二度と忘れたりしない』って誓う人たちもいるわ」

静かに目を閉じた彼女の口が動き…………ジャミーラの長くて辛い、苦しくも悲しい生涯が幕を閉じた。
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