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最終章
第705話
しおりを挟む相手の魅力に惑った人たちは、その人のために何をおいても優先する。欲しいものを強請られたら犯罪ギリギリの境界線に立ち、境界線の向こうにある目的のものに手を伸ばす。
「届かなければ三者択一となる」
ひとつ目は諦める。そして代わりになる物を探すか、別の欲しい物を贈る。
ふたつ目は粘る。私の店の香水が欲しいと強請られ、宿に泊まり毎日店が開くか日参し続けた。そして5ヶ月粘って、やっと香水を手に入れた若者がいた。
若者がその香水を手にプロポーズして成功した。そのときから、「エミリアの店で売られた香水をプロポーズのときに女性に贈ると必ず成功する」などという眉唾物が広がって付加価値がついた。
…………迷惑な話である。
みっつ目。それがかなり厄介で、『ある組織に代理購入を依頼する』。その組織というのが、のちに瓦解する『犯罪ギルド』。
たしかに奴隷だ、犯罪組織だ、などといい噂は聞かない。しかし、日本でいうなら仲買人や仲介業、代理商に近いだろうか。
元々は『犯罪ギリギリのことまで引き受けます』というギルドだった。その内容は、商売相手との交渉が決裂したことにより回収できなかった売掛金を取り戻して欲しい、というもの。それが一部の人間が犯罪に手を染めた。強迫による手荒い回収にでたのだ。元々、相手に責任があったのと微罪故に神は罰を与えなかった。それが『神がお許しになられた』となり、一部がさらなる暴挙にでた。
一度でも許したギルドの行為。神はいまさら罰を与えることもできず……ずるずると黙認する羽目になった。
「大本が、神が見捨てたここプリクエン大陸に残された人たちが生きるために始めた代行業」
「だから神が罰を与えなかった、ということですか」
頷くと彼は眉間に長い指をあてて揉みほぐす。
「変だと思っていたんです。罪を犯す彼らが何故神に罰を与えられないのか、って」
「無理だよね。罪深き自分たちが罪から目を背けるために見捨てた大陸の無辜の民が、生きるために作った組織がギルド化したんだから」
原因が分かれば理由も分かる。だからといって納得できることではない。彼のように犯罪ギルドによって生活を壊されて、慣れ親しんだ故郷を失って、国を捨てざるを得ない状態になって、大陸を去るまでに追い込まれた。彼の故郷は犯罪ギルドが発展する温床となったウランベシカによって滅ぼされた国のひとつ。両親や兄姉たちに逃された末の王子……
「公式には死んでいます。乳兄弟が俺の身代わりで処刑されましたから」
当時は6歳で、まだ表舞台に出たことはなかった。だから王子宮で一緒に住んでいた乳兄弟が身代わりになっても、誰にも気づかれなかったそうだ。
「彼は心の臓に生まれつき支障があり、10歳まで生きられなかったそうです。実際、当時9歳だった彼は6歳の俺より少し小さかったくらいです」
『長く生きられない僕の代わりに生きて』
そう言われて、城から追放される乳母と共に生きることになった。そして乳母と共に国を出て、冒険者となった頃に乳母を病で亡くした。
「安心したんだと思います。俺がひとりでも生きられるまで付きっきりでしたから」
家族を亡くした自分も気の毒だが、先の短い我が子を残す選択を受け入れた乳母もまた気の毒だった。それを知ったのが、国をいくつも通り過ぎた先で亡くなった乳母の遺品を片付けていたとき。故国の王家が全員処刑されたという号外が大切に残されていた。王族の絵姿で唯一こすれて消えていたひとり……それが彼の代わりになった乳兄弟だと気付くのに時間はかからなかった。
「それまで俺だけが可哀想な子だと思い込んでいた。しかし、俺は乳母の悲しみに気付かない可哀想な子だった。……それを知ったのが乳母を喪ってからです。謝ることも、お礼を伝えることも出来なかった」
深い後悔を胸に、八つ当たりは魔物に向けて冒険者を続けてきた彼は、護衛の仕事でムルコルスタ大陸に渡った。そしてエイドニア王国に向かう護衛でキッカさんたちと出会い、そのまま鉄壁の防衛に加わった。彼は数少ない、南部守備隊出身以外のメンバーだった。
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