私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第十二章

第694話

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「元エイドニア王国第二王子レイモンド。いまは罪深き不死人しなずびとです」

自らをそう名乗り頭を下げた男、レイモンド。エミリアの記憶と変わらないのは、不死人しなずびととなったことで彼の時間が止まったからだろう。

「俺はダイバ。エミリア、お前に召喚されたあの子がいま名乗っている名だ。あの子はいま俺の妹となり家族として接している。あそこにいるのが俺の親父だ。エミリアの父親でもあり、過去には隣のアルマンと共にエイドニア王国1の冒険者パーティに所属していた」

「申し訳ない。私は第二王子だったにも関わらず、国内外のことも……我が王族のことすらも知らずにいた愚か者だ」
レイモンドは俺に続いて近付いていた親父たちに目を向けて頭を下げる。続いてチャミとピピンに目を向ける。

「名をお聞きしてもよろしいか?」
「私はエミリアを主人と仰ぐ魔人、ピピンと申します。あなたのことは存じ上げております」
「私はこの世界に召喚されたエミリアと一緒にあなたと会っていたわ。……あなたたちが殺した聖女ではないわ。エミリアのなかに入ってあの子の精神を守り続けてきた……この世界の立場で名乗るなら『魅了の女神』。それが私よ」

チャミの言葉にレイモンドはサッと跪く。

「失礼いたしました。聖女様の中にいらっしゃられたとは存じず」
「エミリアもいまはこの世界で認められた『エミリア教の御神体生き神様』よ。信者は魔人や獣人、人間たちや竜人、ドワーフ族など幅広いけど、一番の信者は妖精たち。ね、教祖様」
「はい。エミリアの教えは妖精たちに浸透しています。それは種族を越えた共通の教えであり、その教えを胸に改革を始めたタグリシア国はいま世界でもトップクラスの国に生まれ変わりました。同じくエミリアの教えの影響を受けた国王と王妃を中心にエイドニア王国の改革もすでに始まっています」
「そうですか、兄上たちが……」

ピピンの言葉にレイモンドの表情が柔らかくなる。しかしすぐに自身の犯したこと、それはまだ許されてはいないことに気付いたようで表情を引き締めて顔を上げた。

「私がこれから話すことを信じていただきたい」

そう前置きをしたレイモンドは居住まいを正す。
いまここにはタープと呼ばれる日除けを張り椅子を置いて座っている。レイモンドは椅子に座らず地面に座ると断ったが、それを止めたのはピピンだった。

「私の主人は礼儀を重んじる方です。あなたがどれほど罪深く許されない咎人とがびとであろうと、礼儀に反する行為を私がとったと知れば主人は嘆き悲しみます。それに主人の前に現れたということは何かお伝えしたいことがあったから、と推察いたしました」
「ピピンのいうとおりだ。エミリアはあなたを拒絶したが、何か理由があってここに現れたというなら……兄として俺が代わりに聞こう。ただし、それを妹に話すかどうかは別だと理解してもらいたい」
「もちろん、あなた方に話を聞いていただけるだけでも感謝します」
「ではお座りください。ここでは対等の立場で話を進めていただきます」

ピピンの姿勢に、彼がどれだけ信任されてここに残ったのかに気づいた。
今までエミリアの一番近くにいてエミリアを支えてきたピピン。エミリアの半狂乱に陥った姿を目にして、共にダンジョン都市シティに戻りたかっただろう。しかし『エミリアのため』、それだけに彼はここに残った。
だからこそ聞き出せることは、搾りかすからでさえ最後の一滴まで搾り取ろうと思っているのだろう。

「ダイバ。あなたに一任します」
「わかった。……ありがとな」

俺の言葉にピピンは目礼する。どこまでも俺たちの一歩後ろに控えるピピンは、その一歩先で繰り広げられる世界を平等な第三者の目で冷静にみる。
俺は息を吐き、椅子に座り直した目の前の男をまっすぐ見た。


「私は数ヶ月前に不可解な声を聞きました。その声は女性の声で『ねえ、助けてあげましょうか?』と繰り返していました。その声を聞いてからです、私の顔や背につけられた焼鏝やきごてが少しずつ薄れていきました。それと同時に、私の声が戻りました。普通の話せるようになったのは数日前です」
「その声に心当たりは?」
「いいえ、その声は優しくもあり魅力的でもあり。それでも私は、自分の過ちを誰かに許してもらえるほど軽いものではないと思っています。ずっと……幼い頃に兄から教えられた言葉を思い出しては愚かな自分を反省してきました。その女性の声は甘い誘惑のように思えました」

どうやらナナシの誘惑に打ち勝ったのだろう。となると、神が話していたとおりナナシが次の宿主に選んだのは彼の父親、前王の方だ。
神の言葉を疑っているわけではない。しかし、エミリアたちの受けた非道を思えば手放しで信じることなど出来ないだけだ。とくに先ほどまでいた謝罪しにきたはずの神々の横柄な態度を思い返せば、信頼など地に落ちてもおかしくはない。

「今はどう思っている」
「私はただ甘えたかっただけの子供でした。いつも一緒にいた兄が王太子に選ばれて私から離れ、寂しかった私は兄と同じ王太子になればこれからも兄と共にいられると思い込んでいました。それが私にすり寄ってきた派閥に乗せられて、王太子の地位は兄より自分に相応しいと思い込んでいたのです」

……愚かですよね。
そう呟いて俯いたレイモンドの目には後悔が浮かび上がっている。

「だからといって、私が自分の欲に目を眩ませたこと。それによって2人の女性をこの世界に召喚した上にひとりの女性を死に追いやりました。私が直接手を下したのではありません。ですが、私の召喚が理由で死を選ばれたのは私が殺したのと同意でしょう」
「反省、しているのでしょうか?」

ピピンの質問にレイモンドは頭を左右に振る。

「いいえ、反省などとどの口が言えるのでしょうか。私は聖女様という存在は『選ばれたら喜ばれるもの』だと思っておりました。ですが、私は聖女様の叫びを聞いたのです。『元の世界に戻して!』という叫びは私の足りない頭をめった打ちにし、この胸を深くえぐりました」

震える手で胸を、粗末な麻の服を強く握りしめる。

「何をしても許されない……私は許されてはいけないのです。それだけのことをしました。この生命が擦り切れるまで、許してはいけないのです」

深い後悔が垣間見える。許しを乞うのではなく、『許さないでくれ』と懇願している。
エミリアだけなら許される可能性はあっただろう。しかし、もうひとり……自ら生命を絶った聖女がいる。どう足掻いても、彼女からは許しを得られない。
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