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最終章
第704話
しおりを挟む枯草熱の薬に含まれる魔女の花は希少な薬草である。
「虫草よりも発見できる確率が少ないわね」
「エミリアさんはどこで確保しているのですか?」
「確保は……してないわね。だって、自家栽培しているもん」
『妖精の庭』……このダンジョン都市内ではなく、聖魔師が与えられる特別な空間の方で。
「管理は妖精たちがやってる。あれは、以前私がエアと名乗っていた頃に助けた暗龍の子どもの一族からお礼に譲られたの。『妖精たちに管理を任せてください』って」
「何か副作用でも?」
あれ? 気付いていないのかな?
「言ったでしょ、『ベラドンナは美しい女性って意味なんだ』って」
もう一度、同じセリフを言うと、ハッとした表情で私を凝視する。
「ナナシに関係すること……?」
「あっているようで、あっていないようで」
私の回答に困惑する彼。だからヒントを与えてみる。
「ナナシは姉妹神だけど魅了の女神ではない」
人差し指を立ててみせる。彼の小さな声は私の言葉をオウム返しのように繰り返す。しかし、お手上げとばかりに両手を上げて次のヒントを求める。中指を立てて、開いた人差し指と中指の間に右の目を挟むようにして微笑む。
「相手の魅力に掛かってお目々がハートになったら、何を仕出かすと思う?」
「恋に狂ったらってことですか?」
「恋だけじゃないですね。同性異性関係なく慕うのもそう。エミリア教を信仰している妖精たちも似てるけどね、あの子たちはちょっと違うかな」
妖精たちは共に生活している魅了の女神以外の神を見捨てて、神の代わりに『異世界からきた私』を信仰の対象に選んだだけだ。
そしてダンジョン都市の住民たちも、大陸を見捨てた神を信仰するつもりにはならないだけ。そして、遊び半分で盛り上がる妖精たちの信仰にのっかったのだろう。
「そうしたら、妖精たちのもつ知識の高さが私の教えからピピンたちを通じて得たものだと知って……生活が豊かになりつつある現状から向上心が芽生えた。ということで、ここの住人たちが質問の答えになっちゃってるね」
「そうか。自分の欲……向上心も一種の欲になりますね。それを求めて傾倒する。それが正しいか間違っているかは本人には判断できないだろうね」
「一歩下がってみたら『コイツ、何やってるんだ?』って見られるんだろうね」
それが集団で起きたら?
「集団心理とか群集心理って、怖いもんがあるよね」
自分は正しい。自分たちは正しい。自分が所属している組織は絶対だ。
「エミリアさん……」
彼はその集団心理に浸っていたことがある。彼が所属する冒険者パーティ、鉄壁の防衛がそうだった。
私と関わった1年未満の間に、自分たちの思い上がりを叩き潰されて……
「捏ねて練って、のし棒で伸ばされてクッキーの型でポンッポンッて……」
「焼いてクッキーにしないでください」
「じゃあ、捏ねたらスプーンで掬って……」
「……つくったのがここにある『サクッとクッキー』ですか」
「チョコチップ入り」
「はい、おいしいです」
サクッと口に入れる彼、その表情は本当に美味しそうだ。
……だって、自分たちの思い上がりに気づいたのちに、ほかの冒険者たちを見下していたと自覚して後悔していたそうだ。そして再会した私がダイバたちと和気藹々と楽しそうにしているのをみた。仲間として、そして家族として受け入れられた私。
それは鉄壁の防衛に、さらなる後悔を生み出した。
住処に迎え入れたものの、私の立ち位置はお客さまだった。相手に一歩近づくこともせず、自分の気持ちを曝け出すこともせず。
……あのまま一緒にいても、結局は友だち以上恋人未満で破局していたのかもしれない。
ダイバがキッカさんたちに聞かれた、「エミリアさんが聖女様だと知っても気にならないのですか?」と。ダイバやシーズル、そのときその場にいた人たちは一瞬静まり……笑いが爆発した。
「エミリアは都市では有名なお転婆娘だ。それはここに住み始めたときから変わらねえ事実。それにな、エミリアがエミリアであることに変わりはないだろ?」
「そうそう。エミリアは『目を離したら何を仕出かしているかわからねえ』って娘だ」
「それよりお前ら知らないだろ? エミリアがある連中に迷惑かけられたと知った妖精たちが、ほかの国や大陸にまで突撃して王都や町や村を砂にしてきたこともあるんだぞ」
「そうそう、相手がエミリアだと知らずに侮辱した奴がいたな。その報復に髪を焼こうとした火の妖精が、髪がないから丸焼けにできないって残念がってたこともあったぞ」
「エミリアは聖魔師の肩書きをもってるけどな、聖魔士が都市に放ったキマイラたちを一瞬で従わせたこともあったぞ」
「王都で神獣たちが暴れていたときも。前後不覚になっていたベヒモスはダイバと俺が抑え込んだけど、ジズとリヴァイアサンはエミリアが手を伸ばしただけで大人しくなったぞ」
「だって、あの子たちイイコだもん。悪者はあの子たちを使役させたバ神だもん」
アレはナナシが関わったのではない。神が大陸を離れる際に、妖精たちと同じくこの大陸に見捨てられたのだ。まるでペットの生命を軽くみてポイ捨てする連中のように。
「いつか戻ってきてくれる。そう信じて待っていたんだ」
そんな神を、神獣や妖精たちが慕うはずが……ない。
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