私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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最終章

第697話

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レイモンドが廃国に現れて2週間。
パニックに陥った私の代わりにピピンが話し合いに行ってくれている。私はというと、バラクルではなくミリィさんの鉄板屋の2階でちびっ子たちに守られて過ごしていた。

「フィム?」

子どもたちが一緒のため、私はベッドのヘッドレストにクッションを並べて本を読んでいた。シュシュとリュリュの双子とエーメ、リドはコロコロと転がりながら眠っていたが、フィムは私の横に座ってクッションにもたれて絵本を開いている。
そんなフィムがヒザの上に広げた絵本から顔を上げてくうを睨む。

「エミリア。おふとんに はいってて」

そう言ったフィムが私の上にシーツを掛けて隠す。その上に覆い被さったのか、軽い重みを感じる。同時に ポンッと音がして、私の上に別の重みを感じた。

「白虎?」
「しぃー。エミリア、かくれんぼだから、しぃー」

フィムの声がくぐもっている。シーツに顔を押し付けて、まるで寝たフリをしているようだ。

そしてもうひとつ不可解な点がある……妖精たちの存在だ。生まれる前からの契約で、バラクルの2階で開かれている【妖精の幼稚園】以外の場所でも、ちびっ子たちのお世話担当の妖精たちが必ずいるはずだ。それなのに、いつの間にか妖精たちの気配がなくなっている。

ポフンポフン

白虎の尻尾がシーツを叩く音がする。『心配しなくていいよ』と言っているのだ。

首からかけている涙石が、ぽわっと温かくなって私を安心させてくれる。
いつもなら安心して眠っているだろう。しかし、いまはみんなが守ってくれていると分かっていても、なぜか気持ちがゾワゾワとして落ち着かない。

「ここにもいない」
「どこに行った」
「おかしい。ここにはいないのか」
「この大陸にいない……? また違う大陸に行ったのか?」
「ああ、海の下に沈んだ大陸の調査に行ったのか。そういえば妖精たちの姿がないな」

いくつかの会話が聞こえたが声は同一のみ。独語のようで、誰かと会話しているようにも聞こえる。その声は誰かを探しているようだ……私?

だからフィムに私の姿を隠され、白虎は私の上に腹這いになり、ちびっ子たちがように見せた?
…………それは誰に?

「もうこの大陸に用はない……せっかく用意したが、コイツももう必要はないな」

部屋をグルグルと歩き回っていた人物がそう言い捨てると、ドサッという重い音がした。それ以上の動きはないが、白虎もフィムも寝たふりをやめない。
震える手で涙石を握りしめて、早く誰かが来てくれることを願う。

しかし、ダイバたちは廃国で話し合いの真っ最中。ここはミリィさんの店の2階であって、バラクルではな……い?
バラクルの2階、居住区には結界が張られている。家族や妖精、私と聖魔たちやアルマンさんみたいに部屋を与えられているか、ミリィさんやルーバーみたいに家族同然に見てもらえている人以外は階段を上がれなくなっている。

私の店舗兼住宅はダンジョン都市シティ独特で、丸ごと結界が張れるように魔導具が組み込まれている。元々そういう仕組みの建物だからだ。妖精たちが強化しているが、ダイバやミリィさんのように妖精たちの同意があれば入れる。
それとは違い、ここの店には結界が張られていない。数百年前に1階を飲み屋に改装された一軒家だからだ。希望するなら魔導具が設置されるけど、今まで誰も必要としなかっただけ。

…………もしかして、これは囮?

騰蛇が何もしないなんて。アラクネが金糸を伸ばさないなんて。……ちびっ子たちを危険に晒したなんて……!


「エミリアちゃん、大丈夫?」

ふわりと柔らかい胸に抱かれて優しい腕にくるまれて我に返る。

「ミリィ、さん……?」

この温もりを間違えるハズはないのに……確認する必要はないのに……

「エミリア、だいじょぶ、だいじょぶ。もう こわくないよ」

ミリィさんのヒザに乗せられて抱きしめられている私の頭を、フィムが小さく優しい手で撫でてくれる。

「アレは、なに?」
、だよ」

フィムが悲しそうな表情でそう教えてくれる。……何があったのだろうか。

「エミリアちゃん。ここにきたのはナナシよ」
「男の声だった」
「男の身体を操ったのよ」
「白虎もフィムも退いてくれなかった」
「エミリアがいないって思わせたかったのよ」
「……ちびっ子たちを巻き込んだ」
「……ゴメンね」

ミリィさんが強く私を抱きしめて謝る。

「なぜ……ミリィさんが謝るの?」
「……エミリアちゃんが巻き込まれた方なのよ」
「わたし、が……?」
「シェシェがきめたんだよ。『みんなでエミリアをまもろう』って」

なんで、シェシェが……! そう言いかけて口を閉ざす。
心当たりがひとつ。

「シェシェは……数百年前に召喚された聖女様の生まれ変わり、なんだよね」
「詳しい話は聞いていないわ。私では分からないから」

フィムやおじいちゃんたちが聞いた話では、シェシェが夢の世界からほとんど出てこないのも「いまは聖女の記憶が必要だから」だという。
シェシェの前世はこの世界に召喚された聖女様のひとり。聖女はこの世界に渡ると何らかの【聖女の能力】を得るそうで、シェシェは『過去と未来をみる目』を得たそうだ。その能力はその人の過去や未来、転生後の人生すらも見えてしまったそうだ。

「怖かったの。だから与えられた部屋に引きこもって、私利私欲のない数人が世話をしてくれたわ」

望まない能力……それは寿命を縮める結果になった。魔素の含まれた空気で、一般の人間でさえ200年弱の寿命をもつこの世界では、寿命が50歳にも満たない聖女様たちをこの世界の人たちは儚く思っていただろう。

「あなたは彼の……?」
「ええ、無事に出会ってくれたのね」
「いっぱい助けてもらっているわ」

シェシェの前世が心の支えにしていた彼、この世界で唯一の九十九神つくもしんは私の支えにもなってくれた。

「ママに伝えてくれる? このナナシの一件が終わったら、ちゃんとシェシェとして新しい人生を始めるからって」

ちゃんと伝えたけど、ミリィさんは優しく笑っただけだった。そしてシェシェが目を覚ましたときにシェシェに直接伝えた。

「シェシェの好きにしていいのよ。パパとママは、どんなシェシェでも愛しているわ。それに、ママの大事なエミリアちゃんを一緒に守ってくれるのでしょう? そんなシェシェを頼もしいと思うわ」

一緒に頑張りましょうね。
そう言ってシェシェを抱きしめたミリィさんを妖精たちが笑顔で見守る。その姿を、私は宗教画の聖母様のようだと思ってみていた。
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